クロエとの決闘 side ミーヤ
孤児院の子供達数名と一緒に、タナカさんの家に仕事の部品を受け取りに行った帰り道の途中、荷物を抱えて歩いていた私は遠くからの視線を感じた。
私は立ち止まり、視線を感じた方向を向いた。
表通りからそれた細い路地、その奥にがりがりにやせ細った少年二人がいた。少年達は薄汚れた顔で、光の当たらない道奥から、ただじっと私を見ていた。
きっと孤児院に入れなかった子供達だろう。
タナカさんが孤児院を再建して、表通りには浮浪する子供はあまり見なくなった。でも……。
「どうしたの、ミーヤちゃん?」
そのとき、同じく荷物を抱えたエマちゃんが振り返って、話し掛けてきてくれた。
「ううん、なんでもない」
私は少年達から目をそらして、エマちゃんと一緒に歩き始めた。
少しして、私達は孤児院にたどり着いた。
「あ、魔法使いのお姉ちゃんだ!」
「本当だ! ねえねえ、昨日のゴーレムをやっつけた、すっごい魔法見せて!」
孤児院の敷地に入るや否や、私はたくさんの小さな子供たちに囲まれた。
エマちゃんと一緒に部品の入った箱を抱えていた私は、身動きが取れなくなり、苦笑いを浮かべた。
「えっと、ごめんなさい。あれは私が使った魔法じゃないの」
昨日、私はこの孤児院の庭でゴーレム相手に炎の魔法を使う真似をした。
タナカさんから動画の撮影とやらのために、やってほしいと頼まれたからである。
でも、私にあんな魔法は使えない。あれはきっと、タナカさんの力である。
「えー、嘘だ―。僕、お姉ちゃんが魔法使ってるところ見たよ!」
「僕も見たよ!」
「そうだよ、ねえ、見せて見せて!」
子供たちは遠慮がない。見せて見せてと、せがんでくる。
どうしようと困ってエマちゃんの顔を見ると、エマちゃんも同じように困った顔をしていた。
そのとき、同じく箱を抱えて前を歩いていたリュウ君が立ち止り、私たちのほうを振り向いた。
「何やっているんだ、お前ら。今はタナカさんから受け取った大事な仕事を運んでいるんだ。邪魔するな」
リュウ君は憮然とした表情で子供達に向かってそう言った。
すると私たちにまとわりついていた子供たちは、唇をとがらせながらも、素直に従って離れてくれた。
「ありがとう、リュウくん」
「ありがとう」
「別に……」
私とエマちゃんがお礼を言うと、彼はそっけないくそう言ってまた歩き出した。
孤児院に来るたび何度か会って話しているけれど、リュウ君はいつもあんな感じでそっけない。でもタナカさんにきちんとお礼を言っていたから、いい子だというのは知っている。
「行こっか」
「うん」
エマちゃんに促され、私たちは一緒にまた歩き始める。
それから孤児院の建物に入り、ある教室に入った。机も椅子もないその部屋には、大人の先生が一人と、リュウ君も含めてたくさんの孤児院の子供たちが集まっていた。
リュウ君や多くの子供は、タナカさんから預かった箱を囲むようにして、いくつかのグループに分かれて座っている。
私とエマちゃんは教室の適当なところで、箱を床に置いた。
それを見て十名ほどの子供たちが、そばに寄ってきて、箱を囲んで床に座った。
私とエマちゃんも座る。
「はい、これでタナカさんから頂いた仕事は全てですね」
先生が、私たちに尋ねる。
私やエマちゃん、そしてリュウ君は頷いた。
「では前回と同じように、仕事に取り掛かってください」
先生の言葉で、各々が動き出した。
私のグループも、まず部品を配る係の子供が部品を一つ一つ皆に手渡しにしてゆく。
そして部品を受け取った子供たちは、一人でそれを完成させてゆく。
初めてで作り方が分からない子などは、私やエマちゃんなど、もうすでに作り方を覚えた子が教える。
そして完成された品は、また別の子が点検して箱に入れる。
そんな感じで動き始めた。
先生が前で監督していることもあり、子供たちはみな黙々と作業を続けた。
初めは、作り方を実践して教えていた私やエマちゃんだったけれど、十分ほど経てば皆自分で簡単に作れるようになってしまった。
なので、途中からは、自分たちも部品を作ってゆく。
一時間ほど経った頃、先生の掛け声で午前の仕事は終わりとなった。
