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ロリータコンプレックス side アンナ その2

 side アンナ



 私は静かに怒りを覚えていた。



 タナカ様宅にて、椅子に座ったノアが手元の書類に目を落としている。その様子を私と母とクロエ、そしてタナカ様は黙って見つめていた。

 ノアが先程からずっと真剣に読んでいるそれは、孤児院に関する契約書である。タナカ様が商人ギルドで契約を交わしたという書類らしい。



 それにしてもなんと商人ギルドの連中の嫌らしく恥知らずなことか。

 今し方タナカ様から、孤児院の経営をするようになった経緯を軽く説明していただいたけれど、連中のやったことは詐欺ではないか。あの商人ギルド長といい、碌なやつがいない。



 ふつふつと怒りが煮えたぎり、私は拳をきつく握りしめた。

 タナカ様はあまり大事にはなされたくないと仰った。そうでなければ、今すぐにでも天誅を食らわしてやるところなのに。



「なるほど、よく分かりました。見せていただいてありがとうございます」



 ノアが顔を上げて、タナカ様に向かってそう言った。



「もういいのですか?」

「はい、十分です」



 タナカ様の言葉に、頷き書類をお返しするノア。

 タナカ様は立ち上がって、受取った種類を横のある引き出しの中に片付けられた。



「それで、どうなのだノア」

「その前に、タナカ様に質問させてください」



 母が鋭いまなざしを弟に向ける。それを横目にノアは、席に着いたタナカ様に笑みを向けた。



「なんでしょう?」

「再度聞いて申し訳ないのですが、タナカ様はこの孤児院の契約を今は全くご不満に思っておらず、また破棄したいという考えもないということで?」

「ええ」

「騙すように契約させられたことに関しても、仕返しはしないと?」

「そうですね、まあ、もう終ったことですし」



 ノアの質問にタナカ様はゆったりと頷かれた。



(ノアめ……わざと私達の前でタナカ様の言質をとらせたな)



 タナカ様の背後から私はノアを睨んだ。

 タナカ様にそう言われては、私や母も商人ギルドの連中を勝手に殺すことはできない。



「わかりました……。タナカ様はそのようにお考えのようですよ、お母様、姉さん」



 ノアは笑みをたたえたまま、私と母の顔を交互に見やった。



「寛大なお考えに、感服いたしました」

「お心のままに」



 母と私、ともに口ではそう言いながら頭を下げる。



(まったく、昔は頭の切れる自慢の弟だと思っていたのに。こうも腹黒い部分を持っていたとは)



 この前にノアに拉致されてから、そういう弟の腹黒い所ばっかり見ている気がする。



「私の考えといたしましても、あの契約書事態に明確な違法性があるわけではありませんし、無理にことを荒立てるのはやめた方が良いと思います」



 ぬけぬけとタナカ様にそう言うノア。



「しかし、完全に何もせずにいては舐められるでしょう。釘を刺すくらいはしてもよいのでは?」



 私はノアにそう言い返した。

 たとえ事を荒立てないのだとしても、主を侮辱されたまま放置するなど騎士の風上にも置けない。



 するとノアは、私の顔を見上げてにっこりと笑った。



「そうですね、姉さんの言うとおりです。商人ギルドに舐められたままというのも、タナカ様の今後の商人活動に悪い影響を及ぼすかも知れません。なので釘くらいはさすべきでしょうね」



 反対されると思っていた私は、ノアの言葉に一瞬虚をつかれた。



「ですが今タナカ様は、人々をこの食糧難から救おうとなさっておいでです」

「あ、ああ」

「ではそのためにも商人ギルドには釘を刺すよりも、脅してこちらに有利な条件を引き出してみてはどうでしょうか」



 弟はそこで真剣な表情になり、タナカ様を見つめた。



「タナカ様、数多くの人々をこの食糧難から救おうと思えば商人ギルドの手助けは不可欠です。そのためにも使える手は何でも使うべきだと愚考いたします」

「はい」



 頷かれるタナカ様。



「タナカ様、この孤児院契約の件は私に一任せていただけないでしょうか。タナカ様の最大の益となるように、商人ギルドの連中と私が話をつけてみせます」

「わ、分かりました」



 再度タナカ様は首を縦に振られた。



(そういうことか……)



