第132話 悪徳金貸し
ピィーッ!
センチュリーボーイが高らかに鳴らす汽笛を、オレたちは食堂車で朝食を食べているときに耳にした。
「ビートくん、あれ!」
ライラが前方を指し示し、オレはその先を見る。
指さす先に、大きな街が見えてきた。
「あれが、クォーツマリンだ」
「すっごく大きな街ね!」
ライラが目をキラキラさせながら、スクランブルエッグを口に運ぶ。
「今度の街は、どんな所なのかすっごく楽しみ!」
クォーツマリン。
工業が発達しているためか、観光は他の大陸に比べて乏しい印象が拭えない東大陸だが、このクォーツマリンは東大陸が観光に乏しいことが嘘であることを証明する場所だ。
年間を通して四季がはっきりしていて過ごしやすく、季節に合った生活様式を楽しむことができる暮らしやすい街だ。海も山もあり、さらに温泉、史跡、劇場などが揃っている。ボートレースが盛んなマリナとは一駅しか離れていないことから、ボートレースを見に行くのもすぐというアクセスの良さもある。
東大陸で暮らす人の大半は、このクォーツマリンかギアボックスのどちらかを生活の拠点にするという。
アークティク・ターン号が、クォーツマリン駅に到着する。
ホームに滑り込むように入って行き、スピードを落としていくアークティク・ターン号。各車両のデッキには、停車を今か今かと待ちわびている乗客たちが押し寄せていた。一刻も早く、クォーツマリンに出たいらしい。
そしてアークティク・ターン号が完全に停車すると、乗客たちがホームへと溢れだした。停車時間は、初めてとなる120時間が設定された。
乗客と、アークティク・ターン号から荷物の積み下ろしをする駅員でごった返すホーム。しかしすぐに乗客は改札を抜けてクォーツマリンの街に散らばって行った。
ホームが静かになると、オレとライラは個室を出た。
人が少なくなったクォーツマリン駅のホームを歩いていき、改札を抜けてクォーツマリンの街へと繰り出した。
「まずは、クォーツマリンに滞在している間に生活拠点となる宿を探そうか」
「賛成! 温泉がある街に来たんだから、温泉に入れる場所がいい!」
ライラの一言で、宿泊していくのは温泉旅館に決定した。
オレたちは地図を見ながら、温泉旅館を探してクォーツマリンの街を歩き回った。
しばらく歩いて、オレたちは温泉旅館「蒼の泉」に宿泊することに決めた。
チェックインを済ませ、宿泊する部屋を選んで料金を支払う。ここは前払い制らしく、最初に宿泊する日数だけの料金を支払った。料金を支払うと、オレたちの前に 獣人族青狐族の女性従業員がやってきた。
「蒼の泉を選んでいただき、ありがとうございます」
従業員は一礼する。
「お部屋までご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
「よろしくお願いします」
オレたちは従業員の後に続いて、宿泊する部屋へと向かった。
「わぁ、すごーい!」
部屋に入ると、ライラは窓際に駆け寄った。大きな窓からは、海がよく見えた。クォーツマリン駅も見えて、アークティク・ターン号が停車しているのもはっきりと見える。
なんて眺めが良い部屋なんだろう。
部屋を選んだオレも、その眺めの良さに思わずため息をついてしまう。
「当旅館自慢の景色でございます」
「ビートくん、わたしここ気に入った!」
ライラが尻尾を振りながら云う。
「それでは、お部屋の使い方と温泉についてご説明いたしましょうか?」
従業員の言葉に、オレたちは頷いた。
一通り、部屋の使い方と温泉について話を聞き、最後にお茶を淹れてもらう。部屋に備えつけられていたお茶は、クラウド茶会の紅茶だった。
いい紅茶を仕入れているなと、オレとライラは微笑む。
「それでは、私はこれにて失礼させていただきます。貴重なお時間を頂き、ありがとうございました。何かございましたら、いつでもフロントまでご連絡ください」
「あっ、待って!」
ライラが従業員を呼び止め、チップを手渡した。
「そ、そんな! 受け取れません!」
「いいから、取っておいて!」
従業員は丁重に断ろうとしたが、最終的にはライラに押される形で、チップを受け取った。
部屋を確保したオレたちは、クォーツマリンの街を散策することにした。
旅館を出て、すぐ近くの繁華街へとオレたちは足を踏み入れる。
「ビートくん、美味しそうなものがいっぱい売ってる!」
「すごい人だな」
繁華街には多くの店が並んでいて、食べ物が多く売られていた。まるでお祭りみたいだなと、オレは並んでいる店と買い食いをしている人たちを見て思う。
オレたちは食べ歩きを楽しみながら、繁華街を進んで行く。
「銀狼族、いないね……」
ライラが辺りを見回しながら云う。その声には、少しだけ寂しさがにじみ出ていた。
オレはそんなライラの肩を抱く。
「ライラ、大丈夫。オレが、いつでもついているから」
「ビートくん……ありがとう」
ライラがそっと、オレの肩に頭を置く。
