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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第9章
114/214

第112話 スパナの家

 オレとライラは、少しゆっくりな朝を迎えた。

 昨日、エンジン鉱山の中を歩き回ったせいで、疲れていたのだろう。

 その証拠に、足が少し重たかった。


「……んぅ?」


 オレが目を覚ました時、ライラはまだ眠っている。

 お決まりのパターンだ。


 今日は特に予定も無い。

 誰かと会う約束もしていない。


 もう少しだけ、寝させてもらおう。

 まだセンチュリーボーイの修理が終わって、アークティク・ターン号が動き出すまで時間が掛かる。


 それに……。


「……いい匂い」


 ライラから漂ってくる、甘い匂い。

 これに包まれながら眠るのは、オレの楽しみの1つだ。


 オレはライラを起こさないように近づき、密着する。


「……んっ、ビートくん?」

「あっ……」


 ライラを、起こしてしまった。

 こちらに身体を向け、ライラはオレの目を見つめる。


「何してるの……?」

「実は……その……」


 オレが正直に云うかどうかで悩んでいると、ライラが口を開いた。


「顔に書いてあるわよ。わたしの匂いを嗅いでいたんでしょ?」

「……はい」


 正直に答える。

 その直後、オレはライラによって抱き寄せられた。


「んむっ!?」


 そして確かに感じる、柔らかい感触とライラの甘い匂い。

 オレはライラの胸に抱き寄せられたことが分かった。


「ビートくん、遠慮しないで好きなだけ嗅いでいいからね」

「むぐぐ……」


 オレはライラの甘い匂いと胸の柔らかさに包まれ、思考回路がショートした。




 昼過ぎに、オレたちは個室から出てきた。朝食兼昼食を食堂車で食べた後、オレたちは駅を出る。


「今日は、どこに行って見ようか?」

「ギアボックスで暮らしている人たちって、どんな暮らしをしているのかしら? ちょっと気になるの」

「どんなことが?」

「工場で働いていない時は何をしているのか、そういうのが気になるの」


 ライラの言葉で、行く先が決定した。


「じゃあ、住宅地を歩いてみようか。今日は工場も休みみたいだから、きっと何か見れるんじゃないかな?」


 立ち並ぶ工場からは、何の物音も聞こえてこなかった。

 煙を排出するための煙突も、今日は煙を吐き出してはいない。


 つまり、今日は工場はお休みだ。


 工場が休みなら、そこで働いている労働者たちも、家に居るはずだ。


「じゃあ、すぐに行こう!」


 ライラがオレの手を取る。

 こうしてオレたちは、ギアボックスの住宅地に向かって歩き出した。




「よぉ! ビートにライラ!」


 住宅地に近づいたところで、またしてもスパナと再会した。


「スパナ!? どうしてここに?」

「どうしてって、オレもギアボックスで暮らしているからさ」


 当たり前じゃないか、と云わんばかりにスパナは答える。

 オレとライラは、それに返す言葉が出てこなかった。


 ギアボックスに来てから、毎日のようにスパナと出会う。

 いくらなんでも、頻度が多いような気がしていた。

 まさか、スパナはどこかからオレたちを見ているのだろうか?


