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第一章のエピローグ

side サキ



 厨房の椅子に座る私は、料理をするお父さんの後姿を眺めていた。



 お父さんは今日も、タナカさんに言われた、マヨネーズにあう料理の研究を続けている。

 お父さんの振るう鍋からは、いい音と共に、マヨネーズと肉の混ざりあった香ばしい香りが漂ってくる。

 これが今日の晩御飯になるのだと思うと、今から待ちきれなかった。



 お父さんの言っていた通り、マヨネーズは本当に素晴らしい調味料だった。

 とっても味が濃厚で、野菜にもお肉にも合う。昨日の晩に食べた、お肉のマヨネーズ炒めも最高だった。

 これならきっとタナカさんも気にいってくれるに違いない。



「ねえ、お父さん今日の晩御飯はなぁに?」



 私は気になって、尋ねた。



「はは、できてからのお楽しみだ。でも、今日のはなかなかの自信作だぞ」



 お父さんは笑いながらそう言った。

 お父さんは数日前に孤児院を訪れてから、タナカさんを完全に信用しているみたいだった。

 こんなに楽しそうに料理をしているお父さんを、また見ることができるなんて。

 私はちょっとだけ、目頭が熱くなった。



「また、いつか時代が良くなったら、こんな料理を店でだしたいもんだ」



 お父さんがちょっと寂しそうに言う。

 食料が高騰したこの時代に、うちの店でこんな高い料理は売れないとお父さんは前に言っていた。



 確かに、その通りだと思う。

 私も、時代が良くなることを願った。



「お母さんにも、早く食べさせてあげたいね」

「……そうだな、もうすぐさ」



 私の言葉に、お父さんは深く頷いた。



 お母さんが帰ってくるまで、あと二週間。

 二週間後が待ち遠しかった。



「本当に、タナカさんに感謝だね」

「そうだな」



 私もお父さんの口から孤児院の院長に教えてもらったという話を聞いて、ようやく自分がいかに失礼な思い違いをしていたかということに気付いた。

 孤児院の出資を行い、孤児達に食料から衣服まで全て無償で与えているというタナカさん。とても優しく、清らかな心の持ち主に違いない。



 私はまだ見ぬタナカさんに、思いをはせた。



 side ミーヤ



 私はベッドに腰掛け、タナカさんから貰ったネックレスを眺めていた。



「きれい……」



 タナカさんがくれた、ハート形のきれいな宝石。

 眺めているだけで、体の奥底がぽかぽかしてくる。



 ネックレス。今日はあのクロエさんのせいで聞くことができなかったけれど、タナカさんはどういう意味でこれを私にくれたのだろう。

 男性が女性にネックレスを送る、それは一般的に告白を意味する。



 顔が熱くなる。

 私はネックレスを胸にだいて、ベッドに横になった。



(や、やっぱり、そう言うことなのかな……)



 それに確か、お金持ちの人とかが使用人などに送る時は、愛人になってほしいなどの意味をあらわすことがあるとも聞いたことがある。



(あ、愛人……)



 想像してみる。

 愛人として、タナカさんに優しくされている私……。



「~~!」



 私はベッドの上を転げ回った。



side アンナ



 弟の屋敷で夕食を食べた後、私は部屋で一人いつものように、精霊様への祈りをささげていた。

 両膝をついて聖なる書を朗読し、それから十字架を手に祈る。示された御言葉に感謝して、悔い改め、人々の救いを祈った。



 一時間ほど経ち、祈りを終えた私は立ち上がった。

 聖なる書と十字架をテーブルの上に置いた。



 それから、明日の事を思った。



(話し合いは明日になるか……弟は頭がいいからな、私とタナカ様の秘密について、勘繰られないように気をつけなければ……)



 私は密かに意気込んだ。



side マヤ



 それはいつものように私が商人ギルドの受付を行っていた時のことだった。

 商人ギルドの扉が開き、体中に余分な脂肪を身にまとった男が、一人の従者と共に現れた。

 副ギルド長の呼ぶところの、糞デブこと、ギルド長であった。



「ふひひひひ、久しぶりだのう、マヤ」



 糞デブは早くギルド長室に行けばいいのに、わざわざ回り込んで私の元までやってきた。



「お久しぶりです、ギルド長」



 私は背中に走る嫌悪感を必死に押し殺し、笑顔でギルド長に挨拶をした。



「めずらしいですね、ギルド長がギルドにやってくるなんて。何かあったんですか?」

「ふひっ、ちょっとな、いいことを思いついてな。だからはるばる来てやったのだ」



 私の皮肉にも、糞デブは全く気付いた様子はない。頭の中も魔物なみなのだろう。

 本当にこんな馬鹿でもギルド長になれて、おまけに仕事をしなくても誰からも文句を言われないのだから、貴族というのはうらやましい。



(何がはるばるやって来てやったよ。職場に来るのは当たり前でしょうが。それに館が北側にあるとはいえ、魔亀車を使ってるんだからそんなにかからないでしょうが)



