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帰ってきて、アンナさん side アンナ その2

 小刻みな揺れを感じ、私は瞼をゆっくりと開いた。

 真っ暗な闇のなか、ぼんやりとした視界に移るのは、毛皮。その毛先が息と共に鼻前で揺れる。毛皮のその模様を見て、どうやら私は絨毯のようなものの上に顔をつけているようだと思った。

 世界に音はない。頭の奥を誰かに強打されているような痛みが、絶え間なく続く。

 私の意識は、そのまま闇へと溶けていった。

 


 それからどれほどの時間が経ったのかは分からない。

 私は頭上から差し込む様の光の暖かさにより、意識を再び取り戻した。

 耳鳴りがひどい。



 手を動かそうとするも動かない。手首が背中のあたりで拘束されている。

 続いて体勢を変えようと足を動かした私は、そこで足首が縄のようなもので縛られていることに気付いた。

 耳の奥から伝わる振動。

 私は今自分が魔亀車の中で転がされていることにようやく気付いた。



 動き始めた私の頭が、直前の記憶をたどり始める。



(そうだ、私はノアと食事を……)

 

 

 ノアとの食事が脳裏によみがえる。しかしそれと同時に、私は強烈な頭痛を覚えた。

 思わず顔をゆがめ、息を止めて痛みをこらえる。

 体全体から力を抜くと、痛みは少しずつ治まっていった。



 むせるようにして息を吐きだした私は、息を整えながらゆっくりとノアとの食事のことを、思い出そうとした。

 あのとき私達は一体どんな話をしたのだろう。

 それをたどってゆき、ノアが静がに激高していたときの会話がよみがえった。



(……ああ、そうか)



 ことの顛末を思い出した私は、静かに目を閉じた。

 自らの浅ましさと欲深さに、乾いた笑いが出た。

 私は、この魔亀車が向かう先も、その先で待ち受けているであろうことも、自ずと理解した。



(何をやっているのだろうな、私は……)



 私がタナカ様に騎士の誓いを捧げようとしていたことがノアにばれ、ノアに薬を盛られて捕らえられた。



 誰にも秘密にせよと厳命された時点で、分かっていたことなのである。

 大精霊様の『人間社会のわずらわしさからタナカ様とそのお部屋をお守りする』という命のことを考えれば、シューベルト家の令嬢である私がタナカ様のお傍に仕えたいと、タナカ様の騎士になりたいと願うべきではないと。



 けれど私は願ってしまった。先祖様と同じ、その身に余る多大なる名誉を。

 故に騎士団を休団して、信頼できる部下だけを引き連れ、タナカ様の側に常に仕えた。



(申し訳ございません……)



 ずきりと、胸が痛んだ。

 私は浅ましい人間である。自らの罪深さを感じながらも、誰よりも近くでタナカ様に仕えたいという欲望に勝てなかった。



 私は静かに息を吐いた。無駄だと思いつつも、魔法の発動のため精霊様への祈りをささげる。

 しかし当然のごとく、魔力が体に満ちない。



(やはり手首を縛るこれは、魔桜石か……)



 やはりという思いだった。

 私は抵抗を諦め、そしてこれからの事を思った。



 私はこの魔亀車の行きつく先で裁かれるだろう。そして罪に問われようと問われまいと、二度とタナカ様にお供できなくなってしまうであろう……。

 


 悔恨が、胸中に押し寄せる。

 しかしもともとそれは覚悟していた。



 今はそれよりも他に、なさねばならぬことがある。

 それは大精霊様に託された任。タナカ様の元に、シューベルト家の手が伸びぬようにすることである。



 そのためなら、私は精霊様の前で嘘をつこう。

 たとえ死後に精霊様の御許に行けず、地獄に落ちることになろうとも。



(お許しを、精霊様)



 私は精霊様に懺悔した。

 魔亀車は絶え間ない揺れを伝えながら、進んでゆく。



 ……しかし、例え私がタナカ様とのつながりを否定した所で、信じてもらえるだろうか。

 不安が胸を襲う。

 もし信じてもらえなければ、シューベルト家はタナカ様に危害を加えようとするだろう。

 そうすれば精霊様の怒りを我が家はかい、タナカ様にも多大な迷惑がかかってしまう。



(……なんとかしなければ)



