現実の自分 9
就活の日。
企業の面接を終え、会場を後にした俺は近くにあった公園でベンチに人腰掛けいた。
別に立ちっぱなしでいたわけでもないのに、俺は歩くのが億劫なほどに疲れていた。
「ふー」
俺はベンチにもたれかかり、足を投げ出した状態で砂場にいる二人の子供を眺めていた。ロボットのフィギアを持った小さな男の子と、人形を持った女の子が楽しそうに遊んでいる。もうすぐ日が沈む。
彼ら二人を除いて公園には誰もおらず、木々に囲まれた公園の中で彼等の声は良く響いた。
「疲れたなぁ」
前の筆記試験も疲れたけれど、面接で感じる疲労感はその比ではなかった。頭も使いすぎてショートしてしまったように、ぼーっとする。
早く異世界に行って、ミーヤとお出かけがしたいと心の底から思う。
ふと、ミーヤの笑顔が脳裏に浮かんだ。
……そうだ、こんなことで萎えていてはいけない。俺はミーヤの彼氏になったんだ。
もっと、頼れる男にならなければ。
そう思うと、俄然やる気がわいてきた。
『タナカ、約束です。終わったら美味しいもの食べに連れて行ってくれるです』
『約束ですー』
精霊達が内で騒ぐ。
面接で『イリュージョン』として魔法を披露すれば受けるかと思って精霊達を連れてきたけれど、面接官には全然受けなかった。すごいですね、の一言でスルーされてしまった。
「分かってますよ」
そう言って立ち上がろうとする俺。
その時、砂場で遊んでいる男の子がこちらを向いた。
彼は何を思っているのか、俺の方をじっと凝視してくる。
俺は一瞬視線をそらし、それから思いついた。
再び男の子の方を見て、自分なりに笑顔を浮かべ、右の掌を差し出した。
そして心の中で、現象をイメージする。
なんでそんなことをしたのか自分でもよく分からないけれど、俺は面接官に見せた魔法を男の子に披露していた。
五本の指に小さな炎がともる。
その瞬間、男の子が目をまん丸にして大仰に驚いた。
「すごい! すごい!」
男の子がロボットのフィギアを手にしたまま、俺の方へと駆けてきた。
驚いたのは俺も同じである。まさかそんな反応があるとは思っていなかった。
「ねぇねぇ、おじさん! 今のどうやったの!?」
男の子は俺の目の前で急停止して、そう言った。
「え、うん、まぁ、おじさんね、魔法が使えまして」
「すごいね! 今の火も、魔法でだしたの!?」
俺が男の子と話していると、砂場にいた女の子も遅れてやってきた。
人形を手にした女の子は俺と目が合うと、男の子の腕にしがみついて隠れた。
「かっちゃん、砂場で遊ぼう?」
女の子が言う。
男の子の名前はかっちゃんというらしい。あとたぶん俺はこの女の子に警戒されているみたいである。
「おじさん、他にも魔法やってよ!」
男の子は女の子の言うことなど気にせず、俺の魔法に興味津津だった。
俺は少し考えて、再び掌を出して現象をイメージした。
ハートの形をした氷のモニュメントが俺の掌の上にできた。
「氷?」
「うん」
俺は男の子の言葉に頷いた。女の子受けを狙ったのであるけれど、残念ながら失敗のようだった。
女の子は砂場に戻りたそうにしている。
「他にはどんなのができるの?」
「んー、結構色々できるよ?」
「なら、ロボット作れる!?」
男子がきらきらとした瞳でそう言ってきた。
それに対して戸惑う俺。
「え、ロボットは……」
『土魔法で作ればどうです? そうすれば動かせるです』
悩んでいると、内で精霊の言葉が聞こえてきた。
俺はなるほどと納得し、子供達に対して頷いて見せた。
足元を注視し、イメージするのは小さな土のロボット。
すると、地面の土が一か所に集まり始め、固まって人型をなした。
フィギア大のそれには目も鼻もなく、見た目はロボットというよりゴーレムのようである。
「すごい、ロボットだ!」
しかし、それでも男の子は大興奮してくれた。
女の子も、男の子陰から顔を出して、興味深そうにゴーレムを見ている。
俺は嬉しくなって、ゴーレムをゆっくりと動かして見せた。
