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事件のくくりに side ライカ and ミーヤ

side ライカ



 今朝、フロイトの街にやってきた私はアンナを途中で下ろしてから、まず商人ギルドに向かった。



 できればアンナと共に今すぐにでもタナカ様のもとにご挨拶に向かいたいところであったが、その前に謝罪の品を用意する必要があった。

 知らなかったとはいえ、私はタナカ様の邪魔をしてしまったのである。



 私はその償いの品として、商人ギルドのギルド長を選んだ。ノアの手紙によると、そのギルド長はタナカ様を罪人として訴えていたらしい。

 結局訪れたギルドに当人は不在だったが、副ギルド長とやらから居場所を聞き出し、屋敷に押し入って身柄を確保することに成功した。



 そして今、私はその手土産と共にタナカ様の家の前にやってきていた。

 土産はあまりお気に召してもらえなかったようだが、手応えは悪くなかった。



「細かい調整などはまた後日に……。今日はこの辺りで失礼させていただきます」



 タナカ様の前で跪いていた私は、肩越しに振り返って部下達に合図を送った。

 そして部下達が素早く後方に下がったのを確認した後、私は立ち上がった。



 私は少し落ち着きのないタナカ様の顔を見下ろす。

 事前情報できいていた通り、人畜無害そうであり、あまり見ない顔立ちである。



 タナカ様の隣には厳しい目を向けてくるアンナがいるが、私はそれを無視した。タナカ様に笑顔を向け、そして踵を返した。



「行先は予定通り、ノアの屋敷だ」



 停めてあった魔亀車に乗り込む際、控えていた部下にそう伝える。それから中に入って、席に着いた。

 その時乗り口の外から、その部下が声をかけてきた。



「ライカ様、あのギルド長の身柄ですが、いかがいたしましょう」

「屋敷に着いたら、殺せ。事後処理も全て任せる」



 部下は私の言葉を聞いて、下がっていった。

 あんな小物などどうでもいい。それよりも今は、タナカ様に取り入るために行動すべきである。

 ノアは部下達によって屋敷に呼び戻させているから、屋敷に着いたら早速タナカ様との商談について話し合わなければならない。



(タナカ様か……)



 走り出した魔亀車の中で、私はタナカ様のことについて思い出していた。

 見た感じは、ただの冴えない商人にしか見えない。しかしその実は、大精霊様と何かしらのつながりを持つ男。そして、アンナが騎士の忠誠を誓おうとしたという男。



(おもしろい……おもしろいじゃないか……)



 私は笑みをこらえるのに必死だった。



 それからしばらくして私をの乗せた魔亀車は、予定通りノアの屋敷にたどり着いた。

 魔亀車を降りて、部下達と共に玄関ホールへと向かう。

 大扉が開くと、そこには息子のノアを中心とした屋敷の者達が並んでいた。



「お久しぶりにございます、お母様」



 ノアや周りの者が一斉に頭を下げる。



「ああ、久しぶりだねノア」



 私はノアと抱擁を交わした。

 相変わらず、食べているのか心配になるほど線が細い息子である。まあ、そんなことは今はどうでもいい。



「それより、部下達からの報告は聞いているね」



 私が抱擁を外して尋ねると、ノアは微笑を浮かべて頷いた。



「もちろんです。ですが、お母様は今日このフロイトにたどり着かれたばかりでお疲れでしょう。ですので少しお部屋でお休みに……」

「必要ない」

「……さようですか。でしたら、ニ階のテラスで軽食を挟みながらお茶をするというのはいかがですか?」

「ああ、そうさせていただこう」



 私は頷いた。

 それから、ノアに連れられてニ階のテラスにでた。

 屋敷の庭が一望できるその場所に、丸テーブルがいくつか並んでいる。

 私とノアは同じテーブルに腰掛けた。



 間もなくして、私とノアの前に紅茶と軽食の皿が置かれる。ついでに私は葉巻を一本持ってこさせた。

 私は葉巻に魔法で火をつけ、一服吸ってから切り出した。



「早速だが、我がシューベルト家はタナカ様の商売に全面協力させていただけることになった」



 私の言葉に対して、一瞬ノアの眉がぴくりと動いた。

 



