帰ってきて、アンナさん その3
精霊達のおかげでまんまと騎士団の詰め所を抜け出した俺は、遠目に見える自分の家を前に、道の真ん中で立ち尽くしていた。
俺の部屋の扉の前で、ダークエルフの人達がなにやらもめている。扉を守るように立つ二人の女性と、多数を引き連れた一人の男性が口論していた。
扉を守る女性二人は、遠目なためはっきりとはいえないけれど、おそらく前に俺の護衛を務めてくれていた女性達だと思う。
『どうしたです?』
立ちつくす俺に対して、精霊が尋ねてくる。
「いや……あれ」
俺は前を指さした。今の俺の姿は、光魔法の迷彩により他者に見ることは出来ない。
「あの、精霊さん」
俺は小声で内なる精霊達に声をかけた。
『なんです?』
「何か、私の部屋の前でもめているんですけれど……」
『そうです』
「何をしているんでしょうか……」
どうみても、不穏だった。
『聞いてみるです?』
精霊がそう言った瞬間、俺の耳を風がなでた。
――本当だろうな――
男の口の動きに合わせて、聞き覚えのない男性の声が急に聞こえてきた。
「! これは……」
『あそこで行われている会話です』
驚く俺に対して、精霊が答えた。
――嘘はついておりません――
護衛の女性の口の動きに合わせて、女性の声が届いた。
――これはシューベルト家頭首の命の元行われている。もしタナカの身柄を隠したりすれば、お前も罪に問われるぞ――
――重々承知しております――
男性と、護衛の女性との会話は続く。
シューベルト家という言葉が引っかかった。
――分かった、信じよう――
男性がはっきりと頷くのが見えた。
それから男性は振り返り、集団を引き連れてこちらに近づいてくる。
俺は道端によった。
俺の前を、男性を先頭としたダークエルフの集団が通り過ぎてゆく。
『どういうことです?』
『人間は複雑怪奇』
集団が通り過ぎていった後、精霊達がそう言った。
(俺の身柄を探している? 一体どういうことなんだ……シューベルト家って、確かアンナさんの家だよな。一体何がどうなって……)
俺は混乱していた。
(俺が罪に問われたことに、何かシューベルト家が関わっていた? でも、あれは商人ギルドのギルド長が原因だったはず。では、なんだ……もしかして、アンナさんの失踪の原因を疑われている? そんなばかな……)
考えてみても、納得のいく答えは出ない。
しかし、どうやらあの集団が俺の身柄を拘束したがっていると言うことだけは、確かなように思えた。
『タナカ、どうするです?』
精霊が尋ねてくる。
俺は部屋の前に立つ護衛の女性達を見やった。
このまま彼女たちの前に姿を現していいのかという不安が胸を襲う。
もし何かあれば、精霊達の力を借りて力押しをして、現実世界に逃げ込むと言う手もあるけれど……。
俺は少し悩んだ後、二つの事を決めた。
一つ目は、これから避難する場所のことである。
「精霊さん。今から別の場所に避難しようと思います」
『いいですけれど、どこに行くです?』
精霊に尋ねられ、俺は目的地を答えた。
「すみません、ハン○ーハンターの続きはもう少しだけ待って下さい」
『……我慢するですー』
『残念無念ですー』
それから俺は踵を返して、その目的地に向かった。
記憶だけを頼りに、進んでゆく。その道中も先程の会話が頭から離れない。
もしあの男性が俺の身柄を探しているとするならば、騎士団にいる身代わりの方に接触するだろう。
その場を覗ければ、彼らの目的や、今何が起こっているのかが分かるかもしれない。
俺は周りを確認しつつ、精霊に語りかけた。
「精霊さん、あの騎士団の方に置いてきた身代わりですけれど、監視することはできませんかね」
『できるですけれど、何でです?』
「さっきのダークエルフの人達がおそらく接触してくるのではないかと思うんですけれど、そうすれば色々と今何が起こっているのか分かると思うんです」
『分かったです。下位精霊に、ダークエルフが偽物に接触して着たら知らせるように伝えるです』
「お願いします」