昼食の時間となり、子供たちは各々の部屋へと戻ってゆく。
私とエマちゃんも一緒に立ち上がった。
「ミーヤちゃんは、今日もタナカさんの所にお仕事に行くの?」
「うん」
エマちゃんの言葉に、私は頷いた。
「そっか……頑張ってね」
エマちゃんはそう言って儚げな笑顔を浮かべた。
私は頷き、そして廊下に出てエマちゃんと別れた。
教室に向かう皆と逆に歩いていると、入口付近で後ろから声をかけられた。
「ミーヤちゃん」
名前を呼ばれたので立ち止まって振り返ると、後ろから三人の女子がかけよってきていた。
顔を見ても……全員、話した覚えもない子である。
その彼女達は笑顔を浮かべて傍までやっていて、私をとりかこんだ。
「初めまして、私はマリンっていうの。よろしくね」
真ん中の一番大人びた子が、そう言った。
私が戸惑いながらも挨拶を返すと、他の二人も私に自己紹介をしてきた。
三人とも私よりも背が高く、お姉さんっぽく見える。しかし、三人のその笑った目元が、私に胸騒ぎを覚えさせた。
「急に話しかけてごめんね、ミーヤちゃん」
真ん中の子が、そう言った。
私は、いいえと首を横に振る。
「今からどこに行くの?」
再び真ん中の子が言う。
「……えっと、今から仕事に」
「そうなんだ。うらやましいなぁ、仕事があって」
「……」
「確か、孤児院にお金を出してくれているタナカさんっていう人の所で働いているんだよね。すごくタナカさんって優しそうで、素敵よね」
彼女達は、そう言って口々にタナカさんを持ち上げる。
「私も、そんなタナカさんのもとで働きたいなぁ……」
一人の子が、呟くようにそう言った。
そして三人の間で、そうよねーと言いながら、頷きあっている。
私は何も答えない。
すると真ん中の子が、あたかも今思いつきましたと言わんばかりに手を叩いて、それから口を開いた。
「そうだ、ねぇミーヤちゃん。私達をタナカさんにそれとなく紹介してくれない?」
私よりも大きな三人の女子の瞳が、私を射抜く。
「お願い。私達、孤児院を退所するまであと二年しかないの。だから、それまでにどうしても仕事を見つけないといけないんだけれどまだ上手く見つけれてなくて……」
お願い、そう言って彼女は手を合わせた。
「……えっと、でも、私もタナカさんに雇われている身だから、そんなこと言える立場にないし……」
私は俯きながら、なんとかそう言った。
私は必死に断る方法を模索していた。
しかし三人は、私の気持ちなどお構いなしいに踏み込んでくる。
「いいじゃない、一言聞いてみるくらい。ね、お願い。今孤児院でやっているあの部品を組み立てる仕事も、私すごく得意なのよ。だからあの仕事を私達に任せてくれれば……」
「おい」
その時だった。女子たちの後ろから、男の子の声がした。
女子三人が振り返るのと同じく、私もその声のもち主に目をやった。
女子の後ろに立っていたのは、リュウ君だった。
「何を話してるんだ」
リュウ君は鋭い目つきで、真ん中の女子をじっと見やる。
「……別に、私達はミーヤちゃんとお友達になってただけだから」
真ん中の女子が正面から言い返す。
リュウ君と女子三人の間に、張り詰めた空気が流れた。
「……昼食だから、はやく教室に戻れって先生が言ってたぞ」
リュウ君はぼそりとそう言った。
それを聞いて、女子たちは互いに顔を見合わせて、それから足早に教室に去っていってくれた。
私はほっとした。
「ありがとう、リュウ君」
「別に」
私のお礼に対して、リュウ君は相変わらずのぶっきらぼうさだった。
体を翻すリュウ君。
そのまま何も言わずに来た道を戻るのかなと思ったけれど、リュウ君は肩越しにちらりとこちらを見やった。
「……ちょっと聞こえたんだけど、別にあいつらのこと、タナカさんに紹介しなくてもいいからな」
リュウ君はそう言った。
リュウ君の口からそんな言葉が出るとは思わなくて、ちょっと驚いた。
「……でも、皆仕事を探すのに必死なんでしょ?」
孤児院には当然年齢制限がある。だからある程度大きくなった子供は、職を探さなければならない。それを否定するようなことを、同じ孤児のリュウ君が言うとは思わなかった。