 私は熱と痛みによりたゆたう意識の中で、決意した。

 そして、それから精霊様への祈りをささげた。



 時を忘れてからしばし。

 頭の痛みや体のしびれが徐々に薄まってきた頃、不意に魔亀車の揺れが止まった。



 祈りをささげていた私は、揺れが収まったことに気付いて目を開き、耳をすませた。

 御者と誰か女性との話声が聞こえる。



(我が故郷、ダクスの街に着いたのか……)



 私は会話の内容から、そう悟った。

 おそらく会話の相手は、街の門番であろう。

 少しして、再び魔亀車は発進した。



 この魔亀車が向かう先はおそらく我がシューベルト家の屋敷であろう。

 私はこの街の領主であり我が母でもある、ミルフォード・ライカ・フォン・ダクス・シューベルトのことについて思いをはせた。



 思い起こされる、過去の厳しい稽古の数々。気を失ったことは一度や二度ではない。

 剣でも魔法でも、シュヴァリエとなるために都に出向くまで、私は母に一度も稽古で勝てたことはなかった。

 『シューベルト家の女は精霊様や賢者様に仕える騎士として、誰よりも強くなくてはいけない』、母は私に常々そう言っていた。

 そんなシューベルト家としての矜持を誰よりも強く持つ母に、私は何を言えるだろうか。



 ……いや、言わなければならない。

 私は覚悟を決めた。

 


 それからまたしばらくして、魔亀車が止まった。

 御者と誰かとの会話が少しあった後、走り去ってゆく足音が聞こえた。

 そして魔亀車は再び動き出した。



 周りの状況が気になるけれど、体を動かせず見ることができない。

 動き出した魔亀車は、しかしすぐに再び停止した。



 それからしばらく、周りに何の動きもないまま、時間だけが過ぎてゆく。



(屋敷についたのだろうか)