それからしばらく歩き、道先に目的の建物が見えた。
前に一度連れてこられただけで道に自信が無かったので、ほっとした。
建物へと近づき、玄関前へと足を運ぶ。
そして扉の前に立った俺は、精霊達に光魔法の迷彩を解いてもらった。
ここにきて、なんと言い訳をしようか迷う俺。
少し考えても、いい言葉は浮かばない。なので彼女には本当の事を伝えようと思った。
それからおそるおそる戸を叩き、中の人に呼びかけた。
少し待っていると、急にどたばたとした足音が聞こえて、誰かが玄関に駆け寄ってきているのが分かった。
そして急に扉が開いて中から現れたのは、目を丸くして俺を見つめるミーヤだった。
ミーヤは扉を開いた状態で俺を見て、固まってしまっている。
「こ、こんにちは、あ、あの……」
俺が事情を説明しようとした瞬間、ミーヤが急に俺の懐に飛び込んできた。
びっくりして思わず一歩のけぞり、両手をあげる俺。
「タナカさん……良かった……良かったです……」
ミーヤは俺の胸で泣いていた。
「えっと……あの、ごめ、ごめ、ごめんなさい、ちょ、ちょ、ちょ」
突然の出来事に、俺は言葉が出ない。
俺はやんわりと、ミーヤを押し戻した。
『へたれです』
『本当にへたれです』
精霊達が煩い。
涙で目を真っ赤にしたミーヤが、手で涙をぬぐう。
「し、心配しました……犯罪の容疑をかけられて騎士団の人達に連れて行かれたって、ダークエルフの女性達に教えられて、それにアンナさんまで行方不明で……無事で本当によかったです……」
「すみません……なんとか、無事です」
俺は動揺しながらも、どうやく自分がミーヤにまで心配をかけてしまっていたことを受け入れた。
ミーヤはダークエルフの女性達から、俺の事を聞いていたようである。
『今です、押し倒すです!』
『やっちまえです!』
俺は思わず、自分のほっぺを叩いた。
煩いぞ、精霊。
泣きやんだミーヤは、鼻水をすすり、それから心配そうな目で俺を見てきた。
「でも、タナカさん、どうしてここに?」
俺は目線を下にそらす。
「ああ、それなんですけれど、実は……ちょっと騎士団の詰め所の方から、脱走しまして……少し匿ってもらえませんか」
ミーヤの目が驚きで大きく開いた。
俺がこの異世界で一番信用している人物、それは精霊信者のアンナさんを除けば、ミーヤである。
だから俺はここに来た。
しかし、不安が胸を覆う。
「もちろんです! さあ、中に入ってください!」
ミーヤの言葉が届き、小さな手が俺の手を握った。
目線を上げると、ミーヤは真剣な表情で俺を心配してくれていた。
「ありがとうございます」
俺はミーヤに手を引かれ、部屋の中へとお邪魔した。
前に食事をごちそうになりに来た時も思ったことであるけれど、ミーヤの家は相変わらず殺風景であった。テーブルや椅子など、最小元の家具が置かれている。
俺はテーブル前の椅子に座り、周りを見渡していた。
「どうぞ」
ミーヤがお水を湯呑に入れて、俺の前に出してくれた。
俺は礼を言って、口をつける。
「あの、タナカさん。安心してください! 私がお世話しますので、何日でもここにいてくださいね!」
俺の横で佇むミーヤは、ものすごいやる気に充ち溢れた目でそう宣言した。
「あ、ありがとうございます……というか色々聞かないんですか?」
「色々って何ですか?」
俺が思わず尋ねると、尋ね返されてしまった。
「それは……脱走して大丈夫なのか、とか」
「タナカさんは悪くありません! 悪いのはあの商人ギルドのギルド長です! だからタナカさんはここにいていいんです!」
ミーヤはそう言い切った。
なんてミーヤは優しいんだろう。
『すごいです。まるで主人公を肯定するために存在するヒロインなみの全肯定です……』
精霊のつぶやきが聞こえる。
何を言うか。お前らと違って、ミーヤは心優しいのである。
「そうだ、タナカさん。お昼はもう食べましたか?」
「え、いえ、まだですけれど……」
ミーヤに尋ねられ、俺は答えた。
朝から何も食べていないので、お腹もすいていた。
