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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第10章
133/214

第131話 白猫族の少女ナナ

 アークティク・ターン号のスピードが落ちてくる。

 駅が近いと見たオレは、窓に駆け寄り、前方を見た。


「次の停車駅がある町だ!」

「えっ、本当!?」


 オレの声に、ライラが反応して窓に駆け寄ってくる。

 窓を開けると、ライラが少しだけ窓から顔を出して前方を見る。


 少し離れた場所に、街が見えた。海に近く、海岸線に沿って町が広がっている。

 ミズスク領パコタ地方の町、マリナだ。


「あそこに、次の停車駅があるのね?」

「あぁ。あそこに停車するのは、24時間くらいかな」

「久しぶりの停車駅。何があるのか、楽しみね!」


 ライラの言葉に、オレは頷いた。

 アークティク・ターン号は、マリナに向かって走り続けていく。




 マリナの町に入る直前当たりから、よりスピードが落ち始めた。アークティク・ターン号のスピードは、馬車並みの速度まで落ちて行った。

 前方に駅が見えて、駅員がホームに立っているのも確認できた。オレは窓を閉め、様子を伺う。ホームに列車が入ると、さらに速度が落ちて行き、やがて停車した。

 駅員がプラカードを掲げ、ホームを歩き回る。プラカードには『マリナに到着いたしました。停車時間は24時間です』と記されている。

 懐中時計を取り出して、時刻を確認すると、ちょうど11時だった。


「ライラ、降りようか?」

「もちろん!」


 ライラはすでに、降りる準備を整えていた。

 オレも財布や手帳など必要なものだけを持ち、降りる準備をする。どこかの旅館やホテルに泊まるわけではないから、荷物は必要最小限でいい。


「おっと!」


 オレは置いてあったソードオフを手にすると、背中に隠した。

 RPKほどのものはいらないが、これくらいは持っておいた方がいい。


「これは持って行かないとな……」

「ビートくん、追いてくよー?」

「待ってよ!」


 オレはライラに続いて個室を出ると、ドアを閉めて鍵を掛けた。

 列車から降り、そのまま他の乗客たちと共にホームを進んで行き、改札を抜けて駅を出た。

 オレとライラは、つないだ手を一度も放さなかった。




 ミズスク領パコタ地方マリナ。

 海に面したこの町では、ボートレースが盛んに行われている。各地から腕利きのレーサーたちが集まり、自慢の高速艇で競い合っている。

 次の停車駅である大都市のクォーツマリンからも近いためか、観光客も多く訪れていた。


「せっかくだからさ、ボートレースを見ていこうよ!」


 オレは購入した新聞を見て云う。その新聞は、他の場所で読まれている新聞とは少し異なっていて、スポーツやレースのことが多く書かれていた。いや、ほとんどがスポーツにレース、ギャンブルといったもので、世の中の動向などはそんなに多く書かれていない。


「いいね! そうしよう! わたし、ボートレース見るの初めて! ビートくんは?」

「オレだって初めてだよ。だって、今まで一緒にボートレース見に行ったことなんて、あったか?」

「それもそうね!」


 そんな他愛無い会話を交わし、オレたちは笑い合う。


「えーと、次のレースは……」


 オレは新聞に目を落とし、次のレースを確認する。

 お昼がちょうど終わった13時に、今日の午後のレースがあった。


「13時から始まるみたいだ」

「じゃあ、早速港に行こう!」

「でも、まだお昼を食べてないよ?」

「港に行けば、きっと何かあるよ!」


 ライラの言葉に、オレは頷いた。

 西大陸西部の港町マルセ、西大陸東部の港町ニューオークランド。

 これまで旅してきた港町には、ほぼ必ずといっていいほど、美味しいものがあった。ライラの言葉は、何も間違っていない。


「よし、今からレース場に行って、そこで食べながらレースが始まるのを待つか!」

「賛成!」


 ライラが尻尾をブンブンと振る。

 そのままオレたちは、港にあるボートレース場に向かった。




 ボートレース場は、海を臨むように建てられていた。レースの前で昼時だというのに、大勢の人が集まっていて賑わいをみせている。

 オレたちは入場券を買い、中にある売店でサンドイッチとジュースを買って、入場券に記された席に座る。


「すごい人ね……」

「ボートレースって、人気があるんだなぁ」


 オレたちがそう云っていると、1人のオッサンがやってきた。


「よう、兄ちゃんと姉ちゃん。13時からのレースで、どの選手が優勝するか賭けてみないかい?」

「えっ、あんた誰?」

「オレはこのレース場で、長いことボートレースを見続けている、ただのオヤジさ」


 オッサンはそう云うと、何枚かのチケットのようなものを取り出した。


「予想が当たれば、今の持ち金を10倍や100倍。賭ける金額によっては、それ以上に増やすことだって、できるんだぜ?」

「ほ、本当……!?」

「あぁ。兄ちゃんが持っているその新聞、それに今日のレースに出場する選手の一覧表とデータが載っている。それを見て、どの選手に賭けるか決めたら、あそこでクジを買って来るんだ」


