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ダークエルフのシュヴァリエ

「主人公最強ですー」

「もてもてですー」



 机の上に座り、俺が買ってあげた異世界転移物の漫画を読んでいた精霊達が口々に言った。意外と異世界転生物を気に入ったらしい。ちなみに精霊達は漫画を風魔法で浮かせて、ページも風魔法でめくっていた。さすが精霊である。



 大学から帰宅した今、俺はコンビニ弁当を昼食として食べていた。一方、精霊達には食べたがっていたカップ麺をコンビニで買ってあげた。まあ、ほとんど残したのでそれも俺の胃に入ったのであるが。



「主便甲の節操のなさはケンイチと似ているです」

「ケンイチは実際に最後までやってたです」

「ケンイチは下半身に従って生きていたゆえ」

「一度ケンイチが女とやっているときに話し掛けてしまい、とても怒られたことがあるです。それ以後気をつけているです。もちろん一人プレイの時も」



 そうですか。そんな情報はいらないです。



「ときに、一つお知らせしたいことが」



 一人の精霊が、手を挙げた。



「なんでしょう」

「僕達がこの部屋を開けている時、何者かがこの部屋の扉を破壊して侵入しようとしたです」



 精霊は異世界への扉を指さしている。

 思いがけない言葉に、俺は驚いた。



「え、ど、どういうことですか?」

「そのままの意味です」

「え、何でそんなことが分かるんですか?」

「この部屋には精霊の加護があるので、この家を守っていた精霊達が教えてくれたです」

「あ、そうなんですか。よかったです。ありがとうございます」



 俺はほっと胸をなでおろした。精霊の加護にそんな力があるとは。



「でも、侵入してこようとしたって、それって泥棒かなにかですか?」



 いったい何が目的だったのだろう。何者かに狙われているかもしれないと考えると、非常に不安になった。



「分からないです。侵入してきたのは数人の男だったそうです」

「でも、魔法で撃退したのでご安心を」



 小さな体で胸を張る精霊。

 その小さな存在が今の俺には非常に頼もしく見えた。



「精霊の加護ってそんな力があるんですね。え、これからも何かこの部屋とか私が危険になったら守ってくれるんですか?」

「当然です―」

「おいしいご飯やおやつの対価ですー」



 それは本当にありがたい。ちょっと安心した。でもそうなると、その侵入しようとしたものが一体何者なのかが非常に気になる。通りすがりの泥棒ならまだいいけれど、何か俺に恨みでも持っているなら……。

 俺は背筋が寒くなった。



「そういうのって、どこか衛兵の詰所みたいなところに、申し出たほうがいいんですかね?」

「そういうのは僕らに聞かれてもよく分からないです」

「あまり興味ないので」



 そうか、なら後でミーヤに聞くしかない。



「ちなみにその侵入者がやってきたのって、時間帯は分かりますか?」

「だいぶ前です」

「日本にいるときは、他の精霊達と会話ができないので分からないです」

「そうですか……」



 どうしよう、すごく不安である。



「大丈夫です。タナカには精霊の加護がついているです」

「絶対に守るです」

「安全第一」



 励ましてくれる精霊達にお礼を言いがらも、小心者の俺は不安をぬぐうことがどうしてもできなかった。とりあえずミーヤが来てくれたら、どうすればよいか真っ先に尋ねよう。



「それでは、僕達は一度帰るです」

「ではまた今度」



 精霊達はそう言って俺に手を振った。



「あ、はい、また今度」



 精霊達がいなくなるのは心細いけれど、彼らにも予定というものがあるだろう。

 精霊達は、またベッドの下や鍋の中に隠れていなくなった。



 俺は部屋で一人になった。



(……とりあえず、魔法を使った日本での稼ぎ方でも考えるか)



 俺は気を紛らわすためにも、ネットを立ち上げて魔法を使った日本の稼ぎ方を考え始めた。



 それからしばらく時間が経った。

 俺は途中でなんとなくネット小説が気になり、それからずっと読みふけっていた。



 二百話近くある長編の中盤あたりを読んでいた時、異世界の扉が二度ノックされた。



 小説に没頭していた俺は驚き、後ろを振り返った。時計を見ると、夕食時の時間だった。



(ミーヤかな?)



