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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第8章
102/214

第100話 アカシャの泉

 真夜中に、オレは目を覚ました。


 別にトイレに行きたくなったわけでも、ライラが夜這いを掛けてきたわけでもない。

 ライラは現在進行形で、オレの隣ですやすやと寝息を立てて眠っている。

 お腹が空いたのでもなければ、喉が渇いたわけでもない。


 オレは枕元に置いていた、栄養ドリンクのビンを開け、中身を飲み干す。

 昨晩もライラに搾り取られた。しかも複数回。

 メラから娼婦の技術を教えられて以降、明らかに搾り取られる回数が増えている。

 何がとはあえて云わないが。


「オレの身体、持つといいけど……」


 今のところ大丈夫だが、どこまでが限界なのかは自分でも分からない。

 まぁ、死ぬことは無いだろう。


 オレはそう思いながら、再びライラの隣で横になり、目を瞑ろうとした。



 そのとき、オレは列車の中の異常に気がついた。



「――!!」


 オレは勢いよく起き上がり、じっと神経を耳に集中させる。

 音が、全くしない!!

 列車が停まっているのかもしれない。

 だとしたら、もう駅に到着したのだろうか?


 オレはベッドから抜け出す。


「ん……ビートくん?」


 そのとき、隣で眠っていたライラが目を覚ました。


「どうしたの? まだ夜中じゃない」

「ライラ、列車が停まっているみたいなんだ」

「それがどうかしたの? 駅に着いたから、停まっているんじゃないの?」

「だとしたらいいんだけど、なんだか違うような気がするんだ」


 オレが感じていた違和感の原因は、そこだった。

 あまりにも静かすぎる。

 駅なら、いくら静かとはいえ時折夜中を走る貨物列車が通過する音があってもいい。しかし、先ほどから何の物音もしない。

 それに駅なら、ブラインドの隙間から光が漏れていてもおかしくない。だがそれすらもないのだ。


 考えられるとすれば、何もない平原に停まっていることぐらいだ。

 もしそうだとしたら、盗賊団にとっては格好の的にしかならない。


 一度調べないと、安心して眠れない。

 オレはそっと、ソードオフを身につけた。


「ちょっと、調べてくるよ。すぐに戻るから」

「ううん、わたしも行く!」


 ライラがベッドから抜け出してきた。


「ライラ、寝てていいよ」

「わたしは、ビートくんと、どこまでも一緒にいたいだけなの!」


 やれやれ、ライラには敵わないな。

 オレはライラの手を取り、個室の外へ出た。




 部屋を出ると、外は真っ暗で星の明かりしか見えない。

 星の明かりはどういうわけか、地面にもある。


 もしかして、南大陸の大鏡のような場所を走っているのか?

 でも、それにしては列車の窓の明かりが水面に映っていないとおかしい。


 列車は一体、どこを走っているのだろう?


「ビートくん、あれ!」


 ライラが前方を指さした。

 指さす先に目を向け、オレは驚いた。


「なんだありゃあ!?」


 前方に見えてきたのは、暗い闇の中で淡い光を放つ立派な泉だった。

 泉というよりは、まるで古代の遺跡の中から水が湧き出ているようだ。

 あんな幻想的なもの、オレは見たことが無い。ハズク先生の授業でも、教えてもらった覚えはない。


 すると、列車の速度が落ち始めた。

 列車は音も無く、泉の目の前で停車する。


 オレたちが乗っている車両が、ちょうど泉の真正面で止まった。


「降りても……大丈夫かな?」


 ライラが下を見て云う。

 すぐ下に、泉があった。


「じゃあ、オレが降りてみる。ライラはここで待ってて」

「どうして!?」

「もし何かあったら、ライラだけでも旅を続けてほしいから」


 こんな場所に降りて、もしすぐに列車が出発してしまったら、2人共に取り残されてしまうだろう。

 ライラだけが列車に残っていれば、ライラだけでも旅を続けることができる。

 少しでも、リスクは分散させたかった。


 しかし、今回の件では、ライラはそれを決して良しとはしなかった。


「じゃあ、わたしも行く! ビートくんのいる場所が、わたしの居場所だから!」


 うう、オレはライラからこういわれてしまうと、もう強く拒否できない。

 オレはそれを承諾すると、先に降りた。

 それから、ライラの手を取りながらライラを列車から下ろした。




 列車から降りたオレたちは、そのまま泉の中に足を突っ込む。

 泉の水は冷たく、足元から冷やされていくように感じられた。


「冷たくて気持ちいい!」


 泉の水は透き通っていて、足元がよく見えた。


「ビートくん、わたし、しばらくここで涼んでいたい!」

「わかった。オレは少しこの泉を調べてみるよ」


 オレはライラをその場に残して、泉の奥へと進む。

 水を掻き分けながら進んで行くと、足元からリラックスしていくような気がした。


 頭上には、まるで満天の星空を見上げた時のように、いくつもの星が輝いている。

 なんて美しいんだ。

 まるで地上の光景とは思えない。


「それにしても、ここはなんていう泉なんだろう?」

「ここは、アカシャの泉ですよ」


 ライラの声ではない声が、泉の名を告げる。

 オレとライラ意外に、誰かが居る!?


 声がした方を見ると、1人の女性がいた。

 女性は白い衣服を身に纏っていて、まるで神話に出てくる女神のようだ。


「あんただれ?」

「私はこの泉の主である、フェニックス」


 フェニックスと名乗った女性は、オレに近づいてくる。


「このアカシャの泉とは、いったい何なんだ!?」

「全ての始まりでもあり、終着点でもある場所。過去と現在と未来を、繋ぐ場所」


 オレの質問に対して、フェニックスはそう説明するが、オレには何を云っているのかさっぱり分からない。


 全ての始まり?

