第124話 オール再び
何頭もの馬と、数台の馬車が走ってくる。
騎士旅団が現れた。
馬に乗っていた騎士たちが降りて、オレたちが殺したオークの死体を調べ始める。同時に倒れていたギアボックスの騎士たちにも駆け寄り、手当てをしたり、事情を聴いたりとせわしなく動き出した。重傷の騎士は、馬車へと運ばれていく。
「まさか、こんなタイミングで騎士旅団が現れるなんて……」
「ビートくんがやったこと、きっと神様が見ていて、助けを出してくれたのかも」
ライラの言葉に、オレはあり得ないと思いつつも、そうなのかもしれないとも思った。
騎士旅団とは、大陸の各地を移動しながら治安維持に努める騎士たちの一団だ。
領主や王国の要請などによってその都度結成される特別な騎士団だ。
騎士旅団を構成する騎士は、ほとんどが要請を受けた領主や王国の騎士たちによって編成される。長期の活動になることも多いため、家族を同伴していくことも認められている。しかし、家族を同伴した場合は自己責任で家族も守らないといけないことや、宿泊費などは自己負担となる。騎士旅団内部でのトラブルを防止する観点からも、あまり家族の同伴は行われないことが多い。
騎士旅団の旅団長を務めるのは、有能な騎士であり、出自などはあまり重視されない。騎士旅団の旅団長ができる騎士は、それだけでかなり名誉なことである。そのため多くの若い騎士たちにとって、旅団長をすることは夢であり、出世を目指す騎士たちは旅団長になろうと血眼になる。
そんな騎士旅団の中心にいた一回り大きな馬車から、1人の若い騎士が降りてきた。
金髪で赤を基調とした騎士の服を着て、騎士の象徴でもあるサーベルを携えた二枚目顔の騎士。
オレたちは、その若い騎士に見覚えがあった。
「「オール!!」」
オレたちが同時に叫ぶと、若い騎士がこちらを見た。
白い歯を見せて笑い、こちらに向かってくる。
「おぉっ、我が友ビート氏! そしてビート氏夫人のミス・ライラ!」
オールがオレたちの前に立った。
西大陸エール領領主の息子で次期領主の騎士、オール・ベルファスト・フランシス・スミス。西大陸エール領のドーンブリカで出会い、ライラに一目惚れをしてオレに決闘を申し込んできた。決闘では、最終的にオレが勝利した。その後、オールは負けを認めたと同時に、幼馴染みで獣人族のミアと共にオレたちを見送ってくれた。
今ではそれも、懐かしい思い出になっている。
オレが声を掛けようとすると、突然オールが周りを見回して口を開いた。
「至急、オークの死体処理業者を冒険者協同組合に連絡して手配しろ! 怪我をした騎士たちは病院へ搬送し、瓦礫を撤去する人手も集めるんだ!」
「ハッ!」
騎士たちが返事をして、すぐに作業に取り掛かる。
オールの指示の出し方は、まるで団長のようだ。
「オール、まさか――」
「僕は今、この騎士旅団の旅団長だ」
オールの告白に、オレとライラは目を見張った。
「ま、マジで!?」
「これを、ごらん」
オールがそう云って、左胸を指し示す。オールの左胸には、騎士旅団旅団長であることを証する、盾形の銀製バッヂがつけられていた。若い騎士たちにとっての憧れのバッヂであり、同時に騎士旅団をまとめる権力者の証でもある。
出世したな、オール。
オレはそう思いながら、バッヂを見つめた。
「まさか、旅団長になったなんて……」
「これで、今度こそミス・ライラは僕のものさ!」
「んなっ!?」
オレは耳を疑う。
まさか、まだ諦めていなかったというのか!?
