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帰ってきて、アンナさん その2

「……あの、タナカさん、どうかなされましたか?」



 テーブルの向かいに座るエルダさんの声で、俺は我に返った。

 俺は今、孤児達の動画撮影の打診に来たついでに、孤児院の敷地内にある小屋でエルダさんにお茶を御馳走になっているところだった。



「あ、すみません。ちょっと考え事をしていて」



 俺は慌ててカップに口をつけた。

 エルダさんはそんな俺を、少し心配そうな目で見ている。



「何か、心配ごとですか?」

「いや、まあ、ちょっと色々ありまして……」



 俺の頭の中は不安でいっぱいだった。原因は、先ほどの商人ギルドで発生したいざこざである。商人ギルドを出るときに背後から聞こえてきた、ギルド長の「覚えておけ」とか「タダで済むなと思うなよ」という言葉が、耳の奥に残っていた。



「もしよろしければ、私にお聞かせいただけませんか?」



 エルダさんが、そう言ってじっと俺を見つめてきた。

 とても真摯で優しそうな眼差しだった。



「いや、実は……」



 俺はエルダさんに先ほど訪れた商人ギルドでの事の顛末を話した。



「……なんと、そんなことが」



 俺の話を聞き終えた時、エルダさんは驚きで口を覆っていた。

 確かに、商人ギルドのギルド長が変態貴族で、女児の体目当てで孤児院の運営権を狙っているなど、信じられない話であろう。



「確かに、以前から商人ギルドのギルド長をお見かけしたことは一度もありませんでしたけれど、まさか、そんな人だったなんて……。タナカさん、お教えいただいてありがとうございます」



 エルダさんはそう言って、厳しい表情になった。

 俺はエルダさんにお礼を言われて初めて、この話を真っ先にエルダさんに伝えるべきであったことに気付いた。いつ、あの変態ギルド長が女児をさらいに孤児院にやってくるかもしれないのだから。



「……えっと、孤児院の方では何か対策をとれますかね?」

「そうですね……子供達には一人で行動しないようには言い聞かしますけれど、相手は貴族様です。私達では……」



 エルダさんはすがるような目で俺の方を見てきた。



「えっと、たぶんですけれどこちらの方ですぐに対処はできると思います。なので孤児院には迷惑はかかりません」



 俺は少し恰好をつけて、そのように答えた。

 ミーヤにも驚いた様子で尋ねられたけれど、アンナさんは賢者の子孫の一族である。そんなアンナさんなら、商人ギルドのギルド長なんかには権力で負けないだろう。



「……そうですか。タナカさん、ありがとうございます」



 エルダさんはそう言って、深々と頭を下げた。



(というか、アンナさんは約束では少なくとも今日中には帰ってくるはずなんだけれど)



 何故か、アンナさんがちゃんと帰って来てくれるか非常に不安になってきた。



「実はタナカさん、それと関係があるかも知れないのですが、もう一つ心配事が」



 悩んでいる俺に、眉根を寄せたままのエルダさんがそう言った。



「なんですか?」

「実は……先日、孤児院に五人の冒険者がやってきまして、金をよこせと恫喝をしてきたのです」

「恫喝ですか?」



 穏やかでない単語に、思わず聞き返してしまう俺。



「はい。いきなりやってきた彼等曰く、『俺達冒険者が食うに困っているのに、薄汚い孤児が食事を与えられているのはおかしい』だそうです」



 エルダさんは淡々と述べた。

 おそらく当時は相当に気分を害したであることが、エルダさんの表情からうかがえた。

 それにしてもその冒険者の言い分の、なんと自分勝手なことだろうか。



「先日は他の先生に、自警団の方を呼んできていただき事なきを得ました。ですが、タナカさんも一応気をつけておいてください。もしかしたら連中はギルド長の手の者で、タナカ様に害を加えてくるかも知れません」

