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クロエとの決闘

 孤児院でミーヤとアンナさんのコスプレ動画撮影を行った日の翌日の昼、俺はミーヤと二人きりで部屋で昼食を食べていた。ちなみに本日はアンナさんは弟に会いに宮殿に出向いているので、ここには不在である。



(すなわち、ネックレスを渡すチャンス……)



 俺はフォークで器用にご飯を食べるミーヤを見て、それから横のテレビを見た。

 テレビの裏に、ネックレスの入った袋を置いている。ちなみにプリンはこりたのでもう買っていない。



 そして食後。



(今だ!)



 俺はミーヤが昼食を食べ終えて一服着いた瞬間を見計らい、立ちあがった。



「あの、ミーヤさん。ちょっといいですか」

「はい、何でしょう」



 眼を瞬かせて俺を見つめるミーヤ。

 俺はテレビの裏にある袋を手に取り、テーブルの上に置いた。



「いや、あの、この前このブレスレットを貰ったじゃないですか。だからというか、貰いっぱなしはよくないなと思いまして、いやだから、それでお返しとか」



 俺は中からネックレスの入ったケースをとりだした。

 そして目を丸くしているミーヤに対して、そのケースを差し出した。



「これ、お返しのプレゼントです」



 差し出されたケースを見つめて固まるミーヤ。

 しかし次の瞬間、嬉しそうに笑った。



「こ、これを私にですか?」



 そう言ってケースを受け取ってくれるミーヤ。



「はい、もちろん」



 俺は何でもない風を必死に装う。



「開けてみてもいいですか?」

「どうぞ」



 俺からの許可を得て、ミーヤはそのケースをゆっくりと開いた。

 そして、中に入ったハート形のネックレスを見て、笑顔が固まった。



「こ、これってネックレスですか?」



 ミーヤはネックレスを見つめたまま、俺に尋ねてきた。その顔は少し動揺しているようにも見える。



「え、あ、はい」



 もしかしてネックレスを渡したのは失敗だったかと、内心でビビる俺。



 すると、ミーヤがケースを胸に抱きしめて、顔をゆっくりと上げた。

 俺を見るその顔は紅潮し、目は涙でうるんでいた。



「すごく、嬉しいです……」



 ミーヤはゆっくりとそう言った。



(よかった……)



 ほっとする俺。

 そしてミーヤに言葉をかけようとしたその時、いきなり異世界の扉の外から叫び声が聞こえてきた。



「タナカ! いるのは分かっているのよ。でてきなさい!」



 女性の声である。その金切り声の他に、数名の「おやめ下さい!」、「駄目です!」のような誰かを諌める声も聞こえてくる。



 ミーヤが目を大きくして、俺の顔を見た。

 俺もミーヤを見て、それから扉の方を見る。



「タナカ! いるのは分かっているわよ!」



 玄関先のでの騒音はやむ気配はない。

 このうるさい声に、俺は聞き覚えがあった。



「タナカさん、大丈夫ですか?」



 ミーヤが心配そうに尋ねてくる。

 俺はそんなミーヤに対して、大丈夫と答えた。



「この卑怯者!」



 声が響いてくる。

 あまりこれ以上叫ばれては、近所の人達に何事かと疑われてしまう。

 しかたないが、出るしかなさそうであった。


 

 俺は立ち上がり、異世界の扉の方へと歩いた。気が重い。

 扉を開くと、やはりというかそこにいたのは想像通りの人物であった。



 玄関先に、黒い闇を体中にまとったダークエルフの少女が一人立っていた。

 彼女は確か、昨日孤児院に向かう途中で出会ったアンナさんの妹である。



(確か名前は……そうだ、クロエ)



 そのクロエの行く手を、アンナさんが不在の間俺の護衛をしてくれることになったダークエルフの女性達がふさいでいる。

 クロエと護衛の彼女達が俺に気づき、視線がこちらに集中した。



「タナカ……」

「タナカ様!」

「タナカ様!」


 