「ノア、お前はアンナからその商売の内容を聞いているな?」

「はい、聞いております。マヨネーズとかいう、調味料を貴族に流行らせたいそうです」

「ふむ……。私やアンナは商売のことにはからっきしだからな。この件は全てお前に一任する。言っておくが、失敗は許されないからな」

「……はい」



 ノアは間をおいて頷いた。

 しかし眉間にはしわがより、明らかに納得がいっていない様子である。



「……どうした? 不満か?」



 私がもう一服して尋ねると、ノアは「いえ」と言って首を横に振った。



「商売のことについては全く」



 それから念を押すようにノアはそう続け、私を見つめた。

 


「なるほど、それ以外のことが不満だと」



 言いたいことが手に取るように分かり、思わず笑ってしまう。

 思えば私によこしてきたノアの手紙にも、アンナに対する怒りがつづられていた。



 ノアが控えているメイドや執事に、席を外すように言った。

 それにより、今この場には私とノアの二人だけになった。



「……お母様の手紙にも書かれていたことは、事実なのでしょう。タナカが大精霊様と関係を持ち、このマヨネーズの商売が大精霊様からの命であることも」



 ノアが真剣な表情で、語りだす。



「しかし、それはただタナカという男が商人として、大精霊様に認められたということにしかすぎません。確かに大精霊様が一人の商人にここまで肩入れするなど聞いたこともありませんが、所詮はただの商人……」

「ノア、口を慎め」



 感情的になってきたノアに対して、私は諌めた。



「……失礼しました。しかし、かりに大精霊様の命を受けていたとはいえ、シューベルト家の令嬢でシュヴァリエであるお姉様が、ただの商人に騎士の忠誠を誓うなど、許されるわけがありません」