 オッサンはそう云って、上の方にある券売所を指さした。


「決めたら、買ってくるといいぜ」


 オッサンは取り出したチケットのようなものを懐にしまうと、オレたちの前から姿を消した。


「10倍や……100倍に……」


 オレは生唾を飲み下し、新聞をめくる。

 確かに中の方に、ボートレースの選手一覧が載っていた。そこにはこれまでの勝敗回数やボートのエンジンの種類まで載っている。

 なるほど。これを見て優勝しそうな選手を選んでおカネを賭けるのか。そして見事的中すれば、賭けた金額以上になって返ってくる。

 これは、買うしか――!


「ビートくん、ダメだからね?」


 突然、ライラがそう云った。

 驚いてライラを見ると、真剣なまなざしでオレを見つめている。


「こういうギャンブルって、当たる確率は低いし、それにどんなに大きな払い戻しがあったとしても、最後には必ずギャンブルを主催する側が得をするようにできているのよ。大切なおカネなのに、そんなことに使うなんて、絶対にダメよ?」

「だけど、この前のゲロンさんとの時は、何も云わなかったじゃないか」


 オレはギアボックスの奴隷商館で、ゲロンとカードゲームで勝負したときのことを思い出す。


「あれはおカネじゃなくて、情報を賭けての勝負だったから、何も云わなかったの。でも、これはおカネを賭けるからダメ」

「でも、1回くらいなら……」

「ビートくん、ハズク先生からも云われたじゃない。『賭け事は控えましょう』って。まさか、忘れたわけじゃないよね……?」

「うぐぅっ……!」


 その言葉は、オレも聞き覚えがあった。

 アルバイトが許可されるようになってから、友達とボードゲームの勝敗でわずかなおカネを賭けていたことがバレたときに、ハズク先生から云われた言葉だ。もちろん、賭け事をしていたオレと友達はこっぴどく怒られた。


「……はい」


 オレは賭け事を諦め、新聞を捨ててサンドイッチを口に運んだ。

 それからしばらくして、ボートレースが始まった。



 ボートレースが始まると、会場全体が熱気に包まれ、オレたちもそれに巻き込まれた。

 小型の高速艇が次から次へと追い越しては追い抜かれを繰り返し、その度に観客席から歓声が上がった。

 レースは何度か行われ、最後のレースで本日の優勝者が決まった。

 優勝したのは、ソードフィッシュ号というボートに乗っていた、シャチという獣人族黒猫族の少年だった。シャチは賞金を受け取り、結果を見届けた人々は、次から次へとレース場から去っていく。

 賭け事をしていた人たちの中で、予想が外れた人は購入していたチケットを破り捨てて、肩を落としてレース場を後にしていく。ほとんどの人が予想を外していたらしく、払い戻しを受けている人はごくわずかだった。


 ライラの言葉に従って、良かったのかもしれないな。

 オレは肩を落としながらレース場を去っていく人々を見て、そう思った。




 レース終了後。

 オレたちは桟橋に並んだボートを見ていた。どれも先ほどのレースで使われたもので、今はレースの最中に猛スピードで水面を駆けていたのが嘘であるかの如く、静かに波に揺られていた。


