第125話 アークティク・ターン号、復活
ギアボックスに来てから、13日目。
ギアボックス駅では、駅員や車掌が駅構内を慌ただしく走り回り、掲示板という掲示板全てに大きな紙を張り出していく。
紙には『アークティク・ターン号の乗客の皆様へ重要なお知らせ』と題され『アークティク・ターン号は3日後の夜10時に当駅を出発いたします。お客様各位におかれましては、夜9時までに列車にお戻りください』と書かれている。
「急ぐんだ! 時間が無いぞ!」
「はいっ!」
駅員たちは次から次へと休むことなく、駅の掲示板を始めとして、あちこちにそのお知らせを張り出していった。
オレとライラは、ギアボックス駅の掲示板に張り出されたお知らせに目を通した。
お知らせの内容を知ったオレたちは、目を見開いた。
「ビートくん!」
「ライラ、ついに出発できるぞ!」
アークティク・ターン号が、再び走り出す。これでまた、北大陸に向かうことができる!
オレたちは嬉しさのあまり、抱き合った。待ちに待っていたこの日が、ついにやってきた。やっと旅を再開できる。ギアボックスともおさらばだ!
あれ? 今、オレは何を考えた!?
「……ギアボックスとも、おさらば……?」
オレは冷静になり、ライラから手を離す。
考えてみれば、当然だ。
ギアボックスにこれまで居たのは、アークティク・ターン号を牽引する蒸気機関車のセンチュリーボーイがオーバーヒートしてしまったせいだ。そのためにオーバーホールと修理が必要になって、アークティク・ターン号はギアボックスに留まることになってしまった。
しかし、アークティク・ターン号が3日後に出発するということは、センチュリーボーイはオーバーホールと修理を終えたということになる。それは同時に、ギアボックスとはお別れすることでもある。
当たり前のことだ。オレたちはアークティク・ターン号で旅をしている。
ギアボックスは目的地でも終着地点でもない。
通過点なんだ、ギアボックスは。
「ライラ、これから忙しくなるぞ」
「えっ?」
「ギアボックスでお世話になった人に、挨拶してこなくちゃ!」
オレの言葉に、ライラは頷いた。
オレたちはすぐに動き出した。
最初にオレは、鉄道貨物組合に出向いた。再び旅に出ることを報告し、しばらくクエストを受けられないことを伝える。受付の女性がすぐに書類に記入し、手続きをしてくれた。手続きの内容とやることは、グレーザーを旅立つときにやったことと何ら変わらなかった。実に便利だ。
鉄道貨物組合での手続きが終わると、オレはライラと共に買い物に出かけた。
出かける前に残りの消耗品の数をチェックしておいて、本当に良かった。
ライラが消耗品を買い揃え、当分の間入手できなくても十分な数が揃った。
消耗品を買い揃えたオレたちは、ひとまず購入した消耗品を2等車の個室へと運び込んだ。
消耗品を置くと、ライラがオレに訊いた。
「ビートくん、挨拶していく人は何人?」
「えーと……まずクラウド茶会のレイラ。それに東方騎士旅団のオールとミア。あと都合がつけばカエール族のゲロンさんにも挨拶しておいたほうがいいな。ナッツ氏とココ夫人は終点のサンタグラードまで行くみたいだから、そのときでいいだろう。その3人かな」
オレは記憶を遡りながら指を折り、挨拶していく人数を数える。
何か忘れているような気がしたが、気のせいだろうと気にも留めなかった。
「まずは、レイラから挨拶しよう。確か、クラウド茶会のギアボックス支店に居るはずだ」
「じゃあ、すぐに行こうよ!」
ライラが云い、オレはライラに手を引かれながら個室を出た。
クラウド茶会ギアボックス支店。
そこはギアボックスのメインストリートにあった。工業が盛んな街でも、紅茶は工場の経営者も労働者も生活に欠かせない。クラウド茶会ギアボックス支店は、紅茶を買い求める人々で繁盛していた。
オレたちはギアボックス支店に入った。
カウンターには多くの紅茶が並んでいて、それを買い求める人が後を絶たない。試飲もできるらしく、紅茶セットが置かれていた。カウンターの奥を見ると机がいくつも並んでいて、事務作業が行われている。事務作業をしているテーブルにも、紅茶が入ったカップが置かれていた。
店内には紅茶の香りが漂っていて、オレとライラは紅茶の香りを吸い込む。
「いらっしゃいませー!」
店員が挨拶をして、オレたちに近づいてくる。
「本日はどの紅茶をお探しですか?」
「すいません、レイラという人は居ますか? ぜひ会いたいのですが……」
「レイラにですか? 少々お待ちください。あ、よろしければ試飲などしていってくださいね~」
店員はそう云うと、カウンターの中に消えていく。
オレたちが紅茶の試飲をしながら待っていると、奥の事務机で見覚えのある白狼族の女性が立ち上がった。白狼族の女性はこちらに向かって来て、カウンターまでやってきた。
オレたちを見ると、白狼族の女性は目を見張った。
「ビートさんに、ライラさん!」
「レイラちゃん! お久しぶり!」
「お久しぶりです!」
レイラはカウンターから出て、オレたちのすぐ前までやってきた。
クラウド茶会の事務服を着たレイラは、キャリアウーマンといった雰囲気を醸し出している。ライラが事務職をしていたら、きっとこんな感じなのだろうと、オレは思う。レイラは、ライラとそっくりだからだ。
「突然ごめんね。どうしても会いたかったの!」
「いいんですよ。ビートさんとライラさんは、恩人ですから! それで……今日は私にどんな御用ですか?」
「実は……」
オレは、3日後の夜にアークティク・ターン号でギアボックスを離れることをレイラに伝えた。
