第122話 リザードマンの奴隷
しばらくして、男が戻って来た。
「ゲロン様、お連れ致しました」
「よし、こっちへ」
男が部屋の外に何かの合図を出す。すると、1人のリザードマンが入ってきた。身体のあちこちに古傷らしき傷跡があり、目は鋭い。革製の上着を着ていて、下は迷彩柄のズボンをはいている。そして、ゴツゴツした筋肉の持ち主であることがよく分かる腕をしている。
「ご主人様、お呼びでございますか?」
リザードマンの奴隷が云う。過去に戦ったリザードマンの強盗とは違い、流暢な言葉使いで話した。
「急に呼び出して悪いな、ガーラ」
「いえ、ご主人様のためですから」
ガーラと呼ばれたリザードマンの奴隷は、そう云ってお辞儀をする。
その姿は奴隷というよりも、従者だった。
「今日は、こちらのお2人がお前に訊きたいことがあって来たんだ。疲れているとは思うが、大丈夫か?」
「問題ありません。ご主人様の為ですから」
「よし、ならいいな。さ、隣に座りなさい」
「恐れ入ります」
ゲロンがイスを勧めると、ガーラはお辞儀をしてイスに腰掛ける。
「さぁ、なんでも訊きたいことを訊くがいい」
「どうぞ、遠慮なさらず申してください」
ガーラがそう云うと、オレは口を開いた。
「単刀直入に訊く。あんたが見たという、銀狼族の男女について、教えてほしいんだ」
オレはガーラに、訊きたいことを話した。
オレの質問を受けたガーラは、首をかしげた。
「オレの友達が話していたんだ。あんたは少し前に、ギアボックスのエンジン鉱山で日雇いで働いていたようだな。そのときに、銀狼族の男女を見たことがあると、話していたと、オレの友達から聞いたんだ。銀狼族の男女を見たというのは、本当か? 見たのなら、どこで見た? そしてどこへ向かった? 知っている事全てを、教えてほしい」
そこまで云うと、オレは口を閉じた。
オレの隣ではライラが、祈るように指を組んでいた。
オレも指を組みたくなったが、それはしなかった。
ガーラはしばらくの沈黙の後、口を開いた。
「――確かに、銀狼族の男女を見たことがあります」
その言葉に、オレたちは目を見開き、顔を見合わせる。
スパナからの情報は、間違っていなかった!
そしてそれだけで終わることはなく、ガーラはさらに続けた。
「銀狼族の男女を見たのは、奴隷になってしばらくした時。ご主人様が私を買い、移動している途中です。東大陸のメキア領ペジテの街で見ました。そちらの獣人の少女と同じような白銀の髪をしていて、美しい顔立ちから、あれがうわさで聞いた銀狼族だと知りました」
「それで、その銀狼族の男女は、どこに向かったんだ!?」
オレは身を乗り出して、ガーラに訊く。
ゲロンは驚いていたが、ガーラは特に驚いた様子もなく、淡々と続けた。
「なんでも、北へ行くとか話していたように覚えています」
ガーラの言葉が本当なら、北大陸を目指していると考えるのが妥当だろう。
オレたちの最終目的地と、重なる。
もっと、情報が欲しい!
オレはその一心で、ガーラに次から次へと質問をした。
「特徴とかは、分からないか!? 例えば衣服とか、あと持ち物、ペジテのどの辺りで見たとか!」
「えーと……すいません、1つずつお答えさせていただきます」
ガーラはそう云うと、咳ばらいをした。
オレはつい熱くなっていた自分に気がつき、イスに座りなおした。
「衣服については、冒険者風の服を着ておりました。持ち物はよく見ていませんが、男のほうがライフルのような銃器を持っていたことを覚えています。私が覚えているのは、そこまでです」
「……そうですか。ありがとうございます」
オレはそう云って、頭を下げた。
一通り銀狼族のことを訊き終えると、ライラが口を開いた。
「あの、わたしも質問していいですか?」
「どうぞ」
ガーラが云うと、ライラは立ち上がった。
「ガーラさんはどうして、奴隷になったんですか?」
「ご主人様から、助けられたためですよ」
ガーラは遠い目をして答える。
そしてそのまま、オレたちに自分の過去を話してくれた。
「私は東大陸の端にある、貧しい村の出身でした。そこは東大陸の中でも辺鄙な場所で、主だった産業もなく、土地も痩せていました。細々とした農業をする傍らで、盗賊をしないと生きていけないようなひどい場所でした。しかしある日、私はご主人様と出会ったのです」
それは、ガーラが三日月の夜にゲロンの乗った馬車を襲撃したときだった。
金目のものを奪うつもりだったガーラだが、ゲロンの御者はゲロン自らがヘッドハンティングした元冒険者で、これまでに幾度となくオークや化物を返り討ちにしてきた実力者だった。当然、強盗とはいえプロの盗賊ではないガーラなど、朝飯前といわんばかりに返り討ちにされてしまった。
しかしその後、奇跡が起こった。
御者とガーラの戦闘を見ていたゲロンは、ガーラの戦闘力と俊敏さに感銘を受け、奴隷にすることを思いついた。
『君の名前はなんだ?』
『ガーラだよ。それがどうした!?』
『君は素晴らしい戦闘力と素早さを持っている。どうだ、私の奴隷にならないか?』
『奴隷だと……!? お前、自分の云っていることが分かっているのか!? 俺は今、お前を殺して金を奪おうとしていたんだぞ!?』
『分かっている。しかし、君ほどの逸材をこのまま見逃すのは惜しい。奴隷になれば、君の生活は保障するし、仕事も与えよう。三食ちゃんと食べられるぞ。どうだい?』
三食食べられる。仕事も与えてくれる。
今の極貧生活から、脱出できるかもしれない。
そう考えたガーラは、ゲロンの奴隷になることを選んだ。
「こうして、私はご主人様の奴隷となりました。私はご主人様の奴隷になることで、あの悲惨な暮らしを脱出することができました。ご主人様が私を必要としなくなるその時まで、私は奴隷を続ける気でいます」
「ありがとうございました」
ライラはそう云って、イスに座った。
お昼を知らせる鐘が、ギアボックスの街に鳴り響いた。
その鐘の音は、奴隷商館の交渉室にまで届いてきた。
「おや、もうこんな時間だ」
「お昼になってしまいましたね」
どうやらオレたちは、ずいぶんと長いこと話し込んでいたらしい。
「さて、私から話せることは以上だけど、良かったかな?」
「はい! ありがとうございました!」
オレとライラは、ゲロンとガーラに頭を下げた。
「それは良かったです」
「それでは、私たちはこれにて失礼させてもらうよ」
ゲロンがそう云うと、ガーラに向き直った。
「ガーラ、行こうか」
「はい、ご主人様」
ガーラがそう答えると、ゲロンの後に続いて交渉室から出て行った。
それに続いて、男も交渉室を出ていく。
「それでは、ご用が済みましたらいつでもお帰りに――」
「ご用なんて、今さっき済んだじゃないか」
オレは男にそう云うと、ライラの手を取った。
「オレたちも、行こうか」
「はい、ご主人様!」
ライラの言葉に、オレは耳を疑う。
「らっ、ライラ!?」
「冗談よ、云ってみたかっただけ」
ライラはそう云って、ころころと笑う。
オレは脳内で、メイド服を着たライラが先ほどのセリフを云っている所を想像してしまう。
あ、これヤバい。
ちょっと後で、メイヤに衣服を借りれないか、訊いてみよう。
オレは紅くなった顔を気付かれないようにしながら、ライラと共に奴隷商館を後にした。
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