「そうですね、分かりました」



 俺はしっかりと頷いた。



 そのとき、呼び鈴が鳴った。

 扉に向かって返事をするエルダさん。



「エルダ先生、エマです。タナカさんが私を呼んでいるということで、来ました」



 来訪者は、俺が動画の撮影のためにと協力をお願いした、犬耳少女のエマだった。



「入って結構ですよ」

「失礼します」



 エルダさんの許可の後、扉が開いた。そこにはエマがいた。

 エマはゆっくりと扉を閉めて、部屋の中に入ってきた。そしてテーブルの傍にやってくる。



「こ、こんにちはタナカさん」



 傍までやってきたエマは、俺と目が合うとそう言ってから目をそらし、深々と頭を下げた。顔を上げた後も、エマはちょっと下を向いて、俺と目を合わせようとしない。その犬耳も、ぺたんとして元気がなかった。



「こんにちは」



 ものすごい緊張しているなと思いつつ、俺は返事を返した。

 当然と言えば当然かもしれないけれど、ものすごい心の距離を感じる。



「確かタナカさん、エマさんをモデルに動画というものをとりたいとのことでしたね」

「はい」



 エルダさんの言葉に俺は頷いた。



 ギルド長の件や他の件も確かに不安であるけれど、それは気をつけるしかない。今はそれよりも現在進行形で再生数が伸びている動画の方を、更に軌道に乗せたかった。



 今ここで固定客をたくさん得られれば、優治のように俺もそれだけで食べていけるようになるかもしれない。内職の稼ぎと合わせれば、数万円で十分なのである。そのためには、早く次の動画をあげなければならない。



「では、エマさん。タナカさんの言うことを聞くように」

「は、はい……」



 エルダさんの言葉に、委縮気味な様子であるエマ。

 それからエマはうるうるとした瞳で、俺の方を見つめた。



「あ、あのタナカさん、私、上手くできるか分かりませんけれど……よろしくお願いいたします」



 そう言って、エマは再びぺこりと頭を下げた。その様子や、言葉の節々からも不安げな気持が伝わってきた。



 きっとエマは人前が非常に苦手なタイプの子供なのだろう。だからこの前の動画撮影のように、大勢の前で演技をさせられるのではないかと思い、怖がっているのかもしれない。俺はそう思った。



「あ、今日は、本当に紹介だけの簡単な撮影だから。すぐに終わりますんで」

「は、はい」



 俺がそう言うと、エマは頷いた。



「そう言えば、ミーヤさんは?」

「あ、ミーヤちゃんなら建物の外で待ってくれてます……」

「じゃあ、ミーヤさんを呼びにいって、一緒に仲良しな動画をとりましょう」



 とりあえず初回と言うこともあるし、今回はエマの紹介動画ということで、ミーヤのお友達キャラとして登場させよう。エマとミーヤが何度かしゃべっているところも見ているし、結構仲もよさそうだし。



 それから俺は、エマを連れて、玄関前のミーヤの元に行った。

 そしてそのままそこで、緊張気味なエマの自己紹介動画を、ミーヤと一緒に撮った。



「エ、エマっていいます。皆さん、よろしくお願いします」



 ミーヤと手をつないだ状態で、エマはカメラに向かって挨拶をした。

 猫耳少女と犬耳少女の共演、こなれていない感じもまた良い。



「あのミーヤさん、もうちょっと、こう、エマさんに顔を近づけてもらえますか。てももっとこう、絡める感じで」

「は、はい」



 俺の要望に素直に答えてくれるミーヤ。

 ミーヤとエマはカメラに目を向けたまま、手を絡め、顔を近づけてゆく。



「すばらしいです」



 そんな感じで、エマの紹介動画の撮影は、つつがなく進行していった。



 動画撮影を終えた後、俺とミーヤは護衛の女性達と一緒に孤児院の敷地を後にした。



 道を歩きながら、ちらりと周りを確認する。

 変な人影はない。前後は護衛の女性が守ってくれている。



 その時、横に並んで歩いていたミーヤが話しかけてきた。



「どうでしたか、いい動画は撮れました?」

「ばっちりですね」



 ミーヤの言葉に対して、俺はそう答えた。

 実際エマの動画は、ちょっとぎこちない感じも含めて、男心をくすぐる物になっているのではないかと思っている。

 ただ、そうは言ってもあれではただの紹介動画である。内容不足感が否めない。



(あまり手抜きっぽい物をあげると、逆に再生数が落ちる可能性もあるしな……)