 いや、さすがにそんなことはないだろう。

 だけど、どうして――。


「ところで、今日はどうしたんだ?」


 スパナが訊き、オレたちは現実に引き戻される。


「実は――」


 オレたちは、住宅地にやってきた訳を話した。

 全てを話し終えると、スパナは大きく頷く。


「なるほど。オレたちのような労働者の暮らしを見てみたいのか。変わっているなぁ」


 確かに、変わっているよな。

 オレがそう思っていると、スパナがオレたちの手を取った。


「オレの家に案内するよ! オレの家なら、いくら見ていってもかまわないからさ!」

「えっ、いや、その――」


 オレたちが知りたいのは、休日の過ごし方などであって、家などではない。

 しかしそうスパナに伝える間もなく、スパナはオレたちの手を引いた。


「さ、こっちだこっち!」


 もはや、断ることはできなかった。

 スパナは、完全にオレたちに対する善意で動いている。


 オレたちは、スパナの家に向かうことになってしまった。




 スパナに案内されて連れてこられたのは、1件の借家だった。


「ここが、オレの家さ」


 スパナが鍵を開け、オレたちを借家の中へと案内する。

 広くも無ければ、狭くも無い1間の部屋があり、小さなキッチンとシャワールーム、そしてトイレがついているだけの簡素な部屋だった。

 オレたちがグレーザーで借りていた部屋よりも、狭い。

 家具も少なく、ベッドにテーブルとイス、小さな食器棚と本棚があるくらいだ。


「大したものは無いけど、ゆっくりしていってくれよ。今、紅茶を出すからさ」


 スパナはそう云うと、キッチンに向かって行った。

 オレとライラは簡素な作りのイスに腰掛ける。


 ベッドの隣にある帽子掛けには、工具ベルトが掛かっている。

 工具ベルトには、モンキーレンチやドライバーなどの工具が詰まっていた。エンジン鉱山で使うのだろう。


「何もない狭い部屋だろ?」


 スパナが、紅茶を持って戻って来た。

 紅茶が入ったカップを、オレとライラの目の前に置く。


「そうかな? 広さはともかく、オレとライラも、昔はこんな部屋で暮らしていたよ。なぁ、ライラ」

「うん! なんだか、懐かしい感じがする」


 オレとライラは、グレーザーで暮らしていた時のことを思い出す。


「そうなのか? やっぱり、どこの大陸でもオレたちのような雇われ人は似たような暮らしをしているものかぁ」


 スパナはしみじみとした様子で云い、紅茶を一口飲んだ。

 オレとライラも紅茶を飲み、一息ついた。


「そういえば、ビートとライラは旅に出る前、鉄道貨物組合でのクエスト請負と、ウエイトレスをしていたんだっけ?」

「そうそう、よく覚えていたな」


 オレたちがかつてやっていた仕事のことは、スパナと相席したときに話していた。


「そりゃあ、ダチの仕事くらいは把握してないとな!」

「ねぇ、ギアボックスの工場で働いている人たちって、工場がお休みの日は、どんなことをしているの?」


 ライラが訊くと、スパナは身を乗り出した。


「知りたいのか?」

「うん、もっと知りたい!」

「わかった。ダチの頼みだ、オレが知っていることは、全部話すぜ!」


 スパナはそう云うと、語りだした。

 話している間、ライラはスパナの話にじっと耳を傾けていた。




 スパナが全てを話し終えると、夕方になっていた。

 ずいぶんと長いこと、スパナの家に御厄介になってしまった。


「おっ、そろそろ総菜屋の惣菜が、安くなる時間だな」

「もうこんな時間に!?」


 オレは時計を見て、目を見開いた。


「ずいぶんと長いこと、お邪魔しちゃったな」

「気にするなよ! オレたちはダチなんだからさ!」

「じゃあ、そろそろわたしたちは帰ろう」


 ライラの言葉に、オレは頷いた。


「そうだな。スパナ、今日も色々とありがとう」

「こちらこそ。また来てくれよ!」

「あぁ、ギアボックスに居る間にまた……ん?」


 帰ろうとしたとき、オレは部屋の隅に置かれている木箱に気がついた。

 木箱をよく見て、オレは表情をひきつらせた。


 木箱には赤文字で『ダイナマイト』と書かれている!

 自宅に爆発物を置いているなんて、スパナは一体何を考えているんだ!?


 オレが冷や汗をかいていると、スパナが首をかしげた。


「どうしたんだ、ビート。この部屋は暑いか?」

「そそ、そうじゃなくて……あ、あれ!」


 オレが指さす先を見たスパナは、ころころと笑った。


「あれか! あれはオレの自作だぜ!」

「ダイナマイトを自作したのか!?」

「もちろん!」


 スパナが笑顔で答えると、オレとライラは青ざめた。


「大変だったんだぜ! ニトロを入手して――」

「どうして、爆発物なんか作っているんだ!?」


 オレが半ば叫びつつ、スパナに訊いた。


「どうしてって……好きだからさ」


 スパナはそう云いながら、ダイナマイトを箱から取り出した。


「欲しいか? よかったら持って行っていいぞ」

「いや、いいよ!」

「いらないのか? まぁ、いらないならいいけどさ」


 少し残念そうな顔をして、スパナは木箱にダイナマイトを戻した。


「じゃ、じゃあオレたちはこれで――!!」

「おう、また来てくれよ!」


 スパナに見送られながら、オレたちはスパナの家を後にする。

 スパナの姿が見えなくなると、オレとライラは全速力でギアボックス駅へと向かって走った。




「ハァ……ハァ……」


 オレとライラは、アークティク・ターン号の前で息を切らしていた。

 まさか、スパナが自分の家で爆発物を自作していたとは思わなかった。

 爆発するのではないかと思い、オレたちは全速力で駅まで戻って来た。


 いつ爆発するか分からない恐怖。

 それを経験したのは、初めてだった。


「オレたち……生きてる……よな?」


 自分の手を見つつ、指を動かしてみる。

 ちゃんと動いた。

 自分が生きていると確認できて、オレは全身から力が抜けて行きそうになる。


「ライラ、大丈夫?」

「だ……大丈夫……でも」


 ライラは呼吸を整えながら、絞り出すように話した。


「爆弾があったなんて……思わなかった……」

「スパナには悪いけど、しばらくはスパナの家には行けないな」

「同感。いつ爆発するか分からない。そんなの怖すぎるよ」


 ライラの言葉に、オレは頷く。こんな恐怖を延々と味合うことになるくらいなら、列車強盗と戦うほうがまだマシだ。


「とりあえず、個室でしばらく休んでから夕食にしようか」




 その日の夜、オレたちはダイナマイトのことが頭をよぎり、なかなか寝付けなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、8月14日21時更新予定です!

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