 私はオリバー殿の宅でノアが言っていた、『商人ギルドにも便宜をはかってもらえるかもしれませんしね』、という言葉の真の意味をようやく理解した。

 恐らくノアが試食会で孤児院関係の話が出た時から、商人ギルドとの交渉を頭に浮かべていたのだろう。



 私としてはタナカ様を騙した奴らに天誅を食らわせられないのは口惜しかったが、タナカ様の野望のためというのならここはこらえよう。



「ところで、タナカ様は魔王討伐後の天変地異の理由について何かご存じではあられませんか?」



 ノアが急にそのようなことを尋ねた。

 だが残念なことにその質問は、私も以前にしたものである。



「いや、大精霊様にも聞いてみたことはあるんですけれど、分からないみたいですね」

「そうですか……精霊様に問題を解決していただければ一番なのですが、やはり上手くはいきませんね」



 タナカ様のお言葉に落ち込む様子もなく頷くノア。予想はしていたのだろう。



「ですが、食糧不足解消のために大精霊様に御助力は願えるのでしょうか?」

「あー、ある程度なら、たぶん聞いてもらえると思います」



 ノアの質問にタナカ様は当然のようにそう答えられた。

 普通では精霊様というのは下々の言うことにわざわざ耳を御貸しになったりしないのだけれど、さすがはタナカ様である。



「それを聞いて安心しました」



 ノアはそう言ってにこりと笑った。



「あの……今思ったんですけれど、聞いてもいいですか?」



 タナカ様がふいに仰った。



「はい、何でしょう?」

「その……魔物が森で見つからなくなったのであれば、『家畜』として魔物を街の近くとかで育てることはできないのでしょうか?」



 タナカ様がおずおずと尋ねられた内容は、我々からすれば少々突拍子もないものであった。

 それと、『かちく』という言葉に私は耳なじみがなかった。



「それは……魔物を森の外で育てるということでよろしいですか?」

「はい」



 ノアが尋ね返し、タナカ様が頷かれる。



「それは難しいと言わざるを得ませんね。魔物はとても凶暴ですし、そもそも魔物は魔の森の外では生きていけませんから」

「え、そうなんですか?」



 ノアの言葉にタナカ様は驚かれた様子であった。

 もしかしたら、タナカ様の世界では魔物は森の外でも生きられるのだろうか。そうだとすれば、それこそ我々からすれば信じがたい。



「はい。魔物は魔の森の木々が発する魔素という気を吸わなければ生きていけませんから」

「え、でも、先程まで乗っていた大きな亀みたいな魔物がいますよね?」



 タナカ様がそう仰って、玄関の方に目をやられる。



「ああ、魔亀のことですか? あれは実は魔物ではないのですよ」



 ノアが納得した様子で答えると、タナカ様はますます目を見開かれた。

 確かに魔亀を知らない人がいれば、あれはどう見ても魔物に見えるであろう。



「確かに、名前に魔とついていますが魔物ではなく元々は海の生物だったようです」



 ノアの説明にタナカ様は納得なされたご様子で、何度も頷かれている。



「タナカ様の世界では魔物は森の外でも生きられるのですか?」



 今度はノアがタナカ様に尋ねた。



「はい、というか、正確に言えば魔物なんていないといいますか……」



 タナカ様の言葉に、今度こそ我々三人は驚かされた。魔物がいないのであれば、一体タナカ様の世界の住人は何を食しておられるのだろうか。

 そんな興味津々な私達に対してタナカ様は、異世界の生き物について御説明してくださった。

 なんでも牛や鶏や豚という魔物でない動物の肉を、タナカ様の世界の住民は食しておいでらしい。

 興味深く聞いていたのは私だけでなくノアや母も深く頷いたり、逆に質問したりしていた。



 一段落ついたところでタナカ様が、「皆さんにお茶を出すのを忘れていた」と言われて立ち上がろうとなされたので、私が代わりに給仕を務めた。まさかタナカ様にお茶くみをやらせるわけにはいくまい。

 私はまずタナカ様に、それから母と弟とクロエにお茶を出した。



 その後はノアが急に私とタナカ様の出会いを聞いてきたり、それに母も乗っかってきたりと、和やかな雑談の時間となった。私は少々恥ずかしさを感じながら過ごし、一方でクロエは終始無言だった。



