第130話 ひとりぼっちのライラ
わたし――ライラが目を覚ました時、ビートくんはまだ眠っていました。
昨日の夜は、興奮したビートくんに何度も抱かれ、わたしは何度も絶頂してしまいました。でも、ビートくんは何度か絶頂した後、気を失ってしまったみたいです。
気を失うほど興奮してくれたなんて、嬉しいですが、ちょっと興奮しすぎな気がします……。
そっとわたしは、ビートくんを起こさないようにベッドから抜け出しました。
そのままタオルを手に取り、わたしは身体を拭きます。
身体中、汗と体液で湿っていました。
身体を拭き終えた私は、服を身につけます。
そのとき、わたしは身体に異変を感じました。
「あっ……!」
それが何なのか、わたしはすぐに分かりました。
わたしはなるべく音を立てないように個室を出て、お手洗いに向かいます。お手洗いを済ませると、わたしは個室に戻ってきました。
あと少しで、下着を汚してしまう所でした。
「ふぅ……」
わたしは再び流れた汗を拭い、乱れた髪を直します。
この美しい白銀の髪の手入れは、わたしにとって欠かすことのできない日々の日課です。
すると、ビートくんが目を覚ましました。
「あっ、ビートくん起きたんだ!」
わたしはビートくんに駆け寄り、そして思わず顔を紅くしてしまいます。
昨日の夜の事を、思い出したのです。
「ビートくん、今回もすごかったよ……」
「あ、ありがとう……へっくしょん!」
突然、ビートくんがくしゃみをしました。
「ビートくん、大丈夫?」
「ごめんごめん、大丈夫……へっくしょん!」
ビートくんが、再びくしゃみをします。
そして声も、枯れていました。
明らかに様子が変です。
わたしはビートくんを、救護車に連れて行きました。
「風邪ですねー」
救護車の診察室で、お医者さんがそう診断しました。
ビートくんは、風邪をひいてしまいました。
「ちょうど患者室が空いていますので、風邪が治るまではそちらで過ごしてくださいねー」
「えっ、そんな……!」
「風邪が他の人に伝染ったりしたら、大変ですからねー。ささ、患者室で寝ていてくださいねー」
ビートくんは、お医者さんの指示で患者室に入れられてしまいました。
そのときに、わたしはビートくんからソードオフを預かりました。
何かあったら、これで身を護れ、ということだと、私は受け取りました。
でも、ビートくんと同じ部屋にいたわたしは、入らなくてもいいのでしょうか?
「あ、奥さんは風邪にかかっていませんでしたので、戻ってもらって結構ですよー」
「は、はい……」
じゃあ、毎日お見舞いに行こう!
わたしはそう思いましたが、お医者さんの言葉で、その考えは打ち砕かれました。
「あ、でも! お見舞いは控えて下さいねー。そこで伝染ってしまうこともありますからねー」
「分かりました。あの、ビートくんをお願いします……!」
「はーい、お大事にー」
お医者さんに頭を下げて、わたしは救護車を後にしました。
お見舞いに来てはいけない。
わたしのやろうと思っていたことがなくなり、わたしは1人で個室に戻ることになってしまいました。
個室に戻って来たわたしは、ベッドに寝転がりました。
ビートくんと2人で使っていたからか、ベッドが広く感じられます。それどころか、部屋も広く感じられました。
「ビートくん……きっとすぐに良くなって、戻って来るよね」
わたしは自分以外に誰もいない部屋の中で、自分に云い聞かせるように呟きました。
「ビートくんが戻って来るまで、1人の時間を楽しもう!」
ずっとビートくんと一緒に居たためか、1人でいる時間が、わたしには新鮮に感じられました。
わたしは個室の中で、1人で食事をして、1人で雑誌を読み、1人で窓から景色を眺めます。どれもこれまでは、ビートくんと一緒にやってきたことばかりでした。
しばらくすると眠くなってきたので、わたしはベッドでお昼寝することにしました。
1人でベッドを使えることは、グレーザー孤児院の頃以来です。
そのままたっぷりと、わたしはベッドでお昼寝しました。
「ビートく……ん?」
お昼寝から目覚めたわたしは、いつも一緒に寝ていたビートくんがいないことに気がつきます。
「あれ……? ビートくん……?」
起き上がって辺りを見回しますが、ビートくんは居ません。
いったい、どこに行ってしまったのでしょうか!?