「あれっ、ビートくん、あそこ!」


 ライラが指し示した先を、オレは見る。

 桟橋に係留されたボートの近くに、誰かが居た。


「誰かいるな……」

「ねぇ、ちょっと行ってみようよ」


 ライラに促され、オレたちは行ってみることにした。

 近づいていくと、相手の姿がハッキリと見えてきた。獣人族白猫族の少女で、目の前に係留されているボートを見つめている。


「すいませーん」


 ライラが声をかけると、白猫族の少女はオレたちの方を見た。


「あの、あなた方は……?」

「わたしは獣人族銀狼族のライラ。こっちはわたしの夫のビートくん。あなたは?」

「私は、獣人族白猫族のナナといいます」


 ナナと名乗った少女は、そう云ってスカートの裾を軽く持ち上げる。どうやら、育ちはいいみたいだ。


「ボートを見つめていたから、何をしているのかなと思って、声を掛けたんだ」

「えっ、そんなにボートを見つめていました!?」


 突然、ナナは顔を赤らめる。ボートを見つめていただけで、どうしてそんなに赤面するのか分からなかった。オレとライラは顔を見合わせ、不思議そうにナナを見つめる。


「わ、私はそんなに、ぼ、ボートを見つめていたなんて……お、思っていないんで、ですが……」

「ナナちゃん、落ち着いて?」


 ライラがそう云って、ナナをなだめる。

 オレはナナが見つめていたボートを見つめた。ボートの名前は、ソードフィッシュ号というらしい。

 そういえば、今日のボートレースで優勝したシャチという少年が乗っていたのは、このソードフィッシュ号だった。


「もしかして、このソードフィッシュ号というボートに乗っていた、シャチっていう選手と何か関係があるのか?」

「!!?」


 オレが指摘すると、ナナが顔を真っ赤にする。今すぐにでも湯気が出てオーバーヒートしそうなほどに、真っ赤になっていた。


「そ……そこまで分かってしまいましたら、もう隠せません……」


 ナナはそう云って、オレたちに語り始めた。



 ナナはマリナで生まれ、海とボートを見ながら育って来た。

 そして今日のレースで優勝したシャチという少年に、恋をしているのだという。ナナは毎日、この桟橋に来てシャチが使用しているソードフィッシュ号を眺めるのが、ほぼ唯一といっていいほどの楽しみだった。

 ナナはいつか、シャチに告白することを夢見ていた。


「実は……シャチはわたしの幼馴染みなんです」

「へぇ、そうなんだ!」


 ライラが嬉しそうに云う。


「わたしたちも、幼馴染みなの! ね、ビートくん!」

「あぁ、そうだな」

「えっ! 幼馴染み同士で、結婚しているんですか!?」


 ナナがオレたちの首元を見て云う。どうやら、婚姻のネックレスに気づいたらしい。


「うらやましいです! あの、よろしければ幼馴染み同士で結婚するにはどうしたらいいのか、教えて下さい!」

「え、えーと……それじゃあ、役に立てるか分からないけど……わたしたちのなれ初めから、お話ししてもいい?」

「お願いします!」


 ナナがライラに頭を下げる。

 ライラの視線に対し、オレはそっと目で頷いた。ここまでされたら、話さないわけにはいかないだろう。

 ライラは頷くと、ナナにオレたちが結婚に至るまでの経緯を話し始めた。



「……そうだったんですか」


 ライラから、オレたちのなれ初めから結婚に至るまでのこと全てを聞いたナナは、そう云った。


「だからナナちゃんも、自分の思いはちゃんと相手に伝えてね。自分の口から直接云えば、必ずシャチくんも応えてくれるはずだから!」

「はい! ありがとうございます! 明日のレースの後、シャチくんに私の思いを全て、伝えます!」


 ナナはオレたちにお礼を云うと、そろそろ帰らないといけないと云うことで、桟橋を町の方に向かって駆けて行った。


「さて、オレたちもそろそろ行こうか」

「うん!」


 オレたちは手を繋ぐと、桟橋を後にした。




 アークティク・ターン号に戻って来ると、オレたちは先にシャワーを浴びた。

 海風にさらされていたためか、肌が少しベトベトしていた。このままでは、スキンシップもままならない。


「ふぅ……」


 オレがシャワーから戻って来ると、入れ替わるようにしてライラがシャワーを浴びに向かう。一度だけ、ライラが一緒にシャワーを浴びようとしたことがあった。しかし、さすがに公共の場では止めた方がいいとオレが止めた事と、シャワー室が1人用のスペースしかなくて2人同時に入ることは無理だったため、今まで列車では一緒にシャワーを浴びたことは無い。

