過去の自分
孤児院でミーヤとアンナさんのコスプレ動画撮影を行った日の翌朝、俺の部屋の郵便受けに一枚の紙が入っていた。
手にとって見てみると、一番上に大きな文字で『高校の同窓会のお知らせ』と書かれていた。
俺はそれを眺めたまま、玄関先で突っ立っていた。
俺の脳裏に、過去の忌々しい記憶がよみがえった。
あれは高校一年生の時の話である。
桜が咲き誇る門出の季節、俺は他の新入生と同じく期待と不安に胸を膨らませていた。……なんていえば聞こえは良いけれど、分かりやすく言えばこれからの三年間をボッチで過ごさないために、友達づくりに焦っていた。
中学の時もそうだったけれど、ボッチというのはクラス内ヒエラルキーの最低辺に位置する。そして良くてクラスの人気者グループの連中にいじられ、悪い場合はクラス全体からの無視やいじめの対象にされる。
実際に中学校の時にいじめの現場を見てきた俺は、それを良く知っていた。
こういう時、同じ中学の奴がいれば仲良くもなりやすかったのだろうが、残念ながら同じクラスどころか学年に一人も同じ中学の奴はいなかった。
これは中学卒業後すぐに引っ越しすることが家族内で決まっていたため、もともと引っ越し先の学区の高校を受験したことによる。
だからというか、俺は友達づくりに焦っていた。クラスメイトが同じ中学の話題で盛り上がっているのを見ると、それだけで出遅れているような気がして不安になった。
そんな時、俺に声をかけてきてくれた男がいた。隣の席に座っていた、原という男である。
俺はこれ幸いと、積極的に原に話しかけ、友達になろうとした。そして原と同じグループに入ったのだけれど……これが間違いであった。
原という男は、なんというか、人を傷つけて笑いをとるのが上手い男だった。
例えばだけれど、昔俺は原にシャーペンの芯ケースの中に入った芯を全てハサミでみじん切りにされたことがある。
ちょっと俺がトイレで席をはずしていて、戻ってきたら原がハサミで芯を全て切り刻んでいた。
すると、同じグループの奴らはそれを見て大笑いするのである。
何が面白いのか、今も全く分からない。
しかし原にくっついて入ったグループののりは、そんな感じだった。
俺は怒ることもできず、周りに合わせて笑っていた。
そんな原はクラス内ヒエラルキーの頂点に位置していた。そして俺を除く他のグループメンバーもみな、ヒエラルキー上層部の連中であった。
俺のグループでの役回りは、先ほどみたいに原や他のメンバーにいじられること。いつからそれが定着してしまったのかは分からないけれど、気付けばそうなっていた。
更にそれが定着してしまった時には、クラス内の派閥は完成しており、俺は原のグループを抜けることもできなくなっていた。
俺はグループを追い出されないために、そして少しでも地位の向上を目指そうと必死になった。
そのためには、笑いをとれる男になること、それしかなかった。
奴らはヒエラルキーが下な者を傷つけて、笑いをとる。そうして笑いをとった男には、何故か周りが一目置くのである。
でも俺の周りにはヒエラルキーが下の者がいない。
それでも何とか笑いをとろうとして、結果スベる。そして周りの奴がスベった俺を馬鹿にして笑いをとるのである。
笑われるばかりで、笑いのとれない俺。
すぐに誰も、いじる時以外俺に話を振ってくれなくなった。
自分から何かを発言しなければ、いないように扱われる。発言したとしても、おもしろくなければ流される。
俺はいつの間にか、何か面白いことを話さなければという、強迫観念に駆られていたのだと思う。
だから俺は、あんなことをグループ全員の前で口走ってしまったのだろう……。
それが起こったのはある日の昼休憩の時間だった。
その日昼食を食べ終えた俺の所属するグループは、原を中心にベランダの隅でたむろしていた。
昼休憩は何故かベランダでたむろする、それがグループ内での決まりとなっていた。
ヤンキー座りをした原が痰を吐き捨てると、いつも奴の吐き出す痰はヤニで濁っていた。
あの時は確か……原が彼女であるクラスメイトの伊藤麻里と始めてやった時のことを、小声で自慢げに話していような気がする。