 訝しく思いながら、周りの物音に耳をすます。

 その時、複数の足音が近づいてくるのを感じた。



 その足音は徐々に、魔亀車の乗車口に近づいてくるのが分かる。

 私は顎を引いて、乗車口の窓を見た。

 窓にダークエルフの女性の姿が映り、次の瞬間扉が開いた。



 そこに数名の部下を引き連れて立っていたのは、私のよく知った女性であった。



「オリヴィア……」



 シューベルト家補佐筆頭であり、母の右腕であるオリヴィア。いつも冷静沈着で落ち着いた彼女が、その切れ目で私を見下ろしていた。

 オリヴィアだけでなく部下も含めた彼女達の私を見る目は、貴族の令嬢を見るそれではなかった。彼女達は、それぞれ白い布や大きな麻袋を手にしている。



「アンナ様、ライカ様の命令により、失礼いたします」



 布の束を手にしたオリヴィアが車内に乗り込み、私の上に覆いかぶさるようにして近づいてきた。



「な、何を、うぐっ……」



 その女性は私の鼻を押さえつけ、布を口に押し込んできた。

 そして更に残ったもう一枚の布で、私の口をしばりってきた。



 手と足を拘束され、魔法も封じられた私に抵抗するすべはない。

 私の上に乗っかったオリヴィアは後ろの者から麻袋を受け取り、それを私の頭からかぶせてきた。



 それから体全体を袋に詰め込まれた私は車内から引きずり出され、私の体は地面の硬い感触に打ち付けられた。

 そして反応する間もなく、すぐに足首と胸元のあたりに袋越しの手の感触が当たり、そしてそのまま私の体は宙に持ち上げられた。



 私を支える者達が動きだしたのが、揺れで伝わってくる。

 私は、どこに運ばれているのだろう。

 私はおとなしくしながらも、予想以上の手荒い出迎えに対して、驚いてもいた。



 彼女達が歩くたび振動が伝わる。途中で上半身ががくっと下にさがるところがあった。

 そしてようやく、私の体は硬い地面につけられた。

 体全体を覆っていた袋が、何者かによってはがされる。



 真っ暗な視界が開けると、無機質な石の天井が映った。

 視界の隅に私に猿轡をした、女性の顔が映っている。

 いったいここはどこだろう。



「久しぶりだね、アンナ」



 奥からある女性の声が聞こえてきた。

 そのハスキーで特徴的な声は、なつかしく、とてもよく聞き覚えがあった。



 私はその声の方を向こうと首をひねったけれど、後ろまで首が回らなかった。

 しかし首をひねったその時、視界に鉄の柵のようなものが映った。



「椅子に座らせな、あと猿轡もとるんだ」



 そのハスキー声により、私を運んでいた彼女達が私の体を持ち上げる。

 両隅にむき出しのベッドと便器が映り、その中央あたりに一つ、木椅子がこちらを向いた状態で置かれていた。



 私はその木椅子に座らされた。

 それにより、開いた鉄柵の向こう側に立つ一人の女傑と向き合った。



 胸元の開いた上着の上にマントを羽織り、剣を腰に携えたその人は、我が母ミルフォード・ライカ・フォン・ダクス・シューベルトその人であった。

 そして母の一歩後ろにはオリヴィアと、我が父であるミルフォード・ベル・フォン・ダクス・シューベルトが、数名のシューベルト家の者と共に並んでいる。



 口の布をはずされ、一人牢屋の奥に取り残された私。

 そんな私を、皆が厳しい表情で見ている。中でも母の目は、まるで鋭利な刃物のようであった。



「お母様……」

「状況を飲み込めていないであろうお前に、少しだけ状況説明をしてやろう。ここは我が屋敷の地下にある牢屋だ」



 母が私の側に一歩二歩と近づいてくる。



「最近は全く使われておらず、家の者も入らない。そんな場所に、お前は極秘裏に運び込まれた。お前が今この場所にいると知っているのは、ここにいる者たちだけで全員だ」



 膝がぶつかるほどの至近距離で、母は止まった。



「何故、私達がこんなにこそこそしているか分かるかい?」



 母が私を見下して、尋ねてきた。

 押しつぶされそうな圧力が上から降ってくる。

 頬に汗が伝った。



「が、外聞の問題でしょうか……」



 前日ノアが言っていたことを思い出し、私は答えた。



「ほう、よくわかったね」



 すると母は意外そうな顔をしてそう言った。



「あたしにとってはそんな外聞なんてどうでもいいんだけれどね、こいつが煩いからね」



 母はそう言って、顎で後ろにいる父を示した。

 父の方に目をやると、父は母の後ろで直立姿勢のまま、険しい顔で私を見つめていた。

 しかしその額には大粒の汗をかいており、苦しそうにも見えた。



「私がお前に聞きたいのはただ一つ」



 母が声を大きくして言う。



「シュヴァリエとしての誇りを穢したか否か」



 母はそう言って、腰にさした剣を抜いた。

 その瞬間、緊張が走った。

 私は息をのみ、父のうろたえる声が耳に届いた。



 母が抜いた剣先を私の首筋にあててきた。

 鋭利なものが、喉を圧迫する。



「精霊様に誓って答えなさい。ノアの手紙に書いてあった、人間の商人に騎士の誓いを捧げたいと願っていたというのは真実か?」



 私は、息をのんだ。

 唇が震える。

 ここでもし私が肯定すれば、危険はわが身だけにとどまらずタナカ様にまで及ぶであろう。

 それだけはしてはならない。



「わ、私は……」



 だからタナカ様のため、大精霊様との約束のため、私は精霊様の前で嘘をつく。

 私は意志をこめて、母の目を見つめた。



「人間の商人に騎士の誓いを捧げたいと、願ったことはございません……」



 私は言い切った。

 私と母、お互いに目線をそらさず、ただ無言の時間が流れる。



「ラ、ライカ、娘もこう言っていることだし、一度剣をおさめては……」



 張り詰めた空気の中、父が気の抜けた声で後ろからに母に声をかける。



「黙りな」



 母はにべもくれず一喝した。

 口をつぐむ父。



 母はじっと私を見て、それから剣先をひっこめた。



 息を吐く私。

 未だ目線を切らない母は、剣先を指でいじりながら再び口を開いた。



「お前、嘘をついているだろう?」



 母が唐突にそう言った。



「っ! いえ、そのようなことは……」



 ございません。そう答えようとした瞬間、左ももに激痛が走り私はうめき声をあげた。

 母が持っていた剣を逆手にして、私の太ももにつきたてたのである。

 