話し終えると、レイラは目を見張った後、穏やかな表情になった。
「そうですか……とうとうお別れの時が来たのですね」
レイラはそう云うと、オレたちに笑顔を見せる。
「私が今、こうして働けているのは、ビートさんとライラさんのおかげです。本当に、お世話になりました!」
「レイラちゃん、元気でね」
「ギアボックスに来たら、また必ず会いに来るから」
オレたちの言葉に、レイラは頷いた。
「ビートさんとライラさんも、お元気で! 両親が見つかることを、ギアボックスから祈っています!」
「ありがとう、レイラちゃん!」
ライラはそう云って、レイラに抱きついた。
クラウド茶会ギアボックス支店を後にしたオレたちは、そのままの足でギアボックス・インダストリアル・ホテルへと向かった。そしてエレベーターで東方騎士旅団が借り上げているフロアに上がり、オールとミアがいる部屋のドアを叩いた。
「おぉ、ビート氏にミス・ライラ!」
「ビートさんにライラちゃん!」
オールとミアが、オレたちを出迎えてくれる。
「ちょうど紅茶を淹れたんだ! 是非ゆっくりしていってほしい! 我が妻ミアの淹れる紅茶は、絶品なんだ!」
オールの勧めに、オレたちは紅茶をごちそうになって行くことにした。
部屋の中に案内され、オレたちがイスに座ると、ミアの手で紅茶が出される。紅茶がカップに注がれると、オレたちは紅茶を飲んだ。
美味しい紅茶だ。
オレとライラは紅茶を飲み、一息ついた。
「今日はいったい、どうしたんだい? 僕たちにできることなら、なんでも話しておくれ」
「……そうだ! 大切なことを伝えなくちゃいけないんだった!」
オレはここに来た目的を思い出した。
オールとミアに、オレはアークティク・ターン号でギアボックスを3日後の夜に旅立ち、再び北大陸を目指すことを告げる。
それを聞いたオールとミアは、目を細めた。
「そうか。ついにまた旅を再会できるのか!」
「良かったですね」
ミアが笑顔で云い、オールが頷く。
「確かビート氏とミス・ライラの目標は、ミス・ライラの生き別れた両親に再会することだったな」
「よく覚えていたな」
オレが感心していると、オールがウインクをして白い歯を輝かせる。
「もちろん! 我が友のことは、ちゃんと把握しているよ!」
「寂しいですが、またお別れですね」
「ミア、寂しがることは無い! 生きていれば、またビート氏とミス・ライラに会える時が来るさ!」
「はい、オール様!」
オールがミアの頭を撫で、ミアが尻尾を振りながらオールに抱き着く。
相変わらず、砂糖を吐きそうだ。
「ビート氏にミス・ライラ、僕達はもうしばらくギアボックスに滞在する。2人の北大陸までの道中が、安全であることを祈っているよ」
「ありがとう、オール」
オレはお礼を云って、カップの中の紅茶を飲み干した。
こうして、オレとライラはあちこちで別れを告げて行った。
ゲロンだけは都合がつかず、会えなかった。
別れの挨拶をレイラ、オール、ミアへ告げていくと、不思議とこちらも寂しさを感じてしまう。
あっという間に、3日後になった。
ギアボックスに来てから、16日目。
出発の日の朝。
個室で朝食を食べていたオレは、ふとスパナのことを思い出した。
獣人族黒狼族の少年、スパナ。
ギアボックスに来てから、スパナにも色々と世話になった。最初から友達に近い距離感で接してくれたし、ギアボックスについての事を色々と教えてくれた。名物料理のギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~も、振る舞ってくれたっけ。
「……あぁっ!!」
オレはとんでもないことを思い出し、叫び声に近い声を出す。
「ビートくん、どうしたの?」
隣で朝食を食べていたライラが、首をかしげた。
オレは冷や汗を流しながら、ライラに顔を向ける。
「スパナに、別れの挨拶をしていなかった!!」
ある意味、1番最初に伝えなくてはいけなかった相手だ!
どうして忘れてしまっていたのか!?
オレの言葉に、ライラもスパナのことを思い出したらしく、ハッとする。
「ビートくん、急がなくちゃ! 今夜にはもう、ギアボックスを離れちゃう!」
「ライラ、もう無理だ。なぜなら……」
オレは時計を見せた。時刻は9時。
スパナはすでに、仕事に行っている時間だ。
もう、直接会って別れの挨拶を伝えるのは、間に合わない。
オレの中に、スパナに対する罪悪感が浮かんでくる。
時には友達のように話し合い、時には共に働き、時にはオレの考えを改めてくれた。間違いなく、オレにとって親友のような存在だ。
そんな大切な人なのに、何も云わずに目の前から姿を消すことになってしまうなんて……。
「そんな……1番お世話になったのに……」
「……スパナには申し訳ないけど、手紙で別れを告げよう」
オレはそう云うと、レターセットと万年筆を取り出した。
今から手紙を書いてすぐ郵便局に持ち込めば、今日中には届くはずだ。
コンコンッ。
オレが手紙を書こうとしたその時、ドアがノックされた。
「こんな朝に、誰かしら?」
「オレが、出てみるよ」
オレは万年筆を置くと、ドアに向かった。
ドアの鍵を外して、そっとドアを開ける。
「はい、どちら様で――えっ!?」
「よう、ビートにライラ!」
そこにいたのは、今は仕事に行っているはずのスパナだった。
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次回更新は、8月27日21時更新予定です!