「はい」



 俺は立ち上がり、異世界の扉の前に立った。ミーヤならいつもここで「タナカさん、ミーヤです」という返事が返ってくるのであるけれど、今日は違った。



「失礼する。私はフロイト南方騎士団対魔法自警第二部隊のシュヴァリエ、ミルフォード・アンナ・フォン・ダクス・シューベルトである。この扉を今すぐ開けろ」



 ものすごくかっこいい女性の声で、そう聞こえた。

 虚を突かれた俺は、その場で固まってしまった。



 騎士団という単語からしてもただ事では無い。

 みるみる俺の顔から血の気が引いてゆく。



「……開けるつもりがないのなら」

「あ、いや、今開けます!」



 女性の声に怒気を感じ、俺は慌てて鍵を外した。そして震える手で扉を開いた。



 そこには剣を腰にさし胸当てをした、褐色肌の女性が立っていた。そしてその後ろには、魔亀車が数台停まっており、その周りに十人近い人が剣をさして待機している。

 どう考えても非常事態だった。



 目の前の褐色肌の女性は俺を睨んでいる。俺と同じくらいの高身長で、年はまだ若そうなのに、威圧感がすさまじかった。



「こ、こんばんは」

「……貴様、名は何と言う」



 その女性が言った。



「あ、タナカと言います」



 俺は答えてまた頭を下げた。怖い。ひたすらに怖い。



「貴様、聞いた話によるとこの家の持ち主が留守なのをいいことに、勝手にここに住んでいるらしいな」



 褐色肌の女性に言われ、俺は驚いた。



「え? いや、ここは私が……」



 私が借りている部屋です、そう言おうとして気付いた。たしかに日本ではこの部屋を借りているけれど、異世界の方では借りていない。


 俺は頭が真っ白になった。



「……違いないようだな」



 褐色肌の女性が言った。

 どうやらこの人達は、俺の不法滞在を取り締まりに来た人達のようである。

 俺は何も言葉を発することができない。



「それに聞いたぞ……。貴様、昼ごろに一度この部屋を訪れた家主を精霊魔法で追い返したそうではないか」

「い、いや、そ、それは……」



 褐色肌の女性の顔が怒りで歪んだ。俺を射殺さんばかりの眼光だった。



「神聖なる精霊様のお力を、このような悪事に利用するとは……神が許してもこのミルフォード・アンナ・フォン・ダクス・シューベルトが許さんぞ!」



 褐色肌の女性が剣を抜いた。俺は腰を抜かして、後ろに倒れ込んだ。後ろの人達が何かざわついて言っている。

 その次の瞬間、急に突風が褐色肌の女性を襲った。



「くっ!」



 玄関前から吹き飛ばされた褐色肌の女性。しかしその女性はすぐに立ち上がり、俺の方を睨んだ。



「貴様、一度ならず二度までも精霊魔法を悪用するとは! その行い、万死に値する!」

「ちょっ、ち、違う」



 俺は腰を抜かした状態で、手を伸ばした。しかし相手は聞く耳を持っていない。



「精霊様、この不届きものに天罰を!」



 そう言って、褐色肌の女性は剣先を俺に向けた。

 そしてその状態で固まる褐色肌の女性。



 特に何も起こらなかった。



「なっ! 魔力が満ちない!」



 何か驚いてる褐色肌の女性。周りの人達もざわついていた。



「ええい、なら剣の錆にしてくれるまで!」



 褐色肌の女性が両手で剣を握り叫んだ。



 次の瞬間、漆黒の霞のようなものが俺の前に広がり、肉薄した褐色肌の女性の剣を受け止めていた。



「闇魔法だと!」



 褐色肌の女性の目が驚きで見開かれる。

 その霞は剣をのみ込み、褐色肌の女性ののど元に襲いかかった。



「ぐっ!」

「アンナ!」

「お姉さま!」



 霞は褐色肌の女性を軽々と持ち上げ、宙にぶら下げた。