 俺は少し考えて、決めた。



「ただ……ミーヤさん。今からちょっと時間を貰えませんか? もうちょっと、動画をとりたいんですけれど」



 このままでは動画の尺がちょっと足りないので、俺はミーヤにそうお願いした。



「え? は、はい! もちろんです!」



 ミーヤはちょっと驚いた顔をしたけれど、快く引き受けてくれた。



「えっと……次はどんな動画をとるんですか?」

「そうですね、実はまだちょっと決まってはいないんです」



 ミーヤの問いに、俺は考えた。

 更に再生数を得るためには、どんな映像がいいだろうか……。



(あの尺だから、エマの紹介動画は最後に回すとして……何かもう一つ萌え要素の高い絵が欲しい……)



 俺は邪な気持一杯で横のミーヤの顔を見やった。

 するとそれに気付いたミーヤが俺の方を向いた。うっすらとしたピンク色の頬。ミーヤはこてんと首を横にかしげ、それから控え目にはにかんだ。



――翌日――



 孤児院でエマの動画撮影をした翌朝の日曜日、俺は玄関前にいた護衛の女性にアンナさんの行方を尋ねた。予定では昨日のうちに帰ってくるはずだったはずである。

 しかし、帰ってきたのは思いがけない言葉だった。



「え、どういうことですか?」



 俺が思わず聞き返すと、護衛の女性は悲痛な面持ちで口を開いた。



「それが分からないのです。アンナ様に同行して昨日の深夜戻ってきた者の話によると、アンナ様は弟ぎみに会いに行かれた後、ぱったりと消息を絶ってしまったらしいです」

「それって……行方不明ということですか?」



 俺が乾いた唇でそう呟くと、護衛の女性はゆっくりと頷いた。



 宮殿にいるという弟さんに会いにいったはずのアンナさんが行方不明。

 その時脳裏に浮かんだのは、昨日の商人ギルドでの出来事だった。商人ギルドを後にする際のギルド長の言葉がよみがえり、背筋がぞっとした。



「ま、まさか昨日の商人ギルドでのいざこざのせいで……」

「いえ、それはあり得ないでしょう」



 俺の言葉に対して、護衛の女性はそう断言した。



「タナカ様があの商人ギルドを訪れたのは昨日のお昼です。しかし部下の話によると、昨日の朝の時点でアンナ様の行方は分からなくなっていたようです」

「なるほど」



 俺は納得した。

 確かに、それだと犯人がギルド長だとは考えずらい。



 更に護衛の女性は、次のように付け加えた。



「それにあのギルド長は子爵の二男だか三男だと言っておりましたけれど、そんな男が侯爵家の人間に手を出すとは思えません」



 爵位の事はよく分からなかったけれど、俺は適当に頷いておいた。たぶんだけれど、アンナさんの方が偉いということなのだろう。



「でも、だとすればどうしてアンナさんは行方不明に……行方不明になる直前までは一体何をしていたんですか?」

「それは……部下の話によると、一昨日の深夜にアンナ様の弟ぎみが屋敷に戻ってこられて、そこから二人水入らずで御食事をされていたらしいのです……ですが」



 護衛の女性はそこで、一度言葉を切った。少し迷ったようなそぶりを見せて、再び口を開いた。



「ですが、時間も遅かったことと、弟ぎみのご好意もあり、部下達は先に休みをいただいていたようでして……その後の事は誰も分からないようなのです」

「ということは、最後に会ったのは弟さんと言うことですか」



 俺の言葉に、護衛の女性は頷いた。



「そうですか……ちなみに行方不明になった理由について何か心当たりはありますか?」

「それは……」



 俺の質問に対して、護衛の女性は言葉に詰まった。揺れる瞳が、何かあることを物語っていた。



「……申し訳ございませんけれど、今は言うことができません」



 護衛の女性は真っすぐとこちらを見てそう言った。



「正直言って、私もにわかには信じられないような可能性なのです。今は全く確証が持てないので、もし事実確認が取れれば必ずタナカ様にお伝えすることを約束いたします。だから今だけは、お許しください」



