アンナの告白 side アンナ
side アンナ
私がタナカ様へ告白をしてから十日ほど経ったある日、私は王宮にいるノアの元にやってきていた。
「へぇ、タナカ様が魔の森への探索を進言なされたんだ」
執務机に座ったノアが、私の報告を聞いてそう言った。
「ああ、タナカ様の御意志だ。当然お前にも協力して貰う」
「もちろんだよ」
「更に、こちらはタナカ様が商人ギルドの人間と協議して考えたこの街の支援案である。お前の判断を仰ぎたい」
私はそう言って、丸めた文書の束をノアに差し出した。
「へー、すごいね。きちんと読ませて貰ってから返事はするよ」
受取ったノアが、それをぱらぱらとめくりながら答える。
「そういえば姉さん、タナカ様とお付き合いすることになったそうだね。お母様から聞いたよ」
「ああ」
母には手紙でタナカ様とのことを既に伝えている。ちなみにその返信の手紙には、よくやったという激励の言葉と、早く寵愛を授れという脅しの文言が書かれていた。
「お前は、反対なのか?」
私がそう尋ねると、ノアはまさかと大げさに首を横に振った。
「僕はシューベルト家の人間だ。そんなわけないだろう」
そういうノアの笑顔はとてもうさんくさい。
「それにしてもタナカ様は急に前向きになられたようだね。やっぱりそれは、姉さんとつきあうことになった事が関係しているのかな?」
顔を上げ、下世話な表情で私を見つめるノア。
「……関係ない。そんなことなくとも、タナカ様は我々の世界を救うために心を砕いておられる」
「そう?」
「……」
正直、関係なくはないと思っていた。
私のことなくても、タナカ様は私達のためを思ってくださる素晴らしい主である。そのことに疑いはない。
けれど私があのように急な告白をしたせいで、タナカ様は少し変わられた。
今までにもまして、タナカ様は精力的に働かれるようになった。
孤児院や商人ギルドなどに自ら足を運び、この世界のことをより知ろうと、この世界をより良くしようとしてくださっている。
もちろんそれはとても嬉しくて尊いことではあるのだけれど……。
「……私は、もしかしてタナカ様の負担になってはいないだろうか」
ぽつりと、私は言葉を漏らした。
「どうしたの、急に?」
「……お前が言ったのだろう。タナカ様は変わられたと」
「うん。でも別に姉さんのことが負担になっているなんて言ってないよ?」
「それはそうだが……」
言葉に詰まる。
「姉さんは嫌なの、今のタナカ様のことが」
「そんなことはない!」
私は強く否定した。今のタナカ様は前にもましてすばらしく、輝いておられる。
ただ時折ミーヤにだけ向けられる安心したようなタナカ様の表情が、私の胸に引っかかっていた。
「私はタナカ様の負担になりたくはないのだ……」
タナカ様は私に対しては少し気を遣われている、そんな気がするのである。
「ふーん……姉さんって本当にタナカ様のことが好きなんだね」
「なっ!? と、当然だ!」
私は頬に熱を感じながらも、そう答えた。
「ならさ、そういうことはタナカ様に聞いてみれば? たぶん俺は姉さんの思い過ごしだと思うけれど。……いや、思い過ごしとは違うかな。むしろ……」
「むしろなんだ?」
ノアは私をじっと見つめ、それからにこりと微笑んだ。
「まあ、ここで何を言ったってただの憶測だから。本人に聞いてよ」
「いや、憶測でも良いから教えてはくれないか?」
「いやだね。それより姉さんはもっとタナカ様と親密にならないと。今は両親もタナカ様のことを周りに隠しているけれど、いつまでは隠し通せないよ」
ノアが言う。
「分かっている。だからこそ教えてくれたって……」
「親密になるには本人同士の会話が重要だ。ささ、帰って。僕も忙しいんだ」
立ち上がったノアが、私が扉の外へとエスコートする。抗議する私を無視して、ノアは私を扉の外へと追い出した。
それから私は魔亀車にのり、帰路についた。窓から流れる外の景色を眺めつつ、ノアに言われた言葉を脳内で反芻する。ノアは私のこの気持ちを、考えすぎだと言った。……本当にそうなのだろうか。
数日前、タナカ様はミーヤと二人で買い物に出かけた。
それは以前から二人で約束されていたことであり、私は出かける二人を見送った。その時の緩んだタナカ様の横顔を思い出す。
タナカ様は本当に、私を好いてくださっているのだろうか。
今思えば、タナカ様にとってかなり唐突な告白であったことは間違いない。もしかしたら、私に対する申し訳なさや義務感などで私の気持ちに応えてくださったのなら、とても心苦しい。
