第134話 アーリーシュライン
さすらいの麺食いの魔女……の2つ名を持つ職業弁護人、ミエ・エルクスギス。
彼女からアーリーシュラインという場所のことを訊いたオレたちは、アーリーシュラインに向かっていた。
行く途中、さらに数人の人に聞き、オレたちはアーリーシュラインがイミフシュフ山という場所にあることを突き止めた。
「ビートくん、ちょっと待って!」
ライラが観光客向けに設置された、クォーツマリンの地図を見て云う。
オレも地図を見た。
「イミフシュフ山って、ちょっと離れているみたい……!」
「ほっ、本当だ!」
ライラの云う通り、イミフシュフ山は今のオレたちが居る場所から離れていた。ミエから街外れにあるとは聞いていたが、正直これは予想外だ。歩いていくには、あまりにも遠すぎる。
「……辻馬車、使うか」
「いいの? おカネかかっちゃうよ?」
「そんなに大した金額じゃないはずだ。行こう!」
オレたちは辻馬車に乗り、アーリーシュラインの近くまで向かった。
辻馬車を降りたところは、竹藪の前だった。これ以上先には、辻馬車は入れないということで、オレたちはそこで辻馬車から降り、御者に運賃を支払った。
「この竹藪の先に、アーリーシュラインがあるの?」
「そうらしい。行ってみようか」
オレはライラと共に、竹藪の中に造られた道を歩き出す。
竹藪に一歩立ち入ると、途端に静かになった。
「なんだか、静かな場所ね……」
「竹藪に入ると、こんなに静かになるんだなぁ……」
しばらく竹藪の中を歩いていくと、石段が出現した。
石段はどこかへ続いているらしく、急ではないが確かに上へ上へと続いていた。
オレたちは石段を上り、上を目指していく。
石段を上りきると、立派な門のようなものが現れた。
朱色に塗られたそれは、どっしりと構えていてまるでオレたちを見下ろしているようだった。その奥には石畳が続いていて、石畳の先には立派な神殿のような建物がある。人の姿は見当たらない。
「入る……?」
「うん、入ってみよう」
オレとライラは、共に足を踏み入れる。
足を踏み入れた瞬間、少しだけ空気が変わったような気がした。
「すいませーん、どなたかいませんかーっ?」
オレは神殿の中を覗き込み、叫んでみる。
神殿の中には誰もいないらしく、声は返ってこない。それどころか、先ほどから人の気配らしいものが全く無い。有名な観光地ではないらしい。
誰もいないのか、たまたま留守にしているのかさえ、オレたちには分からない。
不気味なほど、その場所は静まり返っていた。
「ビートくん、誰もいないみたい……」
「ここ、もしかしたら廃墟なのかも……」
オレはその可能性も視野に入れていた。
しかし、廃墟にしてはきれいすぎる。まるでつい先ほどまで、人がいたかのようだ。
いったい、このアーリーシュラインとは何なのだろう?
なんのために、こんなところに作られたのだろう?
考えれば考えるほど、分からなくなっていく。
オレたちが首をかしげながら、アーリーシュラインの敷地内を歩いていた時だった。
「旅のお方ですか?」
「だ、誰――!?」
突然、声を掛けられ、オレたちは振り向いた。
「あぁ、驚かせてしまいましたか。これは失礼いたしました」
オレたちが振り向いた先に居たのは、1人の獣人族狐族の少年だった。オレたちと同じくらいの歳で、古風な衣服に身を包んでいる。首元には、婚約のネックレスをつけていた。その少年はどことなく、オレと似ているような気がした。
狐族の少年は、オレたちに近づいてくる。
「僕は、このアーリーシュラインを住み込みで管理している、リュートというものです。どうぞよろしく」
リュートと名乗った少年は、礼儀正しく挨拶をして頭を下げた。
「ビートです」
「ビートくんの妻の、ライラです」
オレたちも挨拶をする。
「アーリーシュラインへ、遠路はるばるようこそいらっしゃいました」
「あの、アーリーシュラインって、何ですか?」
オレが訊くと、リュートは嬉しそうに口を開いた。
「アーリーシュラインとは、この建物の事です。いえ、この建物がある敷地内全体を指した方がいいかな。……一応、古の時代に信仰されていた宗教の本山なんですよ」
リュートがアーリーシュラインについて説明してくれる。
そのとき、リュートの視線がオレたちの首元に向いた。
「それは婚姻のネックレス……お2人は夫婦なのですね?」
「はい。実は、オレたちは――」
「あの! ここに銀狼族が来たことって、ありますか!?」
ライラがオレの言葉を遮って、リュートに尋ねる。
「銀狼族ですか? はい、数は多くありませんが、何度か見かけたことがありますよ」
「その中に、わたしとそっくりな人って、いませんでした!?」
「うーん……申し訳ありません。最後に見たのが4~5年ほど前なので、よく覚えていないんです」
「そうですか……」
ライラが残念そうに、獣耳を力なく垂らす。
「もしかしてライラさんは、銀狼族ですか?」
「はい!」
ライラがそう云うと、リュートは目を丸くした。
「そうでしたか。これは珍しいお客さんですね」
すると、リュートが神殿を手で示した。
「立ち話も何なので、中でお話ししませんか? お茶をお出しします」
「あの、いいんですか?」
オレが尋ねると、リュートは頷いた。
「ご遠慮することはありません。これまでにもお茶をお出ししたことはあります。どうぞ、上がって行ってください。あ、履物はこちらで脱いでくださいね」
リュートがそう案内し、神殿の中へと入って行く。
「ビートくん、どうする?」
「せっかく誘ってくれたんだ。お茶を飲んで行かないのも悪いから、御馳走になって行こう」
「賛成! わたし、少し喉が渇いていたからお茶が欲しかったの!」
ライラはそう云って、早速は着物を脱いで神殿へと上がって行く。
オレも履き物を脱ぐと、神殿へと足を踏み入れた。
オレたちは初めて、宗教の施設へと足を踏み入れることになった。
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