「……あっ」
わたしは、思い出しました。
ビートくんは風邪をひいてしまい、今は救護車の患者室に居るのです。
いつもビートくんのすぐそばに居ることが当たり前だったわたしは、すっかり忘れていました。
「……ビートくん」
大好きな夫の名前を、わたしは呟きます。どうしてかは分かりませんが、呟かずにはいられませんでした。
わたしは部屋を出て、展望車に向かいました。展望車に到着すると、イスに腰掛けて、外の流れる景色を眺めます。
しかし、頭の中に浮かんでくるのは、ビートくんの事ばかりです。
他のことを考えようとしても、ビートくんの事しかわたしの頭の中には浮かんできません。
「あら、ライラちゃんじゃない!」
突然、知っている声がわたしの名前を呼びます。
振り向くと、そこにはミッシェル・クラウド家のナッツさんとココさんがいました。
「ナッツさんに、ココさん!」
「あれ? ビートくんはどうしたの?」
「実は……」
わたしが、なぜ1人でいるのか、その訳を話します。
全てを話し終えると、ナッツさんとココさんは気の毒そうにわたしを見ました。
「そうなの。風邪をひいて、今は救護車にいるの……」
「それは大変だったな、ライラ夫人……」
「……そうだわ!」
ココ夫人が、ポンと手を叩きました。
「ライラちゃん、これからお茶会をするの! 良かったら、お茶を飲んで行かない?」
「うむ、それはいいな! 元気が無い時には、お茶会で美味しいお茶を楽しむのが一番だ! ライラ夫人、いかがかね!?」
確かに、ナッツさんの云う通りかもしれません。
お茶会で美味しいお茶を飲めば、少しは元気が出てくるかもしれません。
「では、お邪魔します……」
「どうぞどうぞ!」
わたしはナッツさんとココさんに連れられ、ミッシェル・クラウド家の特等車に向かいました。
そこでわたしは、初めてビートくんのいないお茶会に参加しました。
メイヤちゃんや他の使用人からも歓迎され、わたしは美味しいお茶を飲み、お茶菓子に舌鼓を打ちました。
ナッツさんとココさんと交わした会話では、ギアボックスでの出来事を話したり、レイラちゃんのことを教えてもらったりと、情報交換もできました。
しかし、それでもわたしはどこか「心ここにあらず」でした。
どうしても、ビートくんのことが気になってしまいました。
それをナッツさんとココさんに悟られないように、わたしは気を遣いました。
夕食の時も、わたしは1人で食堂車で食事をしました。
ビートくんがいない中での食事は、わたしにとっては寂しいものでした。
大好きなグリルチキンを注文しましたが、わたしは全くといっていいほど味を感じられません。ビートくんと一緒に食べる時は、とっても美味しく感じられるのにです。
「よぉ、獣人族の姉ちゃん」
突然、わたしの近くで声がしました。
わたしが視線を向けますと、いつの間にか冒険者らしい40歳くらいの男がいました。
「1人で旅をしているのかい? 良かったら、俺も同席してもらっていいかな?」
男はわたしの胸やお尻を舐めるように見てきます。
本人は気づかれていないと思っているのでしょうが、わたしはすぐに気づいてしまいました。
「なぁ、いいだろう?」
「お断りします」
わたしがそう云いますと、男は少しだけムッとした表情になりました。
「そんなこといわずによぉ、いいじゃねぇか」
「嫌です。お断りです!」
少し強く、わたしは明確に拒否しました。
すると、男が明らかにイラだった表情になりました。
「おい、このアマ! 下でに出れば調子に乗りが遣って!」
男がバンと、テーブルの隅を叩きました。
お皿の上に残っていたグリルチキンが宙に舞い、床に落ちてしまいます。
わたしはそれを、目で追っていました。
「もう許さねぇ! てめぇを次の駅で奴隷商館に売り――!?」
カチャリ。
男はそこまで云うと、それ以上言葉が出てこなくなってしまいました。
理由は、わたしがソードオフを男に突きつけたからです。
まさかソードオフをわたしが持っているなんて、思いもしなかったのでしょう。
わたしはビートくんから、ソードオフを手渡されていました。
扱い方だって、もちろん知っています。今すぐにでも、目の前に居るクソみたいな男を、吹っ飛ばすことだってできてしまいます。
「……!?」
「やれるものなら、やってみなさいよ。あんたなんか、一瞬で上半身を吹き飛ばしてやる……!」
わたしがそう云いますと、男は額に汗を浮かべます。
引き金を引けば、一瞬で命が消えてなくなってしまいます。