「……エルダ先生が言ったんだ。タナカさんは私達や皆さん孤児全員の雇主なんだって。だから、抜け駆けして僕らがタナカさんに個人的に雇ってくれるように頼むのは駄目だって。……だからあいつらは、こうやってこそこそ頼みに来たんだ」
「そうだったんだ……」
エルダさんがそんなことを言っていたなんて、今まで知らなかった。
「それに」
リュウ君は続ける。
「職を探すのが大変なのは別に俺達だけじゃない。むしろ、俺達は毎日の食事があるだけですごく恵まれてる」
リュウ君はそれだけ言ってから前を向いた。
「だから、タナカさんには言わなくていいからな」
リュウ君はそう言って走り去っていった。
それから私は孤児院を出て、タナカさんの家に向かった。
向かう途中、街道を歩く私の胸中には、先ほどの女子三人との出来事がよみがえっていた。
彼女達が私に自分達をタナカさんに紹介してほしいと頼んできた時、私の胸の中はタナカさんをとられてしまうかもしれないという恐怖と、拒絶の気持ちで埋め尽くされていた。
(私って嫌な女だなぁ……)
タナカさんの役に立っている、その自信がないから、自分の立場を奪いそうな彼女達を拒絶した。とても卑怯な女だと自分で思う。
……でも、分かっていても、気持ちは自分ですら止められない。
そんな醜い感情がますます激しさを増してきたのは、アンナさんがタナカさんの元にやってきてからだった。
ダークエルフのアンナさん。
貴族でお金持ちで、おまけに元騎士団に所属していたという全てを兼ね備えたお嬢様。
性格も……ちょっとわがままな部分はあるけれど、とてもよい人である。
そんな完璧なアンナさんが、タナカさんの護衛を務めているのである。
(貴族の人の護衛がいるなんて、やっぱりタナカさんってすごい人なんだな……)
しみじみと、そう思った。
それに加えて、アンナさんがいれば私なんて必要ないのではとも思ってしまう。
(街の案内も、私なんかよりアンナさんに任せた方がいいのかな……)
アンナさんはお金持ちだから、自前の魔亀車も持っている。それに貴族だから、私では入れないような高貴な人専用のお店にも出入りできるだろう。
(それに、動画の撮影も私なんかより、きれいなアンナさんの方がタナカさんも嬉しいんじゃ……)
私は自分の胸元を見下ろした。そしてアンナさんのたわわな胸元と、自分のを比較して思わずため息が出そうになった。
気分がどこまでも沈んでゆく。
(……って、だめだめ。これからタナカさんの元に仕事に行くのに!)
こんな気分で、こんな暗い顔をしていては駄目だと、自分に言い聞かせる。
表情を一度引き締めた。
(私、頑張って役に立たなきゃ)
確か今日から数日、アンナさんは宮殿の方に出かけて不在のはず。
(タナカさんに街を案内して、それから料理店の方も、またサキちゃんにお願いして働かせてもらおう!)
タナカさんがサキちゃんのお店を復活させれば、そこでウェイトレスとして働くことで、サキちゃんと一緒にタナカさんの役に立てる。
そんな幸せな未来予想図を頭に思い描いていた私だったけれど、不意に前日のある出来事のことを思い出した。
(そうだ、サキちゃんのお父さん……)
昨日孤児院で出会った、サキちゃんのお父さんのオリバーさん。オリバーさんがタナカさんに言った言葉が脳裏をよぎった。
許せないことに、オリバーさんはタナカさんのことを、店の再建の代わりに娘を愛人として人質にとるような人だと思っていたというのである。
幸いにも誤解は解け、タナカさんもオリバーさんを許してくれたみたいだけれど、ちょっと信じられない。
(もうっ、今度会ったらタナカさんはそんな人じゃないって、もう一度サキちゃんに言わなくちゃ)
オリバーさんがそのような早とちりをした理由は、サキちゃんから何か話を聞かされたかららしい。
本当にサキちゃんは昔から思い込みが激しい。
(私の事も、タナカさんの愛人なんじゃないかって……)
前にサキちゃんからそう言われた時の事を思い出す。
それから、タナカさんの優しい顔を思い出した。
とたんに自分の顔が熱を持ってゆくのが分かった。
(タ、タナカさんとはそういう関係じゃないの。それに私なんか、小さいし、きっと相手にされない!)
