第二章のエピローグ
side ミーヤ
それは、孤児院の一室でほかの子供達と一緒にタナカさんの内職のお仕事をしていた時だった。
私はいつの間にか手をとめて物を思いにふけってしまっていたらしい。マヤちゃんが心配そうな顔で私を見ていた。
「あ、ごめんなさい。仕事なのにぼぅっとしちゃって」
「ううん。でもどうしたの? ミーヤちゃんがぼぅっとするなんて珍しいね」
謝った私に対して、マヤちゃんが尋ねてくる。
私は首を横に振った。
「ううん。なんでもないの。ただ……」
最近の私はおかしい。
タナカさんに告白をしたあの日から、タナカさんを見るたびに胸の奥が熱くなる。
そしてタナカさんに会えないときも、休日のお出かけに誘ってもらえたときのことを思い出して、ふわふわしてしまうのだ。
「ここ数日、ちょっとこんなことが多くて」
「そうなんだ、体調が悪いならエルダ院長先生に見て貰うと良いよ」
「ううん、大丈夫」
体調は決して悪くない。例えるならまるで私がまるで私じゃないような、今まで知らなかった何かが私の中で産まれていた。
でも、だからといってそれで仕事をかまけていてはいけない。
私は自分に気合いを入れなおし、作業を再開するのであった。
それから少しして作業を終えた私は、孤児院をあとにすることにした。
今日はタナカさんとも終えたので、この後の予定はない。だから家に戻ろうとしていたところ、孤児院の門の前に、アンナさんの姿を見つけた。
「アンナさん」
「やあ、今から帰りか?」
駆け寄った私に、アンナさんがそう答える。傍には、人を乗せる用の魔亀車が一台とまっていた。
「はい、一人ですか?」
「ああ、その……少しミーヤに話しておきたいことがあったんだ。だから送らせてくれないか?」
アンナさんが頬を指でかきながら、どこかばつの悪そうな顔で言う。
何やら訳ありそうだったので、私は頷いて送ってもらうことにした。
魔亀車に乗った私に続いて、アンナさんも乗り込む。二人して並んで座った状態で、魔亀車が走り出した。
「それでアンナさん、話というのは」
「ああ……」
私は横のアンナさんの方に顔をやり、尋ねた。
「そ、その、前にミーヤに言って貰ったことがあるよな。『今ここで答えを出す必要は無い』って」
アンナさんが言う。その顔は緊張しているようで、どこかさっぱりもしていた。
私はその瞬間、アンナさんが何をこれから伝えようとしているのか分かってしまった。
「はい」
「だが、私はもう覚悟を決めたんだ。答えを出そうと思う」
アンナさんは前を見据えつつも、はっきりとそう伝えてきた。
私はぎゅっと、膝の上のこぶしを強く握りしめる。きっとこうなるだろうと、覚悟はしていた。でもやっぱり、いざとなると心の動揺が抑えきれない。
「……どうしてそれを私に?」
「筋だと思ったからだ。ミーヤにまずに伝えることが」
そう言ってこちらを向くアンナさん。その目はどこまでも真っ直ぐと私を見つめていた。
ああ、やっぱりアンナさんはアンナさんなんだな。そう思えて、少しだけおかしくなった。
「もしかしたら、これから敵同士になるかもしれないな」
そんなことを言うアンナさん。
『敵』ということばが、私の胸にちくりとささった。
「……いいえ、仲間です?」
きっとアンナさんの答えは、アンナさん自身が気付いていなくとも、一つに決まっていると思う。
「仲間?」
「はい、だって同じ人を好きってことですから」
タナカさんを奪われるのは絶対に嫌だけれど、でもアンナさんとならきっと上手くやっていける。私はそう思ったから、そう答えた。
私の言葉に、一瞬目を丸くするアンナさん。けれどすぐにその顔は微笑みに変わった。




