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現実での自分 その6

 ミーヤの家に夕食をお呼ばれしにいった日の翌朝、俺はスマートフォンのアラームで目を覚ました。俺はベッドから上体を起こして、奥のラックの上に置いてあるスマートフォンを手に取り、アラームを消した。

 そしてスマートフォンの横に置いていた、ブレスレットを手にとって手首にはめた。



 そして毎朝の日課である朝のシャワーを浴びようと思い、ブレスレットを外さないといけないことに気づいてすぐに外した。



 俺は洗濯物を干しているところからバスタオルと換えのパンツを用意してから、裸になって浴室に入った。シャワーのお湯を頭からかぶりながら、昨日のことを思い出した。

 初めて訪れたミーヤの家は、予想よりもちゃんとした家だった。もしかしたら藁の家にでも住んでいるのではないかと心配していたので、ちょっと安心した。



 その家は両親の思いでがつまっているらしい。無神経にも「一人で住むには大きすぎませんか?」と聞いてしまった俺に、ミーヤが説明してくれた。

 


 それからミーヤに、「お父さんとお母さんにタナカさんを紹介させてもらえませんか?」と言われ、隣家との間にある小さな庭に連れられて行くと、そこには二つの墓標があった。

 俺はミーヤと並んで墓標の前にしゃがみ、手を合わせた。



 それから少ししんみりとした空気を取っ払うかのようにミーヤは気丈に振舞い、俺に手料理を御馳走してくれた。

 生まれて初めての家族以外の女の子の手料理。野菜メインで健康によさそうな料理だった。肉には歯ごたえと独特の臭みがあったけれど……あれはきっとああいう肉なのだろう。

 「お口に会いますか?」と心配そうに尋ねてくるミーヤを見ていると、それだけで胸がいっぱいになった。



 そして、食後にミーヤがいつもお世話になっている礼ですと言ってくれた、きれいな石のちりばめられたブレスレット。



「あー、お返しどうしよう……」



 もちろん、生まれて初めての家族以外の女性からのプレゼントであった。

 プレゼントは、貰ったからには返さねばなるまい。それが女性からのプレゼントであれば、なおさらであろう。

 だから俺は今日、いつもより早起きをした。



 今日は午後二時から、優治とその彼女の福田さんとある駅のホームで会う約束をしている。ミーヤの撮影に使う衣装を一緒に選んで貰う予定なのである。なのでせっかく都会に繰り出す予定があるのだから、優治達と会う前にミーヤへのプレゼントを見て回ろうと、昨日決めた。