そんなオレを見たオールが、白い歯を見せて笑った。
「ハッハッハ! 冗談だよ、冗談。今の僕には、ミアという最愛の妻がいるから」
「……えっ、ミアってあの、一緒にいたミアちゃん……!?」
「ミス・ライラ、いかにも。そのミアだよ」
「今、どこにいるの!?」
ライラの問いに、オールは頷いた。
「ミアは今、騎士旅団が宿舎として借り上げたホテルにいるよ。さて、僕はこれから仕事をしなければならない」
オールは右腕をぐるぐると回した。
「良かったら明日、このホテルに来ておくれ。待っているよ」
そう云ってオレたちに、一枚のカードを差し出すと、オールは他の騎士たちに混じってオークの死体を調べたり、ギアボックスの騎士団長と話し合ったりと精力的に動き始めた。そこにいるオールは、騎士旅団長としての職務に当たる1人の騎士だった。
色々と話したいことはあるけど、仕事の邪魔をしちゃいけないな。
オレとライラは視線を交わして頷くと、駅の方角に向かって歩き出した。
ギアボックスに来てから、12日目。
「ビートくん、行こう!」
「ちょっと待ってくれよ!」
オレとライラは駅を飛び出し、オールとミアが宿泊しているホテルへと向かう。
昨日、オールと再会してミアと一緒に居ると知ってから、ライラはミアに会いたがっていた。
「ミアちゃんに会えるなんて、次はいつになるか分からないんだから!」
「ライラ、頼むからもう少し待ってくれ!」
ライラに手をグイグイ引かれながら、オレは云う。急がなくても、オールとミアは逃げて行かないのに、ライラは何をそんなに急ぐのか。
オールとミアが宿泊しているというホテルは、駅の近くにあった。
ギアボックス・インダストリアル・ホテル。
ギアボックスの中でも著名なホテルであり、有名な領主も宿泊したことがある場所だ。実用一辺倒な作りになっているギアボックスの中でも、例外的に芸術性が重んじられて作られている建物だ。オールはここの1フロアの部屋全てを借り上げて、騎士旅団の宿舎として使っているらしい。
オレたちはホテルに入ると、フロントに向かった。
「すいません、このホテルに宿泊しているオールという騎士に会いたいのですが……」
「オール様って、あの東方騎士旅団のオール様ですね!」
フロントの女性スタッフが、興奮気味に問う。
東方騎士旅団というものが何かよく分からなかったが、騎士旅団に間違いないだろう。
「えぇ、そのオールです。オレたちは、オールの友人なんです。オレがビートで、隣が妻のライラです」
「かしこまりました。では、少々お待ちください」
フロントのスタッフが奥へと消えた。
1分後に、フロントのスタッフが戻って来た。
「お待たせしました。ビート様にライラ様、6階でオール様がお待ちになっております。6階に向かってください」
「どうも、ありがとうございます」
オレたちはフロントを後にして、エレベーターに乗った。
6回のボタンを押すと、ドアが閉まり、エレベーターが上がっていく。
エレベーターのドアが開き、オレたちはエレベーターから降りた。
「ビート氏! ミス・ライラ!」
聞き覚えのある声がして、オレたちは声がした方に振り向く。
そこにはオールと、ミアがいた。
「ビートさん、ライラちゃん、お久しぶりです」
「ミアちゃん!」
ライラがミアに駆け寄り、そのまま2人はハグをした。
「久しぶりね!」
「ライラちゃん、会いたかった!」
再会を喜び合うライラとミアを見て、オレとオールは微笑む。
「友情って、美しいな」
「本当だな」
オレはそう答えながら、ミアとライラを見る。
そのとき、オレはミアが首にチョーカーのようなネックレスをつけていることに気がついた。チョーカーと似ているが、微妙に違う。普通のネックレスでもないそれに、オレは見覚えがあった。
「……あれ?」
抱き終えたライラもそれに気づいたらしく、ミアの首元に視線を向ける。
そしてライラは、目を見開いた。
「ミアちゃん! これってもしかして!?」
「はい、婚姻のネックレスです!」
ミアがそう云うと、オレはオールの首元にも目を向けた。
オールも、ミアが身につけているものと同じ婚姻のネックレスを、身につけている!
「じゃあ、ミアちゃんは――!」
「はい。今はオール様の妻です」
「そして僕は、ミアの旦那ということさ」
オールはそう云って、ミアを自分に引き寄せる。
「結婚、したのか」
「その通り。お2人がドーンブリカを旅立った後、僕たちは結婚式を挙げた。使用人や部下の騎士からの反発も予想していたけど、そんなことはなくてみんなが僕たちの結婚を祝福してくれたんだ」
「私も驚きました。私の両親も喜んでくれて、嬉しかったです」
「僕も、ミアとの約束を守ることができて嬉しかった。今では僕は、ミア以外の女性と一緒になるなんて、考えられないよ!」
「もうっ、オール様ったら!」
その場で、オールとミアはいちゃつく。
見ているこっちとしては、その場で砂糖を吐いてしまいそうな光景だ。
「ビートくん、まるでわたしたちみたいね!」
「そ、そうだな……」
ライラが微笑み、オレは同意する。
確かに個室でオレとライラがやっていることと、大差は無いのかもしれない。オールをオレに変えて、ミアをライラに変えたら、ほとんど一緒だ。
その後、ひとしきりいちゃついたオールとミアによって、オレたちはオールとミアが宿泊している部屋へと案内された。
