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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第10章
129/214

第127話 旅騎士スティーブン

 昨夜にギアボックスを出発したアークティク・ターン号は、次の街に向けて疾走していた。


 オレはライラと共に、個室で外の景色を見ていた。景色は次から次へと移り変わって行く。その速さから、列車がかなりの速度で走っていることが分かった。

 きっと、ギアボックスで停まっていた分の遅れを取り戻そうとしているのだろう。そう思ったが、正直、少しスピードが速すぎるように感じられてならなかった。いったいどれくらいの速度が出ているのか、見当もつかなかった。


「なんだか、すごく早く感じられるね……」


 ライラの感想に、オレは頷いた。


「確かに、早いよなぁ」


 こんな速度が出せるなんて、センチュリーボーイは本当に蒸気機関車なのかと疑いたくなってしまう。

 脱線しないだろうか。

 オレは少しだけ、そのことが頭をよぎったが、すぐに忘れてしまった。




 すると、ドアがノックされた。

 誰かが訪ねてきたらしい。


 オレはソードオフを背中に隠し、ドアに向かった。

 そしてゆっくりと、鍵を解除してドアを開ける。


「はい、どちら様……?」

切符(きつぷ)拝見(はいけん)いたします」


 ドアの前に立っていたのは、ブルカニロ車掌だった。

 白い手袋をはめた右手を差し出していて、左手にはハサミを手にしている。


 安心したオレは、すぐにソードオフから手を離した。


「あっ、はい! すぐに持ってきます!」


 オレはすぐに個室の中から、切符を持って来た。そしてブルカニロ車掌にハサミを入れてもらう。ライラも同じように切符を差し出して、ハサミを入れてもらった。

 これで、もうハサミを入れてもらう必要は無くなった。


「ありがとうございました」

「あっ、そうだ車掌さん!」


 切符を受け取ったオレは、ブルカニロ車掌に声を掛けた。


「はい、何かご用でございますか?」

「今、この列車はどれくらいの速度で走っているんですか?」


 オレがブルカニロ車掌に質問すると、すぐに答えてくれた。


「ただいま、アークティク・ターン号は最高速度で走っています」


 ブルカニロ車掌の返答に、オレはズッコケそうになった。

 間違ったことは云っていない。それは確かだ。

 アークティク・ターン号が最高速度で走っていることは、疑いようのない事実だ。


 しかし、違うそうじゃない。

 オレが求めている答えは、それではないんだ!


 オレはもう1度、ブルカニロ車掌に声をかけた。


「いや、そうじゃなくて……具体的な数字を知りたいんです。時速何キロで、走っているんですか?」


 再度問いかけると、ブルカニロ車掌はハッとしたように目を見開いた。


「これは失礼いたしました。現在、アークティク・ターン号は時速200キロで走行しております」

「じ、時速200キロ!?」


 予想外の数字が返って来たことに、オレとライラは顔を見合わせて驚く。

 とても蒸気機関車の速度とは思えなかった。

 いったいどうやって走らせれば、これだけの速度を出せるのか。


「はい。次の停車駅にも、あと少しで到着できます」

「えっ、昨日の夜に出たというのに!?」


 オレたちは再び驚かされる。

 これまではどんなに早くても、次の停車駅に到着するまでは1日がかりになることがほとんどだった。それが、半日も経っていないというのに、もう少しで次の停車駅に到着できるなんて!


 今、オレたちは世界最速の列車に乗っていると感じた。


「ビートくん、これなら北大陸まで、思っていたよりもずっと早く到着できるね!」

「ああ!」


 ライラの言葉に、オレは笑顔になる。見ると、ライラも笑顔になっていた。

 北大陸までどれくらいかかるのか分からなかったが、これで大まかだが北大陸に到着する時間が分かった。少なくとも、この調子でいけば1年以内には確実に北大陸の終着駅、サンタグラードまで辿り着ける。


 ライラの両親を、思っていたよりも早く見つけることができるかもしれない!