「なら、昼食を……そうだ! 今から私が昼食を買ってきますので、タナカさんはこの部屋でくつろいでいてください」
ミーヤはそう言って、慌てて動き出した。
後ろの戸棚の引き出しから、手提げ袋をとりだすミーヤ。
「あ、ありがとうございます」
ちょっと流石に、ミーヤの厚意の勢いに、驚きを隠せない俺。
さっさと準備をしたミーヤは、再び俺の前に来た。
「待っていてくださいね? タナカさん」
ミーヤは少し心配そうな顔で尋ねてきた。
俺が頷くと、ミーヤは笑顔になり、出かけて行った。
(やっぱり、いいなぁ、ミーヤは……)
俺はミーヤが去っていった後を見つめながら、余韻に浸っていた。
こんな風に家族以外の女性から好意を向けられることなんて、現実世界では一度も無かった。
そのとき、体内の魔力が移動し外に抜けていく感じがした。
「タナカ、あの亜人間もいなくなったことですし、ハンター〇ンターの蟻編について語り合うですー」
「うずうずしているですー」
声がしたテーブルの方を向くと、その上には精霊達が集まって俺の方を見ていた。
「それよりも、先程のダークエルフの集団について考えませんか?」
「そんなの分からないですー」
「興味ないですー」
そういうと思いました。
まあ実際の所、俺も全く分かっていなかった。
「……分かりました。約束でしたしね。ちなみに私はアニメ版でしか見たことがないんですけれど……」
「なんと、アニメもやっていたですか!」
「それは朗報ですー」
「是非ともみたいですー」
そんな感じで、俺と精霊達によるハンターハン〇ーの蟻編談義が始まった。
「最初読み始めたときは、こんなに風呂敷を広げて大丈夫なのかと心配になったです」
「しかし見事な回収、やっぱりあの作者は天才ですー」
精霊達はテーブルの上で、輪になって語らっている。
初めは普通に精霊達の話につきあっていた俺であるけれど、途中からどうしても先程見たダークエルフの集団が気になってしかなかった。
それともう一つ気になってきたのが、騎士団にいつ身代わりの俺の事である。今頃騎士団の方では、俺がすり替わっていることに気づいて、大変なことになっていないだろうか。
「その通りですー。王の最後はもう、涙無くして見れないですー」
「……あの、精霊さん」
俺は談笑中の精霊さんに声をかけた。
「なんです?」
精霊達が皆、こちらを向いた。
「えっと、騎士団においてきた、私の身代わり大丈夫ですかね? うまく騎士団の人を欺けていますかね?」
「下位の精霊達に任せているから大丈夫ですー。動きがあれば、伝えてくるように言ってあるです」
さいですか。
それからしばらくハンターハン〇ーを談義を続けていると、ミーヤが買い物から帰ってきた。
ミーヤが現れると、例のごとく一瞬にして姿をくらました精霊達。
ミーヤは俺の姿を見て、微笑んだ。
「お待たせしました、タナカさん。すぐに昼食の準備を始めますので、ちょっと待っていてくださいね」
帰ってきたミーヤは早速調理場に立ち、台所の上に手提げを置いた。
小さな体で一生懸命に料理を作るその後ろ姿を、俺はぼぅっと見つめる。
「そうだ、タナカさん。もし今日お泊まりになるんでしたら、服の着替えが必要ですよね」
ミーヤが振り向いて尋ねてきた。
「あ、本当ですね」
俺は変えの服などのことなどを、完全に失念していた。
「お父さんの寝巻が一枚だけならあるんですけれど、それもぶかぶかになっちゃうと思います……」
「あ、なら、すみませんけれどそれを貸してもらってもいいですか?」
代えが一枚あるのならそれで充分であろう。
「それだと、今の服を洗っている間は、とても動きづらいと思いますよ。やっぱり私が買ってきたほうが……」
「いやいやいや、おそらくそこまで長居はしませんので、本当に大丈夫です」
俺はミーヤの申し出を断った。
ミーヤの家にお邪魔するのは、あのダークエルフの集団が俺の身代わりに接触してその目的が判明するまで、そのように決めている。それまで別に昼が寝巻だろうが、ぶかぶかだろうが、どうということはない。