 俺は頭を洗ってから歯を磨き、そして浴室を出た。バスタオルで体を拭いてから、ブレスレットを手首につけ、それから服を着た。

 貴重品の入った引き出しから、異世界で稼いだ金の入った封筒を取り出し、ポケットにしまった。



「お出かけするですか?」



 俺が玄関の方へと足を向けたちょうどその時、声が聞こえてきた。

 声の方を向くとテーブルの上に精霊達が数人立ってこちらを見ていた。



「はい、ちょっと日本の知り合いと今日は会う約束があるので」

「どこ行くですか?」

「えっと、コスプレの衣装を見に行きます」

「コスプレとは?」



 首をかしげる精霊達。



「漫画とかの登場人物が着ている服のことです」

「おー、それはすごいです!」



 精霊達はきらきらとした目で俺を見つめてくる。



「えっと……行きたいですか?」

「「「行きたいですー」」」



 精霊達は手を挙げてそう言った。



「え、でも前回で分かったと思うのですけれど、漫画みたいに面白いことはないですよ?」

「タナカが日本ではモブキャラだというのは承知の上」

「モブでも事件に巻き込まれる可能性はゼロではないはずです」



 モブって……。ちょっとへこんだ。



「まあ、その友達と会っているときは、話し掛けないで静かにしていてくれるならかまいませんよ」

「「「了解ですー」」」



 それから俺は、精霊達と指先を会わせて、体を間借りさせてあげた。というか、体を間借りするためには毎回このポーズをとらないといけないのだろうか。



 そしてスマートフォンをポケットに入れ、そろそろ家を出ようかと考えたとき、異世界の扉がコンコンとノックされた。



『昨日のダークエルフです』



 一体誰だろうと思った瞬間、精霊が答えてくれた。



「え、マジですか……」

『マジです』



 昨日の鮮烈な出来事を思い出し、俺は顔をこわばらせた。最終的には誤解は解けたのだけれど、個人的にアンナさんへの苦手意識がある。


 再び、異世界の扉がノックされた。



「はい」

「失礼いたします、タナカ様。ミルフォード・アンナ・フォン・ダクス・シューベルトにございます」



 俺が鍵を外して異世界の扉を開けると、そこには片膝をついて頭を下げるアンナさんの姿があった。アンナさん、一人だけであった。



「あ、おはようございます、アンナさ……」



 アンナさんと呼びそうになって、呼び捨てを希望されていたことを思い出した。

 しかし若い女性を呼び捨てはやはりハードルが高い。



「おはようございます、タナカ様」



 頭を下げたまま答えるアンナさん。



(あと、様付けも気持ち悪いからやめて欲しいんだけれど、言いずらいなぁ……)



 それに同意は得られそうにない。



「あ、とりあえず頭を上げてください」



 アンナさんが頭を下げたまま動かないので俺はそう言った。



「はっ!」



 そう言って立ち上がるアンナさん。やっぱり凜々しい顔立ちをしている。



「えっと……お一人ですか?」

「はい」

「そうですか……、本日は何のご用で?」

「本日は、タナカ様とこの建物の警護状況を報告しに参りました」

「え、警護状況って……」



 一体何のことを言っているのだろう。



「はい。とりあえず両隣三件はどちらも元いた住民には別の所に移ってもらい、私の直近の部下を住まわせました」

「え、本当ですか!」



 驚いて左を確認してみると、隣やその隣の建物の前に魔亀車が止まっており、そこからダークエルフの男性や女性が荷物を運んでいた。右の方を見ても、同じようなことになっていた。



「はい、向かいの三件にもじきに私の部下が入ります。なので近隣の建物からの暗殺はこれで防げるでしょう」



 自信に満ちた笑顔でアンナさんはそう言った。



「え、もしかして、家の人にはこの場所に精霊の加護がかかっていることを話したのですか?」



 俺が心配になり尋ねると、アンナさんは大きく首を横に振った。



「いえいえ、命をかけましてそのようなことはしておりません。本当の事は隠して、上手く言っております」

「そ、そうですか。ありがとうございます」



 アンナさんの言葉に思わず、貴族様がこんなことをしていて大丈夫なのだろうかと、不安になった。

 しかし一応色々と内緒にはしてもらえているようなので、その部分に関しては安心できた。



「ありがたきお言葉です。また不審者が玄関に近づいてきたときのために、玄関前に門番を配置してもよろしいでしょうか」

「えーっと……」



 どうしよう。やり過ぎな気がするけれど、相手は善意で申し出てくれているわけだし……。



「……あんまり、通行人の邪魔にならないようにお願いします」

「承知しております」

「あと、ミーヤさんはちゃんと通してください」

「承知しております……それから、何かお困りなことがあれば何でも私に言ってください。私はいつでも玄関前におりますので」

「あ、ありがとうございます」



 玄関前の門番はアンナさんが自分で行うつもりらしい。

 次の言葉が見つからず、沈黙がおとずれた。



「そうだ。タナカ様は賢者様と同じ世界からいらしたとのことでしたが、この街のことについて説明いたしましょうか?」



 アンナさんが思いついたように、そう言った。



「あ、いえ、この街の事のなら、おおざっぱにミーヤさんから聞いたので大丈夫です」

「そうですか……」



 再び、沈黙が訪れる。



「えっと……ミーヤさんから聞いた話なのですが、タナカ様は商人活動をなされているとか」



 アンナさんが尋ねてきた。



「ええ、まあ」

「私なら取引相手として貴族を紹介することもできますが」



 自信に満ちた顔で、アンナさんはそういった。

 アンナさんの申し出について、俺は考えてみる。



(うーん……、これ以上異世界の金貨を稼いでもな……。日本で換金できないし。それに貴族に関わるのも、結構面倒くさそうなイメージがあるし)



