第114話 ギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~
「なんだよこのマズそうな料理は!?」
オレは顔をしかめて文句を云う。
目の前に出された料理は、どう見ても人が食べていいものの色と形をしていない。
まるで機械の部品を真っ黒な油で浸したようにしか見えない。
「まぁそう云うなって。これがギアボックスの名物料理『ギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~』さ。こう見えても、意外と美味しいんだぜ?」
「本当に?」
「本当だぜ! これがジャガイモで、これが海の魚。このソースはキノコを煮詰めて作られているんだ」
スパナが自分の料理を指し示しながら、解説する。
オレは半信半疑で解説を聞いていた。
「でも、本当にすごい色と形ね……」
ライラもこの料理を見たのは初めてで、少し引いている。
どうしてこんなことになったのか。
それは、今日の朝の事だ。
ギアボックスに来てから6日目。
オレたちは昨夜、ナッツ氏とココ夫人にすっかり御馳走になってしまった。
個室に戻って来てから、オレたちは幸せな気分で眠りに就いた。
そして翌日。
オレたちは「昨日は豪華な料理を食べたから、今日は質素なものがいい」ということで一致し、朝の喫茶店で労働者たちに混じり、コーヒーとトーストにゆで卵だけを食べていた。
そんな場面を、スパナに見られてしまった。
「どうして、そんなに質素なんだよ!?」
スパナはオレたちの朝食を見て、目を見張っていた。
「ちょっと昨日、食べ過ぎちゃったから、これでいいんだ」
オレはそう誤魔化した。
素直にコース料理を食べていた、なんて話したら、きっと嫌味にしか聞こえないはずだ。
「そうか……。おっ、そうだ!」
すると、スパナが何かを思いついたように手を叩いた。
「今日のお昼、ギアボックスの名物料理を食べてみたくないか!?」
「名物料理!? それって何!? 食べてみたい!」
ライラが目の色を変えて、スパナに訊く。
「ギアボックスに来た人には、一度は味わってもらいたいものなんだ。オレたち労働者に大人気で、これを食べないとギアボックスに来た意味が無いって、云われるくらいに美味しいんだぜ!」
スパナがその名物料理というものに話しているうちに、ライラはすっかり食べる気になっていた。
オレも、ギアボックスの名物料理がどのようなものなのか、興味が湧いてきた。
「じゃあ、お昼はスパナに任せるよ」
「決まりだな! じゃあ、オレは仕事を早めに終わらせて向かうから、昼近くになったらエンジン鉱山の近くで待っててくれ!」
スパナはそう云って、エンジン鉱山の方角に向かって、歩いて行った。
そして今、オレとライラの目の前には、ギアボックスの名物料理『ギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~』が置かれている。
名前も凄いが、もっと凄いのはその見た目だ。
ドロドロのブラックソースをかけられたその料理は、どう見ても口に入れていいものには見えない。
その名の通り、ギアやシャフトといった機械の部品に、黒い機械用のオイルをこれでもかというほどかけたものにしか見えないのだ。
この料理を考案した人物に是非会いたい。
会ったら、どうしてこんな料理を作ったのか理由を聞いたうえで、この料理をその顔におしつけてやりたいくらいだ。
「なぁ、スパナ。ここまで来てこんなことを云うのは、本当に申し訳ないと思うんだけど……」
オレは勇気を振り絞り、心の中の本音を口に出す。
「これはどう見ても、食べ物じゃないぞ!?」
オレの言葉に、ライラも微かに頷いた。
名物なのか何なのか知らないが、これはどう見ても食べ物には見えない。
しかし、そんなオレの言葉にも動じることなく、スパナは口を開いた。
「確かに見た目も料理の名前も、食べ物とは思えないよな。ギアボックスに来た人は、みんなそう云うんだ。それはごもっともだと思う」
スパナは少し残念そうに云う。
ちょっと、云いすぎてしまっただろうかと、オレは思った。せめて「念のために聞くけど、本当に食べられるんだよな?」くらいにしておくべきだったかと、今になって反省する。
だが、スパナの表情はすぐに元に戻った。
「でも、騙されたと思って食べてみてくれよ! 本当に美味しいんだぜ!」
「……もしも、美味しくなかったら?」
「オレは嘘なんかつかねぇよ! もし美味しくないと思ったら、オレを殴ってくれても構わないぜ!」
スパナは自信たっぷりに云う。
いったい、その自信はどこから来るのだろう?