 クロエが纏っていた闇が消えた。

 クロエは俺を親の仇でも見るかのように睨んでいる。昨日の出来事からも、彼女の怒りの理由は予想がついた。おそらく姉をとった俺が許せないのだろう。



「あ、彼女は……」



 俺の後に続いて部屋から出てきたミーヤがクロエを見て呟いた。ミーヤも彼女が昨日で会った人だということに気付いたのだろう。



「タナカ様、申し訳ございません彼女は……」

「タナカ、よくものこのこ出てきたわね」



 護衛の女性が俺に状況の説明をしようとしたとき、クロエが不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 君が出て来いって言ったんだろうが、と突っ込みそうになる俺。



「あの、何の用ですか」



 理由の予想はつくけれど、俺は尋ねた。



「決まっているでしょ! お姉さまを返しなさい!」



 案の定、クロエはそう叫んだ。

 返せと言われても、俺としては困る。



「申し訳ございません、タナカ様。彼女はアンナ様の妹のクロエ様でして、彼女はどうやらタナカ様について少し誤解をなされているようでして……」

「誤解ですって! そんなわけないじゃない。タナカ! あんたがあの時、お姉さまを家に閉じ込めて、精神を操ったんだわ! そうじゃなきゃ、あの気高きお姉さまが、こんな変な顔の男になびくわけなんてないもの!」



 クロエはそう言って俺を指さした。

 変な男と言われて、俺はちょっと傷ついたし、ちょっと腹が立った。



「いや、私は何もしてませんよ」

「嘘をおっしゃい! 絶対に、何かお姉さまによからうことを、この、これだから男はけがらわしい!」



 癇癪をおこした子供のようなクロエ。対して、護衛の女性達がそれを咎めた。



「クロエ様! アンナ様の大切な御客人であらせられるタナカ様に向かって失礼ですよ!」



 しかし、クロエはそれを歯牙にもかけない。



「客人ですって!? そんなのこいつがお姉様に無理やり言わしてるだけよ。それにただの客人だっていうなら、自分の部下を護衛に付けるなんておかしいじゃない」

「そ、それは……」



 クロエに言われて、言葉に詰まる護衛の女性達。

 どやら彼女も自分達の主人であるアンナさんが、俺のような男につき従っていることに何か思う所はあるようだった。



「私達はアンナ様の忠実な部下です。アンナさまに精神異常が確認されない以上、私達はアンナ様にどこまでもつき従うまでです」



 護衛の女性達はそう言った。



「違うわ! アンナお姉様をもう一度きちんと検査すれば、この汚らわしい男がなにかした証拠はきっと見つかるはず!」



 対してどうしても俺を悪者にしたいらしいクロエ。

 と、その時、クロエと護衛の女性の言い争いの間に、新たな声が加わった。



「あの、何なんですかさっきから、タナカさんはきたなくなんてありません!」



 突然叫んだのはミーヤだった。ミーヤは頬を膨らませて、怒っていた。



「はっ、お子様は黙っていなさい」



 ミーヤを見て鼻で笑うクロエ。



「貴方だって見た目、そんなに変わらないじゃないですか!」

「失礼ね、私はもう立派な十四歳よ!」



 睨みあう二人。

 十四歳は立派な子供だと思う。



「とにかく、クロエ様はお家に戻ってください。アンナ様から、こちらには来てはいけないときつく言われているはずです」



 子供を叱るように、そう言った護衛の女性。



「嫌よ。それに隠したって無駄よ。今日はお姉さまがお兄様の屋敷に出向いていていないことは、知っているんだから」



 余裕たっぷりに笑みを浮かべるクロエ。



「……では、騎士団に来てもらいますよ」

「やってみなさいな、私は貴族よ。彼らが私に手を出せるわけがないわ」



 護衛の言葉にも、余裕を崩さないクロエ。


 