「ノアに気付けたようなことが、私に分からないとでも?」

「っぐ……」



 歯を食いしばる。

 後ろで父の声が聞こえる。



「……もう一度だけ聞く。精霊様に誓って答えよ。人間の商人に騎士の誓いを捧げたいと願っていたというのは真実か?」



 私は痛みをこらえながら、母の顔を見上げた。

 冷徹な目で私を見お反る母に、ためらいはない。



 ここでまた同じことを言えば、本当に殺されるかもしれない。

 しかし、私の答えは決まっていた。



「何度でも答えましょう。人間の商人に騎士の誓いを捧げたいと、願ったことはございません……」

「……」

「もし、お疑いでしたら私は今日より都を離れ、このダクス領で暮らしましょう。私はまだ十八ですが、十五歳の成人のおりにシュバリエに任命され、それから騎士としての心構えをきちんと磨いてきたつもりです。慣習より二年早いですが、都より戻っても問題はありません」



 再び沈黙が訪れた。

 お互いに見つめあったまま、時間が流れてゆく。時間にすれば数十秒だったかもしれないけれど、まるで悠久のように感じられた。



「ふむ……」



 太ももから剣先が抜けた。

 母は剣を持つ手を引き上げ、そして下に振りおろした。



 金属と石がぶつかる音が響く。

 母の振りおろした剣先は、私の足と足の間に突き刺さっていた。

 剣先のそばには、私の足を縛っていた縄が落ちている。



 母は剣の持ち方を変えて、鞘に戻した。

 その目からは先ほどまでの気迫が消えていた。



 私はようやく、安堵した。

 どうやら母に信じてもらえたようである。


 

 母は踵を返して、牢屋を後にした。

 牢屋の外で、部下達に命令を下す母の背中を私は見つめる。

 部下の一人が魔楼石の腕輪を手に、私の背後に回った。

 腕輪を装着させられる代わりに、私の腕は自由になった。



 母がこちらを振り向いた。

 牢屋の扉を、腕輪を装着した部下が閉めて鍵をかける。その様子を母は確認していた。



 部下が鍵を閉めて下がると、母はこちらを一瞥して、口を開いた。



「お前の身柄をどうするかは、件の商人とやらを尋問した後、改めて審議することとする」



 その言葉に、思わず私はとびあがった。



「オリヴィア、このことは他の誰にも決して漏らすな。ここにいる者以外の誰にもだ」

「承知いたしました」



 続けざまに母がそう言い、オリヴィアが腰を折る。

 それから母は皆を引き連れて、出口に向かって歩き始めた。



 私は立ち上がり、牢の柵ににじりよった。



「ま、待って下さい! タナカ様は関係ないのです! ですから、タナカ様を巻き込まないでください、お母様!」



 しかし母はこちらに振り返ることすらなく、開いた扉から外へと出て行こうとする。



「お母様、私はどうなってもかまいません! ですから、タナカ様を巻き込むことだけは!」



 無情にも扉は閉められ、私は一人閉じ込められた。

 膝をつく私。



 ああ、私は何と罪深く、無能なのだろう……。

 結局私は、シューベルト家の手がタナカ様に伸びることを阻止することができなかった。



 私は膝をつき、柵の前で祈った。



(心から愛する精霊様。今あなたの前に跪き、心を開きます。精霊様、私は愚かな罪びとです。自らの欲を優先し、敬愛する主に迷惑をかけてしまいました。どうか、こんな私をどうかお許しください。そしてタナカ様に、精霊様のご加護を。大精霊様の御前に、この祈りを捧げます……)



 祈りの後、私はじっと耳を澄まし、精霊様の言葉を待つ。

 そして半刻ほどじっとお言葉に耳を傾けた後、私はもう一度みずからの言葉で祈りを捧げる。



(偉大なる精霊様。私はあなたをほめたたえます。精霊様、どうぞ私の心をさぐってください。私は愚かものです……)