 護衛の女性はそう言って、俺に深々と頭を下げた。

 何らかの理由で、彼女は理由を述べたくないようである。



「……分かりました」



 俺は知りたいという欲求を我慢して、頷いた。

 護衛の女性は頭を上げた。



「……でも一つだけ、その心当たりと商人ギルドの件は関係ないんですよね?」

「はい、全くございません」



 俺の問いかけに対して、力強く答える護衛の女性。

 商人ギルドの件とアンナさんの失踪が関係ない、それだけ知れれば一先ずよしとしよう。



 アンナさんの件については彼女達に任せるよりほかしかない。

 俺は部屋に戻り、鍵を閉めた。

 頭の中を嫌な想像ばかりがよぎる。それは具体的には、あの商人ギルドのギルド長が何かを仕掛けてくるのではないかと言う予感だった。



 そしてそんな嫌な予感は、えてして当たるものであった……。



 それは俺が、現実逃避のために、あるアニメ作品のワンクールいっき見を敢行していた時のことだった。

 ベッドに寝ころ借りながらスマートフォンで十一話を見ていたその時、イアフォンごしに異世界の扉を叩く音が聞こえた気がした。



 俺は跳び起きて、異世界の扉の方を見つめた。

 少しして、もう一度ノックの音が聞こえてきた。やはり聞き間違えではない。

 俺はスマートフォンを置き、扉の前に立った。



 妙な胸騒ぎを感じながらも鍵を外して扉を開けると、玄関前に立っていたのは見覚えのない人間の女性だった。

 そしてその後ろには魔亀車が停まっており、傍には帯剣した知らない男性達と護衛のダークエルフの女性達が大勢いる。



 それはまるでアンナさんが始めてやってきた時と、似たような光景だった。



 俺はさっと顔から血の気が引いてゆくのが分かった。



「タナカさん。私は南方騎士団対魔法部隊所属のアリーナといいます」



 俺の前に立った、紺のローブを纏ったその女性が、厳しい顔で言う。

 どうやら彼女達は騎士団らしい。なぜまた騎士団が俺のところに。



「タナカ様……」



 騎士団と一緒に立ちつくす、護衛のダークエルフの女性が心配げにこちらを見つめながら呟いた。ダークエルフの護衛の女性の数は、普段の倍以上の十人以上にのぼっていた。



「……初めまして、と言うべきでしょうか」



 アリーナというらしい目の前の女性は、そう言った。そして懐から一枚の紙を取り出し、それを掲げて次のように言った。



「貴方には自身が出資する孤児院の孤児に対する暴行および強姦の容疑がかけられております。またその罪により、北方第三裁判所裁判官から逮捕状が出されております。ゆえに騎士団の詰め所まで御同行を願います」



 俺はその言葉を聞いて、頭の中が真っ白になった。

 アリーナさんが掲げている紙は、逮捕許可状であった。



「待って下さい、タナカ様はそんなことは一切しておりません! 言いがかりです!」



 護衛の女性が俺の前に躍り出て、アリーナさんに異議を申し立てる。

 俺は祈るような思いで、護衛の女性の背中を見つめていた。



「無実だと言うならば、詰め所で検察官を相手に述べてください」



 アリーナさんの無慈悲な声が響く。



「……あまりこのような言葉は使いたくありませんが、タナカ様はアンナ様の親しいご友人であらせられます。それを分かった上で逮捕なさるのですか?」



 護衛の女性が言う。



「……もちろんわかっております。ですが裁判所の命令に従うのは我々の責務であり、それを放棄することはできません」

「くっ……」



 アリーナさんの言葉に、護衛の女性が押し黙る。



「……安心してください。容疑者の身柄は一度南方騎士団の詰め所で預かり、そして三日後に北方騎士団に引き渡します。引き渡すまでは、容疑者の身柄を不当に扱ったりしないこと誓います。……私もできればシューベルト家と事を荒立てたくはありませんから」



