第137話 グレートタイガーフィールド
オレの目の前にある窓の外には、広大な草原地帯が広がっている。そしてアークティク・ターン号が今、どこを走っているのか、オレはもちろん知っている。
アークティク・ターン号は今、東大陸にあるグレートタイガーフィールドを、走っていた。
グレートタイガーフィールドまでくれば、北大陸はあと少しだ。なぜならグレートタイガーフィールドは、東大陸の中部よりも北側にある。グレートタイガーフィールドを越したら、いくつかの街を通った後に、東大陸の最北端にある街、カルチェラタンに到着する。
カルチェラタンを出たら、いよいよ北大陸へ上陸だ。
あとは終点のサンタグラードまで行き、そこから銀狼族の情報を集めていくことになる。上手くいけば、ライラの両親に関する何かしらの情報を手に入れることができるかもしれない。
今のところ、オレとライラが持っている銀狼族の情報は、次の通りだ。
・北大陸の奥地で暮らしている。
・男女共に美男美女が多い。
・白銀の髪の毛に、同じ色の狼の獣耳と尻尾。
・好きになった相手には生涯を捧げるほど尽くす。特に結婚したらこの傾向が顕著になる。
ざっと、こんなところだ。
まだまだ、情報が少ないと云わざるを得ない。
北大陸に着いたら、何よりも情報収集を優先しよう。
「ライラ――あっ!」
オレは自然にライラを呼びながら、窓から室内へと視線を向ける。
そして気づかされた。
ライラは今、食堂車に注文したフルーツサンドを受け取りに云っている。
今、ここにはいないのだ。
「……ライラの両親とも、会うことになるなぁ」
オレは当たり前のことだと思いつつも、いざライラの両親に会うと思うと緊張してしまう。
ライラとオレは、共にグレーザー孤児院で育った。
物心ついた時から、両親の顔など見たことも無い。
そしてグレーザー孤児院を旅立ってから3年後、オレはライラと結婚した。
たったの1度もライラの両親と対面しないまま、娘であるライラを妻としてしまった。
オレはそのことが気にかかり、ライラの両親と会うことに勇気が持てない。
ライラの両親が見つかることを祈ってはいるが、いざ自分も対面すると考えると、全くといっていいほど勇気が持てなかった。
そんなことで、ライラの夫として胸を張って行けるのか?
オレは自分自身に問いかけるが、答えは出てこなかった。
勇気がほしいなぁ。
ライラの両親と対面しても、堂々としていて胸を張り、自分のことを「ライラの夫」と自信を持って言えるほどの勇気がほしい。
オレがそう思いながら再び列車の外の景色を見たとき、信じられない光景が飛び込んできた。
「!?」
その光景に目を見開いたオレは、思わずイスから立ち上がり、窓を開ける。
グレートタイガーフィールドを、馬に乗った獣人族猛虎族が何人も駆けていて、アークティク・ターン号に向かって来ていた。
「どうして、猛虎族が居るんだ!?」
オレは自分の目を疑った。
獣人族猛虎族は、かつてグレートタイガーフィールドを支配していた民族だ。勇猛果敢で豪快な民族だった猛虎族。各地の領主や軍隊からも恐れられていた猛虎族は、恐れと敬意を込めて「猛虎軍」とも呼ばれていた。
しかし、それはあくまでも昔の話だ。
現在は、猛虎族は居ない。
戦いに敗れて敗走を続ける中で命を落としたり、これまでに戦った相手で敵対した連中によって皆殺しにされた、など諸説あるが、今は居ないのだ。
だからこそ伝説になった猛虎族。
まさか、今の時代にも生き残っていたなんて!
しかし、それは同時に大変な事でもある。
猛虎族は基本的に、キャラバンを襲ったり、貨物列車を襲って積荷を横取りするなどして生活していた。略奪が、メインの仕事だ。
アークティク・ターン号は、大陸横断鉄道であると同時に国際貿易列車としての一面も持っている。
そして猛虎族は、こちらに向かってきている。
明らかに、この列車から略奪する気だ!
「くそっ、そうはさせるか!」
オレはすぐに窓を開け、RPKを取り出して構えた。
近づいてくる猛虎族に銃口を向け、そっと安全装置を解除する。取り付けられている弾倉には、75発もの弾丸が納められている。
ここで猛虎を迎え撃たなければ、ライラと離れ離れになってしまうかもしれない。
そうなったら、ライラの両親とも会えなくなってしまうだろう。
そんなこと、許してたまるか!!