 終着点?

 過去と現在と未来を繋ぐ?


 つまり、どういうことなんだ?

 もっと分かりやすく説明してほしい!!


「あんたの云っていることがよく分からない。ここでは何かができるのか?」

「ここでは、過去と現在と未来のすべてを見ることができるの」


 フェニックスの答えに、オレは目を見張る。


「本当か!?」


 過去と現在と未来のすべてを見ることができる。

 それが本当なら、もしかしたら、ライラの両親がどこにいるか分かるかもしれない!

 それが分かれば、旅の最終目的地がはっきりする!!


 そう思ってオレは、フェニックスに尋ねた。


「じゃあ、ライラの両親は、今どこにいるんだ!?」

「それを見つけるのは私じゃなくて、あなたよ」


 そう云うと、フェニックスは背を向けて歩き出す。

 おい、質問に答えてくれよ!

 それができないなら、せめて手がかりだけでも教えてくれ!!


「ま、待ってくれ! どうやって探せばいいんだ!?」

「ごめんなさい。私はその人たちが、どんな人か分からない。でも、あなたなら分かるはず」


 オレなら分かるはずって、オレだって会ったことが無いんだぞ!?

 だから探しているっていうのに!!


 オレの思いも空しく、フェニックスはそう云い残すと、溶けていくように消えていく。

 よくわからん女だったな。


「……自分で探すしかないのか」


 オレはそう云うと、泉の中に手を入れる。

 

 しかしどうやって探したらいいのか分からない。

 会いたいと願えば、会えるのかな?



 もしそうなら、オレは会いたい!!



 そのとき、まるでオレの願いに呼応するように、泉の一部が光りはじめた。

 本当に、この泉はどうなっているんだ?


「もしかして……あれか!?」


 まさに希望の光だ。

 オレは光っている場所にまで歩いて行き、泉の中からそれを掴んで拾い上げる。

 光の塊が、オレの手の中に現れる。なんて美しいんだろう。


 そのとき、光の中に何かが見えた。


「……!?」


 オレは目を覆うことも忘れて、光の中に見えたものを見つめた。




 赤子を抱く、高貴そうな夫婦。慈愛に満ちた顔で赤子を見つめる。

 赤子はすやすやと眠っている。

 共に人族だ。ライラと同じ銀狼族ではない。


 この人たちは誰なんだろう?

 ライラの両親ではないことは、間違いなさそうだ。


 だとしたら、これは一体なんだ?

 オレは、間違ったものを見ているのか?


 しかし、オレはどういうわけか、その夫婦に見覚えがあるような気がした。


「――もしかして」


 そのとき、オレはひとつの可能性に辿り着く。

 ライラの両親じゃないなら、この人たちは――。


「……オレの両親?」


 どういうわけか、そう思わずにいられなかった。

 すると、オレの目から自然に涙があふれる。

 悲しいわけでもないのに、あふれる涙は次から次へと頬を伝い、泉の中へ落ちていく。


「……お父さん……お母さん……!!」


 あふれる涙を止めることができない。

 やっと、両親の顔を見ることができた。

 もう絶対に叶わないと思っていた、両親の顔を見ること。

 それを叶えることができた。


 フェニックスの云っていたことは、本当だったんだ!!


 そのとき、意識が遠のいていく。




「……ビートくん、ビートくん!」

「はっ!?」


 聞き覚えのある声で、オレは目を覚ます。

 オレが目を覚ますと、そこはアークティク・ターン号の中だった。

 隣では、ライラが心配そうな顔をしている。


「あれっ?」


 顔に手を当てると、涙の痕があった。


 さっきまでのことは、夢だったのか?


「ビートくん、うなされていたみたいだけど、大丈夫?」

「夢を見たんだ。アカシャの泉というところで、オレの両親の顔を見ることが……」


 どんな顔だったか思い出そうとするが、思い出せない。

 どうして夢の中の出来事は、すぐに忘れてしまうんだろう?


「……ビートくんも、お父さんとお母さんに会いたいって、思っていたのね」

「意識したことなんて、なかったんだけどな……」


 両親に会いたいと願うライラとは反対に、オレはグレーザー孤児院に居た頃から、両親には会えないと諦めていた。獣人族で銀狼族のライラと違い、オレは人族だ。人族は、地上に星の数ほどいる。その中から両親を見つけることができるかどうかなんて、子供でも分かることだった。

 そして孤児院を出て、ライラと暮らすようになってからは、全く意識していなかった。

 両親の事なんて、ほとんど忘れていた。


 すると、ライラがオレの顔を自分の胸に埋めてきた。

 しかし、いつもとは少し様子が違う。


 オレが上を見ると、ライラが優しい顔で見下ろしていた。

 そこにいるのは、いつものオレにべったりなライラではない。

 慈愛に満ちた女性そのものだった。


「ビートくん、わたしがお母さんの代わりになることはできないけど、わたしにだけは思う存分、甘えて? わたしがビートくんにできることって、これくらいだから……」

「ライラ……」


 いつもなら守るべきライラが、今は自分のために……!

 オレはライラの胸に顔を埋め、涙を流した。



 ライラのためにも、絶対にライラの両親を見つけよう。




 オレは再び、心にそう誓った。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、8月2日21時更新予定です!

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