 ノアは怒り心頭といった口調で、そう吐き捨てた。



 確かに、ノアの言っていることは一理ある。

 少なくとも昨日のあの出来事を見ていなければ、私もそのように思っていたかもしれない。



「確かに。もしタナカ様が、大精霊に気にいられただけのただの商人ならばお前の言うとおりだろうな」



 私は煙を吐いた。

 私の言葉に、眉根をよせるノア。



「どういう意味でしょうか?」

「……はじめ、お前から手紙を貰った時、私はありえないと思ったよ。まさかあのアンナが、精霊様にそむくなんてね」



 アンナがいかに敬虔な精霊信者か、私はよく知っている。

 だからアンナがシューベルト家やシュヴァリエの立場を忘れて、一般の男に惚れこんでいる。そんなことあるはずがないと思った。 



「しかし、実際にアンナを呼びだして尋ねてみると、確かにあの時のアンナの顔には嘘が感じられた」



 アンナは良くも悪くも直情的であり、分かりやすい。

 故に見抜くことは肉親であればたやすかった。



「それを見て、私はアンナが精霊様に背き、シュヴァリエとしての誇りを穢そうとしたのだと思った。でもね……」



 私達の前に御姿を現され、そしてわざわざ娘の命を蘇らせた大精霊様。

 大精霊様が一人の人間を蘇らせた逸話など、聞いたことが無い。

 その光景を目の当たりにして、私は思ったのである。



「もしかしたら、アンナは精霊様に背いてもいなければ、シュヴァリエとしての誇りを穢そうともしていないのではないかい?」



 私がそう言うと、ノアはしばし固まって、それから目を大きく見開いた。



「まさか……お母様はタナカという男が、シュヴァリエの剣を授かるに値する存在だと言いたいのですか!?」



 ほう、私の言いたいことをきちんと理解するとは。流石はシューベルト家の男である、頭がいい。

 私は葉巻を吸い、そして息を吐いた。



「アンナは、厳格なシューベルト家の女だった。それはノアもよく分かっているだろう?」

「し、しかし、シュヴァリエの剣を授かる存在など、精霊様を除けば賢者様のみであるはず……」

「それは正確じゃないね。シュヴァリエが剣を捧げる相手、それは精霊様と精霊の加護を受けし者だ」



 もっとも精霊の加護を受けた存在など、歴史上に賢者様ただ一人だが。

 ノアは、信じられないと言った様子で口を開いている。無理もない、あのオリヴィアでさえ僅かに目を見開いたのだから。



 私はそれがおかしくて、笑ってしまった。

 私だって自分の言っていることが信じ切れておらず、半信半疑もいいところなのである。



「ま、とりあえずこの話は他言無用で頼むよ」



 私はそう言って、紅茶を一口飲んだ。



side ミーヤ



『今日私はタナカ様に騎士の誓いをたてさせていただきました。これで私は、この身の全てを生涯タナカ様に捧げます』。



 アンナさんの口からその言葉を聞いた時、私の胸は張り裂けそうになった。私の大切な人を奪われてしまう、そんな気持ちに捕らわれて、私は皆の前でネックレスのことを口走ってしまった。



「う、うぁぁぁぁぁぁ!」



 突然叫び声をあげ、パニックに落ちった様子で部屋を飛び出したアンナさん。

 そして、騒然となる室内。

 全て、私の一言が原因だった。



 だから私はアンナさんに謝るため、タナカさんの部屋から飛び出した。



「待って下さい、アンナさん!」



 玄関から外に出て横を向くと、遥か向こう側に走り去るアンナさんの後姿が目に入った。



(追いかけなくちゃ!)



「待って下さい!」



 私はアンナさんを追って、息を切らしながら必死に走った。しかし全速力で走っても、アンナさんとの距離は縮まるどころかみるみる離れてゆく。

 遠ざかってゆくアンナさんの背中。



「ま。まって……」



 必死に走ろうとするけれど、足が言うことを聞いてくれない。息が続かない。

 アンナさんが角を曲がった。どうしよう、見失っちゃう。

 私は重くなった足を懸命に動かした。



 そしてだいぶ遅れてその角を曲がった私は、力尽きて立ち止まってしまった。

 行く先の道にアンナさんの姿がなかった。

 


 私はその場から動けなかった。

 心臓が暴れている。飛び跳ねた呼吸をなんとか整えようと、俯いて深呼吸を繰り返す。

 


(ど、どうしよう……)



 私は自責の念に駆られた。

 私の不要な一言のせいで、アンナさんを傷つけてしまった。



 『タナカ様の騎士となり、この身で生涯仕える』。その言葉をアンナさんの口から告げられた時、私は皆の前でとんでもないことを口走ってしまった。幸せそうな顔で私を見るアンナさんに対して、負けたくないという強い感情が抑えきれなかった。



(まさかあそこまで取り乱すなんて……)



 まさか、パニックに陥って走りだすとは予想もつかなかった。



(でもあんな風になるなんて、やっぱりアンナさんも……)



 騎士になりたいという感情。そして、好きという気持ち。

 アンナさんにとって、その二つは違うものだと今まで私は思っていた。

 でも、今日の反応を見る限りもしかしてそれは……。



 私は考え込んでしまった。

 気付けば、呼吸はだいぶ落ち着いてきていた。



(とにかく、まずはアンナさんを探さなきゃ!)



