ロリータコンプレックス その3
横の窓から外を覗くと、丁度真ん前に二階建ての建物があった。別に看板も何もない、普通の家屋のように見える。そしてその入り口の周りに、数名のダークエルフの男女が並んで立っていた。
アンナさんのエスコートのもと、魔亀車を降りると周りのダークエルフ達に頭を下げられた。
その間を会釈しながら歩く。そしてアンナさんに建物の扉を開けてもらうと、中はテーブルと椅子がいくつも並んだ広々とした空間になっており、その一角にダークエルフの人達が固まってる。しかしミーヤの姿がどこにも見えなかった。
真中のとりわけ大柄な女性を中心としてテーブル傍で直立していた彼らが、こちらに振り返った。
その大柄な女性の顔は、見覚えがあった。
「これは、タナカ様。お久しぶりにございます」
ハスキーな声を響かせて、その女性は俺の方へと笑顔で歩をつめてくる。
そして、仰々しく手を添えて一礼をした。
「こんにちは、ライカさん」
彼女はアンナさんの母である、ライカさんである。
「今日はわざわざきてもらって、すみません」
「なんと、とんでもございません。こちらこそ、お招きいただきいただいてありがとうございます。今日はお互いのこれからについて、よく話し合えたらと思っております」
俺の言葉に対して、ライカさんはそう答えた。
それからライカさんは振り返り、おい、と誰かを呼んだ。
すると、背後に控えていたダークエルフの人達の中から、一人の男性が前に出てきた。
切れ目で涼しげな風貌を下その男性は、口を結んでそれからこちらに向かって頭を下げた。
「お初にお目にかかります、アンナの弟である、ミルフォード・ノア・フォン・ダクス・シューベルトと申します、以後お見知りおきを」
「あ、えっと商人の田中と申します。よろしくお願いいたします」
俺も慌てて頭を下げる。そう言えば弟さんがいるとアンナさんが言っていたな、と思い出した。
頭をあげてちらりと後ろを見やると、アンナさんは険しい表情だった。
「商売や政治の細かいことは男連中に任せておりますので、タナカ様、ぜひこき使ってやってください」
そんなアンナさんのことなど気にした様子もなく、ライカさんが笑いながら言った。
それに対して、横でくすりとも笑わないノアさん。なんだか妙に空気がぴりついている気がした。
俺は愛想笑いを浮かべた。
「姉さん」
その時、ノアさんが口を開いた。
俺にではなく、後ろのアンナさんに向かって。俺っは二人の顔を見比べた。
「手紙にも書いたけれど、あれは水に流してくれると嬉しいな」
「……ああ、分かっている。その話はもうついた」
涼しい顔のノアさんに対して、後ろのアンナさんは神妙に頷く。
それを見て、俺は気付いた。
そういえば、この二人 (とライカさん)はアンナさん誘拐事件の被害者と被疑者であった。
空気が重く沈む。
「姉さん、僕のほかにもう一人話して欲しい人がいるんだ」
ノアさんがそう言って、後ろに顔をやる。その目線の先には、ほかのダークエルフの陰に隠れるようにして立つ、クロエがいた。
クロエは泣きそうな怯えたような表情で、アンナさんとノアさんの方を見つめている。一体、どうしたのだろうか。
「ああ」
クロエの様子を見て、合点がいったという風にアンナさんが頷いた。
そして優しく微笑んだ。
「クロエ、おいで」
親が子供を呼ぶような声で、アンナさんがクロエを呼ぶ。その瞬間、クロエの目から涙がこぼれ落ちた。こらえきれない涙をこぼしながら、クロエはあんなさんの元にかけより、抱きついた。
それをしっかりと受け止めるアンナさん。
「お姉様、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「いいんだ、お前は何も悪くない。むしろ悪かったのは私だ。だからいいんだ」
そう言って、クロエの頭をなでるアンナさん。どうやら二人の間に何かあったようである。
部屋全体が感動の空気に包まれていたその時、奥の暖簾の向こうからオリバーさんが現れた。
彼は俺気付いてにかっと笑いかけてきた。
「お、タナカさんにアンナさん。丁度いい、料理が出来上がったところだよ」
オリバーさんがそういうと、 一瞬場の空気が停滞した。