「ところで……」



 緩やかな空気が流れていた中、ノアがコップをテーブルに置いて口を開いた。

 ノアはお茶を飲まれているタナカ様の目をしっかりと見つめて、次のように言った。



「タナカ様はもう姉を性的に食べられましたか?」



 ノア以外の全員が思わず目をむいた。

 前に座られていたタナカ様は喉を詰まらせてむせられ、母もクロエも目を丸くしてノアを見つめている。

 そして私も驚きと羞恥の感情で、しばらく言葉がでなかった。



「な、何をいきなり言うのだノア! タナカ様の前で無礼だぞ!」



 ようやく声が出たかと思うと、今度は声量の調整がきかずに大声になってしまった。



「申し訳ありません。ですが、もしもうすでに食べられていたとすれば、少々問題がおこるかもしれませんので、どうしても聞いておきたかったのです」



 だからといって何もこんな場で聞くことはないだろう。



「いや、あの、そいうことはしておりませんよ、ノアさん」



 ノアの言葉に、タナカ様はそう答えられた。その目尻にはむせた時に出たのであろう、僅かな涙が浮かんでいる。

 タナカ様の仰るとおり、私達はそのような行為には決して及んでいない。



 するとノアは一言だけ、「そうですか、不躾な質問をして申し訳ございませんでした」と述べた。



「何が問題なのだ。問題などないであろう、ノア」



 悪びれる様子もなく謝るの弟に対して、母が憤然とした様子で鋭い目を向ける。

 そんな母を弟は横目でちらりと見て、それから再度タナカ様の方を真っ直ぐ向いた。



「問題はありますよ。ところでタナカ様はシュヴァリエという称号をご存じでしょうか?」

「い、いや。確かアンナさんがそう呼ばれているということぐらいしか知りません」



 首を横に振られるタナカ様。

 弟の横で母が一瞬眉間にしわをよせた。

 私は、そしておそらく母も、ノアが何を言おうとしているかを悟った。



「そうです、シュヴァリエとは姉が授った称号です。その意味は簡単に述べると精霊様の騎士の証と言えますが、ダークエルフの我々にとってはそれ以上の意味を持ちます」



 ノアは頷いて、さらに続けた。



「賢者様がご降臨なされる以前、ダークエルフはエルフの奴隷でした。そんな我らを救ってくださったのが賢者様であり、賢者様はダークエルフをエルフの隷属から解放してくださいました。つまり、シュヴァリエの称号とはダークエルフにとってはエルフの隷属から解放された独立の証でもあるのです」

「そうだったんですね……」



 興味深そうにノアの話を聞かれているタナカ様。



「我がシューベルト家はダークエルフ代表として、代々シュヴァリエの称号を受け継いできました。そして他の種族の血を混ぜないため、シュヴァリエの女は必ず同じダークエルフの婿養子をとります。それは絶対の掟なのです」

「それは違うな」



 弟の言葉に母が異を唱え、二人の視線が交錯した。



「確かに代々、シューベルト家の女は血を守るためダークエルフの婿養子をとってきた。それは認めよう。だが我らの真の生きる意味は、精霊様やその加護を受けし御方々に全てを捧げること。故にそのような掟はない。それにそもそも賢者様は人族であり、故にシューベルト家には人族の血も僅かながら入ってはいる」

「……そうですね」



 母の言葉に、弟はゆっくりと頷いた。

 それからタナカ様の顔を見やり、にっこりと笑ってみせた。



「つまりもしタナカ様が万が一姉と結ばれるのならば、他のダークエルフの一族にもきちんと前もってタナカ様の秘密を公言していただくことが、必要ということです。さもなくば、またこの前のような悲劇が生まれかねません」



 ノアは最後にそう付け足した。



--

 


 時は過ぎ、私達三人はタナカ様宅からお暇することになった。玄関前にてタナカ様と握手を交わす母と弟と妹の後ろ姿を、私は見ていた。

 ちなみにこれから私と母と弟は商人ギルドに足を向け、そしてギルドの奴らに『釘を刺す』予定である。クロエは先にダクス領に戻ることとなった。



 挨拶を終えた母と弟とクロエの三人が振り返り歩き出す。

 私はノアの横に並んで、扉の前に立つタナカ様に聞こえないように小声で話し掛けた。



「ノア、何故あのようなことを言った」

「別に、タナカ様にシューベルト家について知って貰おうと思っただけだよ、姉さん」



 厳しい顔で睨んでやっても、ノアはどこ吹く風である。

 ノアはさっさと、自分の乗る魔亀車の方へと行ってしまった。



「お姉様」


 立ち止まっていた私に、クロエが話し掛けてきた。


「お姉様は、タナカ様をどう思っていらっしゃるのですか?」

「どうとは、……敬愛すべき主だ」



 クロエの質問に私ははっきりとそう答える。そんな私の顔をクロエは見つめて、それから少し悲しそうな顔をした。



「そうですか。……それではお姉様、今日はこれでお別れです」

「ああ、元気でな」



 挨拶を交わした後、クロエは踵を返した。

 本当に、クロエには早く元気になって貰いたい。

 