 私は顔をあげて、もう一度走り出そうとした。

 丁度その時、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。



 振り向くと、そこには走り寄ってくるサキちゃんとオリバーさんの親子がいた。



「サキちゃん、オリバーさん」

「ミーヤちゃん!」

「ようやく、おいついたぜ」



 私の傍まで駆け寄り、息を整える二人。



「ミーヤちゃん、アンナさんは?」



 サキちゃんが尋ねてくる。

 私は首を横に振った。



「見失っちゃったの」

「ミーヤちゃん、一旦落ちつこう。そもそもどうしてアンナさんは逃げたんだい?」



 オリバーさんの問いに、私は再度首を横に振った。



「分かりません……。でも、私の一言が原因なのは間違いないです」



 私が答えると、二人はもの言いたげな顔で頷いた。

 そういえば二人はタナカさんに対して、ひどい決めつけをしていたことがあった。



「タナカさんは私の恩人です。それに……大切な人です。だから変なことを考えていたら怒りますよ……」



 私はそう述べた。

 思いがけず、静かで平坦な声が出た。



 そんな私を見て、二人は目を丸くした。

 それから、まず鷹揚に頷いたのはオリバーさんだった。



「ああ、ごめんなミーヤちゃん。確かにタナカさんはミーヤちゃんの恩人だ。それに俺達の恩人でもある。申し訳なかった」



 オリバーさんはそう言って一度頭を下げた。



「私はミーヤちゃんの親友だから。さっきの部屋でのミーヤちゃんの言葉が、強要された言葉でないことくらいは分かるよ」



 サキちゃんはそのオリバーさんの隣で、そう言って微笑んだ。

 それを聞いて私は、二人に対して感謝の気持ちでいっぱいになった



「ありがとう……」



 呟く私。



「それより、アンナさんを探さなきゃ」

「うん、でも見失っちゃって」



 サキちゃんに言われて、答える私。

 しかしそれにオリバーさんが異を唱えた。



「いや、今はとりあえずタナカさんの部屋に戻ろう。ミーヤちゃんが一人で出ていって、皆が心配している。アンナさんならもう大人だし、それに騎士だから一人でも大丈夫さ」

「で、でも、アンナさんを探さないと……それに謝りたいんです」



 引き下がる私。

 そんな私を見て、サキちゃんが横を向いた。そしてオリバーさんの目を見て口を開いた。



「……なら、お父さんはミーヤちゃんと一緒にアンナさんを探してあげて。私が二人のことをタナカさんとかに説明しておくから」

「サキ……。そうだな、なら頼めるか」



 オリバーさんが頷く。そして私を見つめた。



「分かった。ならミーヤちゃん、一緒にアンナさんを探そう。ただし、また一人でどこかに行ったら駄目だからね」

「はい!」



 そうして、私とオリバーさんは一緒にアンナさんを探し始めた。

 私達は道行く人々に、騎士の格好をしたダークエルフの女性を知らないかと、聞きながら歩いた。



 行く先の検討が全くつかなかった故に行った方法だったけれど、意外なことに証言を次々と得ることができた。

 人々の教えてくれた方角に向かって進み、そしてまた尋ねる。そしてあるドワーフのおじさんが教えてくれた。



「ああ、騎士の格好をしたダークエルフの嬢ちゃんなら見たぜ。あの角を左に曲がって少し行ったら左手に井戸がある空き地があるんだが、そこの空き地の壁に向かって何か叫んでいるのを見た」



 立派な髭をたくわえたその男性はそう言って、前に見える角を指さした。



「本当ですか。ありがとうございます」



 私とオリバーさんはお礼を言って、それから急いだ。

 角を曲がって左手を確認しながら進んでいると、ついに見つけた。



 建物と建物の間の少し開けた場所。そこの壁に背を向けてしゃがみこむ、ダークエルフの女性の後ろ姿があった。よく見ると、腰に剣もある。



 アンナさんを見つけて、自然と足が止まっていた私とオリバーさん。



「ミーヤちゃん」



 オリバーさんがそう言って、真剣な目で私を見つめていた。

 私は頷いて、それからかけだした。



「アンナさん!」



 私は近づきながら、叫んだ。

 すると、それまで丸まって小さくなっていた背中が、ぴんと伸びた。



 私は、アンナさんのすぐ背後で立ち止まった。



「あの、アンナさん……」



 私はアンナさんに声をかけようとして、戸惑ってしまった。

 言葉が上手く出てこない。



 すると、座っていたアンナさんがすっと立ち上がった。

 私達に背を向けたまま、真っ直ぐと壁を見つめている。



「ミーヤ。先程はみっともない姿を見せて、申し訳ありませんでした……」



 アンナさんは壁に向かいながら謝った。



「いえ、私の方こそごめんなさい。その、不用意なことを言ってしまって……」

「違います。ミーヤのせいではないのです」



 私が謝ると、アンナさんはぽつりとそう言った。



「その……ミーヤはタナカ様よりネックレスを頂いたのですよね?」



 アンナさんが尋ねてくる。



「はい」


 

