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ロリータコンプレックス その1

 ミーヤに、なんて言おう。



 自慢ではないが、俺は年齢=彼女いない歴の童貞男である。

 更に自慢ではないが、彼女どころか女友達すらいたことがない。



 最近になって優治の彼女である福田さんという知り合いができたが、彼女は友達と呼ぶにはまだ早かろう。俺からすれば福田さんは友達の彼女であり、福田さんからすれば俺は彼氏の友達にすぎないと思う。



 別に彼女に隔意があるわけでもないし、女性が嫌いと言うわけでもない。確かに高校時代は女子達に陰口を叩かれたり、筆箱を隠されたりもしたけれど、今は俺だって世の中の女子達が皆あんなではないと信じている。



 ようするに大人になったわけだ。

 ただ優治なんかは今でも、俺が女嫌いの気があると思っている節が見受けられるが……。



 そもそも今までは女性関係で悩んだことなんて一度もなかった。

 好きな人ができたということも一度もなく、彼女がいないという事実にそこまで悩んだこともとくにない。

 恋愛より今は就職が先である。そして安定した収入さえあれば、婚活で相手を探すことだって難しくはないはずだ。



 俺も、将来結婚はしようと思っている。

 理由は……帰省した時に、両親がちょくちょくその話題を持ち出すから。両親は俺に四十歳になるまでには、結婚して子供を作ってほしいという。



 だから別に恋なんてすっとばして、結婚してもいいとさえ俺は思っている。



 だいたい恋なんて青春の一ページを飾る思いで、もしくは金と自尊心と暇を持て余した大人の遊びではなかろうか。

 俺の青春なんかはいつのまにか始まる前に終わっていたし、金も自尊心も暇もたりない。つまり恋なんて関係のない話なのである。



 ……と、思っていたのだがつい最近、差し迫った問題が発生した。

 ミーヤに何と言おう。



 俺はベッドに寝転がり、手首のブレスレットを指で弄びながらそんなことを考えていた。



 今日は企業で初めての筆記試験を受けた翌週の月曜日。時刻は朝。

 もうすぐ、孤児院の子供達が内職の道具をとりに来てくれる時間帯になる。



 ただ、いつもならその孤児院の子供に交じってミーヤもやってくる。

 ミーヤは部品の持ち運びだけでなく、毎回内職の作業も孤児院の子供達と一緒にこなしているらしい。



 ミーヤは本当にいい子だ。しかし、あまりにも幼すぎる。

 もし現代日本で俺があれくらいの女の子に手を出せば、完全に不純異性交遊でお縄になるだろう。仮に清く正しい交際をしたとしても、ロリコンのそしりは免れない。



 ……いや、よしんば年齢の事はいいとしても、俺とミーヤではまさに生きている世界が違う。もしミーヤと付き合えばいずれ結婚せねばならず、そうしたら日本での婚活はどうすればよいのだ。親への報告はどうすればよいのか。