 

「帰りはアンナと同じ魔亀車に乗せて貰おうかしらね」



 ノアの背中を眺めていると、母が私の横に並んでそう言ってきた。明らかに何か企んでいる笑顔であった。

 弟には色々と言ってやりたいけれど、逆に母には色々言われそうだなと思い、ため息がでそうになる。



「ええ、もちろん構いません」

 


 私はそう言って、前に停まった魔亀車に母と一緒に乗り込んだ。



「ノアめ、奴はタナカ様に釘を刺したな」



 魔亀車の扉が閉まってすぐ、隣の母がそう言った。



「あのように言えば、タナカ様がお前に手を出すのは躊躇うかも知れない」



 母の言葉を聞いて、私は納得した。



「なるほど、それでノアはあのようなことを……」



 タナカ様は、隣国との関係を教えられたこともあり、大々的に精霊の加護を持っていることを公言したがってはいない。そんなタナカ様にシューベルト家やシュヴァリエのことを言えば、確かにタナカ様なら気をつかわれるだろう。



 魔亀車が動き出した。



「だがアンナ! そんなことは気にするな! 男連中のいうことになど、耳を貸す必要は無い!」



 母がこちらを振り返り、身を乗り出してそう言った。もちろん御者がいる手前声は落としているが、その目はらんらんと輝き口元からは白い歯が覗いている。



「やれ、誘惑しろ!!」



 母の言葉に私は驚いて、思わず叫びそうになった。



「なんということを言うのですか! お母様! 私とタナカ様はそのような関係ではございませんし、そもそもそのようなはしたないことは出来ません!」

「お前こそ何を言うか。我らダークエルフの女にとって、精霊様に使えることこそ生きる意味。なれば精霊の加護を持つ御方に求められることは、至上の喜びであろう。我が先祖、リーラ・シューベルトと同様の栄誉を得られるのだぞ!」



 母は真っ直ぐとした瞳で、そう返してくる。

 求められる、その言葉に私は顔から火をふきそうになった。



 しかし、母の言っていることは正しい。それは私にも分かっている。

 ただ、ノアの言っていたことが脳裏をよぎった。



「し、しかし、ノアの言うとおり、それには他の同族にタナカ様の秘密をばらす必要があります」

「そんな些末な事、どうでもよいではないか。それにタナカ様も、やむを得ない状況ならタナカ様の力のことを広めてもよいと仰っている。ならば問題なかろう」



 母はそう言いきった。

 母にとっては、本当に精霊様や賢者様以外の事なんて、どうでもよいのだろう。

 母はそういう人間である。



「そもそもアンナ、お前にはもうあまり時間は残されていないと言うことを分かっているのか?」



 母の目が鋭さをます。



「もしタナカ様のことを隠し通すなら、ノアの言うとおりお前はダークエルフの婿をじきにめとらなければならない」



 母の言うとおりであった。

 シューベルト家の女は代々、二十歳になると婿養子を結婚して子を作る。相手の男は家柄によって決められ、一度も会ったことのない相手であることも珍しくはない。全てはシューベルト家やシュヴァリエの血を絶やさないためであった。



「もしタナカ様のことを同族に伝えたたら、今度は逆に同族がタナカ様に取り入ろうと、様々な女をよこしてくるだろう。お前はそれを指をくわえてみているのか?」

「そ、それは……」



 私は続く言葉を持ち得なかった。



「繰り返すが、お前にはもうあまり時間が無い。お前に残された道は二つだ。タナカ様のことを同族に伝えるか、伝えないか。伝えないなら、お前はダークエルフの婿をとれ。伝えるなら、先にタナカ様の寵愛を受けろ。そうしないと、先にほかの一族にタナカ様をとられるぞ」