するとミーヤが、ぱちくりと目を瞬かせた。
「え、でも、タナカさん、今騎士団の人に追われているんですよね? 行く当てがないのではないですか?」
不思議そうに尋ねてくるミーヤ。
正確には、別に偽物を用意してきたので追われているわけではないのだけれど、当然ながらミーヤはそのことを知らなかった。しかし、それはあまり大っぴらに言いふらすことではないだろう。
俺は少し考えて、答えた。
「あー、大丈夫です。雲隠れする準備はしてあるので」
色々と事の真相が分かった後は、最悪精霊の力を借りて現実世界に逃げ込む所存である。
俺がそう言うと、ミーヤは目を見開いて固まった。
「そ、そうですか……」
そのように呟き、一瞬口をつぐむミーヤ。
それからミーヤは目を細めた。
「では、それまでは、たくさん今までの恩返しをさせてくださいね」
ミーヤはとびきりの笑顔でそう言った。
そして時は過ぎ、夕方。
ミーヤが体を洗いに銭湯に出かけた時、相変わらずリビングのテーブルで暇を持て余していた俺の元に、茶色の花弁を纏った精霊が現れた。
テーブルに立つ精霊は俺を見上げていた。
「タナカ、先ほど下位精霊から、身代わりの方にダークエルフの集団が接触したという連絡があったです」
「本当ですか!」
俺はずっと待っていた情報に、食いついた。
「彼等は何か、私の身代わりに言っていましたか?」
「なんだかよく分からんです、僕も途中から見ていますが、問答無用で部屋から連れ去られたです。ちなみに現在は、魔亀車の中に転がされて、絶賛移動中です」
俺の問いに、精霊はそう答えた。
まるで今も、その目で見ているというような口ぶりである。
「え、もしかして、今も下位精霊と連絡を取り合っているんですか?」
「というか、下位精霊の目を通して直接見ているです」
「そんなことができるんですか……」
驚く俺。対して精霊は、視界をつなげられるのはせいぜい二、三人ですと答えた。
「まあ、また何か動きがあったら連絡するですー」
「お願いします」
そう言うことになった。
その夜。
夕食をごちそうになった後、俺は居間の隣の寝室で、ミーヤと同じベッドで寝ることになった。
というかベッドが一つしかなかったのである。
ろうそくに照らされた薄明かりの中、寝間着姿のミーヤが俺の反対側からベッドに横になる。俺も反対側からそれに続く。そして一枚の掛け布団を二人で半分こにした。
おやすみなさい、ミーヤはそう言ってベッド傍の火を吹き消した。
干し草の上シーツをかけたベッドの上で、借り物の寝巻をはおった俺は、上を向いて目をつむっていた。
背中側にはミーヤが眠っているはず。干し草のにおいになれず、またいくらなんでも就寝時間が早すぎるため眠くもなかった。
ここ何日もごたごたのせいで抜いていなかったので、下半身が気になって仕方ない。
平常心を自らに言い聞かせていると、後ろで人が動く気配がした。
「タナカさん、起きていますか?」
ミーヤが尋ねてきた。
「あ、はい、起きてますよ」
俺はミーヤの方を振り向いた。
暗闇の中、こちらに体を向けているミーヤの影が見える。
「タナカさん、アンナさんはきっと無事ですよね?」
ミーヤの表情は見えない。
しかし、何となくミーヤの声は震えているような気がした。
俺は大きく頷いた。
「ええ、アンナさんは強いですから。きっと大丈夫ですよ」
「……そうですよね、アンナさんは貴族で、それも賢者様の子孫ですものね」
何となく、見えないミーヤの顔が少しだけ笑顔になった気がした。
それから、暗闇の中でしっとりとした声が響く。
「タナカさん……。もし何かあったときは、いつでも私の事を頼ってくださいね」
とても優しい声色だった。
「は、はい」
俺は頷いた。
それから、若干の間があいた。
「おやすみなさい」
ミーヤの声で、そう聞こえた。
なので俺も、おやすみなさいと返した。
――翌日――
「起きてください、タナカさん」
体をゆすられて目を覚ますと、目の前にはにこりと微笑むミーヤの姿があった。