ゴーレムが一歩足を踏み出すと、男の子は身をかがめてゴーレムの挙動を食い入るように見つめ始めた。
「勝也」
その時、男の子の後ろの方から女性の声が聞こえてきた。
俺が顔をあげると、そこには三十前後と思しき大人の女性が自転車をおしてこちらを見ていた。
「ママ!」
振り返った男の子が立ちあがり、女性の方へと走ってゆく。
俺はとっさに、魔法を解いてゴーレムを土の塊に戻した。
「帰るわよ」
「ママ、すごいんだよ。あのおじさん、魔法が使えてね……」
男の子の手をとった女性が再度こちらを見た。
一応、会釈しておく俺。
女性は目線をすぐに子供の方に戻して、「それはよかったわね」と微笑んでいた。
男の子がこちらを見て、手を振る。
「おじさん、美紀ちゃん、ばいばい。また明日ね!」
俺の傍で小さく手を振り返しながら佇むこの女の子は、名前を美紀というらしい。
俺は公園を去りゆく親子の背中をしばらく見ていた。
彼らが去り、公園には俺と女の子の二人だけになってしまった。
こちらに向き直った女の子と目が合う。しかし女の子は口を開かなかった。
「えっと、御両親は?」
俺の質問に、女の子は首を横に振った。
どういう意味なのだろうか、仕事でまだこれないとかだろうか。
「帰らないの?」
俺が尋ねると、再度女の子は首を横に振った。
「そっか」
そうするともし俺が今帰ったら、この女の子は公園に一人になるわけである。
不用心な親だなと、俺は内心でそう思った。
「あー、何か見たい魔法とかない?」
俺はなんとなくそう言った。
すると女の子は少し目線をそらして、次のように言った。
「友達、作って」
「え?」
「友達、女の子がいい」
女の子の要望に俺は困った。
「ちょ、ちょっと待っててね、考えてみるから」
俺はそう断って立ち上がり、ベンチから離れるように歩いた。
「精霊さん、なんとかなりませんか?」
ベンチと女の子から離れながら、俺は小声で尋ねた。
『無理に決まってるです、そんなもの自分で見つけろです』
『甘えんなです』
帰ってきたのはそんな無慈悲な言葉だった。
「そうですか、やはり無理ですよね……」
俺は立ち止り、後ろを振り返った。
女の子はベンチの傍でこちらをじっと見つめていた。
『まあ、今日だけでいいって言うなら方法はなくもないですが』
精霊の一人が、そう言った。
「え? 本当ですか?」
『はいです』
驚いて聞き返した俺に対して、頷く精霊。
俺は精霊からその方法を聞いて、更に驚くのだった。
「あー、今日だけなら女の子の友達、作れますよ」
ベンチ傍に戻った俺は、女の子にそう話しかけた。
「本当!?」
女の子が驚いた様子で、聞き返してくる。俺は頬を掻きつつ頷いた。
「今日だけですけれどね。それと……驚かないでね」
俺はそう言って、魔法を発動させた。
と言っても、これはもう完全に精霊達の力のみよっており、俺は実際何もしていない。
女の子の目の前に集まった土が、見る見る形を形成してゆく。
それは先ほど作ったゴーレムとは比べ物にならない大きさで、色合いも目の前の女の子と瓜二つであった。
出来上がったのは、目の前の女の子のドッペルゲンガーとでもいうような存在だった。
女の子は、自分と瓜二つな存在を目にして固まっている。
前に騎士団の詰め所から抜け出す時、俺の身代わりを作ったのと同じ方法である。
いくら精霊でも、本物を目にしないと人間のコピーは難しいらしい。
だから目の前の女の子を土魔法でコピーした。
ドッペルゲンガーは一歩足を踏みだし、女の子に向かって話しかけた。
「一緒に遊ぼ」
声も、見事に女の子声であった。
女の子は目を瞬かせ、それからはにかんで頷いた。
「うん」
ドッペルゲンガーの手をとり、砂場の方に一緒に歩き出す女の子。
「子供ってすげーな」
俺はその様子を後ろから眺めつつ、呟いた。
俺だった目の前に自分と同じ顔をした奴が現れたら、腰を抜かすと思うけれど。
『タナカ、あまり離れたら操作できないです。近づいてくれです』
「了解」
俺はしばらく遊ぶ二人の様子を、砂場の端から眺めていた。




