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現実での自分 その7

 週明けの夜、俺は部屋でプリンを食べていた。

 テーブルの真ん中には空の物も含めて、たくさんのプリンの容器が並んでいる。そしてテーブルの端では、精霊達がお皿にのったプリンを囲んで、歓声を上げていた。



 精霊達がプリンに突撃した。頭から突っ込むその姿は中々にワイルドである。

 俺はそんな精霊さんを横目に、プリンをひたすらに食べていた。



「あ、そうだ、精霊さん」

「なんです?」



 精霊はこちらには目もくれずに答えた。というかしゃべっているのに口が動かないのは、やっぱり不思議である。



「知っているかもしれませんけれど、精霊さん達の世界で、マヨネーズを広げようかなって思っています」



 俺は今日の昼、部屋にやってきたミーヤのお友達の父親と、アンナさんのお抱えの料理人の二人に、オードブルをふるまい、そしてそこでマヨネーズを試食してもらった。



 マヨネーズはやはり、異世界にはまだ存在しないようだった。

 そこでマヨネーズが異世界で売れないかと二人の料理人の方々に尋ねてみたところ、貴族などを相手にアンナさん家のネームバリューを借りてブランド品として売り出した方が良いのではないかということになった。なので申し訳ないのだけれど、その場にいたアンナさんにはマヨネーズを貴族の間に広めてもらうことをお願いしている。



「あと、そのうち日本の料理屋も出したいなって思ってます」



 当初の目的は日本の料理を異世界でも食べることだったので、俺は二人の料理人に料理本を渡した。



「なんと!?」



 その言葉に、精霊達が大きく反応した。



「それは本当ですか?」

「あー、できれば……」



 しかし異世界に料理店を開く件については、ちょっと色々な問題がありそうだった。

 なんでも魔王とやらの討伐後に森の浅いところから魔物がいなくなるという突然変異が起きたせいで、異世界の経済状況はあまりよろしくないらしく、庶民はお店で優雅な夕食をとる余裕なんて全くないらしいのである。



なので日本料理をそのままだす店を開くならお金持ちを対象にするしかないのだけれど……ミーヤのお友達が経営していた料理店では立地が悪すぎるらしい。



 俺としては別に新しい店舗での小金持ち相手の料理店でもよかったのだけれど、アンナさんが庶民向けのお店を開くことにこだわった。少しでも庶民の生活を立て直したい、彼女は言っていた。



「まあ、いずれどこかにはだせると思います」



 アンナさんは良い案を考えてみると言っていたし……最悪良い案が浮かばなくても、マヨネーズを売った利潤が出れば、それをあてに大赤字覚悟の庶民向けの料理店を開いてもよいだろう。

 どうせ異世界の金貨は、日本で換金できないのだから……。俺はぼんやりとそう思った。



「おー、タナカはいい奴ですー。ケンイチなんかは、僕達との交渉……うぐっ」



 俺に向かって何か言いかけた一人の精霊。その精霊の口を、他の精霊達が一斉にふさいだ。

 そして、俺に背を向けて、何かひそひそ話を始める精霊達。



「どうかしたんですか?」



 精霊達に尋ねながらも、俺の頭の中からアンナさんとの会話が離れなかった。アンナさんから天変地異の原因を知らないかと尋ねられたのだけれど、そんなもの俺が知るはずもない。更に残念なことに先程聞いてみたところ、精霊達さえも分からないそうである。