「……あれ、どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません。準備を始めましょう」
心配の声をあげたオリバーさんに、アンナさんがそう言った。
「そうか? ならいいが」
周りのダークエルフの人達に、テーブルを中央に寄せるようにお願いしだすオリバーさん。
俺も手伝おうかと思ったけれど、その前に一つききたいことがあった。
「オリバーさん、ミーヤさんは?」
「ミーヤちゃんなら、サキと一緒に厨房でお手伝いしてくれているよ」
オリバーさんはそう言って、目線で暖簾の方を指示した。
なるほど、ミーヤとサキちゃんはそこにいるらしい。
「待ってくれ今料理を運んでくるから。タナカさんや他の人は、テーブルの周りに適当に座っておいてくれ」
オリバーさんはそう言って、再び暖簾をくぐって奥へと下がっていった。おそらく暖簾の向こうが、厨房なのだろう。
(まあ、ミーヤに話しかけるのはこの食事会のあとにしようか……)
俺はそう決めた。
それから俺やアンナさん、ライカさん、ノアさんがテーブルの周りに座った。クロエはほかのダークエルフの人と一緒で、後ろに控えている。
ちなみに座った位置も俺から右回りに、アンナさん、ライカさん、ノアさんの順である。
「楽しみですな、マヨネーズと言う料理は初めてです」
話しかけてくるライカさんに対して、ノアさんはずっと無言である。
「お母様、ノア」
アンナさんが二人に声をかけた。
顔をアンナさんに向ける二人。
「のちに、タナカ様から極秘のお話がございます」
アンナさんは一言そう言った。精霊の加護を二人に伝えるための話である。
すると、それを受けてライカさんは口角をあげた。対して目を細めるノアさん。
「なるほど、場所はいかがいたしましょう、よろしければ用意しますが?」
「あ、いえ、私の部屋で大丈夫です」
こちらに顔を向けたライカさんに対して、俺はそう答えた。
ますます笑みを深めるライカさん。
「そうですか。楽しみにしております、タナカ様」
「あ、は、はい」
なんだかライカさんに見られていると、まるで話の内容を見透かされている気分になった。
そのような妙な緊張感の中、料理が運ばれてきた。
ダークエルフの部下の人達が手に持った木製の皿を、俺や他の三人の前に並べてゆく。その中にはサキちゃんやミーヤもまじっていた。
ミーヤが俺の前に、お皿を運んでくる。目が合って、ちょっと恥ずかしそうにほほ笑まれた。
「どうぞ、タナカさん」
「あ、ありがとうございます」
肉料理が前に置かれた。胡椒と黄色いソースがかけられた、グリルのような肉料理である。
その他にも、サラダ、野菜を肉でまいた料理、唐揚げのような料理などが並べられた。どれも少量ながら、もりつけにも気を使っているように見えた。
「どれも自信作だ。量は少ないが、まだ他の料理もあるから勘弁してくれ。それと今回使用しているマヨネーズはタナカさんから頂いたものではなく、アンナさんところが研究して開発してくれたマヨネーズだ」
現れたオリバーさんが、肩越しにそう言った。
マヨネーズも異世界産ときき、楽しみになってきた。
料理を並べ終えたミーヤとサキちゃんがそそくさと厨房の方へと下がってゆくのを後姿を見送る。
それから卓を見渡すと、全員が料理を前に姿勢を正して俺の方を見ていた。
「それでは、どうぞ」
俺が言うのも変な気もするが、そう勧めた。
食べ始める面々。
それを見て、俺も木製のフォークでマヨネーズソースのかかった唐揚げのような料理を突き刺して、口に運んだ。
(……)
かかっていたソースはやはりマヨネーズだった。再現度もバッチリである。
それに胡椒を使っているのか、ちょっとピリ辛なのもよい。
おいしい。
おしいのだが、……ただ、肉がちょっと苦かった。
あと、ちょっとだけれど肉が硬めなような。
俺は何食わぬ顔で噛みながら、周りの顔をうかがった。
「これは、おいしい。肉もよいですが、その上にかかっているマヨネーズソースとやらが絶品ですね!」
向かいのライカさんが咀嚼しながら、こちらを見て目を大きくした。
どうやら彼女は気にいってくれたらしい。右隣ではアンナさんも、口をもぐもぐと動かしながら目を閉じて頷いている。
(もしかして、異世界の人って日本人と味覚が少し違ったりするのかな?)