「それはわざわざご苦労様です。副ギルド長なら奥にいますよ」



 こんな奴の相手など一秒もしていたくはない。なので私は副ギルド長に押し付けることにした。



「ん、別に副ギルド長に用はない。それより一つ聞きたいことがあってな」

「何ですか?」

「最近、商人ギルドに孤児院の運営を任されたであろう」



 糞デブはにやりと嫌らしい笑みを浮かべた。



「……ええ。確かに」

「では、孤児院に関する契約書はどこにある?」



 私はこの時点で、この糞デブが一つ勘違いをしていることに気付いた。しかし本当の事を言えば、孤児院を引き受けてくれたタナカさんに迷惑がかかるような気がした。



「……えっと、それをどうするおつもりですか?」

「ん? ふひひ、聞きたいか? 実はな最近、まだ色を知らない女子というものの魅力に気付いてな、だから孤児の女子どもにも、わしからの施しを授けてやろうと思ってな……」



 ギルド長の言葉に、私は背筋が凍った。



 この男のよくない噂は、過去に同僚から何度も聞いたことがあった。

 貴族であることを利用して、女性を無理やり自身の館につれこんでるなど。



(まさか、それだけでは飽き足らず、今度は孤児院の幼い子供にまで手に掛けようとするなんて。どこまで腐ってるの……)



 私はギルド長に気付かれまいと、必死に自分の感情を押し殺した。



「……それで、孤児院に関する契約書はどこにある?」



 ギルド長が、再度問うてきた。



side エルダ



 それは私が孤児院の支出入の帳簿を、いつもの席でつけていた時のことだった。

 何やら外から穏やかでない様子の声が聞こえてきて、私は顔をあげて耳をすませた。



 何やら小屋の外で、男性と女性が言い争っているのが聞こえる。

 女性の方はおそらくうちの先生の誰かだろうけれど、男性の声は荒々しく聞き覚えはなかった。



 何やらもめ事の予感を感じた私は席を立ち、扉の方へと足を向けた。

 扉越しに聞こえる男性の声は、明らかに激昂している。「ここの経営者をだせ!」と怒鳴る声が聞こえてきた。



(やはり、何やら面倒事のようですね)



 私はそのように確信した。

 そして院長として対処すべく、扉を開いて表に姿を現した。



「何かご用でしょうか?」



 玄関先にいたのは、女性の先生一人をとり囲む五人の人相の悪い男たちであった。

 彼等は皆ぼろぼろの身なりをしており、水浴びもしていないのか臭いもする。



「エルダ院長……」



そんな男たちに囲まれた彼女は、すがるような表情で私の方を見た。



「あんたが、ここの院長か」



 男たちの目線が私に集中する。

 彼らの表情からは、何があっても敵対してやるというような、嫌な決意がにじみ出ていた。

 


「そうです。院長のエルダといいます。それと先生は、ここは私に任せていつもの仕事に戻ってください」



 私はとりあえず、むさ苦しい男たちから女性の先生を逃がしてあげた。

 幸運なことに男たちは私に標的を変えたようで、立ち去る彼女には注意を払わなかった。



「それで皆さまは、私に何のご用でしょうか?」



 ちらりと男たちの後ろに注意を向けると、そこには遠巻きにこちらを見つめる孤児達の姿がある。

 あまり子供達の前で、口汚い大人の姿は見せたくはない。



「あんたら、この前炊き出しをやっていたよな?」



 男のうちの一人が不躾に言ってきた。



「はい、おこないましたが」



 男の言うとおり、タナカ様の許可を得て私達は先日炊き出しを行った。



「なんで、孤児院にそんな余裕がある。国から金が出ているのか」

「いえ、そうではありません。出資者がいらっしゃるだけです」



 答える私。

 私は男たちが何を言わんとしているのか、何を憤っているのかその理由に察しがついた。



「嘘をつけ、お前らは国と一緒になって、市民から不当な金を奪っているんだ!」

「俺たち冒険者に入るべき金を、お前らが奪っている!」

「そもそも薄汚い孤児達が恵まれているなんて、間違っているんだよ!」



 案の定、男たちは唾を飛ばしながらわめき散らしてきた。



 頭が痛くなってきた。



side 優治



 ある日の夜。



「優ちゃん、ごはんもうできるよー、机の上のもの片付けてー」

「はーい」



 カウンター越しの美由希の合図により、リビングの机で仕事をしていた俺は、ノートパソコンの電源を落として、閉じた。



 ふと横を見ると、私服の上から前掛けをつけた美由希が、コンロの前でフライパンの中身を菜箸で転がしている。

 甘辛い匂いが食欲をそそった。確か今日はチンジャオロースと言っていた。



 俺は席を立ち、ノートパソコンをテレビ台の横に移動させた。

 それからその足で、キッチンまでゆき、食器棚から二人分のコップをとりだした。続いて、下の引き出しから箸をとりだそうと、引き出しをひいた時、俺のお尻が美由希のおしりと軽く接触した。