 後ろでは女性の叫び声が聞こえる。部屋に侵入しようとする男達を、突風が襲い路上に吹き飛ばした。そして開いていた扉が、バタンと閉じた。



「な、なぜ私の魔法は……ぐっ」



 褐色肌の女性は必死にもがいて、拘束から逃れようとしている。しかしそれをあざ笑うかのように、霞は拘束を強めていく。

 そしてついに、褐色肌の女性の抵抗もなくなり、その手から剣がこぼれおちた。

 俺はただ見上げるしかできない。扉の外では女性の声が聞こえていた。



 ふいに霞が消えた。

 床に投げ出され、むせ込む褐色肌の女性。



「ダークエルフよ」



 急に隣から声がして驚き横を向くと、そこには黒色の花弁を身に纏った一人の精霊がいた。精霊は褐色肌の女性のことをじっと見つめている。

 前を向くと、褐色肌の女性は精霊の姿を見て、目と口を大きく開いたまま固まっていた。



「そ、そのお姿は、もしや、大精霊様……」



 震える唇でダークエルフらしい女性はそう言った。



(お前、大精霊だったの!?)



 俺はそこにも驚いた。

 精霊はダークエルフの女性の前に歩み出た。



「お前……もしかして、賢者の護衛を務めていたダークエルフの末裔です?」

「は、はっ! いかにも、わたくしは賢者様の護衛役を務めさせていただいていたリーラ・シューベルトの末裔、ミルフォード・アンナ・フォン・ダクス・シューベルトにございます!」



 ダークエルフの女性は膝をついて頭を下げ、臣下の礼の姿勢をとった。



「何故、この部屋とタナカを襲ったです」

「……そ、それは、タナカという男が、精霊様の力を悪用していると通報があったからでして」

「この部屋とタナカには精霊の加護を授けているです」



 ダークエルフの女性が息をのむのが、気配で分かった。



「精霊の加護とはつまり、あの賢者様に与えられたという……」

「そうです。タナカは賢者と同じ世界からやってきたものです。そして僕達精霊の友達です」



 ダークエルフの女性は目を大きく見開いた。



「な、なんと……、それは真にございますか」

「もちろんです」



 ダークエルフの女性の顔は青ざめている。



「な、なんと……、私は無礼なことを! この命をもって償います!」

「そんなことしていらんです。それよりも二度とこんなことは起こらないにしてほしいです」

「ははっ、シューベルトの家名とシュヴァリエの称号にかけまして!」



 ダークエルフの女性は、深々と頭を下げた。



「顔を上げるです」

「はっ!」



 顔を上げるダークエルフの女性。



「お前もタナカの護衛に任命するです。タナカの命令をよく聞いて、精霊では手が回らない、人間社会のわずらわしさからタナカやこの部屋を守るです」



(え!?)



 突然の申し出に驚く俺。

 しかし驚きで満ちたダークエルフの女性の顔を見ていると、口を挟める雰囲気ではなかった。

 ダークエルフの女性の目から、透明なしずくが流れ落ちた。



「このわたくしに、先祖と同じ栄誉をくださるなんて、なんと、なんと、法外の喜びにございます! ありがたき幸せ!」



 むせびなくダークエルフの女性。



「でもこの部屋のことや、タナカや僕達のことは、他人に一切公言してはならんです。もちろんタナカが賢者と同郷であることも言ってはならんです。ここは僕達精霊の憩いの場ゆえ、人間にみだりに足を踏み入れられるのはいやです」

「この身を切り裂かれようとも、決してしゃべりませぬ!」



 頷く精霊。



「うむ、そうすればタナカがこの闇に満ちた世界を光で照らしてくれるでしょうー」



 精霊はそう言って、俺の方を向いた。



(は!? いきなり何言ってんの!?)