俺は彼らを見て、ふとそんなことをそう思った。
「料理長、こちらはブラックオーガの肉ですかな?」
「ええ、その通りです。タナカさんがお金をたくさん用意してくれたので、できるだけ良いものを選ばせてもらいました」
ライカさんの言葉に、オリバーさんが答える。
俺はそれを聞いて、ちょっとびっくりした。そういえば、異世界は海の生き物とかを除いて魔物しかしないのであった。とすれば、俺が今食べたこの唐揚げみたいな肉も、何かの魔物なのだろうか。
「オリバーさん、これは何の肉何ですか?」
「はい、それはホルホル鳥の肉です」
俺が尋ねると、オリバーさんは笑顔でそう言った。
聞いたことない、鳥の名前だった。
「……まあ、タナカさんにこの前振舞ってもらった、ニワトリっていう魔物の肉には柔らかさも甘みも負けますがね、これもできるだけ良い肉を使わせてもらっているんですよ?」
苦笑気味に答えるオリバーさん。
「ほう、ニワトリという魔物がいるのですか? それは私も寡聞にて存じ上げませんでした」
「え、ええ……森の奥に生息している珍しい魔物のようでして、アンナさんに融通してもらっているのです」
ライカさんにつめられ、俺は嘘がばれたらどうしようと内心であせりつつもそう答えた。
「ほう、娘が手に入れたのですか」
ライカさんはそう言って目を大きくしてアンナさんの方を見た。
それに対して、一度頷くアンナさん。
「いやはや、娘は昔から食べるのが好きでしたから」
ライカさんはそう言って、愉快そうに笑った。
「ははは、いいことじゃないですか。……それよりこの料理、とても美味しいですよ」
俺はオリバーさんへの賛辞を送り、話題をそらした。
ライカさんもアンナさんも、それに追従してくれる。
俺はほっとして、それから皆が絶賛する料理を見下ろした。
(そうか、異世界の人の味覚でも、やっぱり鶏肉にくらべればかたくて苦いのか……)
俺は、異世界の人と自分が味覚が変わらないことに、ちょっとほっとした。
さらに、オリバーさんの言動から、あることを思った。
(もしかして……異世界の魔物の肉って、どれも苦くてかたいのか?)
嫌な予感がした。
きっとオリバーさんが買ってきてくれたのだから、このホルホル鳥とやらも安い肉ではないのだろう。
それにもかかわらず、普通のコンビニ弁当に入っている鶏肉より苦くて堅い。
(もしかして、ミーヤさんやアンナさんがコンビニ弁当を食べて「こんなおいしいお肉食べたことない」と言っていたのは、味の濃さだけが理由じゃなかったのか)
二人は肉本来の甘みや柔らかさのことも言っていたのかもしれない。
てっきり、味が濃いからおいしいと喜んでいるだけだと思っていた。
そもそも異世界でもおいしい食事をとりたいから、マヨネーズやらを持ちこもうとしたのに、そもそも肉が日本のものより苦くて固いとは。
まあ、別に不味くて食べられないというレベルではないから、問題ないと言えば問題ないのだけれど……。
「ところでタナカさん」
涼しい男性の声に呼ばれ顔をあげると、ノアさんが俺の方を鋭い目で見ていた。
「姉上の話によりますと、あなたは庶民の暮らしを良くしたくてこの店を援助をするつもりだとお聞きしましたが、本当ですか?」
「え? あ、あ、まあ、はい……」
違うとも言いづらく、俺は頷いた。
「では、具体的にどうするおつもりで?」
「えーっと、それはマヨネーズで得られた利益なんかを、こっちに回してもいいかなって……」
「それでは、ただのばらまきですよ」
ピシャリ、とノアさんに断言された。
「それに仮にマヨネーズで得られた利益を回して、法外に安い値段で提供すれば、よその店に悪影響が出ることは間違いありません」
「……」
問い詰められ、冷や汗をかく俺。確かに、ノアさんの言うとおりな気がした。
そんな時、ノアに向かって口を開いたのはアンナさんだった。
「ノア、タナカ様に向かって失礼だぞ。口を慎め」
そう言って、ノアを睨むアンナさん。
それに対してノアは、目をつむり、それから俺に向かって「申し訳ございませんでした」といって一度頭を下げた。
「……」
