第106話 ライラからのお礼
オレとライラは、食事を終えて宿屋の部屋に戻って来た。
アンプの大盛りサービスは、オレが思ったよりも量が多かった。メインディッシュのグリルチキンだけでなく、パンもサラダも量が多い。大食い大会が開かれているかと錯覚するほどの量だった。これで料金は変わらないのだから、採算が取れるのかどうか少し気になってしまう。
しかし、今のオレにはそんな取らぬ狸の皮算用をしている余裕はなかった。
「うあー……苦しい」
オレはそう云いながら、ベッドに寝転がる。
お腹が苦しい。食べ過ぎた。普段の2~3倍の量を食べたのだから、苦しいのは当たり前かもしれない。
食べ過ぎたときは、横になっているのが一番だ。
グレーザー孤児院でも、食べ過ぎて苦しくなった後は、横になってゆっくりしているのが一番の対処法だった。それは今になっても変わっていない。
「ビートくん、大丈夫?」
ライラが、オレに声をかけてくれる。
ライラはオレと同じかそれ以上の量を食べたというのに、全く苦しそうにしていない。いったいあの細い体の、どこに入ったのか。
「しばらく横になっていたら、きっとよくなるよ」
「そう、じゃあ大丈夫かしら……」
「このまま、昼寝でもしようか。列車の出発は明日の朝9時だから、朝に出発すれば大丈夫。ライラ、一緒に寝る?」
オレはライラを安心させようと、そう冗談を云ってみる。
すると、ライラの目がキラーンと光ったように見えた。
「うん! じゃあ、添い寝するね!」
「えっ?」
オレがライラに顔を向けると、ライラは靴を脱ぎ、ベッドに上がってきた。そのままオレの隣で横になり、オレに身体を寄せてくる。
ライラはウキウキしながら、オレに身体を密着させてきた。
「らっ、ライラッ!?」
「ビートくんと一緒にお昼寝するの、久しぶり~」
むにゅん。
オレの身体に、ライラの胸が食い込んでくる。それと同時に漂ってくる、ライラのいい匂いが、オレの鼻孔をくすぐった。
「あふんっ……」
オレは興奮してしまい、昼寝どころではなくなってしまう。
それに気づいているのかいないのか、ライラはオレと1つになろうとする勢いで身体を押し付けてくる。
「えへへ、ビートくん……ビートくん……」
なんだか、いつも以上にライラが積極的になっているような気がする。
グリルチキンをたくさん食べたから、ご機嫌になっているのだろうか?
「な、なんだか積極的だな……」
「ビートくんへの、お礼よ」
ライラの答えに、オレは首をかしげる。
何かお返しをされるほど、ライラに特別な事をしただろうか?
思い当たる出来事が、これといって思いつかない。
「ど、どういうこと……?」
「昨日の夜、ビートくんはわたしとレイラちゃんを守ろうとして、戦ってくれたじゃない」
そう云われて、オレは昨夜のことを思い出す。
確かに昨夜、オレは酔っぱらいの中年男と戦った。
ライラとレイラが酔っぱらいの中年男に絡まれて、それが我慢ならなかった。
ソードオフを持って来ていなかったから、取っ組み合いになってそのままレスリング状態になった。だが、オレは木樽ジョッキで殴られてそのままダウンした。
あの後、もしライラがリボルバーを持っていなくて、車掌と鉄道騎士団も来なかったら、どうなっていたのだろう?
あまり想像したくない。
「……結局、オレは負けちゃったけどね。ライラと車掌と鉄道騎士団が居なかったらと思うと――」
「ビートくんは負けていないよ。あの男は、もう逮捕されたんだから。それに、ビートくんが居なかったら、きっとわたしたちは無事じゃ済まなかったはず」
ライラは、オレをそっと包み込み、尻尾まで使ってきた。
「ビートくん、ありがとう……大好き」
「あうう……」
耳元で囁くように告げられたお礼の言葉に、オレは耳まで真っ赤になる。
気持ちが高ぶって来て、興奮状態になってしまう。
こんな状態では、お昼寝どころじゃない。
しかし、ライラが寝息を立て始めると、オレの高ぶっていた気持ちも落ちついてきた。
そしてライラのぬくもりを感じていると、眠気がやってきた。
いつしかオレは、ライラに抱きつかれながら深い眠りへと落ちて行った。
「……んっ」
目を覚ました時、オレはライラがいなくなっていることにすぐ気がついた。
「……ライラ?」
確かに寝る時は、隣にライラがいた。ライラは添い寝してくれて、そのまま一緒に寝ていたはずだ。
だが、今はベッドに居るのはオレだけだ。
オレはベッドから起き上がると、大きく伸びをした。お腹の苦しさは、すっかり去っている。窓から外を見ると、夕方になっていた。夕陽がアンプの街に降り注ぐ中、下の道路は家路を急ぐ労働者たちが行き交っている。
ライラは、どこに行ってしまったんだろう?