そのとき、いきなり前方で悲鳴が上がった。
「キャーッ!」
突然の悲鳴に驚き、オレたちは顔を見合わせる。
「なんだろう!?」
「行ってみよう!」
ライラの言葉に頷き、オレはソードオフを取り出した。
オレたちが声がする方に走って行くと、ピンクの髪を持った獣人族の女性が、1人の人族の男に捕まっていた。人族の男は、高価そうな衣服を身に纏っているが、それを台無しにするかのような黒いローブを上から着ている。
「来いっ!」
「やめてぇ!」
「この野郎、金を返しやがれ!」
「放して! そんな高い金利、いくら働いても返せない! 無茶苦茶よ!」
「てめぇ、踏み倒す気か! いい度胸してるな。借りておいて返さないのは、泥棒と一緒だぞ!」
「そもそも、断ったじゃない! どうして借りてもいないものを返さないといけないの!?」
「このアマ! 死ぬまでカネの奴隷にしてやる!」
男が獣人族の女性を、どこかに連れて行こうとしている。
話している内容は、どこからどう見てもマトモじゃない。
厄介事に首を突っ込むのは好きじゃないが、このまま見てみぬフリをすることはできなかった。
「止まれっ!」
オレはソードオフを向け、引き金を引く。
銃口から飛び出したのは、トウガラシの粉を詰めた非致死性弾の、レッドペッパーボムだ。
「うわっ!?」
黒いローブの男に命中すると、中からトウガラシパウダーが飛び出し、辺りに舞う。
それを吸い込んだ男は、涙を流しながら咳をし、咽る。
「ライラ、警戒を頼む!」
「まかせて!」
オレはライラにソードオフを手渡し、黒いローブの男から獣人族の女性を引き離す。トウガラシパウダーが舞っている中に、ライラを向かわせるわけにはいかなかった。
「大丈夫ですか?」
「あっ、ありがとう……ゲホゲホッ!」
獣人族の女性が苦しそうに咳をする。レッドペッパーボムのようなスモーク系統の非致死性弾の欠点は、特定の対象のみに攻撃を向けることができないことだ。こうして必ず巻き添えを覚悟しないといけない。
「さ、早くこっちへ――!?」
そのとき、黒いローブの男を見たオレは、相手が誰なのか分かった。
「お、お前は悪徳高利貸しのシャイロック!」
オレが叫んだ。
「ビートくん、シャイロックって誰?」
「金の亡者だ! 高利貸しをしていて、そのバカ高い金利で今までに何人もの人を地獄に叩き落としてきたとんでもない奴だ!」
ライラとソードオフと獣人族の女性を交換したオレは、再装填してソードオフの銃口を再びシャイロックに向ける。
「そうだ! よくも邪魔をしてくれたな!」
シャイロックはそう云って襲い掛かろうとするが、オレのソードオフを見ると動きを止めた。この距離なら、ソードオフは絶対にシャイロックから狙いを外すことは無い。そのことは、シャイロックもよく分かっているらしい。
額に汗を浮かべて、オレとソードオフを交互に見てくる。
オレはその間、ソードオフの引き金に指を掛けたまま動かなかった。
「……くそっ、覚えていやがれっ!」
分が悪いと判断したらしい。まるで悪党が負けたときのような捨て台詞を吐いて、シャイロックは立ち去って行く。
「ビートくん、やったね!」
ライラがそう云うが、オレはまだ安心していなかった。
もしかしたら、シャイロックが強力な武器を持って戻って来るか、仲間を読んでくるかもしれない。
そうなる前に、ここを立ち去った方がいい。
「いや、まだ安心するのは早い。一刻も早く、ここを離れよう!」
オレの決定に、反対する者は誰もいなかった。
ライラと共に獣人族の女性を連れて、オレたちはその場を離れた。
喫茶店に入ったオレたちは、店内の奥にある席に座った。ここからなら、通りからは死角になる位置にあるため、外から見られることは無い。そもそも、この獣人族の女性は髪の色がピンクなのだ。ただでさえ目立つのだから、少しでも人目を避けられる場所のほうが今のオレたちには必要だった。
「助けていただき、ありがとうございました。私は、獣人族桜狐族のナズナと申します」
女性はナズナと名乗った。自己紹介で、ナズナの年がオレたちと同じであることが分かった。
親近感が湧いたオレたちは、同じように自己紹介をして、ナズナに名前を伝える。
「ナズナさん、どうしてシャイロックなんかに捕まっていたのですか?」
「……ご想像の通りだと思われますが、助けていただいたお礼に全てをお話しいたします」
ナズナが語ったのは、次の通りだった。
ナズナは獣人族狐族の男性と婚約しており、結婚式を挙げるために必要なおカネを工面しようとしていた。しかし、おカネを借りる当てが無かったため、仕方がなく悪名打開高利貸しのシャイロックからおカネを借りようとした。
すると、シャイロックは突然一時金としてある程度の現金を渡して「おカネはいくらでも貸す。だが指定された期日までにおカネを返さないと、娼館に性奴隷として売り飛ばす」という内容の契約書を交付してきた。
結婚を間近に控えているというのに、そんな内容の契約書に納得してサインなどできるはずがない。それなら、おカネは借りない方がいい。