「そ、それはいやです!」



 タナカ様がとられる、その言葉に私は思わず声をあげた。



「ならば、先にタナカ様の寵愛を受けろ」

「……」

「何故それほど戸惑う?」



 煮え切らない私を見て、母が不思議そうな声色で問うてきた。



「お前は元々二十歳になれば、婿養子をえて子をなす予定であっただろう。それが少々早まっただけのことではないか」

「も、もちろん、私は今までシューベルト家のために、子孫を残すことは責務として受け入れておりましたし、今もそうです。ですが、その……」



 婿養子をとって子をなすと言うこと、タナカ様に寵愛を求めるということは何かが決定的に違うのである。

 私は母から目をそらしながら、必死に言葉を探す。



「私はシューベルト家の令嬢であり、そのために結婚も義務として行うつもりでした」



 そう。タナカ様に出会うまでは、結婚も決定事項だったのである。そこに恋や愛などという不確定なものは入り込む余地も無いほどに。



「ただ、だからといいますか、人を好きになるとか、そういう感情についてよく分からないといいますか……」



 シュヴァリエという道に生きてきた私は、人を愛すもしくは愛されるなんて考えたこともなかった。

 だから今この胸にある、タナカ様への感情が愛なのかどうか、それすらよく分からない。



「何を恋する乙女みたいなことを言っている」

「なっ! わ、私はそもそもタナカ様の騎士にしていただけただけで十分満足しているのです。それにタナカ様宅では私に対して対抗意識をもやしていたお母様が、なぜ今になってたきつけるようなことを言うのですか!」



 母にあきれられ、私は自分で赤くなっているのを自覚しながらも、そう言い返した。

 するとにやりと笑った母。



「なに、ここは共闘したほうが得策と考え直したのだ。だから出来れば私をタナカ様にそれとなく推薦してくれはせぬか、騎士としても妾としても」



 堂々とした母の言葉に、今度は私があきれてしまった。騎士としてはまだいいとしても、妾とは……。



「お母様、歳を考えてください」

「黙れ。そもそもお前に一番を譲ろうと言っているのだ、それくらいいいだろう」



 一番という言葉を聞いた時、私は心の奥に引っかかりを覚えた。

 確かに私は騎士としてはタナカ様の一番であるという自負はある。

 しかし、女としては……。



 その瞬間、私の脳裏にミーヤの顔が浮かんだ。

 そして楽しそうにミーヤと会話する、タナカ様の横顔が浮かんだ。



「……私は一番ではありません」



 俯いた私の口から、ぽつりと言葉が漏れる。



 そうだ、タナカ様はミーヤとつきあっている。

 何を浮かれているのだろうか、私は。



「……誰だ」

 


 声と共に、肩をつかまれた。

 顔を上げると、母が真剣な目で私を見ていた。



「誰なんだ?」

「それは……」



 問いただされて私は目をそらす。

 この母の前でミーヤの名前を出すのは憚られた。



「もしや、あの試食会で給仕をしていた娘のどちらかではあるまいな?」



 母の言葉に私の心臓は跳ね上がる。しかし必死に平常心を装った。

 


「なんのことでしょう?」

「相変わらず嘘が下手だな。……だとすれば、試食会の後楽しげに会話していた様子から察するに、あの亜人間の方か」



 心の内を当てられ、私は今度こそ驚きを顔に出してしまった。

 一方、母の顔には苛立ちが浮かんできている。



「その娘とタナカ様はどこまで進んでいるのだ?」

「……先日恋人となられたそうです。しかしお母様ミーヤには決して手を出さないでください!」



 私がそう言うと、母はまた舌打ちをした。



「もちろんだ。タナカ様の女に手を出すはずがないだろう。しかし、そうか、もうタナカ様には恋人がいらっしゃるのか」



 母はそう言って私の肩から手をどけ、前を向いて座席にかけなおした。難しそうな顔で何かを考え込んでいる。



「アンナ、私は気は永くない。むしろとても短いのだ」



 少しして、母がそう吐き捨てた。

 


「……一ヶ月だ」



 母が唐突にいう。



「一ヶ月後、お前とタナカ様との間に進展がなければ、その時点でお前は他の同族から婿をもらってもらう」

「な!?」



 母の言葉は衝撃的だった。



「そ、そんな、いくらなんでも……」

「黙れ。もしそうなったら、今度はクロエをタナカ様にあてがおう」



 そう言って、母は一人頷いた。

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