 俺は箸をとりだしてから、美由希の方を振り向いた。

 美由希はフライパンを手に持ち、チンジャオロースを二つの皿に盛り付けている。

 俺はコップと箸を流しの横に置き、それから美由希の後ろからそっとくっついた。



 やっぱり、美由希の背中はいつまでもくっついていたくなる。



「やべぇ、すごいいい匂い、ちょうおいしそう」

「もう、なんでくっつくの」



 美由希は笑いながも、作業を進めてゆく。

 盛り付けを終えてフライパンを置き、それから鍋に入った豚汁を容器に盛り付け始めた。



「ほら、優ちゃん、用意して」

「はーい」



 俺は名残惜しく思いながらも、美由希の背中から離れた。

 それからコップと箸や、サラダや豚汁の容器などを順々にテーブルに並べていく。



 それから炊飯器から茶碗に自分の分のご飯をよそった。今日はたきたてのご飯の日である。



「「いただきます」」



 美由希がメインディッシュの皿を机に並べた後、俺達は二人席について、手を合わせた。

 俺は早速、チンジャオロースを一口、箸でつかみ、口に運んだ。

 甘辛いたれと、肉のジューシーさが口に広がる。そこでたきたての白飯を追加で口に運ぶと、もう最高だった。



「やばい、すごいおいしい」

「ふふ、ありがと」



 美由希もそう言って、チンジャオロースを口に運んだ。



「そういえば、さっきはパソコンで何書いてたの?」

「ん? ああ、ミーヤちゃんの動画がさ、また新しいのがでてて、それの記事を書いてた」

「あ、また新しいの出てたんだ、どんな動画なの?」



 美由希は興味深そうにそう言った。



「それがすごいんだよ! なんとさ、猫耳少女の次は、ダークエルフのお姉様が出てきてさ、そのクオリティーがやばいんだよ!」

「へー、私も見たい! 後で見せて!」

「ああ、それで動画の内容なんだけどさ、魔法みたいなのをミーヤちゃんが使ってる動画で……」



 俺が興奮気味に動画の概要を説明すると、美由希は目を輝かせていた。

 夕食はそんな感じで、楽しく過ぎていった。

 ちなみに俺は、チンジャオロースがおいしすぎて、ご飯を二杯もおかわりしてしまった。



 食事の後、美由希が皿洗いやアイロンをしてくれている間に、俺は風呂を済ませ、その後ノートパソコンを持って寝室に入った。

 そして二人用のベッドにうつ伏せに寝そべり、ノートパソコンの電源を立ち上げ、本日三つめの記事の編集を再開した。



 しばらくすると、寝室のドアが開く音がした。

 顔だけで振り向くとそこには、パジャマ姿の美由希がいた。風呂上がりで血行の良くなった肌は、ほんのりピンク色だった。



「えやっ!」



 美由希がそう言って、うつ伏せになった俺の上にのしかかってきた。

 肌に触れる美由希の髪からシャンプーのにおいがした。



 俺は抵抗して、自分の体を左右にゆすった。



「きゃぁ!」



 美由希の体がコテンと、横に転がる。

 俺の方に体を向け、楽しそうに笑っている美由希。

 おかえしとばかりに、今度は俺が美由希のことを抱きしめてやった。



「うー」



 俺の胸に顔をうずめ、更にすりすりと顔をこすりつけてくる美由希。そして足をじたばたさせ、なんとか俺のマウントをとろうとしている。



 俺がわざと仰向けになると、美由希はまんまと俺の上にまたがった。

 そしてしてやったり、という顔を浮かべる。



 その時、ふと美由希がノートパソコンの方に目をやった。



「あ、そうだ。優ちゃん、ミーヤちゃんの動画を見よう! 動画!」



 美由希はそう言って、すばやく俺の上からどいてしまった。



「ん、おっけー」



 俺は残念に思いながらも、もう一度うつ伏せになり、ノートパソコンに向き合った。

 そして自身のホームページのリンクから、ミーヤちゃんとダークエルフの動画へと跳んだ。

 動画のページが開き、再生ボタンを押すと動画が流れ始めた。



 食い入るように、動画を見つめる美由希。



「え、すごい! これどうやっているんだろう!?」



 ミーヤちゃんとダークエルフが画面の中で戦っているのを見て、美由希は感嘆していた。

 その横顔はとてもきらきらと輝いていて、いつまでも見ていられそうだった。



(幸せだなぁ……)



 しみじみとそんなことを思いながら、俺も美由希と一緒に動画を楽しむのであった。


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