俺も頭を軽く下げた。
なんだか今まで料理の試食会だったのに、急に真面目な話になってきた。
「ですが、今のままではタナカさんや姉上の望みは達成されません。故に他の方法を考える必要があると、申し上げたいのです」
「ほう? では、お前に何か案はあるのか、ノア?」
ノアさんの言葉に対して、ライカさんが言葉を傾ける。
「まず始めに言っておきますが、今起こっている食糧不足を完全に解決する方法は一つしかあり得ません。それは魔王討伐後の天変地異の原因を突き止め、それをなくすことです」
ノアさんが言った、魔王討伐後の天変地異。
アンナさんから聞いた、森の表層の魔物がいなくなったとか言うあれだろう。
「それは国も必死に原因を突き止めようとしている問題でして、お金でどうこうできる問題ではありません……しかし」
ノアさんはそこで言葉を一度区切った。
「金の力により、食糧不足による被害を減らすことは出来るかも知れません。時にタナカさん、そもそもマヨネーズの製造はどのようになされるおつもりで?」
ノアさんの目線が、再びこちらを向いた。
「えっと、孤児院の子供達に給料を払ってやってもらおうかなって。あ、私孤児院を経営しているんですけれど」
「孤児院ですか……。ああ、そういえば最近商人ギルドに委託しましたね。ですが……タナカさんはギルドから孤児院の運営を引き受けたのですか?」
ノアさんの目が、始めて大きく見開かれた。
そんなに驚くことだったのだろうか。
「ええ、まあ」
「ですが、私の記憶では、あれはとても商人の利益に……」
「ノア」
眉根を寄せるノアに、アンナさんが呼びかけた。
「タナカ様はとてもお優しい方なのだ」
アンナさんの表情が、そこから少し強張った。
「ただ、私もギルドには少々聞いてみたいことはできがたな……」
アンナさんはそう言って、肉を一切れ口に運んだ。
「……なるほど」
ノアさんが、アンナさんの様子を見て頷いた。
そして俺に向けて、初めて笑顔を向けてきた。
「タナカさん」
「はい」
「タナカさんは孤児院の経営を引き受けた際の契約書をお持ちですか?」
「ええ……もちろん」
俺は頷いた。
「それを、あとで少しだけお見せしていただいてもよろしいでしょうか?」
「分かりました」
「感謝いたします」
そう言って、ノアさんはサラダを一口頬張った。
なんだろう、すごくノアさんが腹黒く見える気がした。
「とにかく、マヨネーズの製造は孤児たちに任せると。それも給料を払って。まあ、かなりのお人好しではあると思いますが、孤児の数を減らすためにはとても素晴らしい策だと思います」
ノアさんが頷く。
その時、後ろから新しい皿を持った、ミーヤとサキちゃんが現れた。
彼女達は、新しい料理をテーブルに載せて、開いた皿を下げた。
俺とノアさんの料理はまだだいぶ残っていたけれど、アンナさんとライカさんの皿はほとんどが無くなっていた。
「もうそれだけでも、十分庶民のために尽くしていると思えますが、それでもまだやるおつもりで?」
「ん……まあ、できれば」
ノアさんの問いに対して、答える俺。
せっかくここまできたのだから、とりあえず考えるだけは考えてみたい。
俺は椅子に、深く腰をかけなおした。
「ノアさん、何か知恵をお貸ししてはもらえませんか?」
「……そうですか。ならば私も知恵をださしていただきます」
俺のお願いに対して、ノアさんは顎に手を添えて真剣に考え出してくれた。
「もちろんマヨネーズの方はこちらで、上流階級相手に儲けてみましょう。それに姉さんの料理人がタナカさんから頂いたという料理本とやらを見せてもらいましたが、あれはすばらしい本です。上手くやれば、間違いなく稼げるでしょう」
顔を上げたノアさんはそう言いきった。
その言葉を聞いて俺は、なんだか本当に異世界ものの世界にいるみたいだな、などという自分でもよく分からない感想を抱いた。
(料理本一つで稼げるのか……)
そういえば料理に関してはケンイチさんは、精霊達への交渉カードを失うのが嫌で殆ど広めなかった、と精霊本人達が言っていたことを思い出した。それが原因でこの異世界他の分野ほど料理が発達していないのだろう。