 オレはベッドに腰掛けながら、ライラが戻って来るのを待った。


 しばらくして、ライラがシャワーから戻って来た。


「おまたせ、ビートくん!」

「ライラ! その尻尾は!?」


 オレは尻尾を指し示して問う。

 いつもよりも、モフモフしているように見えた。


「あぁ、これ? なんだか新しく熱風で髪を乾燥させる道具が追加されたみたいだから使ってみたの。そうしたら、こうなっちゃった」

「さ、触っても……いい?」

「ビートくんってば、本当に好きなんだから……」


 ライラはオレの隣に座ると、オレに尻尾を差し出してきた。


「はい。いいよ」


 その一言で、オレはライラの尻尾に飛びついた。

 見た目に嘘はなく、いつもよりもモフモフしていた。


「ふはぁー、幸せ」

「あんっ! も、もうっ……ひゃんっ!」


 ライラが喘ぐ声も、いつもと少し違うような気がした。



 夕食後、個室に戻って来ると、ライラが云った。


「ビートくん、明日もレースってあるのかしら?」

「多分、あるんじゃないかな?」


 オレはライラの問いに答える。ライラは櫛を使って、尻尾の毛を手入れしていた。


「じゃあ、明日もレースを見に行こうよ!」

「ライラ、もしかしてボートレースに目覚めたの?」

「違うわよ。ナナちゃんが告白するところが、気になるの。ナナちゃん、明日のレースでシャチくんが優勝したら、告白するって云ってたじゃない」


 ライラの言葉で、オレはナナのことを思い出した。ライラの尻尾をモフモフしていて、すっかり忘れていたことだ。

 明日のレースでシャチが優勝したら、ナナはシャチに自分の思いを全て伝える。

 確かにそう云っていた。


「わたし、それを見届けたいの」

「だけど、明日の出発は11時だ。それまでに行われるレースで、シャチが出場して優勝すればいいけど……」

「ビートくん、明日の新聞に情報が載ると思うから、それを見て決めよう!」

「わかった。明日の朝、すぐに新聞を買って来るよ」


 オレはライラとそう約束して、ベッドに寝転がった。




 同時刻。ボートレース場近くの桟橋。

 そこにランタンを持った2人の獣人族の男がやってきた。


「よし、あったぞ」


 1人の男が、係留されているボートを指し示す。

 ボートには「ソードフィッシュ号」と船名が書かれている。


「おい、あれを持ってこい」

「わかりやした」


 もう1人の男がそう云って、暗闇の中で小さなタルを手にした。男はそれを受け取ると、もやい綱を使ってボートを引き寄せ、ボートに飛び乗った。

 そしてボートのエンジンルームを開ける。エンジンルームの中を照らすと、ボートのエンジンが見えた。その中に、タルをくくりつけて、エンジンと結びつける。


 ボートに飛び乗っていた男が、桟橋に戻って来た。


「よし、引き上げるぞ!」

「はいっ!」


 2人の男は、ランタンを手にして桟橋から走り去っていく。

 そのとき、1人の男が1冊のノートのようなものを落としたが、気づくこと無く走り去って行った。


 落としたそのノートには「航海日誌」と書かれていた。




 翌日、オレとライラはボートレース場に来ていた。

 新聞の朝刊を見て、シャチが出場するレースが、朝の9時から行われると知ったオレたちは、朝食を素早く食べてこのボートレース場にやってきた。

 1時間前だというのに、ボートレース場は朝から賑わっている。本当にボートレースは、人気がある競技らしい。


「ビートくん、早くしないといい席取られちゃうよ!」

「ライラ、オレたちってレースを見に来たんだっけ? それとも、ナナの恋の行く末を見守りに来たんだっけ?」


 オレはライラに問いかける。そのことといい席と、何か関係があるのだろうか?

 レース結果だけなら、後で掲示板でも分かる。


 オレたちが入場券を購入するための列に並ぼうとすると、聞き覚えのある声がしてきた。


「ビートさん、ライラさん!」

「ナナちゃん!?」

「ナナの声だ!」


 すぐにオレたちは、ナナの声だと分かった。

 辺りを見回すと、レース場の近くで、ナナがオレたちに向かって手を振っている。しかし、表情には焦りの色が見えていた。

 何か、よくないことでも起きたのかもしれない。


 オレが行列から抜け出すと、ライラもそれに続いた。

 オレたちは走って、ナナに近づいていく。


「ビートさん、ライラさん、助けて下さい!」

「ナナちゃん、どうしたの!?」

「こ、これを見て下さい!」


 ナナがそう云って差し出してきたのは、航海日誌というものだった。

 オレは航海日誌を開き、ページをめくって行く。


「一番最後の、日付が新しいページを見て下さい!」


 ナナから云われた通り、オレは日付が新しいページを開いた。


「こ、これは……!?」


 そこには、驚くべきことが描かれていた。


「明日……ソードフィッシュ号に、爆弾を仕掛ける。これでエンジンをかければ、シャチはレース中に海の藻屑だ。もう誰にも止められない。ざまあみろ。黒猫野郎。ナナは俺の物だ。……ナナ、これって本当か!?」