 驚いたのは俺である。俺にそんな力があるわけがない。



「なんと、タナカ様はこの世界を救ってくださるのですか。なんと、ありがたき、ありがたき」



(やめてー! 俺にそんな力はないですー!)



 俺は声にならない絶叫を上げた。

 しかしアンナさんは俺の方を見て、涙を流しながら感動に震えている。

 アンナさんは完全に精霊の言葉を信じてしまっていた。

 


「では、早速この事態を収めてくるですー」

「ははっ!」



 精霊の言葉で、ダークエルフの女性は素早く剣を拾ってさやに戻し、それから颯爽と立ち上がった。敬礼をして頭を下げたまま扉の前まで後退し、それから外に出ていった。

 ゆっくりと扉が閉まるのを確認して、俺は精霊に話しかけた。



「あ、あの精霊さん。なんで、あの、あんなことを言ったんですか? 光に照らすとか、そんなこと俺に出来るわけ……」

「大丈夫です、ああいうのは適当に言ってたら勝手に妄信してついてくるです、別にタナカが何かをする必要はないです」



 可愛い顔をして、とんでもないことを述べる精霊。



「いやいや、でも……」

「大丈夫です、タナカはどっしりと構えているです」



 俺は小さな精霊に押し切られてしまった。 



「じゃあ、百歩譲ってそれはいいとしても、護衛とか……」

「ダークエルフはエルフからの迫害から救って貰ったことから、賢者や精霊に対する信仰が非常に強い種族なので、なにかと便利です」



 精霊はさらっとそう言った。

 本当にあくどい精霊である。



「それに、あのダークエルフは、ケンイチの警護をしていたダークエルフの娘の子孫です」



 そういえば、先ほどダークエルフの女性はそのようなことを言っていた気がする。



「確かあの一族はダークエルフの長の一族だったはずです。なのでタナカも何か人間関係の問題で困ったら、あのダークエルフに言いえば、少なくともダークエルフは味方につけることができるはずです。ばんばんこき使うといいです」