 精霊達は一斉にこちらを振り向いた。



「何でもないですー。タナカのすばらしさを褒めたたえていたですー」

「朗報に感激していたですー」

「手伝えることがあったら、何でも言ってほしいです」



 騒ぎ出す精霊達。



「はぁ……というか、知らなかったんですね」



 アンナさんとのことはひとまず置いておき、精霊達に尋ねた。

 今日の昼、異世界の人々に日本の料理を知ってもらおうと俺が出前で頼んでいたオードブルが届いた時、真っ先に精霊達が現れた。

 だからその後アンナさんやミーヤ達が来ていた時も、どこかでこっそりと覗いて話を聞いていたのかと思ったのに。



「知らなかったです」

「いつもはいないゆえ」

「特に、一人プレイの時間は尊重です―」



 精霊達はそう言った。



 ……まあ、その時間を尊重してもらえるのはありがたい。というか、精霊達に見られている可能性を忘れて、昨日一人プレイをしてしまった。



「あれ? でも、先ほども私がプリンをとりだしたらすぐに現れましたよね?」



 冷蔵庫からプリンを取り出すと同時に、精霊達は現れた。

 昼間のオードブルの時もそうだけれど、偶然にしては間が良すぎな気がするけれど。



「下位の精霊達に、タナカがおいしいものを食べようとしている時は、呼ぶように言ってあるです―」

「あとは、日本へと外出しようとしている時も同じく」



 なるほど。

 それで昨日や今日も俺が昼食を買いにいくときも都合よく表れて、おいしいもののお土産をねだったわけか。

 俺は一口プリンをすくって食べた。



「ところで、タナカ……」



 精霊が、テーブルに並んだプリンを見た。



「このテーブルに並んだプリンは、亜人間の少女にプレゼントのお返しとして買ったものではなかったのですか?」



 精霊がそう尋ねてきた。



 そう。このプリンは精霊の言うとおり、ミーヤからのブレスレットのお返しのために、ネックレスと同様に買ったものである。



「まあ、そうなんですけれど、賞味期限が迫ってきてしまいまして……」



 これを買ったのはブレスレットを買った日と同じ、優治と福田さんと別れた後である。おまけに碌に賞味期限を確認もせず、日持ちしない焼きプリンなんていうものを買ってしまったのが失敗であった。



「賞味期限?」



 精霊が首をかしげる。



「えっと、賞味期限というのは、要するに何日までに食べてもらえないと、あとは味の保証はしませんよっていう期間です」

「へー、そうなんですか。でもどうしてそれなら、早く渡さなかったです?」



 精霊が痛いところをついてきた。



「えっと、それはですね。なんだか今日の昼も、昨日もミーヤさんの他に人がいて、言いだせる機会が見つからなくて……」



 昨日はアンナさんがいたし、今日の昼はそれ以上にたくさん人がいた。

 本当は昨日の夜に渡すつもりであったのだけれど……もうちょっと賞味期限に気をつければよかった。



「……もしかして、タナカはまだネックレスも渡してないですか?」

「……はい」



 こちらを見あげる精霊達の表情は変わらない。しかし、何故か憐みを向けられているような気分になった。



「ネックレスを買いに行った時から思っていたですけれど……」



 じっと俺の事を見つめる精霊。



「タナカは童貞臭いです」



 そして精霊は、ずばっとそう言った。

 俺の心に、大きな槍が刺さった。



「童貞の臭いがえげつないです」

「もしかして、家族以外の女の子と手をつないだこともないです?」

「おまけにヘタレです」

「タナカの童貞力は五十三万です」



 俺を殺そうとたたみかける精霊達。

 やめてください、本当に死んでしまいます。



「いや、その、渡そうと思ったんですけれど、アンナさんがいて、アンナさんのぶんのプレゼントはなかったので……」

「童貞は皆そうやって、何か言い訳を考えるです」



 俺の言い分に対して、精霊はぴしゃりと言い放った。



「そもそも、タナカはどうでもいいことを気にしすぎです」

「亜人間の少女とダークエルフの両方ともさっさと、やってしまえばいいです」



 ……確かに、細かいことを気にする性格なのは認める。しかし、やってしまえばいいって、それは駄目だろう。



「いやいや、そういう関係ではないですし。そもそもミーヤさんは幼すぎですし、アンナに関しても無理やりは駄目ですよ」

「なら、合意を得ればいいです。おそらくですが少なくともダークエルフの方は断らないです」



 それは、断らないのではなくて、断れないのではないだろうか。



「少しはケンイチの非道を見習うです」

「ケンイチは昔、『ダークエルフのくっ殺が見たい』とか言って、オーガに自分の護衛をしているダークエルフを犯させようとしたです」

「あと他にも、『たまには嫌がる女を抱きたい』とかいって、幼い亜人間の少女を襲おうとしたです」



 ……それは真似したら絶対に駄目だろう。



「まあ、その両方とも寸前のところで、人族の女に止められていたですけれど」

「あのころは、あまりのケンイチの行いに、女性の反感もすごかったです」

「それで亜人間の少女を襲おうとした時に、人族の女性がついにきれてケンイチに襲いかかり、ケンイチのあそこをもいだです」



 思わず絶句する俺。下半身が寒くなった。



「ケンイチはそれがトラウマになったようで日本へと帰ってしまったです」

「あれから僕達も帰りを待っていたですが、未だ帰らずです」

「まじですか……」



 ケンイチさんの行為もひどいけれど、その報復としてあそこをもぐとはなんて恐ろしい……。

 戦々恐々とする俺に対して、精霊達は淡々と続ける。



「そういえば、その亜人間の少女はどことなく、タナカの部屋によく来る亜人間の少女にどことなく似ているような気がするです……」

「……」



 どこか遠くを見ながら、語る精霊。 

 それから、精霊は再び俺の目を見た。



「どうです、タナカも二人を犯したくなったです?」

「なるか」



 俺は思わず、そう突っ込んでしまった。

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