 高価なものなので、普段は家に大切にしまっている。

 でも、確かにタナカさんから頂いた。



「……そうですか。いえ、それはタナカ様の御意志なので構わないのです。ええ、構わないのです」



 まるで言い訳をするように、アンナさんは呟く。



「……一瞬、負けたような気がして悔しかったのも事実です。ですが、私があのような醜態をさらしてしまった理由は別で……その……えっと……」



 歯切れ悪く聞き取れないほどの声量で何かをごにょごにょと言うアンナさん。



「え、何ですか?」

「その……ですから、その、自分でも訳が分からなくなってしまった……といいますか」



 アンナさんは小さな声でそう言った。



「わ、私は騎士です。だ、だから、その……そいうこととは全くの無縁に生きてきたのです。だから……よく分からなくて。だから、ミーヤに負けないように、私もと、その……想像した瞬間、耐えられないほど、胸が苦しく、頭が混乱してしまって」



 しどろもどろになりながら語るアンナさん。

 でも私はやっと、アンナさんが何を言っているのか理解できた。

 それと同時にちょっと嬉しくなった。アンナさんも私と同じただの女の子なんだと思えた。



「分かります。私もそうでしたよ」

「で、ですよね!」



 私が肯定すると、アンナさんが我が意を得たりといった様子でこちらに振り返った。



「私もネックレスを貰った後は恥ずかしくて、ベッドの上を転がり回っていました。でも……恥ずかしい以上に、私は幸せでした」



 大切な人が私を大切に思ってくれている。それが恋人か愛人かなんて、どうでも良かった。それくらい、私は幸せだった。



「そ、そうですか……」



 アンナさんが俯いてしまった。

 見ると、頬がとても赤く染まっている。

 私はそこで疑問に思ったことを、口に出そうと思った。



「アンナさんって、タナカさんのことが好きなのですか?」

「ち、違い、ます!」



 私が尋ねると、アンナさんは顔を上げて叫んだ。その顔はますます真っ赤になっていた。

 それから一拍おくれて、しまったという表情をするアンナさん。



「い、いえ、違うことは、ないです。……もちろん仕えるべき主としては、これ以上無いほど、敬愛しております。も、もちろん、その、タナカ様に求められたなら、私にとってこれ以上ない誉れです。全力で答えさせていただきます。で、ですが……」



 俯きがちに、必死に弁明をするアンナさん。

 その顔が必死すぎて、私は密かに笑ってしまった。



「で、ですから、つまり……私は」

「アンナさん」



 私はアンナさんの言葉を遮って声をかけた。

 私の目を見るアンナさん。



「別に、今ここで答えは出さなくても良いと思います」

「そ、そうですよね」



 私がそういうと、アンナさんもほっとした様子で頷いていた。



「とりあえず、皆さんが心配していますので帰りましょう?」

「は、はい」



 振り向くと、空き地の外にはオリバーさんが佇んでいる。

 私はアンナさんと一緒に、ゆっくりとそちらに向かって歩き出した。

 隣を歩くアンナさんは、もういつものアンナさんだった。



 それから私達は三人連れ添って、帰り道を歩いた。

 その途中、オリバーさんが私に向かって口を開いた。



「そういえば、ミーヤちゃん」

「はい」



 聞き返す私。



「さっき、タナカさんの家でアンナさんが自分のことを侯爵だと紹介したとき、ミーヤちゃんは全然驚いてなかったね」

「ああ。それは私はもうすでにアンナさんからそのことを聞いていましたから」

「……言った覚えがないのだが?」



 私の答えに対して横で首を振るアンナさん。

 どうやらアンナさんは覚えていないらしい。



「初めて会った時、アンナさんはタナカさんに跪いて自己紹介してたじゃないですか。その時に侯爵だと名乗っていましたよ?」

「そうだったか……」



 私がそう言うと、アンナさんは納得した様子だった。



「……ミーヤちゃんは、侯爵家の令嬢が一商人に仕えていることについて何か思わなかったのかい?」



 そんなことを尋ねてくるオリバーさん。



「え? それはもちろん始めてアンナさんを知ったときは、驚きました。でも、やっぱりタナカさんってすごい人なんだなって思うんです。だってこんなアンナさんみたいな人に、尊敬されるんですから!」



 本当の本当にタナカさんってすごい。



 私が思ったことをそのまま言うと、オリバーさんは信じられないものを見るような顔で私を見つめていた。



「なんというか、大物だな、ミーヤちゃん」



 オリバーさんがそんなことを呟く。

 その横で、何故かアンナさんが深く頷いていた。

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