プロローグ
暗いなぁ――。
目を覚ましたオレは、即座にそう思う。まだ夜なのかと思うほど、暗い。
しかし、夜にしては暗すぎる。星や月の明かりさえ見えないのは、どういうことだろう。
それに、先ほどから自分のいる場所が揺れている。
地震が来ているのかと思ったが、そうではなさそうだ。
地震なら突発的で長いこと揺れるはずだ。しかし今の揺れは、規則正しくかつ一瞬だ。地震などではない。
それにしても、ここはどこだろう?
さっきまで、こんな場所にはいなかったはずだ。
確か、さっきまでは――。
あれ、どういうわけだ?
思い出せないぞ?
先程までここではない、別の場所にいたことは確かだ。
しかし、さっきまでいたはずの場所が全く思い出せない。
まるで記憶がスッポリと抜けてしまったようだ。
いったい、何がどうなっているんだ?
混乱しかけていると、どこからか金属と金属がすれ合う音が聞こえてくる。
どこかで聞いたことのある音だ。
しかし、それも思い出せない。
金属音が鳴り止むと同時に、揺れも収まった。
本当に、オレはどこにいるんだ?
ガラガラッ。
何かが動く音だ!
「―――」
「―――!」
「―――?」
人の声も聞こえてくる!
オレは人の声に嬉しくなり、自分の存在に気づいてもらおうと、声を出した。
「おーい、誰かいるのか!?」
そう云ったはずだ。
しかし、オレの口から言葉は出てこなかった。
おかしいな。どうしてだろう?
ちゃんと声を出したはずなのに。
「―――!?」
「―――!!」
「―――!」
外が騒がしくなった。
もしかして、気づいてくれたのか?
そのとき、オレの目の前が急に明るくなる。
目が慣れてから見えたのは、外の景色だった。
どうやらオレは、箱か何かに入れられていたらしい。
ありがとう!
助かったよ!
そう云おうとして、オレは絶句した。
オレの目に入ったのは、1人のオッサンだった。
無精ひげを生やし、ゴツゴツした顔つきでいかにも肉体労働者らしい。
オレを見たオッサンは、目を見開いた。
さらに口をまるで金魚のようにパクパクさせている。
明らかに、驚いている。見ている分には面白いが。
「おい、誰か来てくれ! 大変だ!!」
オッサンが叫ぶと、次々にオッサンがやってきた。
全員、肉体労働者で腕の筋肉がムキムキである。こいつら、肉体労働やっている上にジムにでも通っているのか、と思うほどすごい筋肉だ。
しかし、オッサンはオッサンを呼び寄せるのか?
いくらなんでも集まり過ぎだろう。
オッサン方には申し訳ないが、オッサンに囲まれるのはあまり気分のいいものではない。
「おい、マジかよ」
「どうして、こんなところに赤ん坊が?」
「荷物の中に、入っていたんだ! 赤ん坊の泣き声がして、おかしいと思って開けてみたら――」
「しかし、こいつは厄介なことになったな」
……おい、オッサン。
さっきからオレを無視して、赤ん坊だとか、何訳の分からないことを云っているんだ?
そうすか、シカトっすか。
「本当に困ったな。まさか荷物から、人の赤ん坊が出てくるなんてなぁ」
……え?
オッサン、今、なんて云った?
「とにかく、駅長を呼ぶんだ! 問題が起きたときは、まず駅長に報告するのが規則だろう!」
「そ、そうだったな」
「俺、駅長を呼んでくる!」
何人かのオッサンが、慌ただしく駆けて行った。
「どうしてまた、荷物から赤ん坊が――?」
オッサンが、オレを不思議な顔で覗きこむ。
オレは赤ん坊じゃないぞ!
そう云おうと、オレは口を開いた。
「オギャア! オギャア!!」
オレの口から出てきたのは、予想外の言葉だった。
この瞬間、オレは悟った。
赤ん坊っていうのは、オレのことだったんだ!!
「オギャア! オギャア!!」
「おぉ、よしよし。もうちょっと我慢してね」
オッサンにあやされる。
そのとき、汽車の汽笛が駅構内に鳴り響いた。
オレがいる場所は、駅だった――。
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