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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第9章
127/214

第125話 アークティク・ターン号、復活

 ギアボックスに来てから、13日目。




 ギアボックス駅では、駅員や車掌が駅構内を慌ただしく走り回り、掲示板という掲示板全てに大きな紙を張り出していく。

 紙には『アークティク・ターン号の乗客の皆様へ重要なお知らせ』と題され『アークティク・ターン号は3日後の夜10時に当駅を出発いたします。お客様各位におかれましては、夜9時までに列車にお戻りください』と書かれている。


「急ぐんだ! 時間が無いぞ!」

「はいっ!」


 駅員たちは次から次へと休むことなく、駅の掲示板を始めとして、あちこちにそのお知らせを張り出していった。




 オレとライラは、ギアボックス駅の掲示板に張り出されたお知らせに目を通した。

 お知らせの内容を知ったオレたちは、目を見開いた。


「ビートくん!」

「ライラ、ついに出発できるぞ!」


 アークティク・ターン号が、再び走り出す。これでまた、北大陸に向かうことができる!

 オレたちは嬉しさのあまり、抱き合った。待ちに待っていたこの日が、ついにやってきた。やっと旅を再開できる。ギアボックスともおさらばだ!


 あれ? 今、オレは何を考えた!?


「……ギアボックスとも、おさらば……?」


 オレは冷静になり、ライラから手を離す。

 考えてみれば、当然だ。

 ギアボックスにこれまで居たのは、アークティク・ターン号を牽引する蒸気機関車のセンチュリーボーイがオーバーヒートしてしまったせいだ。そのためにオーバーホールと修理が必要になって、アークティク・ターン号はギアボックスに留まることになってしまった。

 しかし、アークティク・ターン号が3日後に出発するということは、センチュリーボーイはオーバーホールと修理を終えたということになる。それは同時に、ギアボックスとはお別れすることでもある。


 当たり前のことだ。オレたちはアークティク・ターン号で旅をしている。

 ギアボックスは目的地でも終着地点でもない。

 通過点なんだ、ギアボックスは。


「ライラ、これから忙しくなるぞ」

「えっ?」

「ギアボックスでお世話になった人に、挨拶してこなくちゃ!」


 オレの言葉に、ライラは頷いた。




 オレたちはすぐに動き出した。

 最初にオレは、鉄道貨物組合に出向いた。再び旅に出ることを報告し、しばらくクエストを受けられないことを伝える。受付の女性がすぐに書類に記入し、手続きをしてくれた。手続きの内容とやることは、グレーザーを旅立つときにやったことと何ら変わらなかった。実に便利だ。


 鉄道貨物組合での手続きが終わると、オレはライラと共に買い物に出かけた。

 出かける前に残りの消耗品の数をチェックしておいて、本当に良かった。

 ライラが消耗品を買い揃え、当分の間入手できなくても十分な数が揃った。


 消耗品を買い揃えたオレたちは、ひとまず購入した消耗品を2等車の個室へと運び込んだ。

 消耗品を置くと、ライラがオレに訊いた。


「ビートくん、挨拶していく人は何人?」

「えーと……まずクラウド茶会のレイラ。それに東方騎士旅団のオールとミア。あと都合がつけばカエール族のゲロンさんにも挨拶しておいたほうがいいな。ナッツ氏とココ夫人は終点のサンタグラードまで行くみたいだから、そのときでいいだろう。その3人かな」


 オレは記憶を遡りながら指を折り、挨拶していく人数を数える。

 何か忘れているような気がしたが、気のせいだろうと気にも留めなかった。


「まずは、レイラから挨拶しよう。確か、クラウド茶会のギアボックス支店に居るはずだ」

「じゃあ、すぐに行こうよ!」


 ライラが云い、オレはライラに手を引かれながら個室を出た。




 クラウド茶会ギアボックス支店。

 そこはギアボックスのメインストリートにあった。工業が盛んな街でも、紅茶は工場の経営者も労働者も生活に欠かせない。クラウド茶会ギアボックス支店は、紅茶を買い求める人々で繁盛していた。


 オレたちはギアボックス支店に入った。

 カウンターには多くの紅茶が並んでいて、それを買い求める人が後を絶たない。試飲もできるらしく、紅茶セットが置かれていた。カウンターの奥を見ると机がいくつも並んでいて、事務作業が行われている。事務作業をしているテーブルにも、紅茶が入ったカップが置かれていた。

 店内には紅茶の香りが漂っていて、オレとライラは紅茶の香りを吸い込む。


「いらっしゃいませー!」


 店員が挨拶をして、オレたちに近づいてくる。


「本日はどの紅茶をお探しですか?」

「すいません、レイラという人は居ますか? ぜひ会いたいのですが……」

「レイラにですか? 少々お待ちください。あ、よろしければ試飲などしていってくださいね~」


 店員はそう云うと、カウンターの中に消えていく。

 オレたちが紅茶の試飲をしながら待っていると、奥の事務机で見覚えのある白狼族の女性が立ち上がった。白狼族の女性はこちらに向かって来て、カウンターまでやってきた。

 オレたちを見ると、白狼族の女性は目を見張った。


「ビートさんに、ライラさん!」

「レイラちゃん! お久しぶり!」

「お久しぶりです!」


 レイラはカウンターから出て、オレたちのすぐ前までやってきた。

 クラウド茶会の事務服を着たレイラは、キャリアウーマンといった雰囲気を醸し出している。ライラが事務職をしていたら、きっとこんな感じなのだろうと、オレは思う。レイラは、ライラとそっくりだからだ。


