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精霊魔法を覚えよう その1

「タナカさん、あの、このたくさんある茶色い箱は何でしょうか?」



 異世界の孤児院を訪問した翌日、俺の部屋に来たミーヤは部屋の中に散乱した段ボール箱の山を見てそう言った。ちなみにミーヤが履いていた靴は玄関に置いてもらった。



「これはですね、内職の道具です」

「内職?」



 先日頼んでつい先ほど届いた、内職のぶつである。



「本日は、これを孤児院に運びたいと思います」

「え、これ全部ですか?」

「そうですね、多いので孤児院の子供たちに来てもらって、運ぶのを手伝ってもらいましょう」

「なるほど、分かりました」



 その後二人でレトルトのカレーとプリンを一個ずつ食べた後、俺たちは手ぶらで孤児院に向かった。ちなみに甘口のカレーを、ミーヤはとてもおいしいといって食べていた。



 昨日と同じ道を通りながら内職の事について色々と話していると、ミーヤが次のように尋ねてきた。



「あの、タナカさん。その内職という仕事は私にもできますか?」

「え? まあ、はい。できると思いますけれど……」

「なら、私もやってもいいですか!?」



 何故かミーヤは内職に意欲を燃やしていた。



「え、いや、私としてはミーヤさんには、これまで通り街の案内をお願いしたいのですけれど……」



 正直、ミーヤがいなくなると困る。



「もちろん、今まで通りの仕事もやります! なので、その他の空いた時間にやりたいんです!」

「別にかまいませんが……なんでやりたいんですか?」



 内職なんて、つまらないだけだと思うけれど。



「えっと……、なんていうか、ちゃんとした仕事だなって思って……」



 ミーヤは言葉を詰まらせながらそう言った。



「? ミーヤさんの仕事も、ちゃんとした仕事ですよ?」

「あ、いえ、そういう意味じゃないんです、ごめんなさい。ただ……タナカさんがもしこの街に慣れたら、私なんていらなくなっちゃんじゃないかなって思って……」



 なるほど、と俺は納得した。どうやらミーヤは首になるのを恐れていたらしい。



「大丈夫ですよ。たぶん私がこの街に慣れることはないんで」



 もちろん、何度も行き来すればこの街のどこに何があるかくらいはいずれ覚えるだろう。現に今日も孤児院への道筋は覚えている。しかし、場所を覚えることと慣れることは全くの別物なのである。

 それにミーヤと一緒に異世界を歩くことは、けっこう楽しい。



 俺はミーヤがいなければ、商人ギルドへも行けないしましてや孤児院や市場などなおさら無理である。人権や法律があるかどうかも分からないような異世界に一人でいるというのが、純粋に怖い。



 自慢じゃないけれど、俺はめちゃくちゃ臆病者なのである。石橋を叩いて渡るという言葉があるけれど、俺は石橋はそもそも渡らない人間である。だって地震とかが起きて、崩れたら怖いから。