「オレは、ライラの両親と必ず会うんだ!」
そう云ったオレは、グレートタイガーフィールドにいる猛虎族に向かい、叫び声をあげた。
「猛虎族よ、今すぐこの列車から立ち去れ!」
オレはRPKを構えたまま、猛虎族に向かって告げる。
「オレはこの先、何があったとしても必ずライラを北大陸に連れて行き、そこで両親と再会させる! そしてオレ自身も、ライラの両親と必ず会うんだ! それを邪魔する奴は、たとえ誰であろうと許さない!」
そこまで云うと、息を吸って続きの言葉を俺は放った。
「さぁ、死にたい奴だけかかってこい!!」
オレは引き金に、指を掛けた。
しかしそのとき、猛虎族が列車から離れ始めた。
おかしいとしか、オレには思えなかった。
猛虎族はどんな相手にだって立ち向かい、必ず略奪していくことで恐れられている。せっかくの獲物を目の前にして、逃げていくはずが無かった。
それはたとえ、銃を向けられていてもだ。
アークティク・ターン号という大きな獲物を前にして、オレが銃を構えたくらいで逃げるなんてありえない。
もしかしたら、何か作戦を考えているのかもしれない。
気を抜かないようにしよう。
オレは離れていく猛虎族を見つめつつも、RPKから手は離さない。
いつでも撃てるように、銃口は向けたままだ。
すると、1人の男が近づいてきた。
角がついた兜をかぶった、大柄な猛虎族の男。
漂わせているオーラが、他の猛虎族とは明らかに違う。
きっと、猛虎族のリーダーに違いない。
そう判断したオレは、じっとその男の動きを見つめる。
「おーい! そこの少年!!」
「えっ、何? オレのことか?」
猛虎族の男から声をかけられたオレは、目を丸くして自分を指し示す。
「そうだ! 君だ!」
猛虎族の男が頷く。本当に、オレに声をかけてきたらしい。
「さっきの宣言、確かに耳にしたぞ! よくぞ云った! それでこそ男だ!」
いかつい猛虎族の男が、満面の笑みを見せてくる。
ニッコリと笑ったその顔には、勇猛果敢な猛虎族の面影はない。
いたって普通の、優しげな男だ。
「その言葉、自分自身との約束にしろ! 忘れるなよ!」
「は……はい!」
オレはRPKを置き、猛虎族の男に答える。
猛虎族の男は、1度だけ拳を空に突き上げると、列車から離れて行った。
「……勝った、のか?」
地平線の彼方へと去っていく猛虎族を見ながら、オレは独り言を呟く。
1発の弾丸も放つことなく、オレは猛虎族を追い払ったようだ。
とりあえず、勝ったとみていいだろう。
オレがそう思ったその時、ライラの声が聞こえてきた。
「……ビートくん……ビートくん!」
「んあっ!?」
オレは変な声を出し、辺りを見回す。
いつの間にか、個室の中にライラがいた。メイド服を身に纏ったライラは、フルーツサンドが入った包みを持っている。
「ビートくん、どうしたの?」
ライラが訊いてきた。
オレは慌てて辺りを見回し、窓の外も見る。荒らされた形跡はない。窓の外には、先ほどと同じようなグレートタイガーフィールドが広がっている。猛虎族の姿は、どこにもない。
どうやらオレは、眠っていたみたいだ。
「夢……か」
オレはそう呟き、夢の中で猛虎族としたやり取りを思い出した。
『オレはこの先、何があったとしても必ずライラを北大陸に連れて行き、そこで両親と再会させる! そしてオレ自身も、ライラの両親と必ず会うんだ!』
『さっきの宣言、確かに耳にしたぞ! よくぞ云った! それでこそ男だ!』
『その言葉、自分自身との約束にしろ! 忘れるなよ!』
『は……はい!』
そうだ、オレは約束したんだ。
ライラの両親と出会うことに緊張していた自分に、ライラの両親と必ず会うと宣言した。そのことを、夢の中で猛虎族から激励されたんだ。
自分との約束を、破るわけにはいかないよな。
よし、必ずこの約束を守り抜いてみせるぞ!!
オレがそう決めると、ライラが目の前のテーブルに、紅茶の入ったビンを置いてきた。さらにそのまま、包みを置いて包みを開く。包みの中から現れたのは、旬の果物を使ったフルーツサンドだった。
あっという間に、テーブルの上がティータイムへと変化する。
そしてオレの向かい側に、メイド服姿のライラが座った。
「ご主人様、お茶にしましょう!」
「あうっ!」
ライラがオレをご主人様と呼びながら、ウインクを飛ばしてくる。
そのあまりの可愛さに、オレはいとも簡単に落ちてしまった。
どうやら、猛虎族よりもライラのほうが、オレに対しては強いのかもしれない。
オレはそんなことを考えながら、ライラと共に紅茶とフルーツサンドを楽しんだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は9月23日21時更新予定です!
大変長い間お待たせしてしまい申し訳ございませんでした!
本日より連載を再開いたします!
更新をやむなくストップさせてからの間、プロットを作りつつ執筆を進めていましたが、
執筆で使用していたメインのパソコンが頻繁にフリーズするようになり、執筆どころではなくなっていました。
その後、surface GOを手に入れたのでなんとか執筆を再開することができました!
しかし、surface GOはキーボードが若干打ちにくい上に元々外出用として購入したものなので、あくまでも一時しのぎです。
9月22日現在、新しいメインのパソコンを発注し、到着を待っているところです。
新しいパソコンは17万円もしました!!
薄給サラリーマンには厳しい金額ですが、背に腹は代えられませんでした。
なんとか執筆も続けられる体制が整いましたので、新しいメインのパソコンが来て使えるようになるまでは、surface GOでなんとかしのぎます!
今後とも、応援していただきますよう、よろしくお願い申し上げます。





