第13話 鉄道貨物組合
ある晴れた日のグレーザー駅。
「おい、その荷物はこっちだ!」
「2番ホームに貨物列車が来るぞ! 急いで配置につけ!」
「油を積んだ貨物列車が来る! 火気厳禁だからな!」
「荷主がお待ちだぞ! 急げ!」
駅のホームで、屈強な男たちの声が響き渡る。
全員が、鉄道貨物組合で仕事としてクエストを請け負っている労働者たちだ。
その中で、オレは台車を押して走り回っていた。
「ビート、こっちだ!」
「はい!」
オレは先輩のエルビスに指示され、ホームを走る。
新たに到着した貨物列車から、荷物を下ろすためだ。
「今度の荷物は、干し魚が3箱と、缶詰が4箱だ。グレーザー食品販売組合に届けることになっている」
エルビスが伝票を見て確認する。
「じゃあ、早速下ろしましょう」
「いや待て、まずは数量と届け先の確認だ。木箱にも書いた紙が貼ってあるはずだ」
エルビスが貨物列車から下ろされた木箱を、1つずつ確認していく。
見ると、確かに木箱にはラベルが貼られていた。
「あったぞ!」
「これですか?」
「待て、確認するから」
エルビスが手に持った伝票と見比べながら、木箱の内容物を確認する。
確認を終えると、エルビスはオレに目を向け、ウインクした。
妙に背筋が寒くなるのは、どうしてだろう?
「OK! ちゃんと数量分あるぞ!」
「で、では……持って行きましょうか」
「おう、頼んだぞ!」
オレは台車に木箱を積んでいき、エルビスは伝票に確認のサインを入れる。
台車に乗せ終えると、オレはエルビスと共にホームを進み、貨物専用の出入口から駅の外へと出す。
ターミナルと呼ばれる取引場では、すでに到着していたグレーザー食品販売組合の馬車に、別の所から来た荷物が積み込まれている。
オレとエルビスも、そこに荷物を持って行った。
「お待たせしました! 干し魚3箱と、缶詰4箱が到着しました」
「おう、待ってたぜ」
グレーザー食品販売組合に所属する獣人族の男は、エルビスから伝票を受け取ると、伝票にサインをして、一部を受け取った。
「じゃ、早速積み込んでくれ」
「はいっ!」
馬車に乗せていく中で、オレの腕が悲鳴を上げる。
しかし、だからといってクエストを放りだせば、グレーザー食品販売組合からの信用は無くなる。それは同時に、オレも2度とクエストを受けられなくなることを意味する。
そんなバカなマネはしない。
「じゃ、また頼むよ!」
獣人族の男はそう云うと、馬車に乗ってターミナルから出て行った。
「……ふぅ」
オレは無事に荷物が運び出され、クエストがひと段落ついたと思っていた。
「おい、ビート! 次のお客さんが待ってるぞ!」
「あ、はい!」
どうやら、まだオレに休息の時はないらしい。
オレは急いで、次のお客さんが待つ場所へと台車を走らせた。
クエストがひと段落して、オレは駅の裏にある鉄道貨物組合の休憩所で昼食のサンドイッチを食べていた。
「なあ、ライ――」
そこまで云いかけて、オレは自分がいる場所がどこなのかを悟って口を閉じる。
ついこの前まで、オレはグレーザー孤児院にいた。
昼食は食堂で食べ、隣には常にライラがいた。
しかし、今はライラはいない。
ライラはグレーザー駅の中にあるレストラン『ボンボヤージュ』でウエイトレスをしている。
近くなのに、かなり遠い場所にいるように感じられた。
「――いや、大丈夫だ」
オレはそう云って、サンドイッチを口に運ぶ。
今、オレはライラと安いアパートで同棲している。
家に帰れば、ライラがいつも待っている。
「そうと決まれば、やることは1つしかない」
一刻も早く、クエストを終わらせてしまうことだ。
1日に割り当てられた量の荷物をお客さんに無事引き渡すことができれば、その日のクエストは終わって、おカネが貰えて帰れる。
これは新人でもベテランでも、人族でも獣人族でもみな平等に課せられた、鉄道貨物組合のルールだ。
オレはサンドイッチを食べ終えると、紅茶で流し込み、立ち上がった。
「よし、これで全て終わったな」
業務日報に記入し、オレはそれを鉄道貨物組合の受付へと持って行く。
受付の女性は業務日報に目を通すと、サインを記入した。
「お疲れ様でした。こちらが、今回のクエスト報酬です」
金貨と銀貨が入った袋を、オレは受け取る。
ずしっとした重みが、オレの手に伝わった。
「また明日、来ます」
「仕事はたくさんありますので、お待ちしていますね。お疲れ様でした」
受付嬢から労いの言葉をかけられ、オレは鉄道貨物組合の建物から出た。
受け取った報酬を確認し、オレはアパートへと向かった。
アパートの鍵を取り出し、ドアを開ける。
「ただいま」
「ビートくん!」
まるで待ち構えていたかのように、ライラが抱き着いてきた。
「お疲れ様!」
「ライラもお疲れ様。それより、汗臭いだろうから、放してくれないか?」
「汗臭くなんかないよ。ビートくんの匂いしかしないよ」
「オレ、着替えたいんだけど……」
ライラが放してくれるまでの間、オレはその場で立ちすくむ。
ライラと暮らすようになってから、これが日常へとなりつつあった。
「ライラは、仕事は大変じゃない?」
夕食の時、オレはライラに訊いた。
オレは鉄道貨物組合からクエストとして仕事を受けているが、ライラは違う。
レストランに雇われ、そこでウエイトレスとして決められた時間働いている。
勤務時間はオレよりも短いことが多いが、その分仕事はハードだ。
「大変な事もあるけど、ビートくんが近くにいるから、全然平気。ビートくん、今日も駅のホームを走り回っていたじゃない?」
オレは肩をすくめた。
見られていたのか。
確かに、レストラン『ボンボヤージュ』からは、ホームの様子がよく見える。オレがホームを行き来している様子も、丸見えだったに違いない。
「それに比べたら、わたしの仕事はレジを売ったり、料理を運んだりする程度だから大丈夫よ。あ、でもたまに云い寄られることがあって、それはちょっと困っちゃうかな~」
「えっ、なんだって!?」
ライラの言葉に、オレは目を見開く。
ライラに云い寄ってくる男がいるとは!
確かにライラは美少女だから、云い寄られるのも無理はない。
だが、ライラはオレの婚約者だ!
オレは今すぐにでも、ライラに云い寄ってくる男どもを木箱に詰めて貨物列車に乗せて地平線の彼方まで送ってやりたくなる。
「ビートくん、そんなに心配しなくても大丈夫。ほとんどの人は、これを見たらすぐにあきらめてくれるから」
ライラは首元で光る、婚約のネックレスに手を当てて微笑む。
「それに、しつこい人は店長が出てきて対応してくれるから」
「それなら……いいけど」
「わたしが好きな人はビートくんだけだから、他の人と結婚する気なんてないから安心して」
ライラはそう云って、オレの頬にそっと手を当てた。
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