第121話 カエール男ゲロン
ギアボックスに来てから、11日目。
オレたちはリザードマンの奴隷に会おうと、スパナから得た情報を頼りにギアボックスの奴隷商館へとやってきた。
奴隷商館は基本的に年中無休で、日中ならいつでも空いていることが多い。
ギアボックスの奴隷商館は、工場や労働者の住宅が立ち並ぶ地域とは対極になる地域にあった。オレたちが辿り着いた時にも、奴隷商館の前には馬車が停まっていて、そこから奴隷が次々に下ろされては奴隷商館の中へと連れて行かれる。
連れて行かれる奴隷の中には、美人の女性や子どももいた。
「……行こう」
「うん……」
オレたちはそれを見送り、奴隷商館へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
奴隷商館の男性職員がやってきた。
「本日は、どのような御用でございましょうか?」
「カエール族のゲロンという男に会いたいんですが、いらっしゃいますか?」
オレが尋ねると、男は頷いた。
「はい。こちらに滞在しております。お客様、アポイントメントはとっておられますか?」
「いや、ない」
オレは首を振った。アポ取りなんて、したことがない。
「さようでございますか……」
男は少し困った様子で、メモ帳を取り出す。
ページをペラペラとめくり、あるページで手を止めた。
「ゲロン様は、お忙しいお方でございます。アポなしでお会いするのは難しいかと思われます。それでもよろしいのでしたら、可能かどうか伺ってまいりますが……」
「お願いします!」
ライラと視線を交わし、意思を確認してから、オレは云った。
リザードマンの奴隷を所有しているのがゲロンなのだから、ゲロンに話を通さないと、リザードマンの奴隷に遭うのは難しいだろう。
銀狼族の男女に関する情報を握っているのは、今のところオレたちはリザードマンの奴隷しか知らない。
「かしこまりました。では、しばしどこかにお掛けになってお待ちください」
男はそう云うと、オレたちの前から立ち去って行く。
オレたちは大人しく、近くに置かれていたイスに腰掛けて、男が戻って来るのを待つことにした。
しばらくして、男が戻って来た。
「お待たせいたしました。現在は予定が入っていないため、会っても良いとのことだそうです」
男の言葉に、オレたちは顔を見合わせる。
「別室にてお会いしますので、どうぞこちらへ」
オレたちは立ち上がり、男の案内に従って奴隷商館の中を進んで行く。
奴隷商館の廊下を歩き、案内されたのはかつてヤーナ奴隷商館で入った商談室と似たような部屋だった。テーブルとイスが対面する形で置かれていて、オレたちは入り口側の席に座るよう案内される。
男の案内に従い、オレたちは入り口側の席に座った。
「それでは、しばらくお待ちください」
オレたちが席に座ったことを確認すると、男は一礼して部屋を出て行った。
部屋の中に沈黙が訪れる。
「……ねぇ、ビートくん」
沈黙を破ったのは、ライラだった。
「わたし、カエール族に会うのって初めてなんだけど、どんな種族なのかな?」
「オレも初めてだから、見当もつかないなぁ」
「でも、銀狼族よりは多いよね?」
「一応、な」
オレもカエール族については詳しくは知らないため、それ以上は何も云えなかった。
しばらくして、ドアが開いて1人の男が現れた。
カエルを直立二足歩行にして服を着せたような男が、オレたちの前に歩いてきた。
とても獣人族とは思えない見た目で、オレたちは驚く。
「初めまして。私が獣人族カエール族のゲロンだ」
ゲロンと名乗った男は、ゆっくりとお辞儀をする。
オレたちも立ち上がると、お辞儀をした。
「初めまして、人族のビートです」
「その妻で、獣人族銀狼族のライラです」
オレとライラがお辞儀をすると、ゲロンはイスに座った。それを見て、オレたちもイスに座る。
「私に会いたいといって訪ねてきたのは君達だね。今日は、どのようなことで私に会いに来たのかな?」
「あなたの所有している、リザードマンの奴隷と話がしたいんです」
オレが要件を伝えると、ゲロンは口元に手を当て、考えるそぶりを見せる。
しばしの沈黙の後、ゲロンは口を開いた。
「……それはできん」
「どうしてですか!?」
「あいつは、今は休んでいるんだ。奴隷に無茶をさせると、すぐにまた新しい奴隷を確保しなくてはならなくなる。それに、リザードマンの奴隷は希少なんだ。私でも手に入れるのに数年を費やした。簡単に交換できるようなものじゃないんだよ。だから、申し訳ないができないんだ」
「そんな……!」
ライラが残念そうに耳と尻尾を力なく垂らす。
それを見て、オレは粘ってみることにした。
ここまで来て、何の成果も得られずに帰ることなどできない!