歩きながらも顔を伏せて、私は誰にともなく否定を続けていた。
アンナさんと違って胸とかも大きくないし、身長も小さな私が相手にされるわけない。
私はそう思っていた。
それからしばらくして、私はタナカさんの家についた。
扉をノックして少し待つと、タナカさんが出てきてくれる。
相変わらずこんな私に対しても腰が低くて優しいタナカさん。扉を支える腕に付けたブレスレットが、とても嬉しかった。
それからタナカさんと一緒に昼食を御馳走になった。
今日の料理も、本当においしかった。こんなおいしい料理を作れるなんて、本当にタナカさんはすごい。
私はそう思った。
そして食後。
おいしいものを食べた後の幸せな気分に私が浸っていた時、前に座っていたタナカさんが立ち上がった。
「あの、ミーヤさん。ちょっといいですか」
「はい、何でしょう」
タナカさんの表情に真剣なものを感じた私は、慌てて居住まいを正した。
タナカさんがテーブルの横の棚の上にある真っ黒な置物の裏から紙袋をとりだしてきて、それをテーブルの上に置いた。
タナカさんの視線は紙袋の中一点に注がれている。一体中に何が入っているのだろう。
「いや、あの、この前このブレスレットを貰ったじゃないですか。だからというか、貰いっぱなしはよくないなと思いまして、いやだから、それでお返しとか」
タナカさんはそう言いながら、紙袋の中から銀色のケースをとりだした。そして、お返しのプレゼントですと言いながら、その銀色のケースを私に差し出してくれた。
それは私にとって、全く思いもしないことだった。
だってあのブレスレットは、いつもお世話になっているタナカさんに少しでも恩返しがしたいと思って、そのつもりで渡したものだったのである。
でも、私のためにタナカさんがプレゼントを用意してくれた、それだけで私は嬉しくて跳びあがってしまいそうだった。
「こ、これを私にですか?」
私は自然と、ケースに手を伸ばしていた。
ケースもとてもきれいだけれど、一体中に何が入っているのだろう。
「はい、もちろん」
タナカさんが頷く。
「開けてみてもいいですか?」
私ははやる気持ちを抑えきれなかった。
「どうぞ」
タナカさんの言葉を聞いて、私はケースの開閉部分に手をそえる。
そしてゆっくりと蓋を開いた。
まず目に飛び込んできたのは、とても美しいハート型の宝石だった。ピンク色の宝石は、銀色の細い鎖の中央で輝いている。
それは、ネックレスだった。
私は、予想だにしていなかったプレゼントに、思考が停止してしまった。
一瞬自分の目を疑ってしまい、もう一度鎖の長さを確認する。
どうみてもブレスレットとかではなく……やっぱりネックレスである。
「こ、これってネックレスですか?」
浮足立つ心。心臓がばくばく言い始めた。
私は自分の目に映るものが信じられず、思わずタナカさんに尋ねていた。
だって、男性が女性にネックレスを送るということはすなわち……。
「え、あ、はい」
タナカさんの肯定の言葉が、はっきりと耳に届いた。
その言葉が、私の心の奥までしみ込んでゆく。
信じられない。
私はネックレスの入ったケースを胸に抱いた。
ネックレス越しに、早鐘のような子鼓動が聞こえる。でも嫌じゃない。とても嬉しい。
タナカさんに求められている。その嬉しさだけで、胸がはちきれそうだった。
顔を上げる。
タナカさんがこちらを見つめていた。
「すごく、嬉しいです……」
私のこの幸せな気持ちを、少しでもタナカさんに伝えたかった。
そんな私に対して、タナカさんが何か言おうと口を開く。
丁度その時、外から女性の叫び声が聞こえてきた。




