第103話 レイラのアルバイト
「働きたいです!!」
突然、レイラがそう発言した。
唐突過ぎる就業希望に、オレたちは驚く。
「い、いきなりどうしたの?」
「私、ビートさんとライラさんにお世話になりっぱなしなので、それを少しでも返したいんです」
レイラが云うには、2等車の個室に入れてくれて、しかも何もしなくていいのが落ち着かず、何かしらの形で働いておカネを稼ぎ、オレたちにそれを渡したいのだという。
「いや、なにもそこまでしなくても……」
オレたちは、見返りを求めているわけではない。
レイラが退屈を感じることなくギアボックスまで旅をしてくれたら、それで十分だ。
しかし、レイラはそれでは世話になりっぱなしでダメだと思っているらしい。
オレとライラはレイラに今は働かなくてもいいと何度も伝えたが、レイラは断固として譲らない。
まさかここまで頑固な一面があったとは思わなかった。
「どうしても働きたいのです!」
「う~ん、そうは云ってもなぁ……」
オレたちが今いる場所は、アークティク・ターン号の中だ。
街の中ではないし、働ける場所など無い。
「これさえあれば、私はどこでも仕事ができます!」
「それ、何?」
レイラが取り出したものを見たライラが訊いた。
いくつもの玉がついている、あまり見なれない道具だ。レイラが振ると、弾が動いてパチパチと音がする。あれは何だろう?
「アバカスという小型の計算機です! とある遺跡で発見されたものを、高値で買い取りました。私にとってこれは命のようなものなのです。素早く計算ができるんですよ!」
そんなにすごい道具があるなんて、思いもしなかった。
「なるほど。経理をしていたから、計算するための道具は大切なのね」
「はいっ! だからどうしても、計算する仕事をしたいのです!」
どうしても働きたいのなら、乗務員になるか、行商でもするしかなさそうだ。
ん……?
行商……?
「……そうだ!」
オレは、いいことを思いついた。
そうだ、アークティク・ターン号の中でも、働けるじゃないか!
以前、オレたちも働いたことがあった!
「レイラ、望み通り働けるぞ!」
「本当ですか!?」
「ビートくん、どうやって?」
首をかしげたライラに、オレは云う。
「ライラも、以前一緒にやったじゃないか! さ、こっちだ!!」
オレはライラとレイラを連れ、商人車へと向かった。
「バイトで雇って欲しい?」
ハッターが、俺の提案に首をかしげる。
「この白狼族の少女をか? それにしても、ライラちゃんとよく似てるなぁ。売り子としてなら、期待できるが……」
「ハッターさん、レイラは経理ができるんですよ?」
オレは奴隷商人のように、レイラをハッターに紹介する。
奴隷商人と違うところといえば、レイラは奴隷ではないし、オレは奴隷商人じゃない。だからレイラをハッターに売ることはしないし、対価を受け取ることもない。
「オレ、以前アルバイトをしたからよく分かるんですけど、帳簿付けって大変じゃないですか? レイラなら計算も早いですし、5年もやってましたから、即戦力になりそうだと思いませんか?」
しかし、ハッターはなかなか首を縦に振らない。
「最近はお客さんも落ち着いてきたから、俺だけでも帳簿付けは余裕なんだけどなぁ……行商人は何でも1人でやらなきゃいけねぇから、苦にはならんし」
ハッターさんじゃダメかもしれないな。
それなら、他の行商人を当たってみるか。
オレがそう思った時、レイラがハッターに頭を下げた。
「お願いします! ギアボックスに到着するまでの間でいいんです! お手伝いさせてください!」
レイラがあまりにも熱心だったからか、ハッターはため息をつくと、レイラを見て口を開いた。
「わかった。それならギアボックスに到着するまでの間、経理補助を頼む。給料は1日大銀貨8枚でどうだ?」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
こうして、レイラはハッターの元でギアボックスに到着するまでの間、経理補助をすることになった。
もしも、これでアルバイトを断られたりしていたら、どうなっていたのだろうか?
それを考えると、オレは少し怖くなった。
レイラは毎日、商人車の行商人たちが行商を始めてから店を閉めるまでの間、ハッターの元で経理補助を行った。
ある日、オレはライラと共に、買い物をするために商人車を尋ねた。
相変わらず商人車は賑わっていて、行商人から品物を買おうとする人であふれかえっている。
オレたちはその中を進んで行き、ハッターさんのスペースへと向かう。
やっぱり他の行商人に比べて、ハッターさんは品ぞろえが良い。
今日も多くの品物が、店頭に並べられている。
「あっ、ビートくん! レイラちゃんがいるわ!」
ライラが、ハッターさんの向こうを見て云う。
ハッターの後ろでは、レイラが帳簿をつけていた。
レイラはアバカスを使って、売上の計算をしながら、数字を帳簿に書き込んでいく。ものすごい速さで、オレは目で追うのがやっとだった。
「よぉ、お2人さん!」
ハッターが、オレたちに声を掛けてきた。
明らかに、嬉しそうな顔をしている。
「ハッターさん、なんだか嬉しそうですね」
「あぁ! お2人さんにはお礼を云わなきゃいけないな」
「えっ、どうしてですか?」
オレたちが、何かハッターさんを喜ばせるようなことをしただろうか?
そう思っていると、ハッターが親指で後ろに居るレイラを指し示す。
「すごいんだよレイラちゃんは! オレより断然計算が早い! オレが30分は掛かるような計算を、たったの10分で全て終わらせちゃうんだ。任せておけば、すぐに売上を弾き出してくれる! それにあのアバカスとかいう計算機、どうしてあんなすごいものを持っているのに、解雇されちまったんだ?」
ハッターは興奮気味に、オレたちにレイラのスゴさを話してくれる。
聞いているこっちが少し引くほどに、ハッターはレイラを褒め称えていた。
「そ、それは良かったですね」
「いやぁ、惜しいことしちまったよ! ギアボックスまでとはいわず、オレの元で経理担当になってほしかったぜ!」
すると、レイラが計算する手を止めて、ハッターに顔を向けた。
「そんなこと云っちゃったら、経費にできる金額が減っちゃいますよ?」
レイラはそう云うと、1枚の領収書を拾い上げた。
「これは、経費では落とせませんからね」
「んなっ!? なんでだよぉ!?」
ハッターはギクリとし、レイラはクスクスと笑う。
数字と向き合っているときのレイラは、まるで水を得た魚だ。
これなら、きっと大丈夫だろう。
ギアボックスに到着するまで、レイラはハッターの経理補助……もとい経理担当者だ。
オレたちはそう思い、顔を見合わせて笑い合った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は、8月5日21時更新予定です!