こうなったら何が何でも、ゲロンにイエスと云わせてやる!
「情報料を支払うのでも、ダメですか?」
「ノーだ。受け取れない」
「少しの話だけなんです。5分と掛かりません。それくらいなら……」
「ダメだよ。奴隷に無茶はさせられない」
オレたちがなんとかしてゲロンを説得しようとするが、ゲロンは全くといっていいほど首を縦に振らない。その度に、ライラの目は光を失っていく。
それを見ていたたまれなくなったオレは、ついテーブルを強く叩いてイスから立ち上がった。
「ゲロンさん! オレたちはここまで来るのに、長い道のりを歩いてきたんです。たった数分間だけ、あんたが所有している奴隷と話をさせてほしいだけなのに、なんでそうも拒否するんですか!? オレたちはこれ以上、時間を無駄にしたくないんだよ! それにあんたはさっきから、正当な理由で拒否していないじゃないか! ただ単に『休ませてる』とか『無茶をさせられない』といった理由じゃなくて、ちゃんとした理由があるなら、オレたちも出直していい。だけど、そうした理由が無いのなら、納得するわけないだろう! オレたちはリザードマンの奴隷に会って話を聞くまで、帰らないからな!!」
オレは怒鳴った。その怒鳴り声に驚いたのか、ゲロンは目を丸くして、口をポカンと開ける。
我慢の限界が近づいていた。これ以上時間を浪費するわけにもいかないし、なによりライラの悲しそうな目をこれ以上見たくなかった。それなのに、具体的な理由を明示せずに言い訳ばかりするゲロンに、正直腹が立っていた。
これ以上、言い訳をするのなら、ソードオフに物言わせてやる!
オレはすぐにでも、背中に手を伸ばせるようにしていた。
すると、ゲロンはじっとオレの目を睨むように見つめた。
「しつこいな、君は。君のようにしつこい人は初めて見た。よろしい。それならば私とゲームをして、勝てたら君達の要求を飲もう」
「……どんなゲームだ?」
オレが背中から手を離すと、ゲロンは懐からカードの束を取り出し、机の上に広げ始めた。
ゲロンの説明によると、提案してきたのは、この0~10までの数字が描かれたカードを使うゲームだった。2枚のカードをEとWの2ヶ所に置き、同時に開いて出た数字の合計がどちらが9に近いかを予想して当てるゲームだ。0と10はどちらも0のカードとして扱われ、9以上になった場合は、バーストといって強制的に負けになる。単純だが、一瞬にして勝ち負けが決まり、戦略などが使えない。
公平を期するために、カードをシャッフルするのは、この部屋に案内した男がすることになった。
男がカードを切っている間、ゲロンが云った。
「5回勝負をして、君達が3回勝てたら要求を呑もう。負けたら、帰ってもらう。それで異論はないか?」
「ああ、わかった」
オレはライラと視線を交わして頷き、同意する。ここでなんとしても勝って、銀狼族の男女に関する情報を吐かせてやる。
「で、では、ゲームを始めます……」
男がシャッフルし終えたカードを、オレたちの前に並べていく。
「では、お先にどうぞ」
ゲロンがそう云い、オレは先にどちらが9に近いかを選ぶ。
「じゃあ、オレはEだ!」
「それなら、私はWにするか」
オレたちが選び終えると、男がカードを開いていく。
1回目の結果は、Eが3と4で、Wが4と5だった。
Wを選んだ、ゲロンの勝ちだ。
「Wの勝ちです!」
「やった!」
ゲロンが手を叩いて喜ぶ。
オレは唇をかみしめたが、まぁ最初はこんなもんだと、自分に云い聞かせる。
「そ、それでは、次のカードを配ります」
男がカードを回収し、再びシャッフルしてからランダムに引いた2枚のカードをEとWの位置に並べていく。
