第12話 さらばグレーザー孤児院
オレとライラが婚約したという噂は、すぐに孤児院の中に広まった。
そしてそれが真実なことは、ライラが常に首から下げている婚約のネックレスが証明していた。
「全く、12歳で結婚するなんて初めて聞きました!」
「いや先生、正式に結婚したわけじゃなくて、まだ婚約です」
オレとライラは、ハズク先生の執務室に呼ばれていた。
どんな制裁が科せられるのかと、オレは戦々恐々としている。
その横でライラは、とても幸せそうな笑顔を見せていた。
ライラ、自分が置かれている状況が分かっているのか?
「ビートくん、あなたせっかくコツコツ貯めてきたおカネを婚約のネックレスにしてしまったのですか?」
「はい。ライラが首から下げているものが、それです。確かに今のオレにとっては少し大きな金額でしたが、ライラは喜んで受け取ってくれました。後悔なんて、一切ありません」
「ハズク先生! わたし、とっても嬉しいの!」
ライラは尻尾をブンブン振りながら答える。
しかし、1番安くて簡素なデザインの婚約のネックレスだ。
結婚のネックレスには、ちゃんとしたものを渡したい。
オレはそう思いながら、ライラの婚約のネックレスを見つめる。
「全く前代未聞ね……。でも、ライラちゃんは本当に幸せそうで先生も嬉しいわ」
ハズク先生はそう云って頷く。
「ビートくん、ライラちゃん、心して聞いてね」
「はっ、はい!」
「はーい!」
オレは緊張して答え、ライラは明るく答える。
「教育上あまりよろしくないので、みんなの前でベタベタすることは控えましょう。そして婚約したということは、近いうちに結婚することですから、浮気なんてもってのほか。でも、これは2人の様子を見る限り、大丈夫そうね。それから……」
ハズク先生は長々と、オレたちに説教を始める。
オレにとってその時間は、今までのどの説教よりも長く感じられた。
「そして、最後にもっとも重要な事です」
まだあるのか!?
そう思っていたオレの前で、ハズク先生は表情を緩ませる。
「ビートくんもライラちゃんも、わたしの子どものような存在です。子どもには幸せになって欲しいと願っています。だから、2人とも幸せになってくださいね」
「「……はい!」」
オレとライラは、同時に返事をした。
旅立ちの日がやってきた。
オレとライラが、グレーザー孤児院を去る日だ。
「卒業される皆さん、今日であなたたちは、グレーザー孤児院を卒業します」
教室に集められた卒業するオレたちに、ハズク先生が云う。
「ある子は就職して働き、ある子は進学してさらに学ぶことでしょう。その先では、嬉しいこともあるかもしれません。同時に悲しいこともあるかもしれません。しかし皆さん、これだけは覚えていてください」
ハズク先生は、ハンカチで目元をぬぐうと、続けた。
「グレーザー孤児院は、皆さんの実家のようなものです。辛くなったら、いつでもいいので顔を見せに来てくださいね。私たちは、いつでもここにいます」
オレとライラも、その最後の一言で涙をこぼした。
「ビートくんとライラちゃんは、どうするのですか?」
ハズク先生からの問いに、オレとライラは答える。
「オレは鉄道貨物組合でクエストを請け負う労働者として働くことになりました」
「わたしは、駅にあるレストラン『ボンボヤージュ』で働きます」
「そう。無事に就職先が見つかってよかったわ。住む場所は?」
「それは――」
オレが答えようとして、ライラが先に口を開いた。
「わたしとビートくんとで、一緒のアパートで同居することにしました!」
「えぇっ、同居ですか!?」
ハズク先生は目を見張ったが、ライラの首元を見て、すぐに納得した表情になる。
「……そうでしたね。2人は婚約した身。同居することも、何もおかしくはありませんね」
「オレは最初、別々に暮らそうと思っていたんですが、ライラが『別の町で働くなら仕方ないけど、一緒の町で働くのなら一緒の部屋に住みたい!』と譲らなくて……」
「これでずっと、ビートくんと一緒にいられます!」
「そうね。ライラちゃんが、ちょっとうらやましいわ」
ハズク先生が微笑む。
「ビートくん、ライラちゃんを守ってあげてね」
「はい!」
オレは返事をして、自分の胸を拳で軽く叩いた。
それからまもなく、オレとライラは駅の近くにある安いアパートへと引越した。
元々、孤児院育ちで私物と呼べるようなものはほとんどなかったため、数回孤児院とアパートを往復しただけで、引越しは完了した。
第1章 グレーザー孤児院編 完
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回からは第2章に突入します!
これからもどうぞよろしくお願いします!