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ミーヤとの朝(夢オチ)

 ゴミの集積場、腐ったにおいが充満するごみ山の中で、俺は一人の女と対峙していた。

 肩を出し、胸を大きく露出させたそいつは、頭の悪そうなピンク色の髪をしている。しかし、こちらを見下すその嗜虐的な笑みは俺のよく知っている、かつての伊藤麻里そのものだった。



「お前が、異世界に通じていることはもう知ってんだよ」



 伊藤麻里が勝ち誇った顔で俺に言う。

 その言葉に俺は動揺を隠せなかった。



「全部、警察に連絡させて貰ったよ」



 周りを見渡すと俺たちを取り囲むように、ゴミ山の上で警官達が銃を構えて立っていた。



 俺は直感的に理解した。

 こいつらは俺から異世界を取り上げようとしている。

 こいつらに捕まったら俺はもう異世界に逃げることは出来ない、と。



「あと、お前の両親を国家反逆者として死刑に処させてもらったよ」



 息が詰まった。

 伊藤麻里のにたにたとした表情を呆然と眺める。

 両親が殺された。そのことが理解されると同時に、両親に対する懺悔の念が浮かぶ。



 しかしそれらは気化して、まるで水蒸気のように蒸発してしまった。

 乾いた心は空っぽだけれどとても軽かった。



 その時、俺は伊藤麻里の後ろには警官がいないことに気づいた。

 この女をどうにかしてこの場を切り抜ければ、異世界に逃げ込めるかも。

 そうすれば、もう誰も追ってこられない。



「ほんっと相変わらず、キモ」



 伊藤麻里が口角をつり上げる。

 何度も見た顔。何度も聞いた声。



 俺は足元に落ちてあったバールを手に取った。



 こいつさえ殺せば、俺はまだ逃げられる。

 異世界に逃げ込めるのは俺だけなのだから、何も問題はない。

 この世界にもう、俺を縛るものは何もない。



 俺は衝動のままに、バールを伊藤麻里の顔面めがけてフルスイングした。

 更に地面に倒れ込んだそいつの頭上めがけて、血糊のべったりとついたバールを何度も振り下ろす。



「死ね! 死ね! 死んでしまえ!」



 俺は叫んだ。

 一撃振り下ろすたびに、心の殻にひびが入ってゆくのが分かる。そしてひびの隙間から灼熱の何かが吹き出し、血液とともに体中に周る。

 熱い。伊藤麻里の顔面をつぶすたび増す高揚感。こんな幸せ、人生で一度も味わったことはなかった。



 俺は最後の渾身の一撃を、伊藤麻里の鼻柱にたたき込んでやった。

 ぐしゃりとした感触が伝わる。



 バールを手にしたまま、余韻に浸っていると、周りの警官達がゴミ山から迫ってくるのが見えた。

 捕まってなるものか。

 俺は伊藤麻里だったものの横を駆け抜けて、集積場から飛び出した。

 集積場を抜けて、木々の生い茂った獣道を走る。

 緑で覆い尽くされた視界の中を、鉛のように重い足で駆け抜け、そして開けた場所にたどり着いた。



 そこは山頂だった。

 目の前に広がる街並み。そんな中に一体の巨大な怪物が佇んでいた。



 俺は足を止めて、目の前の光景に再度言葉を失った。

 住宅街のど真ん中を、全長百メートルを優に超えるような生物が踏み荒らしていた。

 そいつはごつごつした岩のような体をした、二足歩行の恐竜のような怪物であった。



 その怪物が、俺の通っていた大学を踏みつぶす。

 そして口が光ったと思った次の瞬間、一筋の光線が建物を道路を消し飛ばした。

 鳴り響く爆音と共に、ぐらぐらと揺れる世界。その怪物が尻尾を一振りするだけで、ビルがジェンガのように崩れ落ちる。



 その光景は、圧巻だった。



 遅れてやっていた警察達が、怪物の姿を見て騒ぎ立てている。



「国は、何故対策を打たない!?」

「第509爆撃航空団に救援を要請しております!」



 警官達が叫ぶ。



「駄目です! 航空団はもうすでに滅ぼされてしまった模様です!」

「なんだと! では、この国を誰が守るのだ!?」



 俺は思わず乾いた笑いがでた。

 もうこの世界は終わりだ。だからさっさと異世界へ逃げ出そう。



 俺は山を駆け下り始めた。

 後ろから聞こえる怒号や制止の声を無視して、あざ笑いながら走る。

 途中で再び開けた場所に出た。



 そこは、木の囲いに囲まれた大きな花畑で、いろんな花が咲いていた。

 おそらくこれらは、どこかの花屋の店先に並ぶのであろう。

 俺は柵を飛び越え、その花々を踏みつぶしながら走る。



 そして、再び木々に覆われた中に入ろうとした時、銃声音と共にお腹に衝撃が走った。

 足がふらつき、俺は立ち止った。そしてお腹を見降ろすと、左胸の部分の服が血で赤く染まっていた。