 アリーナさんはぼそりとそう言った。



「なので、繰り返しますが、貴方達がもしタナカさんを救いたいのなら、ここで私達と事を荒立てるのではなく、一刻も早くアンナにこの事態を伝えてください」



 アリーナさんのその言葉で、俺の逮捕が決定されてしまった。

 それから俺は騎士団の人に挟まれ、魔亀車に乗らされ、南方騎士団の詰め所という場所に連れて行かれた。



 騎士団に連れさられる前に声をあげておけば、もしかしたら精霊達に助けてもらえたかもしれないと気付いたのは、騎士団についた後だった。



――翌日――



 南方騎士団の詰所、そのある部屋に俺は閉じ込められていた。

 逃走防止用に窓に鉄格子がはめられていることと、両手首に変な石の腕輪をつけられている以外は、ベッドの他にテーブルもある、ごく普通の部屋である。唯一の扉には外から鍵がかけられていた。



 俺は一人、小声で精霊に助けを求める声を何度もあげていた。

 しかし返事はずっと何もない。

 精霊の加護は、危険からは身を守ってくれるけれど、こちらからのSOSには反応してくれないようだった。



――翌日――



 帳の落ちた夜、干し草の詰まったベッドにうずくまり、アンナさんと精霊への助けを懇願し続けていた俺の元に、ようやく待ちに待った来訪者が現れた。



「タナカ、こんなところで何をしているですか?」



 暗闇の中、ベッドの端に見えたその小さな影達は、精霊達のものであった。



「せ、精霊さん!」



 俺はその小さな影を見て、跳び起きた。

 そして同時に、その影の存在が救世主のようにすら思えた。



「今まで何していたんですか!」

「何って……ハンター○ンターの蟻編を読破していたです」

「とても面白かったです―」

「最高でしたです―」



 遠くから、そう言う精霊達。

 表情が見えないため、近づこうとした俺に対して、精霊達が静止の声をかけてきた。



「タナカ、ストップです」

「タナカ、その腕につけているやつ、はずしてほしいです」

「僕達、それ嫌いです」



 精霊達はそう言った。



「え、腕につけている奴って、これですか?」



 俺は両手首につけられた変な腕輪を見せた。



「そうです。それはとっても嫌な感じがするです」

「きもちわるいですー」



 どうやら精霊達は何故かこの腕輪が嫌いらしい。

 しかし残念ながら、俺にはこれを外すことができない。



「えっと、ごめんなさい、自分では外せないんです」



 俺はそう言った。



「そうですか……では距離をとって話すです。それよりタナカ。ここ数日、部屋に戻ってこないですけれど、こんなところで何してるですか?」

「ハンター○ンターの蟻編のあの感動のラストについて、ぜひともタナカと語り明かしたいです。何故帰ってこないです?」

「あとポテトチップスが食べたいです」



 顔の見えない精霊達が口々に言う。



「あ、えっと、捕まってしまいまして」

「捕まる? タナカは何かしたですか?」

「もしかして、ケンイチと同じで人妻でもやったですか?」



 俺の言葉に対して、精霊達はある意味相変わらずであった。



「いや、これはえん罪なんです! えっと、商人ギルドのギルド長である貴族にはめられまして」

「? とりあえずそいつをぶち殺せばいいですか?」

「即刻解決ー」



 精霊の言葉に、俺は思わず頷きそうになり、少し我に返った。



「あ、はい。いや、えっと……それは、不味いかも……」



 流石に殺人は不味い気がする。余計罪が重くなる可能性がある。



「どうして不味いですか?」



 精霊達の影が首をかしげている。



「いや、そんなことをすれば……ますます犯罪者として、追われる可能性が出てくるかもしれなくて……そうだ、それよりアンナさんがどこにいるか、分かりませんか?」