「朝ごはんできていますよ」
「はい……」
俺は寝ぼけ眼をこすりながら、体を起こした。
そしてずり落ちそうな寝巻を支えながら、居間へと向かう。寝不足だった。
それからミーヤと一緒に、朝食を頂いた。
そして朝食後、テーブルで舟をこいでいると、右のくるぶしのあたりを何かがつついた。
うすら目で右下に目をやると、テーブルの下には茶色の花弁を纏った精霊の姿があった。
驚いて目が覚める俺。
台所の方に目をやる。ミーヤはこちらに背を向けて、食後の洗い物をしてくれていた。
再び精霊の方を見降ろすと、精霊は俺に向かって人差し指を差し出した。
俺は頷き、精霊の人さし指に俺の人差し指を合わせた。
体に魔力が満ちた。
『タナカ、身代わりの方に驚きの展開です―』
精霊がそう言う。
俺は自然なそぶりで立ちあがり、寝室の方へと移動した。
そしてベッドの端に腰掛けた。
「どうしたんですか?」
俺はささやき声程度の大きさで話した。
『なんと、今身代わりのいる場所に、あのタナカが探していたダークエルフがいたです』
俺は思いも寄っていなかったことに、驚いた。
「え、アンナさんですか!?」
『そうです』
思わず声が大きくなってしまい、慌てて振り返る。
しかし居間の方からは反応はなかった。
「それって捕まっているっていうことですか?」
『見た感じ、そうです。牢屋に入っているゆえ』
「え? でも身代わりを連れ去ったって、シューベルト家のダークエルフの人達じゃなかったんですか?」
『分からんです。けど、周りにいるのはダークエルフ達だけです。とりあえず、捕らわれているダークエルフを救いだすです?』
行方不明になっていたアンナさんが、実は何者かに拘束されていた。
そして拘束しているのは、ダークエルフ。
俺は状況が把握できずに、悩んだ。
「周りの状況って、アンナさんが捕らわれているほかに、何か分かりませんか?」
『一人のダークエルフの男が身代わりにつかみかかっているです。お前のせいでアンナがこんな目に、とかわけのわからないのことをわめいているです』
(俺のせい? アンナさんが拘束されているのは俺のせいなのか?)
分からない。まったく理由が分からない。
俺はどうすべきか逡巡する。
『救い出すなら早くした方がいいです、捕らわれたダークエルフは見るからに弱っているです』
精霊のその言葉で俺は決断した。
「お願いします。アンナさんを救いだして下さい。あとすみませんけれど、同時に治療もお願いできますか?」
確か水の精霊が治療魔法を仕えたはず。
『了解ですー、適当に安全そうな所に避難させるです。あと治療の方は水の精霊に任せておくですー』
精霊がそう答えた瞬間、俺の体から魔力が抜けてゆく感覚がした。
そして、ベッド前の床に現れる精霊。
「救出の方は僕の下位精霊に任せておくです。そうだ、タナカの家の戸棚の奥にあるカップラーメン、食べてもいいです?」
精霊はそう尋ねてきた。
本当に薄情と言うか、相変わらずと言うか。
「あー、いいですよ。そのかわり、アンナさんが救い出せたら私に教えてくださいね?」
「了解ですー、では」
俺が許可を出すと、精霊はそう言ってどこかへと去っていった。
俺は一人になり、思う。
(アンナさんを安全な場所に避難させた後に、今何が起こっているのかを本人の口から聞いてみよう)
俺は精霊からの朗報を待つことにした。
俺は落ち着かないまま、ベッドから立ち上がったり座ったりを繰り返したり、寝室をぐるぐる徘徊したりして時間を潰していた。
ミーヤに見つかって、何をしているのかと心配されてしまった。反省する。
その後、買い物に出かけるミーヤを俺は見送った。
居間の椅子に腰かけ、テーブルに頬杖をつく。
そんな時、ようやく待ち続けた存在がテーブルの上に姿を現した。
それは、茶色の花弁を纏った精霊だった。
「精霊さん、アンナさんは救いだせましたか!?」
『それが、カップラーメンに気をとられていたら、死んでしまったです。ごめんですー』
精霊はそう言った。
「……え?」