「間違いありません、これはヘーウッドという、獣人族ドラ猫族の男の航海日誌です」

「ヘーウッドって、誰なの?」


 ライラの問いに、ナナは語りだした。

 ナナによると、ヘーウッドもシャチと同じ、ボートレースの選手らしい。そしてヘーウッドは、ナナを自らの妻にしようとしているというのだ。

 だが、ナナはシャチのことが好きだ。ヘーウッドのことは好きではない。

 それでもお構いなしに、ヘーウッドは求婚をしてくるため、ナナは困っていたらしい。特に、ナナがシャチのことを好きだと知ってからは、シャチに対する嫌がらせもしてくるようになったとか。


 どうしてそんな大事なことを話してくれなかったのか、ナナを攻めたくなったが、今はそんなことをしている場合ではない。

 なんとかしないと、シャチの命が危ない!


「シャチは、このことを知っているのか!?」

「まだ知らないはずです! ついさっき、わたしもこの航海日誌を拾ったばかりなんです。でも、早く伝えないとレースが始まってしまいます。それに、ボートのエンジンをかけてしまったら、もう止められません!」


 だんだんと、ナナの声が涙声になっていった。


「お願いします! シャチを助けて下さい!!」


 オレたちは視線を交わすと、頷いた。

 ここまで必死になってお願いされたら、とても断る気にはなれない。


 しかし、オレたちの力だけで解決できないことは明白だ。


「ライラ、ナナのことを頼む。あと、騎士団に連絡を!」

「まかせて!」


 ライラは二つ返事で頷き、ナナの肩を抱いた。

 よし。さすがはオレの妻だ。


「オレは、なんとかしてシャチがボートのエンジンをかけるのを阻止する!」


 オレはソードオフを取り出して、駆け出した。

 向かう場所は、昨日ナナと出会った、あの桟橋だ。


 頼む、間に合ってくれ――!!




 オレは走り続けた。早くしないと、シャチの命が危ない!

 競技用の高速艇が停泊している桟橋を走りながら、オレはシャチを探した。

 そして、昨日ナナと出会った桟橋に繋がれたソードフィッシュ号の前で、新聞で見た顔の獣人族黒猫族の少年を見つけた。


 あれがシャチだ。間違いない!

 シャチはソードフィッシュ号のもやい綱を手繰り寄せ、ソードフィッシュ号に乗ろうとしていた。


「おーい!」


 オレが叫ぶと、シャチは耳をピクリと動かし、オレの方を見る。


「だ、誰だ!?」

「そのボートから、離れるんだ!」


 オレは再び叫ぶと、走りながら片手でソードオフを構え、引き金を引いた。

 ドガン!!