 そのことに、オレたちは浮かれはじめた。


 しかし、そう簡単に事は進まなかった。


「お客様、水を差す様で申し訳ありませんが……ただいまの最高速度での走行は、あくまでも一時的なものでございます」

「……えっ?」


 ブルカニロ車掌の言葉に、オレたちは冷水を頭からぶっかけられたような気分になった。

 最高速度は、あくまでも一時的なもの。

 その言葉に込められた意味は、すぐに分かった。


「ずっと最高速度で走ってしまいますと、センチュリーボーイのボイラーに過負荷(かふか)が掛かってしまいます。そうなりますと、またすぐにオーバーホールを行わなければならなくなりますので、あくまでも一部の路線でのみです。終点のサンタグラードへの到着予定は、これまでと変わりありません」


 ブルカニロ車掌の言葉に落胆(らくたん)したが、確かにその通りだった。

 200キロものスピードで走り続けるなんて、明らかに常識から逸脱している。普通の蒸気機関車では不可能な事だ。そんなことを続けていたら、いくら4つの大陸を走破できるセンチュリーボーイでも、ただでは済まないことぐらい、少し考えれば分かることだ。


「それでは、私はこれにて失礼いたします」


 ブルカニロ車掌はそう云って、軽く制帽を直すと次の個室に向かって云った。隣の個室の前で同じように切符を拝見し始め、オレは個室のドアを閉めた。


「残念だなぁ……北大陸まで、早く到着できると思った、オレがバカだった」

「そんなことないよ! わたしだって、期待しちゃったんだから、ビートくんはバカじゃないよ!」

「ありがとう、ライラ」


 オレは切符をしまうと、ライラの頭を撫でた。

 ライラが笑顔で尻尾(しつぽ)を振る様子を見ていると、先ほどまでの落胆などどうでもよくなっていった。




 オレたちは個室を出て、昼食を食べるために食堂車へと向かっていた。

 本当は停車駅で降りて食事をしようと思っていたが、停車駅では2時間停車しただけですぐに出発してしまった。遅れを取り戻すわけではなく、最初から2時間しか停車しない乗り降りだけする駅があるらしかった。

 幸いにも、その駅には有名な場所も名物も無かった。


「……ん?」


 食堂車に近づくと、何やら騒がしかった。

 女性特有の黄色い声が、食堂車から聞こえてくる。それはライラにもはっきりと聞こえたらしく、ライラは獣耳をピクピクと動かした。


「何かしら?」

「鉄道騎士団を呼ぶような騒ぎじゃないといいけど……」


 万が一に備え、オレはソードオフに手を掛けた。

 インドア戦になったら、ソードオフを持っているこっちが有利だ。

 オレは警戒しながら、食堂車のドアを開けた。


 ドアを開けると、オレたちは黄色い声が聞こえてくる理由がはっきりと分かった。




 食堂車の中心部に、1人の若い旅騎士(たびきし)がいた。

 どこかの貴族のように美しい顔立ちをして、青色の衣服に身を包んだ若い騎士。

 その顔に、オレたちは見覚えがあった。


 美しい旅騎士として有名な、スティーブン・バフェット・ミクスルだ。

 少し前の雑誌に、インタビュー記事が載っていた。旅する理由や哲学などがつらつらと述べられていたが、オレはその内容を全く覚えていない。

 興味が全くもてなかったからだ。


 ライラが見とれるのではないかと思ったが、ライラは全くといっていいほど興味が無いらしく、空いている席を探している。


「ビートくん、あそこにしようよ!」


 ライラが指し示したのは、奥にある空いている席だった。


「ここからは少し歩くけど、厨房に近いからきっとすぐに食べられるよ!」


 ライラはスティーブンのことなど、まるで眼中にないようだった。

 オレは安心して、ライラの手を取る。


「そうしようか」

「お腹空いちゃった。わたしはグリルチキンね!」


 オレとライラは、奥の席に向かって歩き出した。




 しかし、オレたちは途中でスティーブンに呼び止められてしまった。


「おぉ! そこの獣人族のお嬢さん!」


 スティーブンが、ライラに声を掛ける。


「? はい?」

「是非、お茶しませんか!?」


 スティーブンの言葉に、辺りに居た女性たちが驚きの声を上げる。

 オレはというと、軽く舌打ちをした。

 こいつは、誰をナンパしていると思っているんだ?


