第116話 久々の鉄道貨物組合
ギアボックスに来てから、8日目。
「……う~ん」
オレは財布から取り出したおカネを見て、頭を抱えていた。
自分のポケットマネーが、思っていたよりも少なくなっている。
もちろん、2人で旅をするための費用として準備したおカネには手を付けていない。
そもそも、別の財布で管理しているから、手の付けようがない。
ここ最近、少し使い過ぎたのかもしれない。
正直、ここまで減っていたとは思わなかった。
「……こりゃ、少し厳しいなぁ」
旅をしている途中だから、当然オレは働いていない。
一時的にハッターさんの下でアルバイトをしたこともあったが、あくまでも一時的なものだ。
鉄道貨物組合でクエストを請け負っていたのとは、訳が違うのだ。
その時のおカネは、半分は旅をするための費用に入れてしまった。
こうなってしまっては、方法は1つしか無い。
「よし、働くか!」
オレがそう云ったその時、扉が開いた。
買い物に行っていた、ライラが戻って来た。
「ビートくん? 今、働くって聞こえたんだけど……?」
「あっ、ライラ!」
ライラが扉を閉めると、オレは財布におカネを全て入れた。
「実は、また少し働いておカネを増やそうかなって、思ってさ」
「どうして? 旅をするためのおカネは、十分あるのに?」
「旅をするためのおカネじゃなくて、オレのポケットマネーだよ」
首をかしげるライラに、オレは財布の中を見せる。
「ちょっと少なくなってきたから、少し補充しておこうかなと思って」
「じゃあ、旅をするためのおカネを少し崩せばいいじゃない」
「いや、それだけはしたくないんだ」
オレはそのお金に手をつけるのだけは、イヤだった。
旅をするためのおカネは、余裕に準備したとはいえ、2人で北大陸まで行くための軍資金。いわば保険金のようなものだ。だからできる限り、手をつけたくは無かった。
必要な出費ならともかく、オレのポケットマネーを増やすためなど、言語道断だ。
「旅をするためのおカネは、大切なおカネだ。オレだけのものじゃない。ライラとオレ、2人のものなんだから大切にしないと」
「でも、働くといっても、どこで働くの? レイラちゃんみたいにどこかに雇われるのなら、もう旅を止めなきゃいけなくなっちゃうよ?」
「いや、旅は止めない。でも、働くことはできるよ」
首をかしげるライラに、オレは微笑む。
「オレがかつて働いていたのは、どこだった?」
「それは、鉄道貨物組合――あっ!」
ライラはようやく気がついたらしく、目を輝かせた。
「そう、鉄道貨物組合。オレがそこで働いていたのは、他の協同組合と同じでクエストを請け負う方式で働けること。そして登録しておけば、どこでもクエストを請け負えること。オレは今でも、鉄道貨物組合に登録している。つまり――」
「ギアボックスの鉄道貨物組合で、いつでもクエストを請け負える!」
「その通り!」
オレの言葉をライラが補完し、オレは頷いた。
「ギアボックス駅にある鉄道貨物組合は、かなり大きい。仕事は溢れるほどあるし、クエストを請け負ってくれる人は、いくらでも必要だ。それにクエストは長期になるようなものはほとんどない。アークティク・ターン号が再出発する日まで、少しでも働けば十分足しになるはずだ」
「ビートくん、そこまで考えていたんだ!」
「ま、そういうこと」
「ビートくん、やっぱりすごい!!」
ライラが、オレに抱きついてきた。
「ビートくん、大好き!」
「ライラ、ありがとう。オレも大好き……って、ちょっと! くすぐったいからふがふがするのは後にしてくれ!! あと変なところ触らないで!」
どさくさに紛れて、オレの匂いを嗅いでくるライラをオレは引きはがそうとする。
しかし、こういうときのライラは絶対に離れない。
オレは成す術なく、ライラのふがふがに耐えるほか無かった。
翌日の朝、オレは久しぶりに鉄道貨物組合を尋ねた。
鉄道貨物組合の中は、労働者らしい格好をした男たちが行き交っていて活気に満ちている。かつてオレがクエストを請け負っていた、グレーザーの鉄道貨物組合と同じ空気が、そこには流れていた。
当然、今は隣にライラは居ない。ライラは鉄道貨物組合に登録していないため、鉄道貨物組合でクエストを請け負うことはできない。
「すいませーん」
「はい、本日はどのようなご用ですか?」
オレがカウンターに行くと、女性の事務員が挨拶した。
「クエストを請け負いたいんです」
「では、登録証をお願いします」
事務員からの要求に応え、オレは登録証を見せる。
「確認しました。どのようなクエストを請け負いますか?」
「えーと……」
オレは現在請け負う人を募集しているクエストを、チェックしていった。
クエストが決定すると、オレは貨物ターミナルへと足を踏み入れた。
ギアボックス駅の貨物ターミナルでは、膨大な量の荷物が次々とやってきては、貨物列車から下ろされたり、載せられて運ばれて行ったりする。
工業製品が多いのは、さすが工業が盛んな街ギアボックスといえるだろう。
「さぁて……久々の仕事だ……!」
オレは腕まくりをして、貨物ターミナルの奥へと進んで行った。
「お疲れ様でした。本日の報酬になります」
カウンターで女性事務員から、クエストの報酬を受け取る。
ライラと旅をする以前は、日常になっていた光景だ。
今では、それが懐かしくさえ思える。
「ありがとうございました」
「次回もお待ちしております」
オレはバッグに報酬を入れて、鉄道貨物組合の建物から出た。
外は夕方になっていて、街を行き交う労働者に混じって、オレはすぐ隣のギアボックス駅に向かう。ほとんどの労働者は、労働者向けの住宅がある地域へと向かっていくが、オレが生活している場所は、そこにはない。
ギアボックス駅に入ったオレは、改札を抜け、アークティク・ターン号が停留されているホームに向かう。
そして2等車に乗り込み、オレとライラが使っている個室に向かった。
鍵を取り出し、扉の鍵を開ける。
「ただいま」
「ビートくん、おかえりなさい!」
すぐにライラがやってきて、オレに抱きついた。
「ビートくん、ビートくん!」
「ライラ、たった1日離れていただけなのに、大げさだよ……」
「違うよ。ビートくんの身体から、汗のすっごくいい匂いがして……あぁ、いい匂い……!!」
「汗臭いだろ……普通に考えて……」
オレは呆れながら、ライラに当たらないようにバッグを下ろした。
こうしてクエストを請け負っていくうちに、おカネはそれなりに貯まって行くはずだ。無駄遣いさえしなければ。
オレはセンチュリーボーイのオーバーホールと修理が終わり、アークティク・ターン号が再び動き出すその日まで、なるべくクエストを請け負っていこうと決めた。
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次回更新は、8月18日21時更新予定です!