 桟橋にソードオフの銃声が轟き、カモメが銃声に驚いて飛び去って行く。


「うわぁっ!?」


 シャチが驚いてもやい綱を放し、桟橋の端まで後退する。

 ひとまずこれで、シャチが被害を受ける確率は減った。


 しかし、オレがもやい綱を拾い上げると、シャチはオレに向かって来た。


「てめぇ! 何しやがるんだ!」

「悪いけど、少し黙っててくれ」


 オレはそう云うと、向かって来たシャチのパンチを避けて、シャチの後頭部をソードオフで殴った。シャチは気絶し、そのまま桟橋に滑り込むようにして倒れる。

 拾い上げたもやい綱を、オレは再び桟橋に結び付ける。


「さて、まずはこいつを連れて行かないと……」


 オレは桟橋で伸びている、シャチを見下ろしていった。




 ナナのところまで戻って来ると、オレはシャチをナナに引き渡した。


「シャチ!!」


 ナナがシャチを抱え、ベンチに寝かせた。


「ねぇ、シャチは……シャチは無事なのね!?」

「えーと……爆発には巻き込まれていないんだけど……」


 ソードフィッシュ号から引き離そうとしたときに、ソードオフで殴ったことを伝えるか否かで、オレは悩んでいた。


「じゃあ、無事なんですね! ありがとうございます!」

「……ん……ナナ……?」


 シャチが目を覚まし、辺りを見回した。

 そしてすぐにオレがいることに気がつくと、シャチはベンチから起き上がった。


「あっ、てめえ!!」


 シャチは左腕につけていた腕時計を確認する。時刻はちょうど午前9時だ。


「お、お前のせいで、レースに出場できなかったじゃないか! この野郎!!」


 シャチがオレに殴りかかろうとするが、ナナに止められた。


「やめて!!」

「ナナ、お前こいつが何をしたか、分かっているのか!?」

「今、全てを話すから!」


 ナナがそう云って、何が起こっているのかを話した。

 それを聞いたシャチが、凍りついたように固まる。


「そ、それって本当か!?」

「全て本当の事なの!!」


 そのとき、突如としてサイレンが鳴り響いた。

 サイレンは3回ほど鳴ってから、消えるように音が小さくなっていく。


「こ……このサイレンは……レース中止の……?」

「えっ、何? どういうことなの?」


 オレがナナに訊くと、何か急な出来事が起きてレースが中止になった時は、サイレンが鳴らされて、その日1日の全てのレースが中止になるらしい。それからしばくして、観客たちが文句を云いながら出てきたが、同時に町の方からやってきた騎士団を目にして、文句が消える。