「嫌です」

「んなっ!? ど、どうしてですか!?」


 ライラの言葉に、スティーブンがショックを受けながら問う。同時に女性たちも様々な反応を見せた。安堵する者、一緒に落胆する者、スティーブンの気を引いたライラを睨みつける者……。

 しかしライラは、そんな視線をものともせず、続ける。


「わたしは、ビートくんの奥さんだからです」


 ライラはそう云って、オレの腕に抱きつく。

 それを見て、スティーブンは愕然(がくぜん)とした表情になった。


 なんだか、過去にもこんなことがあったなぁ。


 オレはそう思いながら、視線を向けられて少し顔を紅くする。


「そ、それは仕方がないですね……」


 おっ、諦めるのか?

 このスティーブンという若い騎士、意外と物わかりが良いな。


 オレはそう思ったが、スティーブンの口から出てきた言葉で、その考えが間違っていたことを思い知らされた。


「ミス・ライラ、次に会った時は、必ずお茶しましょうじゃあありませんか!」


 全く、人の話を聞いていなかったらしい。

 オレは呆れて、ため息をついた。


 まるで、どこかの騎士旅団(きしりよだん)の団長をしている騎士の、昔の姿みたいだ。




「ビートくん、個室に戻って携帯食料を食べよう」


 突然、隣から感情の無い声がした。

 それがライラの声であることは、すぐに分かった。


 隣でオレの腕を握るライラの声に、オレは身震いしてしまう。

 怖い。

 ライラって、こんなに怖い声を出せたんだ……。


「う、うん……」


 オレは頷いた。いや、頷く以外なかった。

 それ以外の答えを出したら、オレはライラに何をされるのか、考えたくも無かった。

 ライラはオレの手を引きながら、食堂車を2等車に向かって歩き出す。


 こうしてオレたちは、食事をすることなく食堂車を後にして、2等車の個室へと戻った。




 個室に戻って来たオレたちは、買っておいた携帯食料を食べ、ビン入りの紅茶で飲み下して昼食にしていた。

 食堂車で食事をする気でいたが、あのスティーブンという旅騎士に台無しにされてしまった。


 例え相手が騎士であったとしても、このことはちゃんと落とし前をつけてやろう。

 食べ物の恨みは、とんでもなく恐ろしいということを、刻み込んでやる!


 オレはそう思いながら、携帯食料を口に運んだ。

 すると、オレと同じ携帯食料を食べていたライラが、ため息をついた。


「ビートくん、どうしてわたしって、こうも好きじゃない人から告白されることが多いの?」

「うーん……ライラが美人だからかな?」


 オレがそう云うと、ライラは「やっぱり?」とでもいうかのように、視線を落とした。


「わたしの好きな人は、ビートくんだけなのに……」

「ありがとう、ライラ」


 オレはライラを元気づけようと、携帯食料を置いてライラに向き直る。


「オレ、ライラがはっきりとあのスティーブンの誘いを断ってくれて、嬉しかったよ」

「当たり前じゃない。わたしはビートくんと結婚しているのに、他の男の人になびくなんて絶対にしないんだから!!」


 ライラは尻尾をピンと立てながら、プンプンと怒る。


「ビートくん、わたしは絶対に浮気なんかしないから、安心してね!」

「ありがとう、ライラ」


 オレがそう云うと、ライラは怒っていた顔から一変。

 いつも見ている笑顔になった。



 全く、ライラはブレないな。

 オレは安心して、再び携帯食料を口に運んだ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、8月29日21時更新予定です!

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