第135話 狐族の少年リュート
「こちらで少々、お待ちください」
オレたちが案内されたのは、神殿の中にある祭壇の前だった。
そこには2枚のクッションのようなものが置かれていて、小さなテーブルが置かれている。オレたちはクッションの上に座って、リュートが戻って来るのを待った。
「ビートくん、見て!」
ライラが祭壇を見て云う。
オレも祭壇に目を向けた。
決して豪華ではなかったが、そこそこ大きめの階段状の祭壇が鎮座していた。
最上段には丸い鏡が置かれている。その下には燭台が置かれていて、ローソクには火が点いていた。丸いお皿にはお供え物らしき食品が置かれている。
そこまでは良く分かった。
しかし、祭壇の一番下に、どうして銃器が置いてあるのかが、オレには分からなかった。しかもその銃器は、エンジン鉱山でスパナが見つけた、あのAK-47ととてもよく似ている。
「いったい、何が祀られているのかしら?」
「さぁ……オレもこういったものにはあまり詳しくないから、分からないなぁ」
オレたちが首をかしげていると、リュートが戻って来た。
お盆の上に、3つの湯呑みとお茶菓子を乗せて戻って来る。
「お待たせいたしました」
リュートはお盆を机の上に置くと、オレたちの目の前に湯呑みとお茶菓子を置いた。
「お茶が緑色をしてる……?」
「初めて見るお茶だな……」
オレたちは湯呑みを見下ろして、目を丸くした。
中に入っているお茶らしき飲み物が、緑色をしていたからだ。
普通、お茶といえば紅茶で色は鮮やかなオレンジだ。
これまでに飲んできたお茶といえば、それだ。
クラウド家のお茶会で振る舞われてきたのも、そうしたお茶だった。
だが、リュートが出してきたお茶は緑色をしている。
いや、もしかしたらこれはお茶とは似た別の飲み物なのかもしれない。
「これは、緑茶というものです。一般的な紅茶と色は違いますが、同じ茶葉から作られているんですよ」
「えっ、紅茶と同じ茶葉から……!?」
「そうですよ。飲んでいただければ、分かるかと思います」
リュートがそう云うと、オレは湯呑みを手にした。
温かい。中に入っている緑茶というお茶は、紅茶と同じくホットなようだ。
「……いただきます」
オレは、緑茶を一口飲んでみた。
ライラが、少し不安げにオレを見つめているのが分かった。
「……ん? 美味しい……!?」
初めての味だったが、悪くは無かった。いや、むしろ美味しく感じられた。
紅茶とはまた違った風味がある。本当に同じ茶葉から作られているのか、オレは疑いたくなるほどだった。
「初めて飲んだけど、美味しいお茶だ」
「気に入っていただけたようで、何よりです。お茶菓子とも、よく合いますよ」
オレはリュートから勧められたお茶菓子を食べてみる。
そして緑茶を一口飲んでみた。
「……おぉ!?」
リュートの言葉に嘘はなく、確かにお茶菓子とよく調和した。
「う、美味い!」
「本当!?」
ライラも緑茶に手を伸ばし、お茶菓子と一緒に飲む。
少しして、ライラはオレの横で尻尾をパタパタと振った。
「美味しい! 同じお茶とは思えない! 不思議な味がする!」
「気に入っていただけて、嬉しいです」
「ねぇ、これどこで売っているの!? 教えて!!」
ライラがリュートに尋ねる。
「えーと……クラウド茶会の支店で、売っていますよ」
「本当!?」
意外と身近な所で、売っていることが分かった。
今度、クラウド茶会の支店に行ったら、試しに探してみよう。
ナッツ氏に尋ねてみても、いいかもしれない。
オレはそんなことを考えつつ、ライラと共に緑茶を楽しんだ。
「そういえば、少し気になったんだけど……」
お茶を飲みながらリュートと会話しているときに、オレは祭壇に目を向けた。
「あの祭壇の一番下に、どうして銃器が置いてあるんだ?」
「あぁ、あの銃器ですね」
リュートは立ち上がると、祭壇から銃器を手に取って持って来た。
やはりAK-47とよく似ている。しかし、リュートが手にしている銃器の方が、AK-47よりもスマートな印象を与えた。
「これは、STG44という銃器です。30発もの弾丸を連続で撃ち出すことができる、すごい銃ですよ」
リュートが説明した後に、オレはAK-47のことを話した。
同じような銃器が存在していると知ったリュートは、目を丸くしていた。
「へぇ、そんなものが他にもあったとは!」
「そのSTG44という銃は、どこで手に入れたんだ?」
「この、アーリーシュラインの地下倉庫で見つけました。それにしても、STG44と似た銃器があったとは驚きました。世界って、広いんですね」