「すぐに高速艇を全て調べるんだ! タレコミによると、ソードフィッシュ号という高速艇に爆発物が仕掛けられているらしい。急いで調べろ!」

「はっ!」


 騎士たちが馬にまたがり、桟橋の方に駆けて行った。


「ビートくん!」

「ライラ!」


 ライラが、どこからともなく姿を現した。

 そして、ナナと一緒に居るシャチを見て、口元をゆるませる。


「……うまくいったみたいね。良かった。レースも中止になったみたいだし、騎士団も来てくれたから、もう安心ね」

「……もしかして、騎士団にタレコミをしたのって、ライラか?」

「えへへ、ビートくん天才!」


 ライラが尻尾を振りながら笑顔で云う。

 すると、それまで呆気にとられていたシャチが、口を開いた。


「……おい、今の話って、本当なのか?」

「全て本当よ! これを見て!」


 ナナはそう云うと、ヘーウッドの航海日誌をシャチに見せた。

 航海日誌を見たシャチは、目を見開くとナナの手を振りほどいた。

 そして、桟橋に向かって駆け出す。


「ど、どこ行くの!?」

「バカ野郎! ソードフィッシュ号に爆発物が仕掛けられて、黙っていられるか!」

「ま、待ってよ!!」


 シャチを追って、ナナも駆け出す。

 オレたちも現場を確かめに行こうと、2人に続いて駆けだした。




 騎士団が高速艇を調べている桟橋には、多くの野次馬が集まっていた。


「どけっ、どけよっ!」


 シャチは集まった野次馬を押したり時には蹴飛ばしながら掻き分けて進み、桟橋に出る。オレたちも野次馬を押しのけて、シャチの後ろまで出てきた。


「こら、ここには入らないで!」

「俺は、ソードフィッシュ号の持ち主だ!」


 シャチはそう云って、騎士の脇を通って桟橋に出る。オレたちもそれに続いて、桟橋へと出た。

 その直後、背後がより騒がしくなった。


「ちょっと、ここから先には入らないで下さい!!」

「ビートくん……!」


 ライラの声で振り返ると、野次馬が騎士たちの制止を振り切り、桟橋に入ろうとしていた。このままでは、騎士たちのバリケードが破られるのも、時間の問題だ。


「ライラ、ナナと一緒に先に行ってて」

「うん!」


 ライラがナナと一緒に進み出すと、オレはソードオフを取り出した。

 ゆっくりと、オレはソードオフの銃口を野次馬に向ける。


「ちょっと、黙っててもらおうか」


 オレはそう云って、引き金を引いた。


 銃声が轟き、野次馬の声が聞こえなくなった。

 オレはソードオフをしまうと、桟橋を歩いて行った。




 ソードフィッシュ号の前には、数人の騎士が立っていた。

 駆け付けたシャチが事情を話すと、騎士の1人が口を開いた。


「それじゃあ、君のボートを調べさせてもらっていいかな? エンジンルームの鍵は?」

「はい、これです」


 シャチは鍵を取り出して、騎士に手渡した。

 受け取った騎士は、ソードフィッシュ号に飛び乗ると、エンジンルームを開けて中を調べ始める。

 それを桟橋の上から見つめる、シャチとナナ。そしてオレとライラ。


「ビートくん、さっきの銃声って?」

「あぁ。野次馬を黙らせようと思って、空に向けて撃った。おかげでかなり静かになったよ」


 オレはそう云いながら、新しいショットシェルをソードオフに装填する。


「おい、あったぞ!」


 騎士がエンジンルームから出てきて、両手を高く掲げる。

 その手には、小さなタルと茶色の毛が握られていた。


「タル爆弾だ! それに、獣人族の物と思わしき茶色の体毛も見つかった!」

「よし、これで犯人は絞り込めたも同然だ!」


 騎士が桟橋に戻って来ると、オレとライラは視線を交わして頷いた。



 その後、騎士団の捜査で、ヘーウッドが逮捕されて騎士団詰所に連行された。

 シャチのソードフィッシュ号にタル爆弾を仕掛けたのがヘーウッドであることは、ナナが拾ったヘーウッドの航海日誌と見つかったタル爆弾と茶色の体毛が証拠になった。

 ソードフィッシュ号からタル爆弾が発見されたことにより、この日のレースは全て明日に延期となった。



 証言を終えたオレたちは、騎士団詰所から出てきた。


「あんたのおかげで助かった。ありがとう!」


 オレとライラに向かって、シャチが頭を下げてくる。


「いや、お礼はナナに云ってくれ」


 オレはシャチにそう告げる。シャチは顔を上げて、キョトンとしていた。


「ナナが居なかったら、オレたちも今回の事を知る術は無かった。シャチを助けたのは、間違いなくナナだ。だから、お礼はナナに云ってくれ」

「そうか……わかった!」


 シャチはそのまま、ナナに向き直った。


「ナナ、俺を助けてくれて、ありがとう!」

「そ、そんな……私はただ……」


 ナナは顔を紅くしながら、尻尾を振る。顔を紅くして尻尾を振る様子は、ライラと似ていると思った。もしかしたら、獣人族の女性はみんな嬉しいとこうなるのかもしれない。


「それと、ナナにどうしても云いたいことがあるんだ」

「えっ……?」


 突然、シャチが放った予想外の言葉に、ナナは目を丸くする。

 オレとライラも、生唾を飲み下してシャチの言葉を待った。


「本当は、レースに優勝したらちゃんと伝えようと思っていたけど、オレはナナのことが好きなんだ!」


 シャチが頬を染めて云うと、ナナは驚きのあまり口に両手をあてがう。

 オレとライラは少し離れた場所から、2人の様子を伺っていた。


「ほ……本当?」

「ああ、本当だ!!」


 シャチが云うと、ナナは目からポロポロと涙を零した。

 それがうれし涙であることは、オレたちにはすぐに分かった。


「嬉しい……! わ、私も……シャチのことが好き!」

「!!」


 すると、シャチがナナを抱きしめた。

 お互いの体温を確かめ合うように、お互いを抱き合うナナとシャチ。


 それを見たオレとライラは、視線を交わして頷く。


「……ライラ、行こうか」

「……うん! これ以上は、ね」


 オレとライラは、その場にナナとシャチを残して、駅に向かって行った。




 その後、オレたちの見送りにも、シャチとナナは来てくれた。

 入場券でホームに入り、オレたちと握手をしながら別れのあいさつを交わす。


「オレ、明日のレースに出て、ナナのためにも必ず優勝するよ!」

「ああ、頑張って!」


 オレはシャチにエールを送る。


「ライラさん、私……シャチくんに自分の思いを伝えて、よかったです!」

「ナナちゃん、幸せになってね!」


 ライラはナナに、エールを送った。


 こうして2人にエールを送ると、センチュリーボーイが汽笛を鳴らした。

 そしてアークティク・ターン号が動き出す。


「さようならー!」

「お元気でー!」


 ホームから、シャチとナナがオレたちに向かって手を振ってくれる。

 オレたちもそれに応えて、手を振り返した。


「シャチとナナ、これから上手くやって行けるかな?」

「きっと大丈夫よ。だってあの告白、まるで3年前のわたしとビートくんみたいだったもの」


 ライラはそう云って、窓を閉めた。




 アークティク・ターン号は、次の停車駅があるクォーツマリンに向かって海岸線を走って行った。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、9月2日21時更新予定です!


久々に長いお話になってしまいました。

途中で区切ろうかと思いましたが、混乱するといけないので1話にまとめました。

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