伊藤麻里は、クラス内の派手な女子グループのリーダー的存在で、茶髪や化粧に加えてさらに耳にピアスまでしていたような女である。おまけにスカートも、パンツが見えそうなほどに短いのを履いていた。
俺を除く全員が原の話に合わせて、軽い下ネタを含めたトークで盛り上がる。そしてそこから、何故か話はAVへと移っていった。
皆が前に見たエロい動画などの話題を始める一方で、AVというものの存在しか知らず見たことなかった俺は、会話に混ざれず気まずい思いをしていた。
だから俺はなんとかして、会話に混ざらなければと焦り、糸口を探し求めてた。
そして、次の一言を発した。
『そういえばさ、赤ちゃんってどうやってできるの?』
その瞬間、時が止まった。
全員が、信じられないものを見るような目で、俺を見ていた。
……弁明させてもらうけれど、これはうけを狙ったつもりでもなんでもない。アニメばかりを見て女子とまともに会話もしてこなかった高校一年の俺は、本当に赤ちゃんができる理由を知らなかったのである。
もちろんベッドに入って何かいちゃいちゃすることくらいは知っていたけれど、そこから赤ちゃんができる理由を今まで考えたことが無かったのである。
『……お前、マジで言ってるの?』
原が言う。そしてその原の口が、気持ち悪いと呟く。
その瞬間、俺のクラス内ヒエラルキーは最低辺へと落ちた。
更にその俺の話題は、すぐにクラス全員にいや、同学年全員に広がった。
机に座って震える俺の後ろで、原が伊藤麻里にその話題を楽しげに話していた。
『マジ……きっも』
伊藤麻里が、わざわざ俺に聞こえるように呟く。そして聞こえてくる忍び笑い。
翌日の化学の授業では、原が生徒から嫌われている先生に向かって、
『せんせー、赤ちゃんってどうやったらできるんですかー?』
おどけた風に質問した。
爆笑に包まれる教室内。
先生は首をかしげ、俺は顔を伏せていた。
それから俺は、学校の休み時間ではいつも、ライトノベルや漫画を読んで時間を潰した。原のグループにいるためにオタク趣味は隠していた俺だけれど、もう隠す意味もなくなった。同じクラスにもアニメ好きそうな奴が何人かいたけれど、誰も俺に近づこうとはしなかった。
俺は陰口や私物を隠されるのに耐えながら、二年生になったら原と別のクラスになれることを祈った。
結果から言うと、俺の祈りが通じたのか二年生では原と別のクラスになることができた。ただ残念ながら、伊藤麻里とは二年生でも同じクラスになってしまった。
伊藤麻里は二年生のクラスでも、クラスのリーダー的存在になり、俺のことを陰湿にいじめ続けた。恐ろしいことに俺に対するいじめは、原がいた一年生の時より激しさと陰湿さを増した。
それはいじめの主犯が、原から伊藤麻里に変わったことによる。伊藤麻里は、原よりもいかれた人間だった。
物を隠されたり切り刻まれたり、部屋に閉じ込められたりはもちろんの事、奴は人が廊下を歩いているだけで、後ろからとび蹴りをかましてくるような女だった。
しかし二年生にあがって良かったこともある。それは唯一無二の親友、優治に出会えたことである。優治が俺に声をかけてくれなかったら、俺はそれからの高校生活に耐えられた自信はない。
優治も俺ほどではないけれど、伊藤麻里の被害にあっていた。伊藤麻里はオタク趣味の奴を見下していた。
だから俺と優治は陰で伊藤麻里を筆頭としたクラスの女どもに対する悪態をつきまくった。
俺と優治は裏で伊藤麻里の事を、ダースベ○ダーと呼んでいた。
そして廊下などで伊藤麻里の姿を見かけると、絶対に聞こえない程度の大きさの鼻歌で、ダースベイ○―のテーマ曲を歌っていた。
そんな余裕ができたのも、優治のおかげである。
以上が俺の高校時代の記憶である。
今このようにして思い出してみても、やはり俺の人に対する苦手意識というものは少なからず高校時代が原因で悪化しているように思う。しかし……
「本当に優治がいてくれなかったら、俺は暗黒面に堕ちていただろうな」
危うくダー○ベイダ―側に堕ちるところであった。
俺は手元の、同窓会の便りを眺める。
俺はその便りをくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に放り捨てた。