そう判断したナズナは、一時金をその場で返した。
しかしシャイロックは「一時金を受け取ったのなら、もう借りたも同然だ! 利息だけでも払ってもらう。明日まで待つ! それまでにおカネを用意しろ! 用意できないなら裁判にも訴える!」と返済を迫って来たという。
「どうにかして利息分を払わないと、このままじゃ性奴隷にされてしまうの。でも、これから結婚するというのに、そんなことは絶対に嫌!」
ナズナはそう云って、奥歯を噛みしめた。
オレはあまりの内容に絶句する。一時金を一切使ってもいないのに、受け取っただけで利息を発生させるなんて、常軌を逸している。シャイロックのやり方は、その道の人でさえ真っ青になるようなやり方だ。普通の金貸しが、良心的な商売をしているように見えてくる。
「ビートくん……」
ライラが、オレに視線を向けてくる。
「シャイロックって高利貸し、いくらなんでもメチャクチャすぎじゃない?」
「だから、あいつは悪名高い高利貸しになれたんだよ」
「ナズナさんがこのまま性奴隷にされるなんて、間違っていると思うの!」
「オレも、そう思うよ」
オレの言葉に、ライラは口元をゆるませて頷く。
オレも頷くと、ナズナに向き直った。
「ナズナさん、オレたちも力になるよ」
「大丈夫! あんな男なんかに負けちゃダメ! 結婚して幸せになりたくないの?」
「……幸せに……なりたいですっ!」
ナズナの言葉に、オレとライラは頷いた。
「それじゃあ、やることは決まっているわ!」
「おカネを、用意するんですか?」
「そうじゃなくて、おカネを払わないこと!」
ライラの言葉に、オレも頷いた。
対するナズナは、正気かと思うような目でオレたちを見つめてくる。
「そ、そんなことをしたら、私は!」
「大丈夫。このまま裁判に持ち込むの!」
ライラの言葉に、ナズナはキョトンとした。
「ナズナちゃん、冷静になって。相手は一時金を使ったのならともかく、手渡しただけで利息を要求してきたのよ。そんなことをするような奴の云うことを訊いていたら、相手はますます図に乗るだけ。そうなったら、ナズナちゃんは永遠におカネを返し続けなくちゃいけなくなっちゃう。そんな状態で、結婚できると思う?」
「思わない……です」
「でしょ? シャイロックは、ナズナちゃんを結婚から遠ざけようとしているの。ナズナちゃんは、結婚したいんでしょ?」
「したい……です」
「シャイロックは、おカネでナズナちゃんの結婚を邪魔する悪い奴よ。ナズナちゃんはそんな奴に、自分の人生を左右されたいの? 大好きな人との結婚を、ぶち壊しにされたいの?」
「されたくない……です!」
ライラが次々に問いかけ、それに答えていくナズナ。
いつしかナズナの目には、怒りの炎が宿っていた。
「ナズナちゃん、わたしたちはナズナちゃんのお手伝いをしたいの。そのためには、ナズナちゃんの協力が必要不可欠。協力してくれる?」
「はい! 協力します!」
「じゃあ、シャイロックにおカネは返さない。借りていないんだから、返す必要なんかない。でしょ?」
「はい!」
「これで決まりね!」
ライラがそう云うと、ライラとナズナはテーブルを挟んで握手を交わした。
「ライラさん、ビートさん、よろしくお願いします!」
「まかせて!」
こうしてオレたちは、ナズナに協力することになった。
その後、店を出たオレたちはナズナと別れて旅館に戻った。ナズナは念のため、婚約者の所に身を潜めると告げて別れた。
それにしても、ナズナの婚約者は何をしているのだろう?
気になったが、今はそっちに気を取られている場合ではなかった。
翌日。
「やっと見つけたぞ!」
喫茶店で落ち合っていたオレたちとナズナの元に、シャイロックが姿を現した。
いったい、どこでオレたちがここで落ち合うという情報を入手したのだろう?
突然のことで驚いたが、オレたちの意思に変更はない。
オレとライラが目で合図を送ると、ナズナが頷いて立ち上がった。
ナズナはシャイロックの目をじっと睨みつける。
そこに居るのは、昨日までのナズナではない。
「さぁ、利息を払ってもらおう!」
シャイロックの要求に、ナズナは首を横に振った。
「おカネは払いません!」
「なんだとぉ!?」
「そもそも、借りてもいないものを返す必要などありません! あなたがやっていることは、ヤクザ以下のことです!」
ナズナが立て続けに云うと、シャイロックは顔を真っ赤にしていた。
怒りの表情からは、湯気が立っている。
暴発寸前のボイラーみたいだと、オレは思った。
「こ……このアマァ!!」
シャイロックが怒鳴った。
「もう利息などいらん! 裁判だ! お前を裁判で性奴隷にしてやる!」
激怒しながら、裁判に訴え出ることを告げるシャイロック。
こうして、オレたちとシャイロックの間で、裁判が始まることになった。
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