 しかし、俺の言葉をミーヤはあまり信じれていないようだった。



「……まあ、別に時間外にする分には全然構いませんけれど」

「はい、ありがとうございます!」



 ミーヤは嬉しそうにそう答えた。



 しばらくして、孤児院の前についた。

 敷地内では子供たちが走り回っている。その中に数名の大人の姿も見えた。



 俺とミーヤは敷地内に足を踏み入れ、子供と戯れている一人の妙齢の女性のもとへと近づいて行った。

 俺達が近づくと、その女性や周りの子供たちは遊ぶのを止めてこちらをみた。

 やはり、大勢の人たちから注目されるというのは心臓に良くない。



「こんにちは。あの、私、この孤児院の出資者のタナカと申します。それと、こちらは従業員のミーヤです」

「は、はじめまして、ミーヤです」



 俺達がおずおずと申し出ると、その女性は驚き慌てて居住まいを正した。



「これは失礼しましたタナカ様にミーヤ様」



 タナカ様、などと呼ばれてしまった。

 その女性は自分の名前と、今日からここで働くことになったことを伝えてくれた。



「このたびは本当に雇っていただきありがとうございます」



 そう言って、その女性は俺に向かって深々と頭を下げた。



「いえいえ」



 俺は別に金を出しただけなので。



「みんなもお礼を言いましょう。昨日の夜や今日のお昼、お腹一杯ご飯が食べられたのは、こちらのタナカ様のおかげなんですよ」



 すると子供たちが声を合わせて、お礼を言ってきた。

 俺はへこへこと頭を下げる。



「えっと、今日は昨日孤児達に頼んだ仕事をお願いしたくて来たんですけれど」

「ああ、それでしたら、その子たちはエルダ院長と一緒に、あちらの院長室にいます」



 院長室と言って指差されたのは、昨日も訪れた小屋だった。

 俺は女性にお礼を言って、その小屋に向かった。

 小屋の入口には、昨日はなかった呼び鈴がついていた。



 その呼び鈴を鳴らすると、すぐに中から「はい」という返事が返ってきた。



「ごめん下さい。孤児院の出資者のタナカと申します」



 俺が名乗ると、再び中から「少々お待ち下さい」という返事が返ってきた。

 そして、それから扉が開き、中から白髪をしたこれまた妙齢の女性がでてきた。



「こんにちは。私はこの孤児院の出資者のタナカと申します」

「えっと、ミーヤです」

「タナカ様! それとミーヤ様。ようこそお越しくださいました。私は今日からこの孤児院の院長を務めさせていただくことになりました、エルダと申します。タナカ様のことはマヤ様から伺っております。それにミーヤ様も、よろしくお願いいたします」



 にこやかな笑顔でエルダさんはそう言った。



「いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします」



 俺達は頭を下げた。



「ところでマヤさんは?」

「マヤ様なら、商人ギルドの方におられます。孤児院経営の実務は私が承っておりますので」

「ああ、そうなんですか」



 俺は頷いた。

 それからエルダさんに招かれ、俺達は中に入った。

 中には食器棚や本棚、仕事机など昨日はなかった家具が置かれており、仕事机の上には書類などが山積みになっていた。

 そして部屋の片隅に、固まって座っている子供達がいた。彼らは、俺が昨日仕事を頼んだ少年少女たちだった。



 一人の少年と目が合い、その少年は俺を指さして声を上げた。そして皆がこちらを振り向いたかというと、犬耳少女とリュウくんを除いてわらわらと俺の元へやってきた。



「こんにちは、タナカ様!」

「ご飯ありがとうございます!」

「こんにちは!」



 口々にしゃべりかけてくる少年達。俺は圧倒された。



「こらこら、皆さん。そんなばらばらに話しかけたらタナカ様が困るでしょう」



 そうエルダさんが言うと、子供達は素直に従って俺から離れた。

 ふと、俺から離れたところにいたリュウ君と目があった。彼はインパクトが強かったせいか、五人の中で唯一名前を覚えている子供である。

 リュウ君は俺と目が合うと、ぷいと顔をそらしてしまった。恥ずかしかったのだろう。その気持ちはよくわかる。

 リュウ君の隣にいた犬耳少女が、ためらいがちにぺこりと頭を下げた。



 俺とミーヤは椅子に腰かけた。その周りに子供達がよってくる。



「子供たちの方から、昨日タナカ様に仕事を頼まれたと伺っております」



 向かいに座ったエルダさんが言った。



「ええ、そうなんですよ。誰にでもできる簡単な仕事なんですけれど、数が多いので手伝ってほしくて」



 俺は簡単な仕事であることを、エルダさんにアピールした。



「そうですか。タナカさまは孤児院の経営者……とは厳密には違いますけれど、私や子供達の雇主です。ですから私達のことは従業員だと思っていただいて、ぜひともお任せ下さい」