リュートはそう云うと、祭壇にSTG44を戻した。
「あっ、婚約のネックレス!」
戻って来たリュートの首元を見て、ライラが云った。
オレはその婚約のネックレスを、どこかで見たような気がした。
「あ、気づきました? 実は今度、僕も結婚することになったんですよ」
リュートが嬉しそうに云う。
「婚約者って、どんな人なんですか?」
ライラが問うと、リュートは答えた。
「僕と同じ、狐族の獣人です。美人で優しくて、料理も凄く上手なんですよ。ちょっと気が弱いところがあるので、悪い人にだまされたりしないか不安ですが……あっ、そうだ!」
リュートは手を叩くと、立ち上がった。
「ちょうど今、婚約者が来ているんですよ。お2人と出会えたのも何かのご縁です。ちょっと呼んできますね!」
リュートはそう云って、再びオレたちの前から姿を消した。
「ライラ、あの婚約のネックレスを見て、何か気づかなかった?」
「えっ? わたしは、ただの婚約のネックレスだとしか思わなかったけど……?」
「オレ、あの婚約のネックレス、どこかで見たことがあるような気がするんだ」
「本当!? でも、最近婚約のネックレスをしている人なんて――」
そこまで云いかけて、ライラは口を開けて目を見開いた。
ライラも、何かに気がついたらしい。
「ビートくん、実はさっきから、リュートさんから獣人女の匂いがしていたんだけど……その匂い、どこかで嗅いだことがある様な気がするの」
「やっぱり……!」
「もしかして、婚約者って――」
オレたちの考えていることが、確信に変わった。
そのとき、リュートが戻って来た。
「お待たせしました、こちらが僕の婚約者の――」
現れた獣人族の女性を見て、オレたちは叫んだ。
「「ナズナちゃん!!」」
アーリーシュラインの奥から現れたのは、獣人族桜狐族の女性、ナズナだった。
お昼に別れてから、まさかここで再会することになるとは、思ってもいなかった。
「ビートさんにライラさん!? どうしてここに!?」
「婚約者って、リュートくんのことだったの!?」
「そうですよ!? あれ、云ってませんでしたっけ?」
「聞いた覚えは無かったぞ?」
オレは記憶を遡ったが、ナズナからは婚約者がいると聞いただけで、婚約者の名前までは聞いていない。
まさか婚約者が、アーリーシュラインにいるなんて思ってもみなかった。
「えっ、ナズナ、このお2人と知り合いなの?」
「リュートくん、この方たちが、私を弁護人と一緒になって裁判で助けてくれたのよ」
「そ、そうだったの!?」
驚くリュートに、ナズナが全てを話した。
オレたちはナズナの言葉を聞き、随所で頷いた。
全て、オレたちが立ちあって来たことばかりだった。
「こ……これは、この度は、僕の婚約者が大変お世話になりました!」
ナズナから全ての話を聞いたリュートは、再度オレたちに深くお辞儀をする。
「十分なお礼もできず、誠に申し訳ありません!」
「い、いや、オレたちはそんなお礼なんて求めてないから。なぁ、ライラ?」
「うん! そうだ、お礼じゃないけど……」
ライラがナズナを見て、ウインクをする。
それに気づいたナズナは、リュートの肩に手を置いた。
リュートが、深々と下げていた頭を上げる。
「リュートさん、ナズナちゃんと幸せになって下さいね。わたしたちからの願いは、それだけです」
「……はっ、はい! 必ずナズナを幸せにします!」
リュートは笑顔でそう答え、その後ろでナズナも嬉しそうに笑った。
オレたちも笑顔になり、全員が笑顔になった。
「お茶、御馳走様でした!」
オレたちはリュートとナズナにお礼を云う。
「また、近くに来た時はアーリーシュラインに来てください。美味しいお茶をご用意しておきますから」
「ビートさんにライラさん、お元気で」
「ナズナちゃん、幸せになってね!」
「はい!」
ライラの言葉に、ナズナが笑顔で答える。
その笑顔は、グレーザー孤児院でハズク先生から云われた言葉に対して、ライラがかつて見せてくれた笑顔とどこか似ているような気がした。
「それでは、また!」
「お気をつけて! また来てくださいね!」
オレたちはリュートとナズナに別れを告げ、石段を降りて行った。
そして夕方、オレたちは宿泊先の旅館へと戻って来た。
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次回更新は、9月6日21時更新予定です!