今度は、どちらを選ぼうか。
「よし、ならばEだ!」
オレが悩んでいると、ゲロンが先に選んだ。
「くっ、Wで!」
オレとゲロンが選び終えると、男がカードを開いていく。
2回目の結果は、Eが2と3で、Wが6と9だった。
Eを選んだ、オレの勝ちだ。
「なんと!?」
「やったぜ!」
「ビートくん!」
オレとライラが喜ぶ。これで1勝1敗で同点だ。
「ま……まだまだ! これからだ!」
ゲロンが汗をぬぐい、次のカードが配られる。
オレがEを選び、ゲロンがWを選ぶ。
3回目の結果は、Eが3と5で、Wが7と2だった。
Wを選んだ、ゲロンの勝ちとなる。
次のカードが配られる。
オレがEを選び、ゲロンがWを選ぶ。
4回目の結果は、Eが5と4で、Wが1と6だった。
Eを選んだ、オレの勝ちとなった。
こうして2勝2敗のまま、オレたちは最後の勝負へと臨んだ。
「そ、それではカードを配ります」
運命を左右する、5回目のゲーム。
男がカードを配り、オレたちはどちらを選ぶか考え始める。
「……」
「……」
オレたちは何も云わず、カードを見つめていた。
カードはどちらも裏返しになっていて、何の数字が描かれているのか、全く分からない。透視ができたらいいのにと、オレは思ってしまう。
「お先に……どうぞ」
「いや……そちらから」
オレとゲロンは、お互いに譲り合ってしまう。
残り物には、必ず福があるもの。
どうしてかは分からないが、そうだと信じて疑わなくなってしまう。
そのとき、ライラが手を伸ばした。
「こっちで!」
「えっ!?」
ライラが選んだのは、Wだった。
「ライラ!?」
「ビートくん、このままじゃいつまで経っても進まない! こっちで行こう!」
ライラがそう云うと、ゲロンはフッと笑う。
「よし、では私はこちらだ」
ゲロンがEを選んだ。
もしも、Eが正解だったら……。
そんなオレの考えを読んだかのように、ライラがオレの目を見つめる。
「ビートくん、信じて!」
「……わかった!」
オレもライラと同じ、Wを選ぶ。
「で、では……オープン!」
男がそう云い、カードを開いていく。
オレとゲロンは、額に汗を浮かべながら、開かれていくカードを見つめていた。
この時間が、オレには永遠に思えるほど、長く感じられた。
結果は――。
5回目の結果は、Eが5と2で、Wが7と1だった。
この瞬間、オレたちの勝利が確定した。
「バ……バカな……!?」
5回目終了時、ゲーム結果を見たゲロンは、目を見張った。
「ライラ!」
「ビートくん!」
オレたちはイスから立ち上がり、抱き合う。
ゲームの結果は、ゲロンが2勝3敗で、オレが3勝2敗。
ゲロンが条件として提示した5回勝負で3回勝つ。
オレたちはそれを、実現させた。
「ビート氏と、ライラ夫人の勝利になります」
男が、勝敗を告げる。
ゲロンはまだ信じられないといった様子で、目と口を開いたままオレたちを見つめている。
「ク……ゴホン、まさか買ってしまうとはな……」
ゲロンが咳払いをして、微かに口元を緩めた。
「さて、お2人さん」
ゲロンの言葉に、オレたちはイスに座りなおす。
そうだ、ゲームに勝つことが目的じゃない。
オレたちの目的は、リザードマンの奴隷と話をすることだ。
「約束は約束だ。君達の要求を呑もう」
ゲロンはそう云うと、男に何かを耳打ちする。
男は頷くと、部屋を出ていった。
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次回更新は、8月23日21時更新予定です!
(追記)9月4日。
おかしかった部分を修正しました。