「とにかく、お姉さまがいない千載一遇のこのチャンスを私は逃すわけにはまいりません! さあ、さっさとお姉さまを開放しなさい、タナカ!」



 そう言ってクロエは俺をびしっと指さした。



 指をさされて、俺は口ごもった。

 そして、首を横に振った。



「それは、無理ですよ」

「なっ!」



 驚くクロエ。



「というか、そういうことはアンナさん本人から了承を得てください」



 もしアンナさんが戻りたいというのなら、残念だけれど了承せざるを得ない。しかし妹とはいえ、他人から指図されたからというのは、少し違うだろう。



 クロエは俺の事を睨んでいる。



「何も知らない癖に……。そうやって口先を回してお姉さまも騙したのね、この卑怯者! 変態、アホ!」



(ガキかよ……いや、実際そうか)



 俺はクロエに罵倒されてそう思った。



「でも、私は騙されませんわよ! タナカ! 私はお姉さまをかけて貴方に決闘を申し込むわ! 剣も魔法も全てありの、真剣勝負よ!」



 クロエが急にそんなことを言い出した。

 俺や他の人達が驚いたのは言うまでもない。



「何を言っているのですかクロエ様!」

「うるさい、うるさい、うるさい!」



 護衛に対して声を上げるクロエ。

 お前は電撃○庫のツンデレヒロインか。



「タナカ、私とお姉さまをかけて決闘なさい。私が勝ったらお姉さまにかけた洗脳を解きなさい、いいわね!」

「いやいやいや、無理ですよ……」



 俺はクロエの言葉に対して、首を横に振った。

 俺が戦えるわけなど……いや、精霊の力を借りれば勝てるような気はする。

 しかし、それにしたって命をかけるようなことはしたくない。



「は!? いいから私と決闘しなさいよ、この腰ぬけ!」

「なんてこと言うんですか! タナカさんは腰抜けなんかじゃありません! 貴方がむちゃくちゃなんです!」



 今度は腰ぬけと、クロエに言われた。

 少しずつ、俺の中で苛立ちのレベルが上がってきた。

 そして、ありがとうミーヤ。俺のために、言い返してくれて。



 再び駄々をこね始めるクロエ。

 俺ももう一度断ろうとしたその時、耳の奥から声が聞こえてきた。



『タナカ、勝負を受けるです』



 俺は急に聞こえてきた声に驚き、あたりを見渡した。



『タナカ。僕です。精霊です』



 声の主は精霊と名乗った。

 下を見るけれど、床に精霊の姿はない。



『タナカにだけ聞こえる声で話しかけているです』



 そんなこともできるのか精霊は。



『たまたまタナカの家に来て、状況は見させてもらったです。……タナカ、決闘を受けてはどうです』



(え、いやですよ……)



 俺は心のうちで否定した。



『聞くです、タナカ。ここで決闘を受けないと、この小娘はきっとこれからますますタナカにつきまとうです。だから今ここで決闘を受けて、約束させるです。二度と目の前に現れるなと。そうすればいいです』



 確かに、その通りかもしれないと俺は思った。

 今ここで決闘から逃げれば、またこうして俺の前に現れるかもしれない。



『大丈夫です。僕達が手を貸すので、絶対に勝てるです』



 確かに、精霊が力を貸してくれたら負けない気がする。



『別に、お礼なんて、ハンターハン○ーの蟻編の漫画を読ましてくれるだけで十分です』



 それが目的か。



 言い合いをしている、クロエと護衛の女性達。

 俺は悩んで……決めた。



「分かりました。その決闘、受けましょう」



 俺はそう言って、頷いた。



 すると驚いたミーヤと護衛の女性に対して、クロエは不敵な笑みを浮かべてそう言った。



「言ったわね、取り消しはもうできないわよ」



 再び頷く俺。



「タ、タナカ様! お考え直しください!」



 護衛の女性が慌てた様子で俺に語りかける。



「クロエ様は、シューベルト家のご令嬢で、魔法も剣もその才能はダークエルフの中でも随一です。ですから……」



 俺では勝ち目がない。護衛の女性の目はそう物語っていた。

 俺は、首を横に振った。



「大丈夫ですよ……。その代り、クロエさん。この勝負に私が勝てば二度と私の前に現れないと約束してくれますか?」

「上等よ。シューベルト家の令嬢として、名誉をかけて誓ってやるわ」



 クロエはそう言った。

 