 だから、ミーヤには断らなければ。

 俺はそう決めていた。けれど、どうすればなるべく傷つけずに傷つかずに済むのか、それが分からない。



 悶々としながら過ごしていると、不意に異世界の扉がノックされる音が聞こえてきた。

 時計を見ると、既定の時間だった。



 立ち上がり異世界の扉を俺があける。するとそこにはアンナさんと段ボール箱を抱えた孤児院の子供達、そしてミーヤがいた。



「「「おはようございます、タナカさん」」」

「おはようございます」



 孤児院の子供達はもう慣れたもので、いつものように部屋にあがって内職の完成品がつまった段ボール箱を部屋の隅に置いてゆく。

 途中、ミーヤも俺の横を通って部屋にあがる。

 すれ違う時、ミーヤと目があった。



 ミーヤは俺の顔を見上げて、にこりと微笑んでから通り過ぎた。その頬は気のせいか、少し朱に染まっているようにも思えた。



「あの……」



 ミーヤが段ボール箱を置いた時を見計らって、俺はミーヤに話しかけた。

 ミーヤが顔をあげて、俺の方を見る。隣にいた、孤児院の男の子も箱を持ったままこちらを振り向いた。



「ミーヤさんだけ、ちょっと部屋に残ってもらえますか?」

「わ、わかりました」



 俺がそういうと、ミーヤはおずおずと頷いた。それから荷物を運ぶ子供達の邪魔にならないようにと、ミーヤは少しよこにずれた所で立ちつくす。



 孤児院の子供達が皆、荷物を運び終えて玄関前に並んだ。

 俺は彼らを見送り、それからアンナさんに会釈をして扉をそのまま閉めようとした。



「あ、あの」



 扉に手をかけた時、アンナさんが声をかけてきた。



「はい」

「……え、えっと、今日の午後、約束通り私の弟や母がオリバー殿の住居に来るそうです」



 何故かそう報告するアンナさんの声は、少し戸惑いをおびているように聞こえた。



「そうですか。それはありがとうございます」



 今日は午後から、オリバーさんの家でマヨネーズ料理の試食会を開く予定になっている。

 最初はライカさんや弟さんは今回の会には参加してもらうつもりはなかった。しかし一昨日ライカさんの使者がうちにアポを取りに来てくれて、その結果このようになった。



「い、いえ」



 そう言って、口をつぐむアンナさん。

 俺は室内のミーヤが気になり、それではとアンナさんにもう一度会釈をして、扉を閉めた。

 それから室内を振り返ると、ミーヤと目があった。

 

 

「えっと、ミーヤさん。とりあえず、椅子に座ってください」

「は、はいっ!」



 俺がなるべく優しくそう言うと、ミーヤはこくこくと頷いて着席した。

 俺もまた、ミーヤの向かいの椅子に座る。



 ちらりとミーヤの顔を見やる。

 両手を膝の上で握りしめたミーヤは、頬を染めてテーブルをじっと見降ろしている。

 ミーヤの緊張が俺にもうつりそうだった。



「え、えっと……」

「あ、あのっ……」



 偶然、声が重なってしまった。

 お互いにびっくりして、互いに譲り合う。

 結局俺が譲り勝った。



「あ、あの……先週は、すみませんでした。急に皆の前で、あんなことを言っちゃって」



 ミーヤは目を伏したまま、話し始めた。

 俺はミーヤが何の事を話しているのか分かった。



「で、でも、私……嬉しかったんです」



 ミーヤがたどたどしくも続ける。

 その頬は赤く上気し、声は僅かに震えていた。



「私、まだ成人もしてないし、賢くもありません、だから、でも、タナカさんからネックレスを貰えて嬉しかったんです」



 ミーヤが顔を上げた。

 俺を真っすぐ見つめる瞳はうるみ、今にも一滴目じりからこぼれそうなほどだった。



「す、好きです、タナカさん」



 俺はそのミーヤの全てに、まさしく心臓を射抜かれてしまった。



「あ、や、でも……」



 脳細胞が焼き切れ、皮膚が燃え上がっているように熱くなる。

 脳は熱を排出するだけで動かない。なのに、目の前のミーヤから視線をそらすことだけは許さなかった。



 訳が分からなかった。確かに俺は今まで誰からも告白なんてされたこともないし、こいうことにはなれていないけれど、だからと言って相手はまだ子供であって、そんな子供に言われてここまで狼狽するなんてどうなんだろうと思うけれど……

 


「タナカさん?」



 ミーヤに呼ばれ、俺は我に返った。



「はい」

「大丈夫ですか? 顔がとっても、赤いです……」

「ほ、本当ですか? あ、赤いですか?」



 ミーヤに言われて、俺は頬を爪でひっかいた。

 ひどいことに、手まで震えてきそうだった。



 何なんだこれは、訳が分からない。



「はい。あ、でも、きっと私も同じですよね」



 そう言って、両手で頬を触れて微笑むミーヤ。

 