「あ、ありがとうございます」



 俺はとりあえずお礼を言った。



「では、僕はまたこれにておいとまするです」

「え! いや、今回はもう少しいてくれませんか!」



 精霊が帰ると言い出したので、俺は慌てて引きとめた。

 せめて事態が完全に収束するまでは一緒にいてほしい。



「僕達が姿を現すと、あいつらわらわら集まってきて面倒なのです。もしタナカが目立つつもりが無いのなら、僕達の事は絶対秘密にするです。そうしないと面倒になるです」



 精霊はそう言った。

 まあ、確かに内緒にしていた方がよさそうではあるけれど……。



「そ、そうなんですか……。分かりました」



 でも、非常に心細いのだけれど。



「大丈夫です、姿は見えなくとも僕達も含めてみんなが守ってくれてるです。それに何かあったら、今みたいに僕達もすぐにかけつけられるです」

「わ、わかりました」



 俺がしぶしぶ頷くと、精霊は手を上げて、ベッドの下へと消えていった。

 そして完全に部屋の中で俺一人になってしまった俺は、とりあえず立ち上がった。

 扉の外ではなにが行われているのか、気になるけれど俺は動かずにじっと待っていた。



 しばらく時間がたち、異世界の扉がノックされた。

 俺はびくりとした。



「は、はい」



 俺は返事をした。

 すると異世界の扉が開き、ダークエルフの女性に加えて、後ろからなんとミーヤが姿を現した。



「失礼いたします」

「タナカさん、大丈夫ですか!?」



 心配そうな表情で俺を見つめるミーヤ。

 靴を脱いで俺の元に駆けつけようとしたミーヤを、ダークエルフの女性が手で制した。



「私が良いと言うまで動くな。貴様がタナカ様の部下だという話、私はまだ信じていないからな」

「な!? 一体何の権利があってそんなことを言うんですか!」



 くってかかるミーヤを無視して、ダークエルフの女性は俺の方を見た。そして目でちらりと部屋を見渡してから俺の前まで土足でやってきて、跪いて頭を下げた。



「タナカ様、外での事態を収めて参りました。またここの家主も快くタナカ様に、この土地と建物を譲ってくださいました」

「あ、ありがとうございます」



 脅したりとかしていないだろうか。なんだか、前の家主にとても申し訳ないような気がする。



「タナカ様、先程は御身に刃を向けるという許されざる行いをしてしまい、誠に申し訳ございません」



 ダークエルフの女性は後悔を滲ませた声色でそう言った。



「あ、いや、はい」

「どんな罰でも受ける所存です。いかようにも罰してください」



 そう言って顔を上げたダークエルフの女性の瞳は、鬼気迫るものがあった。



「い、いいえ、いいです、許しました!」



 なんだか放っておいたらとんでもないことを言い出しそうな気がした。

 するとダークエルフの女性は、驚いたような表情をした。



「なんと、さすがは……」



 なにやら感動しているダークエルフの女性。



「あの、タナカさん、この女性は一体誰なんですか」



 ミーヤが俺のそばまでやってきてそう言った。ダークエルフを見るミーヤの顔はすこし不機嫌そうだった。



「ええっと、この人は……」



 やばい、名前が思い出せない。



「ミルフォード・アンナ・フォン・ダクス・シューベルトにございます。アンナとお呼びください」

「そう、アンナさんです」



 俺がそう言うと、ミーヤは顔を青くした。



「き、貴族様……」



 震えた声でそういうミーヤ。



「あ、もしかして、アンナさんって貴族ですか!」



 もしかして、すごく高貴な人だったのだろうか。



「タナカ様、私にさんは不要です、アンナと呼び捨てにしてください」

「え、いや、それはちょっと……」



 ものすごく抵抗を感じる。



「どうぞアンナと!」

「……分かりました。アンナは貴族ですか?」

「はい、一応侯爵です。ですが今の私は貴族などと言う肩書きに興味はありません。私が今ほしいのは、御身を守る騎士、その称号のみです。……ですが、御身に害をなそうとしてしまった今の私に、その資格はありません。ですが! 必ずや、タナカ様に騎士の誓いの剣を受取っていただけるよう、今日より死ぬ気で励んでまいります! なので是非とも、私をタナカ様のお側においてくださいませ!」