「ついてきて、場所を変えましょう」



 身をひるがえして、歩いてゆくクロエ。

 俺達はその後に続いた。



「タ、タナカさん、大丈夫なんですか?」



 横を歩くミーヤが心配そうに、俺の顔を見上げる。

 大丈夫だと思うけれど、喧嘩すらほとんどしたことのない小心者としては、胃が重い。



『大丈夫です、僕達がついているです』



 精霊の言葉を信じるよりほかはなかった。



 それから魔亀車に乗り、クロエに連れてこられたのは、なんと街の外であった。

 壁外の外には田畑や住居区が広がり、そこを抜ければ一面の草原と、その奥に大きな森が見えた。



 魔亀車は道を外れて、草原のど真ん中で停車した。

 魔亀車から下りる俺とクロエと護衛の女性のうちの一人。

 他の人達は魔法に巻き込まれると危ないからという理由で、勝負の間は遠くに避難してもらうことになっている。



「ここなら見晴らしもいいし、誰にも迷惑はかからないでしょう」



 俺の前で、クロエは辺りを見渡してそう言っている。



「タナカさん」



 ミーヤの声が聞こえて、俺は後ろを振り向いた。

 ミーヤは魔亀車の中から俺を見つめている。



「……私、信じていますから」



 ミーヤの言葉に、俺は重々しく頷いた。

 そして、魔亀車の扉が閉まり、遠ざかっていった。



「さあ、始めるわよタナカ!」



 クロエが俺から十メートルほど離れた所に立って、そして剣を抜いた。その顔は真剣であった。



「今度こそ不覚はとりません! 必ずや、お姉さまを取り戻してみせます!」



 俺もクロエに向かいあって、仁王立ちする。

 俺の心臓はばくばくいっていた。



『タナカ、魔亀車の中で決めた通りのてはずで行くです』



 俺は頷いた。

 とりあえず速攻で魔法をクロエにぶち込む、魔亀車で精霊が語った作戦はいたってシンプルだった。



「……あの、殺しだけはやめてくださいね」



 俺は小声でつぶやいた。

 それは流石に寝覚めが悪すぎるので。



『もちろん、分かっているです』



 答える精霊。



「今回の勝負は、剣、魔法全ての使用を認めます。どちらかが負けを認めるか、意識を失うまで続けます。よろしいですね?」



 俺とミーヤの間に立つ審判を務めてくれる護衛の女性が言う。

 俺とクロエは共に頷いた。



「……双方、構えて」



 護衛の女性の言葉に合わせて、クロエが剣を構える。



「決闘……始め!」



「いきま……ぐふぉ!」



 開始一秒で、クロエの足元から土色の巨大な拳が飛び出て、それがそのままクロエの下腹部にめり込んだ。

 体がクの字に折れ曲がり、空高く宙を舞うクロエ。

 そしてそのまま、あおむけの状態で地面にたたきつけられた。



『やったです』



 精霊は淡々としたいつもの調子でそう言った。



 あおむけの状態のまま、電気を浴びた蛙のように痙攣しているクロエ。

 その顔は白目をむいており、とても女の子がしてよい顔ではなかった。おまけに白い下着が俺の位置から丸見えだった。



 唖然とする、俺と審判の女性。

 その次の瞬間、



「ク、クロエ様ー!」



 審判の女性の叫び声が響き渡った。  

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