 俺は精霊達に、アンナさんの行方を尋ねることを思いついた。



「アンナって誰です?」



 一人の精霊がそう言った。

 なんと彼らはアンナさんの名前を覚えていないらしい。



「えっと、私を守ってくれていたダークエルフの女性です」

「おお、そうです! あのダークエルフはどこに行ったです?」

「こういう時のためにタナカのことを頼んだのに、使えない奴です」



 精霊達は口々に言った。



「それが分からないんですけれど、なんとか分かりませんか? それで私のこの窮状を今すぐに伝えて貰いたいんですけれど……」

「うーん、下位精霊達に人捜しは難しいです」

「精霊の加護でもかけていないと、人の識別がほぼできないゆえに」



 精霊達は難色を示した。



「そうですか……えっと、どうしましょう」



 時間がかかるというのは、俺にとっても看過できない問題である。

 人殺しは論外としても、いっそのこと建物を破壊して逃げてやろうか……。



「やっぱり、この建物を破壊して逃げるのが楽です」

「人殺しが嫌なら、殺さないように気をつけるです」

「でも、殺さなかったら人間はきっとどこまでも追ってくるです。あいつらは本当にしつこいです。だからやっぱり殺すです」

「でも殺したらだめだと……めんどうです」



 会議を始める精霊達。

 そのとき、一人の精霊の影がぽんと手を叩いた。



「そうだ。タナカの身代わりを用意していればばれないです」



 それに対して、他の精霊達は、なるほどー、と盛り上がっている。



「え、ちょっと待ってください。身代わりって何ですか?」

「それは実際にやってみた方が早いです」



 俺が尋ねると、一人の精霊がそう言った。

 そしてそれと同時に、横の鉄格子の窓から、大量の何かが部屋に流れ込んできた。



 目の前に飛び込んできたそれに、思わず腰を抜かしそうになる俺。

 外から流れ込んできたそれは俺の目の前で渦を巻いている。

 よく見てみると、それは土であった。



 流れ込んできた土が俺の目の前で混ざり合い、形をなしてゆく。

 そしてできあがったのは、なんと俺自身であった。



 暗闇の中、俺の目の前に、自分とうり二つの人間がいた。

 その人間は、ご丁寧に今の俺と同じ服を着ており、同じ腕輪をつけていた。



「ざっとこんなものです」



 精霊がそう言った。



「も、もしかして精霊さんが作ったんですか!?」

「そうです、こいつを見代わりにして逃げるです」



 頷く精霊。



「す、すごいです! どうやったんですか!?」

「どうやったって……魔法です。ナ〇トでも同じようなことやってるのがいたです?」



 驚く俺に対して、目の前の自分は冷静にそう言った。



「一応、一言だけ返事もできるようにしたです」

「コレハ、エンザイ。コレハ、エンザイ」



 俺の偽物は、まるで壊れかけのロボットのようにそう繰り返した。



「これで心置きなくタナカは逃げられるです」

「問題解決ー」

「あ、ありがとうございます」



 ちょっとだけ偽物の出来が心配になる。



「なんのなんの、お礼はハン〇ーハンターの蟻編の続きでいいです」

「あと、一緒に蟻編について語らうです」



 精霊達はそう言った。

 頷く俺。



「では、とりあえず、その腕輪をぶっ壊すですー」



 精霊はそう言った。



――翌日――



 その日の朝、光の精霊の力で姿を消してもらった俺は、騎士団の人が朝食を持ってきてくれた時を見計らい、部屋を抜け出した。



『タナカの家はあっちです』



 そして俺の体の中に入った精霊達に、道案内して貰いながら歩き出した。

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