「……ままならないなぁ」
思わず言葉が漏れた。自分の気持ちというものは、いつになってもやっかいな物である。
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもない」
向かいに座った部下の言葉に、私はそう答えた。
それからしばらくして、私はタナカ様の家へと帰ってきた。魔亀車を降りた私が扉を叩くと、中からタナカ様の言葉が返ってくる。
「失礼いたします」
扉を開くと、中には椅子に座って『パソコン』なるものを開いたタナカ様の姿があった。
「タナカ様、ノアへの連絡を終えて参りました」
「ありがとうございます。ノアさん、何て言ってました?」
「仔細はよく吟味してから返答すると言っておりましたが、当然協力はするそうです」
「そうですか。ありがとうございます」
私の言葉にタナカ様は笑みを浮かべられた。
「そうだ。一つ考えたことがあるんです」
「はい」
「魔の森の探索には冒険者達の協力が必要なんですよね」
タナカ様の言葉に私は頷いた。
「ええ、そうなるかと」
「だったら私自身も、冒険者のことを事前にある程度知っていた方が良いと思うんです。精霊の加護を持っているのが私だけなら、私も冒険者と共に魔の森に出向くわけですし」
タナカ様が言う。その目は真剣だった。
「それに魔の森について今の私は伝聞だけでしかしりません。だから一度きちんと冒険者として、魔の森に下調べに行ってみたほうが良いと思うんですが、どうでしょうか?」
「……」
「アンナさん? どうかしましたか?」
一瞬言葉に詰まった私に対して、タナカ様が訝しむ。いえ、と私は答えた。
「すばらしいお考えです」
「それは良かったんです。実は今も魔の森の探索について、私の世界の技術で何か役に立ちそうな物はないかなって思って調べていたんですよね」
タナカ様が再び『パソコン』に目を落とす。
その顔を見ながら私は立ち尽くしていた。何かが喉の奥に引っかかっている。それを伝えたいけれど、うまく言葉が見つからなかった。
その時、再びタナカ様が顔を上げられた。
「そうだ、アンナさんに一つ言っておきたいことがあったんです」
そう言って、わざわざ私の方に体を向きなおして座るタナカ様。
「な、なんでしょうか」
私は一瞬不安を感じた。タナカ様は、えっとと悩みながら言葉を探っておられる。
私との関係を考え直したい、そう言われるかもしれないと思った。
「……その、お礼を言っておきたくて」
けれど、私の予想に反してタナカ様はそう仰った。
「え?」
私は意味が分からず、思わずそう答えていた。
タナカ様は少し照れくさそうに笑っておられる。
「いや、アンナさんのおかげで目が覚めたんです」
「それは、どういう……」
「私は、大切な人にとって誇れる人でありたいんです」
タナカ様が私の目を真っ直ぐ見つめられた。
「アンナさんに告白されて、そのことを強く感じたんです。ミーヤのときは……浮かれていたっていうのもありますが、私はたぶん甘えていました。きっとミーヤは私がどんな人間でも好きでいてくれるって。ミーヤの立場の弱さにつけ込んで、そんな風に考えていた自分がいた気がします。だから、アンナさんにはとても感謝しています。……すみません、急にこんなことを言って」
ははは、と笑っておられるタナカ様。
「まあ、ただの自己満足なんで聞き流してください。だけれど、本当に感謝しているのでお礼だけ言わせてほしくて」
そう言われてから座り直して、『パソコン』に目を向けるタナカ様。
私は胸の奥が熱くなった。ノアの言うとおり、私の考えていたことは思い過ごしだったのである。
「タナカ様」
「はい」
「私も仮にタナカ様がどんな人であっても、愛しております」
「まぁ、アンナさんもきっとそう言ってくれると思ってましたよ」
そう言うタナカ様の横顔は笑顔である。
私の言葉をどれくらい信じてくれているのか、私には判断がつかない。だからこそ、私はそれを言葉ではなくて行動で示したいと思った。
「ですのでタナカ様」
「はい?」
「今度、私と二人きりでデートに行ってはいただけないでしょうか?」
思えば、未だ二人だけできちんとデートをしたことがない。
私がそう言うと、タナカ様は驚いた表情でこちらに振り向かれた。
そんなタナカ様を見て、何故か私は嬉しく感じるのであった。