「突然ごめんね。どうしても会いたかったの!」

「いいんですよ。ビートさんとライラさんは、恩人ですから! それで……今日は私にどんな御用ですか?」

「実は……」


 オレは、3日後の夜にアークティク・ターン号でギアボックスを離れることをレイラに伝えた。

 話し終えると、レイラは目を見張った後、穏やかな表情になった。


「そうですか……とうとうお別れの時が来たのですね」


 レイラはそう云うと、オレたちに笑顔を見せる。


「私が今、こうして働けているのは、ビートさんとライラさんのおかげです。本当に、お世話になりました!」

「レイラちゃん、元気でね」

「ギアボックスに来たら、また必ず会いに来るから」


 オレたちの言葉に、レイラは頷いた。


「ビートさんとライラさんも、お元気で! 両親が見つかることを、ギアボックスから祈っています!」

「ありがとう、レイラちゃん!」


 ライラはそう云って、レイラに抱きついた。




 クラウド茶会ギアボックス支店を後にしたオレたちは、そのままの足でギアボックス・インダストリアル・ホテルへと向かった。そしてエレベーターで東方騎士旅団が借り上げているフロアに上がり、オールとミアがいる部屋のドアを叩いた。


「おぉ、ビート氏にミス・ライラ!」

「ビートさんにライラちゃん!」


 オールとミアが、オレたちを出迎えてくれる。


「ちょうど紅茶を淹れたんだ! 是非ゆっくりしていってほしい! 我が妻ミアの淹れる紅茶は、絶品なんだ!」


 オールの勧めに、オレたちは紅茶をごちそうになって行くことにした。

 部屋の中に案内され、オレたちがイスに座ると、ミアの手で紅茶が出される。紅茶がカップに注がれると、オレたちは紅茶を飲んだ。

 美味しい紅茶だ。

 オレとライラは紅茶を飲み、一息ついた。


「今日はいったい、どうしたんだい? 僕たちにできることなら、なんでも話しておくれ」

「……そうだ! 大切なことを伝えなくちゃいけないんだった!」


 オレはここに来た目的を思い出した。

 オールとミアに、オレはアークティク・ターン号でギアボックスを3日後の夜に旅立ち、再び北大陸を目指すことを告げる。

 それを聞いたオールとミアは、目を細めた。


「そうか。ついにまた旅を再会できるのか!」

「良かったですね」


 ミアが笑顔で云い、オールが頷く。


「確かビート氏とミス・ライラの目標は、ミス・ライラの生き別れた両親に再会することだったな」

「よく覚えていたな」


 オレが感心していると、オールがウインクをして白い歯を輝かせる。


「もちろん! 我が友のことは、ちゃんと把握しているよ!」

「寂しいですが、またお別れですね」

「ミア、寂しがることは無い! 生きていれば、またビート氏とミス・ライラに会える時が来るさ!」

「はい、オール様!」


 オールがミアの頭を撫で、ミアが尻尾を振りながらオールに抱き着く。

 相変わらず、砂糖を吐きそうだ。


「ビート氏にミス・ライラ、僕達はもうしばらくギアボックスに滞在する。2人の北大陸までの道中が、安全であることを祈っているよ」

「ありがとう、オール」


 オレはお礼を云って、カップの中の紅茶を飲み干した。



 こうして、オレとライラはあちこちで別れを告げて行った。

 ゲロンだけは都合がつかず、会えなかった。

 別れの挨拶をレイラ、オール、ミアへ告げていくと、不思議とこちらも寂しさを感じてしまう。

 あっという間に、3日後になった。




 ギアボックスに来てから、16日目。


 出発の日の朝。

 個室で朝食を食べていたオレは、ふとスパナのことを思い出した。


 獣人族黒狼族の少年、スパナ。

 ギアボックスに来てから、スパナにも色々と世話になった。最初から友達に近い距離感で接してくれたし、ギアボックスについての事を色々と教えてくれた。名物料理のギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~も、振る舞ってくれたっけ。


「……あぁっ!!」


 オレはとんでもないことを思い出し、叫び声に近い声を出す。


「ビートくん、どうしたの?」


 隣で朝食を食べていたライラが、首をかしげた。

 オレは冷や汗を流しながら、ライラに顔を向ける。


「スパナに、別れの挨拶をしていなかった!!」


 ある意味、1番最初に伝えなくてはいけなかった相手だ!

 どうして忘れてしまっていたのか!?


 オレの言葉に、ライラもスパナのことを思い出したらしく、ハッとする。


「ビートくん、急がなくちゃ! 今夜にはもう、ギアボックスを離れちゃう!」

「ライラ、もう無理だ。なぜなら……」


 オレは時計を見せた。時刻は9時。

 スパナはすでに、仕事に行っている時間だ。

 もう、直接会って別れの挨拶を伝えるのは、間に合わない。


 オレの中に、スパナに対する罪悪感が浮かんでくる。

 時には友達のように話し合い、時には共に働き、時にはオレの考えを改めてくれた。間違いなく、オレにとって親友のような存在だ。

 そんな大切な人なのに、何も云わずに目の前から姿を消すことになってしまうなんて……。


「そんな……1番お世話になったのに……」

「……スパナには申し訳ないけど、手紙で別れを告げよう」


 オレはそう云うと、レターセットと万年筆を取り出した。

 今から手紙を書いてすぐ郵便局に持ち込めば、今日中には届くはずだ。


 コンコンッ。


 オレが手紙を書こうとしたその時、ドアがノックされた。


「こんな朝に、誰かしら?」

「オレが、出てみるよ」


 オレは万年筆を置くと、ドアに向かった。

 ドアの鍵を外して、そっとドアを開ける。


「はい、どちら様で――えっ!?」

「よう、ビートにライラ!」




 そこにいたのは、今は仕事に行っているはずのスパナだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、8月27日21時更新予定です!

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