オールからの話を聞いて、オレたちは現在のオールが東方騎士旅団として活動していることを知った。ミアと結婚した後、東大陸の領主たちからの要請により、東方騎士旅団がオールの父、アム・ベルファスト・フランシス・スミスの命によって結成された。その旅団長として選ばれたのがオールだった。騎士として、また次期領主としての修行を積む機会だと捉えたオールは、すぐに旅団長を引き受けると、部下の騎士を率いて東大陸へと旅立った。
「実は最初、ミアはドーンブリカで留守番をさせようと思っていたんだ」
オールの言葉に、オレとライラは驚く。
結婚したばかりなのに、離れ離れになる。グレーザー孤児院の頃から一緒に過ごしてきて、ほとんど離れ離れになったことがないオレたちには、どうしてそんな考えに至ったのか理解できなかった。
「どっ、どうしてなの!?」
ライラが首をかしげる。
「騎士旅団は、家族を連れていくことが認められているんだけど、トラブルの元になることもあるから同行させない人が大半を占めているんだ。最初は僕もそれに倣って、ミアには留守番してもらう予定だったんだけど――」
「結婚したばかりなのに、離れて暮らさないといけないのは耐えられなかったの。それに家族を連れて行っても、トラブルにならないというモデルケースを私たちの手で造りたいと思って、オール様に理解してもらったの」
ミアがそう云って、尻尾を振った。
「僕も最初は反対したけど、ミアの考えには反論する理由なんて無かった。ミアの云っていることは、正しかったから。それで、ミアを連れてきたんだ」
「なるほどな」
「ミアちゃんの云うことに、確かにおかしい所は無いわね!」
オレたちは、納得した。
その後、オレとオールは情報交換をしながら紅茶を楽しんだ。ライラとミアは、再びガールズトークで盛り上がる。
「ビート氏、我が妻のミアは美しいだろう?」
「あぁ、本当に美しくなったな」
オレは、ドーンブリカで見たときのミアを思い出す。
確かあの時は、もう少し田舎っぽい雰囲気を醸し出していたような気がする。しかし今のミアは、ライラと同じ大人の女性といったほうがしっくりくる。
「でも、オレにはライラがいる」
「もちろん、ミス・ライラも美しいよ」
オールはそう云って、白い歯を見せて笑う。
ミアは変わったのに、オールはあまり変わっていないようにしか見えなかった。
オレはオールに、これまでの出来事を話した。
その中には、ギアボックス図書館で読んだ本に書かれていた、銀狼族が絶滅したこともあった。
そのことを話すと、オールは首をかしげた。
「おかしなことを書く本もあるんだな」
「やっぱり、おかしいと思うか?」
「もちろんだ」
オレの問いに、オールは頷いた。
「銀狼族が絶滅したなんて、ウソに違いない。ビート氏もご存じだと思うが、元々、銀狼族は北大陸の奥地からほとんど出てこない。ミス・ライラのように北大陸以外の別の大陸にいる方が珍しい。やはりスパナ殿の云う通り、北大陸に行って自分の目で確かめるのが1番だと、僕も思う」
オールはそう云って、紅茶を一口飲んだ。
「ビート氏、僕は父上から教えられたことの中に、いつも忠実に守っていることがあるんだ」
「どんなことなんだ?」
「それは――『迷った時は原点に立ち返ること』――というものだ」
オールは細い目をして、ライラと話す嫁のミアを見た。
ミアは一瞬だけオールに視線を向け、ウインクを飛ばした。
「僕は決闘でビート氏に負けて、ミアから過去に交わした約束の事を聞いて思い出したんだ。僕は約束を決して破らない男であることを自負しているけど、その原点はミアと幼い頃に交わした『騎士団に入団したら、結婚して生涯一緒に居よう』という約束だったんだ」
「ほぉう、ロマンチストだねぇ!」
オレが冷かすように云うと、オールは少し困った顔になる。
「そうでもないさ。それで、僕はミアとの約束を2度と破らないように、ミアと交わした約束を守って結婚した。ビート氏も、迷った時は原点に立ち返るのがいいと思う」
「原点に立ち返る……か」
オレはそう呟き、記憶を遡って行く。
ライラと共に旅をすることになった理由と、向かう場所。
全てはライラの両親を探すためであり、向かう場所は北大陸。
その北大陸に向かうために、オレとライラはおカネを貯めて、アークティク・ターン号に乗り込んだんだ。
「……やっぱり、北大陸を目指す。これ以外にないな」
オレは目標を再確認できたような気がした。
そうだ。目標は銀狼族を探す事じゃない。
ライラの両親を見つけ出すことだ。
「ありがとう、オール。おかげでオレたちが何のために旅をしているのか、再確認できた」
「お役に立てたのなら、何よりだよ」
「オレとライラは、センチュリーボーイのオーバーホールが終ったら、再びアークティク・ターン号で北大陸を目指す。終点のサンタグラードに到着するまで、途中で旅を中断するようなことは絶対にしないぞ!」
「その意気だ。僕たちも応援しているよ」
オールはそう云うと、手帳を取り出した。
手帳に万年筆で何かを書き込むと、そのページを破って、オレに差し出してきた。
「ビート氏とミス・ライラに何かあったら、僕はすぐに君達を助けに向かう。これが僕の連絡先だ。受け取ってくれ」
オレは頷き、オールから手帳のページの切り端を受け取った。
「ありがとう、オール」
お礼を告げ、オレも紅茶を飲んだ。
ライラとミアのガールズトークが終わるまで、オレはオールの部屋で厄介になった。
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