「え、えっと……はい」



 アンナさんの熱量に圧倒され、断れずに頷いてしまった。



「ありがたき幸せ!」



 深々と頭をたれるアンナさん。

 その横で、ミーヤは「そ、そんな……」と呟いており、何やらショックを受けている様子だった。



「ところでタナカ様……」



 ちらりとアンナさんが横のミーヤを見た。



「こちらの娘が、タナカ様の部下だと言い張っておるのですけれど、本当でしょうか?」

「ほ、本当です!」



 ミーヤがアンナさんに対してそう言った。



「は、はい」



 俺も頷いた。するとそれを見てミーヤはとても嬉しそうな笑みを浮かべた。



「そうですか……ちなみにミーヤさんはどのような仕事を?」



 アンナさんがミーヤに尋ねた。



「え、えっと……その、街の案内とか……」

「ほう、街の案内ですか」



 尻すぼみになってゆくミーヤに対して、アンナさんはなにやら含みを持たせた言い方をした。



「ほ、他にも、タナカさんの描く絵のモデルになったりもしています!」



 大きな声で叫ぶミーヤ。

 しかし、アンナさんは余裕の笑みを浮かべている。



「絵のモデル? 失礼ですけれど、ミーヤさんはそれほど体に恵まれていないように見えますよ」

「なっ!」



 それを聞いてミーヤは頬を赤くして、胸のあたりを両腕で隠した。それと対照的に自慢げに、胸当て越しにも分かる豊満な胸を張るアンナさん。

 両者の間で火花が散り始めた。

 どうやらこの二人は、相性があまり良くないらしい。



「ふ、二人とも、その、その話は、その、いいとして、アンナ、とりあえず立ってください」



 何とか話をそらそうと思って、俺の口から出た言葉がそれだった。



「はっ!」



 アンナさんはさっと立ち上がった。そして俺をじっと見つめてくる。



「えっと……」



 どうしよう、とりあえずアンナさんには一度帰ってほしい。



「アンナは今、仕事中だったのでは……」

「問題ありません。騎士団の仕事は先程やめました。今はタナカ様の護衛が私の仕事です」

「……」



 マジかよ。



「もちろん街の案内や、絵のモデルも是非とも私に命じてくださればいくらでも……」

「そ、それは私の仕事です!」



 再び二人の視線が交錯する。



「いや、二人とも、落ち着いて、仲よくいきましょう」

「はっ、タナカ様がそう仰るなら!」

「……なんなんですか」



 困惑した表情を浮かべて、小さな声でぼそっと呟いたミーヤ。




「一体どうして……タナカさんはお貴族様とどういった関係なんですか」

「えっと……今日から護衛として働いていただけることになりました……」



 ミーヤの言葉に、俺はそう返すのがやっとだった。

 というか、俺も非常に困惑しております。護衛とか言われても、これからどうしよう。

 俺はそこで、今からミーヤの家に夕食をお呼ばれする予定であることを思い出した。



「……あの、アンナ」

「はっ」

「私はこれから、ミーヤさんの家に夕食をお呼ばれに行くのですけれど」

「お供します」



 アンナさんは間髪いれずに答えた。



「魔亀車をすぐに用意いたします」

「え、いや、近いので徒歩で行きます」

「……そうですか。分かりました」



 頷くアンナさん。

 横を向くと、ミーヤはとても複雑そうな顔で俺とアンナさんを見ていた。



「タナカさん、とりあえず行きましょう」

「あ、はい」



 ミーヤに促され、俺達はすぐに出かけることになった。

 アンナさんが先頭に立って扉を開いた。その後に続いて外に出ると、そこには魔亀車の姿もなく、中学生くらいに見えるダークエルフの女子が一人と、数人の騎士と思しき男達がいるだけであった。



「お姉さま!」

「ミルフォード嬢!」



 ダークエルフの女子と男達がアンナさんを見て、近寄ってきた。お姉さまと呼んだということは、どうやら彼女はアンナさんの妹なようである。その妹さんは子供にしか見えないのに、他の人と同じく帯剣していた。



「私はこれからタナカ様の護衛の任務を行う。皆はここで待っていてくれるか?」



 アンナさんは彼らにそう言った。



「……分かりました。ミルフォード嬢、ここの土地の件で一つ内密にお耳に入れたいことがあります」

「ん? なんだ?」



 男のうちの一人がアンナさんの耳元に手と顔を近づけ、アンナさんも耳を傾けた。



 次の瞬間、その男は手を思い切りアンナさんの後頭部にたたきつけた。



「がっ!」



 意識を失い、男の腕に抱かれるアンナさん。



「撤収!」



 そして彼らは意識のないアンナさんを抱えて、ものすごいスピードで走り去っていった。去り際、アンナさんの妹さんはものすごい形相でこちらを睨んでいった。

 それはほんの一瞬の出来事であった。



 訳が分からないまま、取り残された俺とミーヤ。



「……何だったんだ一体」



 俺はミーヤに聞こえないくらいの声でそう呟いた。

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