 撃たれたのだと、理解した。



 顔の血の気が、一瞬にして引いた。

 俺はふらつきながらも、茂みの中に身をひそめた。

 死にたくない。

 体が震えていた。これから自分が死ぬという恐怖が身を焦がす。

 足も鉛のように重く、とても病院までたどり着けない。



 それでも俺は、助かりたい一心で体を動かした。

 絶望で世界が真っ暗になりそうになった時、目の前に一件の小屋が現れた。

 それは木々や苔に浸食されつくされた、小屋だった。



 俺は、藁にもすがる思いでその小屋の前にゆき、そして扉を開いた。

 中は無人だった。物もテーブルとベッドがあるだけで他には何もない。

 しかし、奥に入口とは別の扉があった。 



 ふらつきながらも、奥の扉の前に立つ俺。

 そして開いた。



 扉の向こうには、草原が広がっていた。



 そして一面に広がる草原の中に、一人の裸体の少女が立っていた。

 どこまでもつづく緑の海原を、風が吹き抜けてゆく。

 風に髪と猫耳をなびかせながら、ブラウンの瞳で真っすぐと俺を見上げてくる少女。

 その少女はミーヤに瓜二つだった。



 青々と済んだ空は西からさす光で輝き、その上空を虹色の流星群が流れている。

 その少女が、無垢な瞳のまま、俺の方へと近づいてきた。



「こ、こんにちは」



 気が動転した俺は、胸の痛みも忘れて、そのように口走っていた。そして裸を見ないように、下を向く。

 俺はここが異世界だと言うことに気づいた。

 何故、こんな小屋が異世界に通じているのだろう。



 そう考えた時、俺はある可能性を思いついた。

 もしかして、ここはケンイチさんが異世界に渡るため利用していた扉なのではないだろうか。それを偶々俺が見つけてしまった。

 そう考えると、とても腑に落ちた。



 その時、小柄な少女の指先が、血で染まった俺の胸にのびてなぞった。そして、体をあずけてしなだれかかってきて、血の付いた部分をぺろりと舐めた。



 少女がまん丸な瞳で俺を見上げて、そして猫のように鳴いた。

 ただ楽しそうに、まるで子猫が飼い主に遊んでとお願いするように、鳴いた。



 火照った体の熱が、下半身に集中してゆく。

 どうせ死ぬのならば、童貞を卒業して死のう。

 俺はそう思った。



 俺は体の力を抜いて、その少女に全体重をかけた。

 すると少女は支えきれず、ふにゃという声をあげて、いとも簡単に地面に倒れた。

 少女の両手首を押さえつけて、顔を覗き込む。少女は不思議そうに目をぱちくりとさせていた。



 俺は少女の手を離して、自らの上着に手をかけた。それを脱ごうと裾を持ち上げたその時、目の前に一人の精霊がいることに気付いた。

 知り合いであるその精霊は、俺の方をじっと見つめていた。

 そしてその精霊の後ろでは、裸のダークエルフがオーガにくみ伏せられている。

 


「君の名は何です?」



 精霊が尋ねてきた。

 俺は知った仲であるはずの相手からの謎の質問に戸惑いながらも、自分の名前を答えようとした。

 しかしその瞬間、俺は自分の名前か分からなくなってしまった。



「俺の名は……」



 必死に考えて思い出そうとする。

 そのとき、まるで天啓のように、一つの名前が浮かんだ。

 それは自分にとってもすさまじい衝撃で、驚きを通り越して笑いがこみ上げてくる。

 精霊達が言っていた、この世界と異世界は同じ時間軸に存在していない、という言葉が脳裏に浮かんだ。



(ここはきっと俺がいつも部屋から訪れている異世界より、遥か昔の異世界……。そして俺の名は……)



 俺は乾いた唇を下でなぞった。

 そして精霊に向かって答えた。



「俺の名は……ケンイチ」



 水平線状に太陽が輝いている。

 視界が光に覆われ、目をつむる。

 そして何も見えなくなった。



―――



 暗闇の遠くから、誰かの声が聞こえた。



 目を開くと見知らぬ天井が目にうつる。干し草のにおいが鼻につき、俺は寝ぼけ眼をこすった。

 何やら今の今まで妙な夢を見ていた気がするのだけれど、何も思い出せない。



「タナカさん、朝ごはんの時間ですよ」



 ひょっこりと、ミーヤの顔が視界にうつった。

 ミーヤは嬉しそうに、にこにこと笑っている。



「おはようございます」

「おはようございます」



 挨拶をして、俺は上体を起こした。



「朝食が出来ているので、来てくださいね」



 ミーヤはそう言い残して寝室を後にする。

 それを目で追った後、俺は足を床に下ろして立ち上がった。



 そしてミーヤの待つ、居間に向かった。

 ミーヤとの朝が始まる。

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