俺は新しく来た皿の料理を、ぱくりと口に運んだ。ハンバーグっぽい料理だった。
「時にオリバー殿、この料理はもしかしてその料理本を見て?」
「ええ、そうですよ、貴族様」
ノアさんがオリバーさんに尋ねた。
それから返事を受けて、俺の方に顔をやるノアさん。
「タナカさん。あの本は一体どこで入手されたのですか?」
「それは……」
「それは今は言えない」
アンナさんが言い放った。
ノアさんを見るアンナさん。
「もっとも、今はだけれどな。あとで伝えよう」
アンナさんはそう付け加えた。
「……そうですか。ではタナカさん、あの本を渡したのは姉の料理人と、オリバー殿だけですか?」
「え? あ、はい」
ノアさんに尋ねられ、俺は頷いた。
「そうですか。ならオリバーさんの持つ料理本も絶対に盗まれたりせぬように、誰かが預かる必要があります。あの料理本は知識の宝庫なのですから、儲けたいのであれば決して人の目に触れさせてはいけません。オリバー殿もよろしいですか?」
「……ああ、分かった」
ノアさんが後ろのオリバーさんに向かって言う。
それに対してしぶしぶと言った様子のオリバーさんの声が聞こえてきた。
「それに料理法の独占を守るためにも、この店で作ってはいけない料理というのをきちんと理解してもらう必要がありますから。そちらは、あとで煮詰めましょう」
「なに? それでは庶民に料理が広まらないではないか!」
ノアさんの言葉に噛みついたのは、アンナさんであった。
フォークを握った拳を握りしめるアンナさんに対して、ノアさんは平然とした顔で答えた。
「少なくとも今は、です。今は料理の種類うんぬんより、庶民の人がたくさん食べられることの方が重要でしょう?」
「う、うむ……確かにその通りだが……」
言いくるめられて、唇をとがらせているアンナさん。
でも確かにノアさんの言っていることも一理ある気がする。
そこでノアさんの目線が、再度俺に向いた。
「ただもし儲けられたとしても、問題はそれで儲けたお金をいかにして、庶民の救済にあてるかということです」
「なるほど」
ノアさんの言葉に、俺は頷いた。
「私はそのためにはなんとかして、天変地異によって職にあぶれた元冒険者達のサポートを行うべきと考えます」
ノアさんは言った。
「サポートですか?」
「はい。魔の森は奥に行くほど強い魔物のテリトリーであり、また生態系が壊れて強い魔物が増え続けています。故に中堅の冒険者でもあまりにも危険が大きすぎ、死者も増え続けている。だから討伐を辞めてしまう冒険者があとをたちません」
なるほど、と俺は密かに納得した。
つまり肉食動物がたくさんいる地方に餌となる大量の草食動物がやってきた結果、凶暴な肉食動物が異常に繁殖してしまった、みたいなことだろうか。
しかし、本当に魔王討伐の後一体何が起こったのだろう。
いいかげん、後でアンナさんに聞いてみよう。
「そういう元冒険者の人達に孤児同様、職を与えるのです。できれば食糧生産量を上げるため、新たな農村などを切り開ければいいのですが……」
ノアさんは再びあごに手を当てて、俯きがちに考え始めた。
ふと他の二人を見回すと、アンナさんもライカさんもフォークを置いて神妙な顔をしている。
「ですが、それは大変な労力と援助が必要になるでしょう。治水もしなければなりませんし、開墾できるまで冒険者達を養う必要もある」
考え込んでいるノアさん。
なんだか、聞いているだけでとんでもなく大変そうなのだが、本当に大丈夫だろうか……。
戦々恐々としていると、ノアさんがはっと顔を上げた。
「いや、失敬。思わず考えしまいました。ともかく細かい方法は私が煮詰めてみましょう」
ノアさんはそう言った。
「それ、色々と費用がかかりそうですけれど、大丈夫ですかね?」
心配しながら、尋ねる俺。
「そこは我々がいかにマヨネーズや新しい料理で上流貴族相手に儲けるかにかかっていますね。それに……」
そこでノアさんはにやりと笑った。
「商人ギルドにも便宜をはかってもらえるかもしれませんしね」