いつも隣に居たライラがいない。
それだけで、オレは寂しくなってきた。
「ただいまっ!」
その時、オレの背後でドアが開く音がして、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこにはライラがいた。
「ライラ!」
「あっ、ビートくん! 起きたんだ!」
ライラは手に、大きな紙袋を持っていた。
紙袋には、食材が詰まっている。
それを見て、オレはライラがどこに行っていたか悟った。
「起きたらいなかったから、どこに行ったのかと……」
「ごめんね。材料を買いに行ってたの」
ライラは紙袋を机の上に置く。
中からは、肉や野菜などの食材が出てきた。
「けっこう買ったね」
「今日の夕食と、明日の朝食の分よ」
ライラは自慢げに云うと、肉と卵を手にする。
「今日の夕食は、わたしが作るわ! 楽しみにしててね!」
「じゃあ、オレも手伝うよ!」
「ううん、いいの。ビートくんは、座って待ってて!」
ライラはそう云うと、食材を手にしたまま、微笑んだ。
「ビートくんには、わたしの手料理を食べてほしいから。ね?」
「そうか……わかった!」
ライラがやる気になっているのなら、無理に協力を申し出る必要はない。
オレは大人しく、ライラが夕食を完成させるのを待つことにした。
すぐにライラは食材を手に、備え付けのキッチンで調理を始める。
オレはイスに座って、夕食が出来上がるのを待つ。調理をするライラを見ていると、自然と視線でライラの身体の線を追っていることに気づき、オレは慌てて目を逸らした。
ライラは調理を終えると、夕食をテーブルの上に並べた。
半熟の目玉焼きを乗せたステーキとつけ合わせの野菜、コーンスープ、サラダが並んでいく。そして最後に、パンが入ったカゴをテーブルの真ん中に置いた。
「御馳走だぁ……」
オレが目の前に並んだ料理の数々を見て呟く。
その言葉に、ライラは嬉しそうに目を細めた。
「ビートくんがそう云ってくれて、嬉しい!」
「……あれ?」
オレは料理の数を数えて、首をかしげる。
何度数えても、2人分の料理しかない。
レイラの分は、どこにあるのだろう?
後で作るのだろうか?
いや、待て!
そういえば、レイラは帰って来てないぞ?
「レイラの分は?」
「レイラちゃんは、今日は列車で寝るって朝に云ってたわ」
「どうしてまた?」
「ビートくん、にぶいのねぇ」
ライラはそう云うと、オレと向かい合うように座る。
「わたしたちが2人でゆっくり過ごせるように、気を遣ってくれたのよ」
そうか、そういうことだったのか。
列車から降りた後、レイラがライラの耳元で囁いていたこと。
オレはその内容が、なんとなく分かった。
「……なんだか、レイラに悪いな」
「ビートくん、違うわよ。レイラちゃんに感謝しなくちゃ」
「……そうだな。食べるか!」
オレがフォークとナイフを手にすると、ライラもフォークとナイフを手にした。
その日の夕食は、とにかく美味しかったことだけ覚えている。
久しぶりのライラの手料理だったことも、関係していたのかもしれない。
半熟の目玉焼きが、レアに焼かれたステーキと絡み合い、美味しさを引き立ててオレは夢中になって食べ進めた。
オレが「美味しい」と口に出すたびに、ライラは満面の笑みで喜んでくれた。
あっという間に、オレはライラの手料理を平らげてしまった。
「はぁ……満足」
オレは食後の紅茶を楽しみながら、休憩していた。
久々に、ライラの手料理を食べられた。
アークティク・ターン号で食べていたのは、レストランの料理や携帯食料などだ。もちろんこれらも美味しいのだが、やっぱりライラが作った手料理は一味違う。
すると、ライラが洗い物を終えてやってきた。
「ビートくん、そろそろお風呂に入る?」
「そうだなぁ……そろそろいい時間だし、入るか」
オレは紅茶を飲み干すと、イスから立ち上がる。
先にお風呂に入って、汗を流そう。
「じゃあ、先に入るね」
「もうっ、ビートくんってば、何を云ってるの?」
「えっ?」
オレが首をかしげていると、ライラがオレの手を取った。
「一緒に入るに、決まっているじゃない」
ライラは当たり前のことのように云い、オレを脱衣所まで連れてきた。
脱衣所で、ライラはすぐに衣服を脱いでいく。
あっという間に、ライラは一糸まとわぬ姿になった。
オレも服を脱ぎ、ライラと一緒に風呂に入った。
風呂の中は、1畳ほどの広さがあった。
ここで体を洗うようだ。
木でできたイスと、風呂桶が置かれている。
「久しぶりだな。一緒にお風呂に入るの」
「そうね。西大陸で温泉に入った時以来かな?」
「さて、まずは身体を洗うか……」
オレが石鹸と身体を洗うタオルを手にしようと、手を伸ばす。
すると、ライラがその2つをオレよりも先に掴んだ。
「えっ?」
「ビートくん、今日はわたしが、ビートくんの身体を洗ってあげるね」
「んなっ!?」
ライラが、オレの身体を洗うだと!?