しかし、そこまで自信を持って進めてくると云うことは、やっぱりこの料理は美味しいのだろうか?
名物料理になっているくらいだから、きっと味は悪くは無いはずだ。
「……よし!」
オレは覚悟を決め、フォークとナイフを手にする。
「ビートくん……!?」
ライラがオレを横から見守る。
オレはそっと、ブラックソースのかかった料理に、フォークを刺した。
そしてナイフで切り分け、ブラックソースがかかった料理の欠片を、口に運んでいく。
「いただきます……!」
そしてオレは、ギアボックスの名物料理『ギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~』を口に入れた。
「……ん?」
口に入れた『ギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~』を、何度か噛み砕いてから、飲み込んだ。
オレの口の中に、キノコの風味と白身魚の味が広がり、そこに間髪入れずに添えられていたゼンマイの微かな苦味と、ハグルマのような形に添えられた牡蠣の旨味が加わる。
「……美味しい!!」
オレは先ほどまでの考えが、ウソのように吹き飛んだ。
見た目は食べ物とは思えないが、味は高級料理に引けを取らないほど美味しい。
オレは次から次へと、フォークとナイフを使って、『ギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~』を食べていく。
もうそこに、先ほどまでの怖気づいていたオレは居なかった。
「おぉ、良かった! 気に入ってくれると、信じていたぜ!」
美味しそうに食べるオレを見て、スパナが胸をなでおろす。
「ビートくん、本当に美味しいの!?」
「美味しいよ! ライラ、一口食べてみれば、よく分かるぜ!」
まだ驚いたままのライラにそう云って勧める。
オレの勧めで食べる気になったのか、ライラもフォークとナイフを使い、料理を口に運んだ。
「……美味しい!!」
ライラも目を輝かせ、すぐに再び『ギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~』を口に運ぶ。
一口食べたら、また一口、そしてまた……。
オレとライラは、もう見た目など全然気にしていなかった。
ただただ、『ギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~』の美味しさに舌鼓を打っていた。
こうして、オレたちは大満足で昼食を終えた。
「ありがとう、スパナ!」
食事が終わると、オレとライラはスパナにお礼を云った。
「疑って、本当にゴメン! あんなに美味しい料理だとは思わなかったよ!」
「気に入ってくれた?」
スパナの問いに、オレたちは首を上下に振って答える。
「もちろん!」
「それは良かった! またギアボックスの名物料理を、行く先々で宣伝してくれる人が増えてくれて、オレとしても嬉しいよ!」
「スパナくん、また美味しい料理があったら、教えてね!」
ライラからのお願いに、スパナは右手の親指を立てた。
「おう、いいぜ! 楽しみに待っててくれよ!」
スパナはそう云うと、再びエンジン鉱山の方角へと向かって云った。
時計を見ると、午後の仕事が再開する時間だ。
「……1つ、学んだことがあるな」
「えっ?」
「料理も人も、見かけですぐに判断しないってこと」
オレの言葉に、ライラが頷いた。
「本当ね。『ギアとシャフトのオイルベトベト和え~ゼンマイとハグルマを添えて~』を食べたら、そう思えてきた」
「そろそろ、列車に戻ろうか」
「うん!」
オレが手を出すと、ライラは手を握り返してくれる。
こうしてオレたちは、アークティク・ターン号の個室へと戻って行った。
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