「んー、ありがたい申し出ですけれど、今は遠慮しておくことにします」

「そ、そうですか」



 少し驚いた様子を見せるアンナさん。どうやら断られるとは思っていなかったようである。



「で、では……そうだ! そう言えばタナカ様は女性の絵を描く趣味がおありだとか!」



 アンナさんは思いついたようにそう言った。どうやらアンナさんは何か、頼られたいようである。精霊様に託された仕事を、きっちりと果たしたいのであろう。



「まあ、それも趣味というか仕事のつもりなんですけれど……」

「その絵のモデルは、是非私にお任せください。それに最高級の画材やアトリエも全て揃えましょう!」

「いや、とりあえず画材やアトリエは結構です……別に必要ないので」



 俺がそう言うと、アンナさんは落ち込んだ。ちょっと不憫に思えてきた。



「あ、でも、ちょっと待って下さい」



 そうだ、ミーヤに続いてアンナさんも本人の許可が取れれば、動画出演して貰ってもいいかもしれない。

 そんなことを思いついてしまった俺は、ポケットの中からスマートフォンをとりだした。



「アンナさんの写真を……」

「アンナとお呼びください」

「……アンナの写真を撮ってもいいですか?」



 俺が尋ねると、アンナさんは首をかしげた。



「写真? 写真とは何でしょうか、寡聞にて存じ上げません」

「あーっと、つまり、アンナの絵を描いてもいいですか?」



 すると、アンナさんの顔がぱっと輝いた。



「もちろんにございます。絵は一体どちらで描く予定でしょうか」

「あー、ここで描きます。ちょっとだけじっとして貰ってもよろしいですか?」

「え、ここでですか?」



 戸惑うアンナさんをよそに、俺はアンナさんの全身をスマートフォンのカメラで写真に収めた。よし、これを優治達に見せて、どんな動画にすればよいか相談してみよう。



「はい、終りました。ありがとうございます」

「え? どういうことでしょうか。それに今の四角い物は一体……」

「これは絵を描くための魔道具です」

「そうなのですか……それで、今の一瞬で絵が描けてしまったのですか?」



 俺は頷いた。



「ちなみにアンナは身長はどれくらいなんでしょう?」



 衣装選びには身長くらいは知っておかないと。



「……百七十センチですが」



 なるほど。



「分かりました。ありがとうございます。とても助かりました」

「……いえ、当然のことです……」



 アンナさんはまた落ち込んでいた。おそらく思っていたのと違ったのだろう。



「ま、まあ、今はちょっと時間がないので本格的な絵は描きませんけれど、またそのうち絵のモデルをお願いします」

「本当ですか! 是非その時はお任せください!」



 元気になるアンナさん。結構わかりやすい人である。



「……あと、今日と明日は商人活動を行いませんけれど、月曜日からまた行うので、そのときは護衛なんかをお願いするかも……」

「お任せください!」

「あ、お願いします。でも、今日と明日は特に、えっと、外に出る予定はないので、あんまり警護とかも頑張らなくても……」



 日本の方には外出するけれど、異世界の方に外出する予定はない。



「いえ、これが私の使命ですので!」



 アンナさんはまっすぐな瞳でそう言い切った。



「そうですか……えっと……」



 アンナさんと見つめあう。どうしよう、本当ならアンナさんを部屋にあげてあげた方がいいのかもしれないけれど……。



「すいません。ちょっと私はこれから、中で用事があるので……」

「そうだったのですか、邪魔をしてしまい申し訳ございません」

「いや、用事はこれからなので全然よかったんですけれど……では、また」

「はい、また月曜日によろしくお願いいたします!」



 俺はそう言って扉を閉めた。鍵をかけて扉から離れて、深く息を吐いた。スマートフォンの画面で、今先ほど撮ったアンナさんの画像を表示する。西洋風の街並みを背景に立つダークエルフの女騎士。その目線はまっすぐとこちらを見ていた。



『日本に出発するです?』



 精霊達の声が内から聞こえて、俺は慌ててスマートフォンをポケットに閉まった。



「はい、今から出ます」

『『『出発するですー!』』』



 盛り上がる精霊達。俺はその声に促されて、日本へと通ずる玄関の扉から外に出た。

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