第105話 アンプの街
朝早く、センチュリーボーイの汽笛が鳴り響いた。
それに呼応するようにブレーキが掛かり、アークティク・ターン号は速度を落としていく。
前方には、町が見えていた。
アークティク・ターン号が速度を落とし始めたことに気づき、オレとライラは窓を開けて前方を見た。
列車が向かう先に、町が見える。
「あれが次の町ね」
「アンプっていう町だ」
オレが、車内に張られている地図を見て確かめる。
「あの町で、昨日の酔っぱらいの男は騎士団に引き渡されるはずだ」
「これでもう、心配いらないわね。また夜のお茶会も、できるわね」
ライラが嬉しそうに云うが、オレは夜のお茶会をする気が無かった。
「あぁ。でも、しばらく夜のお茶会は控えようか。またトラブルに巻き込まれるとイヤだし」
「そうですね。それがいいかもしれません」
オレの言葉に、レイラも頷く。
ライラはガッカリして、耳と尻尾を力なく垂らした。
インダスト領モトオル地方アンプ。
アンプは東大陸の中でも、あまり機械っぽさがない街だ。そのため、街並みは西大陸のような石造りが多く、観光客もそこそこいる。しかし、地下には工場区域が作られていて、地下での製造業が盛んに行われている。地下に工場がある理由は、隣にある最大の工業都市、ギアボックスと地下通路で繋がっているためだ。地下鉄で結ばれ、天候に左右されず輸送ができることから、重宝されている。
そしてアンプの名物は、地下工場で働く労働者たちを支えるために、増量に増量を繰り返していく中で生まれた「食事の大盛りサービス」だ。
アークティク・ターン号が駅に到着すると、駅員がプラカードを掲げた。
プラカードには『24時間停車』の文字が並んでいる。
「よし、降りようか」
「レイラちゃんも、一緒に行こうよ!」
ライラが誘うが、レイラは首を横に振った。
「お気持ちありがとうございます。でも、私は一緒には行けないんです」
「えっ、どうして?」
「実は――」
驚いたライラに、レイラが何かレイラの耳元で囁いた。
それを聞いたライラが、目を丸くして、レイラを見る。レイラは、ライラに向かってウインクした。
「ありがとう! レイラちゃん!」
えっ、なんだろう?
レイラはライラに、何を話したんだ!?
オレはレイラが話した内容が気になって、声を掛けようとする。
そのとき、聞き覚えのある声が聞こえた。
「おうっ、レイラちゃん!」
声の主は、ハッターだった。
「あっ、ハッターさん!」
「すまんな! アンプでは、レイラちゃんと一緒に仕入れをする約束があるんだ」
「――そういうわけなんです」
レイラはそう云って、オレたちに頭を下げる。
これもアルバイトの1つか。
先約があるのなら、それは仕方のないことだ。
しかし……。
「レイラは確か、経理補助のアルバイトでしたよね? 仕入れにも同行するんですか?」
「あぁ。普段は俺だけで仕入れをしているんだが、もしかしたら安物買いの銭失いになっていたり、経費にできないものを買っていたりすることが、あるかもしれないからな。それでお願いして、1度俺の仕入れをチェックしてもらうことにしたんだ。もちろん、バイト代は出すってことで」
「私も、勉強を兼ねてみておきたかったので……」
「それじゃ、悪いけどそろそろ仕入れに行きたいから、またな」
ハッターはそう云うと、レイラを連れて改札を抜けて行った。
オレたちはそのまま、列車に残される。
「……ちょっと、残念だったな」
「ううん、そんなことないよ!」
ライラはそう云うと、オレの左腕に抱きついてくる。
「ビートくんと一緒に居られるなら、わたしはそれで十分だから!」
「こいつぅ~」
オレは右手でライラの頭を撫でる。
「えへへ~」
ライラは尻尾を振りながら笑顔を向けてくる。
オレたちは駅を出て、アンプの街を歩き出した。
アンプの街を観光したオレたちは、安い宿屋に入った。
ライラが選んだ宿屋で、部屋の中にキッチンがあった。
どうやら、宿屋にレストランが無い代わりに、部屋に食材を持ち込んで、自分で調理をして食事を食べるようになっているみたいだ。それを裏付けるように、調理器具や食器は十分な数が備え付けられている。
ライラはどうして、こんな宿を選んだんだ?
「ライラ、どうしてここを選んだの?」
「えっ、どうしてって?」
オレは気になって、ライラに訊いた。
「この宿、確かに安いけど、食事は自分で作るみたいだ。食材を買ってこないといけないし、大変じゃないか?」
「いいじゃない。たまには」
ライラがそう云うなら、まぁいいか。
旅の途中でも、たまには自炊するのも大事だ。
料理ができることで、得をすることはあっても、困ることはまずない。
さっそくだが、昼食の食材を買い出しに行くのもいいだろう。
「ライラ、これから――」
食材を買いに行かない?
そう云おうとしたオレだったが、ライラはそれを許してくれなかった。
「ビートくん、この街のレストラン、大盛りサービスをしているんだって! せっかくだからグリルチキンを大盛りにしてもらおうよ! お昼時だから、きっとすぐに混んじゃうよ! 早く行こう!」
ライラが手を取って、オレをグイグイと引っ張っていく。
「……はぁ」
ライラに気づかれないように、オレはそっとため息をついた。
そしてライラと共に、オレたちはレストランに向かった。
「はい、お待たせしました」
オレたちの目の前に、大盛りにされたグリルチキンが置かれる。
大きな鶏肉を焼いたものが来るのかと思っていたら、標準的な大きさのグリルチキンがいくつも盛られて出てきた。大盛りとは、こういうことか。
「すっごーい!」
ライラの目が、キラキラと輝いている。
「お嬢さん、大盛りサービスは初めてかい?」
「はい! こんなにたくさんで、料金は同じなんですか?」
「そうだよ。たくさん食べていきな!」
オバちゃんの給仕が行ってしまうと、オレたちはフォークとナイフを手にして、グリルチキンを食べ始めた。
「そういえば、レイラは?」
「レイラちゃんは、今日は1日ハッターさんの仕入れに付き合うことになっているから、食事もハッターさんと食べるみたいよ」
ライラがそう云って、グリルチキンを食べ始める。
レイラはこのまま、ハッターの弟子にでもなるつもりなのだろうか?
「ビートくん、早くしないとなくなっちゃうよ?」
「えっ?」
ライラの言葉に、オレは目の前に置かれていた皿を見る。
グリルチキンが盛られていた皿には、もうあと少ししかグリルチキンが残っていない。ほとんど、ライラが自分の皿に取り分けていた。
「ライラ、そんなに食べられるの?」
「ビートくん、わたしはグリルチキンが大好物だってこと、忘れてないよね?」
ライラはそう云って、次々にグリルチキンをパクパクと食べ進めていく。
ライラはあっという間にグリルチキンを完食してしまい、オレの考えていたことは杞憂に終わる結果となった。
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次回更新は、8月7日21時更新予定です!