結婚して依頼、初めてのことだ!
オレは、ライラに体を洗われている自分を想像する。
もしかして、背中を流してくれると云うことなのか?
それなら、かなりありがたいが……。
「ビートくん、座って?」
「え、うん……」
オレは云われた通りに、座った。
「じゃあ、お願いします」
「まかせて!」
ライラはそう云うと、石鹸を泡立てはじめた。
人に背中を流してもらえる。こんな日が来るなんて、思ってもみなかったなぁ。
オレがそうしみじみ思っていると、急に柔らかいものが背中に押し付けられた。
「!?」
それがライラの胸であることは、すぐに分かった。
「えっ!?」
「ビートくん、じっとしててね?」
ライラは、背中を流しているのではなかった。
全身に石鹸の泡をつけ、その身体をオレの身体にこすり付けていた。
「あ、あうう……」
まさか、ライラがこんなことをしてくるなんて……。
オレの頭に熱が上っていき、思考回路がショートする。
「まさか、これもお礼なのか……?」
「もちろんよ」
オレの理性、どこまで持つだろうか?
若干の不安を覚えながら、オレはライラによるサービスを受けた。
風呂から出てベッドに腰掛けていると、ライラも風呂から出てきた。
「!?」
オレはライラを見て、目を見張る。
ライラはネグリジェに身を包んでいた。ネグリジェは透けていて、ライラの火照った肌がよく見える。ほのかに赤みを帯びた身体が、やけに色っぽい。
「ビートくぅん……」
ライラがトロンとした目で、オレに近づいてくる。
そして部屋の灯りを消し、ベッドの枕元にあった小さな灯りだけをつけた。
部屋の中が、薄暗くなる。
ライラはベッドに腰掛けたオレに、そのまま抱きついてきた。
「ビートくぅん……好きっ……大好きぃ……!!」
「うわっ!?」
そしてオレは、ライラからキスを受ける。ライラのキスは唇だけにとどまらず、オレの全身に及んだ。
キスをする間、ライラは尻尾を振り続けていた。
こうして見ていると、ライラはただの淫乱な獣人女にしか見えない。
だが、ライラがここまで乱れた姿を見せる相手は、オレだけだ。
大好きな相手にしか見せない姿。
まさに好きになった相手には一生を捧げるほど尽くす、銀狼族の本能が出ている。
レイラと一緒に旅をし始めてから、ライラとは一緒のベッドで寝ることが1回も無かった。キスなんて論外だ。きっとライラは今、これまで溜まってきた気持ちを、全て出そうとしているのだろう。
どうしてそんなことが分かるのか?
なぜならオレも、ライラのことを求めていたからだ!
ライラはオレの本能を刺激してくる。
そしてオレは、それまで保っていた理性が一気に崩壊した。
「ライラッ!」
「きゃんっ!」
オレはライラを抱きしめ、そのままベッドに押し倒した。
オレとライラは、遅くまでお互いを求め合った。
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次回更新は、8月8日21時更新予定です!
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ビートとライラの旅はまだまだ続きます。
ルトくんも続きを頑張って執筆していく所存でございますので、
どうぞよろしくお願いいたします!!