「あ、いやでも、ほら……」



 俺はなんとか、前もって伝えようと思っていた内容を思い出そうとした。



「ミ、ミーヤさんは、ほら、まだ、幼いじゃないですか」

「……」

「だから、その、あんまり時期尚早に考えない方が……少し落ち着いて考えれば、気持ちも変わるかも」

「そ、そんなことはありません!」



 ミーヤの瞳に力がこもった。

 そしてちょっと、自分でも驚いたような表情をして、また少しうつむいた。



「ご、ごめんなさい。でも、絶対にないんです」



 そう言って、ミーヤは黙ってしまった。

 俺も次にかける言葉を見つけられずにさまようばかり。

 二人の間に、沈黙が流れた。



 無言の時間。

 俺はその中で、少しだけ自分をとりもどした。

 俺は息をすう。



 そして吐ききってから、俺は口を開いた。



「ごめんなさい、ミーヤさん。私はミーヤさんと恋人としてお付き合いすることはできません」


 

 俺はなるべく真っすぐと、意思をこめてそう言った。

 もしかしたらミーヤを傷つけてしまうかもしれない。しかし、それでもこれで俺の気持ちが分かってもらえれば。そう思って言った。



 そんな俺の一言に対して、ミーヤはただ口を結んで僅かに頷いた。

 


「わ、分かっています。私とタナカさんだと身分が違いすぎますものね……」



 ミーヤの表情に一瞬現れた、悲しい陰り。見ているだけで、俺の胸も苦しくなった。


 しかしその悲しみを受け入れて、ミーヤははにかんでみせた。



「それでも嬉しいんです。たとえ恋人になれなくても、愛人としてでも……」



 ミーヤはそう言った。

 一瞬、言葉の意味が俺には分からなかった。



 愛人。その言葉の意味がようやく脳裏に駆け巡った時、俺はとび上がりそうなほどに慌てた。

 どうやらミーヤは愛人に立候補しているらしい。



「いやいやいや、それこそまずいのでは……」



 てっきり恋人になるかならないかの話だと思っていた俺は焦った。



 確かに、アンナさんは貴族などが使用人に贈った場合などは愛人へのお誘いになる、と言っていた。言っていたが、まさかそちらの意味に捉えられているとは……。



「どうしてですか?」



 思わず突っ込んだ俺に対して、顔を上げたミーヤが尋ねてくる。

 ミーヤの表情は、本当に疑問だという顔をしていた。



「……その、いつか好きな人ができるかも」

「私はずっと、タナカさんが大好きです!」


「いや、その、私も将来結婚とかしなくてはいけないので……」

「分かってます。その時はその奥さんにも認められるように頑張ります」


「いつもは一緒にいられないかも……」

「それでも構いません!」



 俺は言葉に詰まってしまった。ミーヤのかたい意思が、俺にもよく分かってしまった。

 彼女を諦めさせる術が、分からなくなってしまった。



「あ、あの、タナカさん。一つだけ聞いてもいいですか?」



 そんな俺に対して、ミーヤが顔を赤くして尋ねてきた。

 頷く俺。



「タ、タナカさんは私のこと好きですか?」



 ミーヤは目を下にやりながら、そう尋ねてきた。



 その問いを受けて、俺の脳は一瞬にして再沸騰してしまった。

 上手い答えを求めて、視線は空を切り、手は頬をかく。そんなことをしても答えなんて見つかるはずもないのに。



 ミーヤが上目で俺を見つめる。

 俺はあっぷあっぷしながらも答えた。



「す、好きですよ……」



 僅かに声が震えてしまった。



 もしかしたらこれが、自らロリコンであることを認めた初めての瞬間かもしれない。

 そしてもしかしなくても、初めて異性に告白した瞬間でもあった。



 そんな俺に対してミーヤはぱっと顔を輝かせ、目を細めた。



「私も、大好きです、タナカさん」



 その天使のような笑顔に、俺はノックアウトされた。

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