「……ひ、ヒイィッ!!」
男は情けない声を出して、食堂車から逃げて行きました。
わたしはソードオフをしまいますと、すぐに食堂車のウエイターを呼び、支払いを済ませました。
そしてわたしは、食堂車を出て2等車の個室へと戻ることにしました。
逆恨みをした男が、襲ってくるのではないかと思いましたが、そんなことはありませんでした。
翌日も、そのまた翌日も、わたしは1人でした。
その間、わたしは何度もビートくんのお見舞いに行こうとしました。
でも、その度にお医者さんから云われていたことを思い出し、お見舞いに行くのは止めました。
ビートくんから風邪を伝染されてしまったら、大変です。
わたしも風邪で辛い思いをすることになってしまいますし、他の人に伝染ってしまうと、列車全体に広がってしまうかもしれません。
それに、お見舞いに行っても、ビートくんは絶対に喜ばないでしょう。
『ライラ、どうして来たんだ!? オレの風邪が伝染ったりしたらどうする!? 個室に戻って大人しくしていろ!!』
きっとわたしにそう云って来るに違いありません。
長いこと一緒に居るからこそ、分かります。
ビートくんは、わたしに被害が及びそうなときは、必ずわたしを遠ざけるようなことを云ってきました。ほとんどは列車強盗などとの戦いでしたが、きっと病気でも同じことを云うはずです。
わたしは、お見舞いに行きたくなる気持ちを押さえました。
「ビートくん……早く良くなって帰ってきて……!」
しかし、わたしはもう寂しさに押しつぶされそうです。
もう、1人の時間は十分すぎるほど過ごしました。
「もう……1人は嫌……ビートくんと一緒に居たい……!」
それから数日後、ビートくんが救護車から帰ってきました。
「ライラ!」
「ビートくん!」
わたしはベッドから立ち上がり、ビートくんに駆け寄ります。
「ライラ、もう大丈夫。この通り、治ったよ」
ビートくんがそう云った直後、わたしは我慢できずビートくんに抱きついてしまいます。久しぶりに感じる、ビートくんの温もりと大好きなビートくんの匂い。
「心配かけて、ごめんな」
ビートくんが、わたしの頭を撫でてくれました。
わたしは耐えきれず、今まで抑えていた気持ちが全て込み上げてきました。
そしてそれは、涙となって外に出てきました。
「ビートくん、寂しかったよぉ!!」
わたしは泣きながら、ビートくんの胸に顔を埋めてしまいます。
「もう、独りぼっちにしないで……!」
「ごめんな、ライラ」
ビートくんはわたしが泣き止むまで、私の頭を撫でてくれました。
ビートくんに抱かれながら撫でられていると、わたしの弱い気持ちが、不思議と消えていきます。
「えへへ……ビートくん、大好き」
「ありがとうライラ。オレも、ライラのことが大好きだ」
その言葉に、わたしは嬉しくなって尻尾をブンブンと振ります。
そうだ! 今日の夕食は、わたしが御馳走しよう!
わたしはそう思い、ビートくんにサーロインステーキを御馳走しました。
夕食を終えると、わたしとビートくんは個室に戻りました。
今夜からは、また一緒のベッドで寝ます。
わたしはいつも携帯している小さなビンを取り出しました。中には、ピンク色の液体をが入っています。
ビートくんと一緒に旅をする前から愛用している、避妊薬です。
旅をするようになってからは、万が一にレイプされそうになったときのために持ち歩いていますが、本来はビートくんと楽しむためのものです。
わたしはビンを開け、ピンク色の液体を飲み干します。
もうわたしは、我慢ができなくなっていました。
「ビートくん、わたし、ずっと寂しかった……」
わたしはビートくんに抱き着き、そう云います。
ビートくんに、抱きしめてほしい。
わたしの中には、その気持ちだけがありました。
「ビートくん……お願いだから」
「ライラ、実はオレもっ――!」
ビートくんが突然、わたしの唇を奪ってきました。あまりにも突然の事だったので驚きましたが、わたしはそこでビートくんの思いも知りました。
ビートくんも、わたしと同じ気持ちでした。
大好きなビートくんに、抱いてもらえる。
わたしにとって、それ以上に幸せなことはありません。
わたしはそっと、ビートくんに身体を預けました。
それは、わたしをビートくんの好きにしてくださいという、わたしからの合図です。
そしてわたしは、一晩中ビートくんに抱かれ続けました。
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