 私は祈り続けた。



 しばらくして、精神状態異常を治す治療師がやってきた。

 念のため、もう一度検査をするということなのだろう。

 しかしそんなことをしても無駄だと、私が良く一番分かっていた。



 検査を終えた後、私は再び祈った。

 やがて疲れた私は、刺された足を引きずりながら移動し、備え付けのベッドに横になった。

 壁灯はついたまま。誰も来ないので時間の感覚はとうに失っている。

 私は気を失うように、眠った。



--


 

 次に目を覚ました時、私は空腹とのどの渇きに襲われていた。

 思えば一昨日の夜から何も食べていない。

 母は私に食事は愚か水を出すつもりはないようである。



 唇が乾燥している。

 私は飢えと渇きに苦しみながらも、柵の前で跪いた。



(敬愛する精霊様。今あなたの前に全てをさらけ出します。精霊様、私は愚か者です。自ら……)



 祈る。

 そしてまた、祈る。祈る……。

 空腹と渇きが深刻なるにつれ、眠気で頭が揺れる。

 それらをこらえて、私は精霊様に語りかけ続けた。



--

 


 気付いた時、私は柵の前に倒れていた。



 一体今が何日の何時であるのか、本格的に分からない。

 意識が重く、そして全身がだるい。

 喉が渇いた。水が飲みたい。



 私は上体をなんとか起こした。



 それからどれくらいの時が経ったのだろう。

 いつもの場所で目をつむっていた私の耳に、扉の開く音が聞こえてきた。

 驚いて目を見開く私。

 その視界にうつったもの、それはなんと扉から入ってきた妹クロエの姿であった。



「お姉様!」

「ク、クロエ……」



 丸腰の妹が後ろに二人の監視役と思しき女を連れて、やってきた。

 クロエは私の姿を見るや、駆け出して私の牢屋の前にしがみついた。



「お姉様、ご無事ですか?」

「あ、ああ」



 唇の渇きのせいで、上手く話すことができない。



「なんと、おいたわしや! 待っていてください、私がお母様に直訴して必ずやお姉様を救いだしてみせます!」



 私を見て悲痛な声を上げるクロエ。



「ク……な……」



 私は、何故ここが分かったのかと尋ねようとして、しかし声が上手く出せなかった。



「お、お姉様! どうなされましたか? ……もしかして、喉が」



 クロエは後ろに佇む二人の方を振り向いた。



「あなたたち、お姉様にお水をよこしなさない!」



 しかし、言われた二人の方は口を結んだまま動こうとしない。



「ライカ様の命令で、それはできません」

「なんですって!」



 監視役の言葉に、妹がつかみかかる。

 しかしつかみかかられた監視役は顔色一つ変えない。


 

「くっ!」



 妹は乱暴に手を離した。その手首には、私と同じ魔桜石の腕輪がはめられている。

 クロエは私の方に振り向き、そして柵へとよってきた。



「お姉様、もう少しの辛抱です。私が必ずお母様に説明して見せます。全ての元凶はあのタナカという人間の男なのです。お姉さまは何も悪くありません。あの男に操られていただけなのですよね?」



 クロエが私に確認するように問う。



 私は首を大きく横に振った。

 そしてクロエを睨み、必死に言葉を紡いだ。



「よ、せ……」



 タナカ様のことを悪く言うな。この状況を招いたのは全て私の責任であり、私はタナカ様の元に仕えられたことを誇りに思っている。



「……どうしてなのですか、お姉様」



 クロエが私を見て悲痛な顔をする。

 すまない、クロエ。

 タナカ様のことは、大精霊様の命により、誰にも打ち明けることは許されない。



「こんなことになるかもしれないというのは分かっていたはずです、なのに何故……」



 すまない、クロエ。



 その時、監視役の一人がクロエの肩を叩いた。

 もう時間だと言うことなのだろう。



「お姉様! 私は信じませんからね! お姉さまは誰よりも気高きシュヴァリエです。そんなお姉様が……絶対に信じませんからね!」



 クロエは去り際も、ずっとそのように叫んでいた。

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