 エルダさんはそう言ってにこりと笑う。

 それはありがたい。



「ありがとうございます」



 俺がお礼を言うと、エルダさんは首を横に振った。



「いえいえ、むしろお礼を言うのは私の方です。また再びこの孤児院で働かせていただけるのですから」

「エルダさんって、昔ここで働いていたんですか?」



 俺はそう尋ねた。



「ええ、私だけでなく、今この孤児院で働いているのは昔ここで働いていた人達ですよ」



 頷くエルダさん。

 なるほど、だから子供達もなついていたのか。



「ここを首になって仕事もなく、路頭に迷っていました……。こうしてまたここで皆と暮らせるのも、タナカ様のおかげです」



 いえいえ、と俺は首を横に振った。

 一瞬しんみりとした空気が流れる。しかし、そんな空気を意に介さないのが子供だった。



「エルダ先生、それより仕事、仕事!」



 少年の一人がそう言った。えらくやる気に満ちている。



「……ええ、そうでしたね。タナカ様、その仕事というのは具体的に何を?」

「えっと、簡単な手作業です。その道具が私の家にあるので、子供達に取りに来てほしいんですけれど」

「そうですか。分かりました。では皆さん、タナカ様の言うことをよく聞くんですよ」



 エルダさんが笑顔でそう言うと、皆大きく返事をした。



「……あの、エルダさん」

「はい、なんでしょう」

「その、タナカ様っていうのはすごく恥ずかしいので、やめてもらえませんか。せめてタナカさんでお願いします」



 先ほどから違和感がひどい。

 俺がお願いすると、エルダさんは了承してくれた。



「あと、できれば他の人にもタナカさんと呼んでくれるように伝えてもらえませんか?」

「分かりました」



 それから俺とミーヤは少年少女を引き連れて、俺の家への帰路についた。

 帰り道、俺は矢継ぎ早に飛んでくる少年達の質問に、適当な返事を返しながら歩いていた。一人を除いて名前を覚えていないのが、非常に申し訳ない。

 その俺が唯一名前を覚えているリュウ君は、俺から少し距離をとり一人で横を歩いている。



 次にミーヤの方を見ると、少女達と仲よく何かを話していた。特に猫耳少女と犬耳少女がしゃべる光景は和む物があったけれど、犬耳少女の表情は少し硬かった。



 家についた後は、俺は家の前で子供たちに段ボール箱を手渡した。男の子は一人で一つ持ち、犬耳の女の子とミーヤは二人で一つを持った。

 俺も残った最後の一つの段ボール箱を持って外に出ると、リュウ君が近づいてきた。



「……それ、俺が持つよ」



 リュウ君がそう言った。



「え、いや、悪いです」



 いくらなんでも、二つは重いだろう。



「……いいから、のせて」



 リュウ君はむっとしたような表情でそう言った。

 仕方ないので、ゆっくりと上のせる。



「重くないですか?」

「重くない」

「すごいですね。じゃあ、行きますけど。重くなったら言ってくださいね」



 リュウ君は頷き、歩き出した。

 


 自分だけ何も持たないのは申し訳ない。

 俺は重そうにしている子を見つけて、代わりに持ってあげると言った。



「いい、自分で持てる」



 しかし、その子は首を横に振り荷物を貸してくれなかった。他の子に手伝おうかと尋ねたのだけれど、結局誰も手伝わしてくれなかった。

 しかたないので、手持ちぶさたのまま歩き出した。



 リュウ君を見ていると、彼は二つ抱えたまま平然と歩いている。本当に力持である。



「リュウ君はね、身体強化の魔法を持ってるんだよ!」



 俺が感心していると、一人の少年が俺に教えてくれた。



「身体強化の魔法?」

「うん、だから力持ちなんだ」



 へー、そう言う魔法があるのか。



「ちなみに、そう言う魔法ってどうやったら覚えられるのですか?」

「? えっと精霊教会で精霊様にお祈りを捧げるんだよ」

「そうすれば、魔法が覚えられるのですか」

「ううん。精霊様は気紛れだから、選ばれないと駄目」

「へー、すごいですね、物知り」



 俺が褒めると、その少年は嬉しそうにはにかんだ。



(しかし、魔法か、それはぜひとも行ってみなければ)



 俺は心に決めた。



 そして孤児院に戻った俺達は、段ボール箱を院長室に運んだ。



「これは一体何ですか?」



 エルダさんは、部屋に積まれた段ボール箱を見てそう言った。子供達やミーヤも興味津津である。



「これから組み立ててもらう部品です」



 俺は一つの段ボール箱をあけ、中のものを取り出し始めた。

 俺の周りに輪になるように座る子供達とミーヤとエルダさん。



「えっと、まずですね、ここをこうして……」



 俺は説明書を読みながら、組み立て方を実演してみせた。

 それを周りの子たちは真剣に見つめる。



「これで完成です」



 一分もたたないうちに、それは完成した。



「え、もう完成ですか? すごく簡単ですね」

「そうですね。ただ、ここの箱に入った全てを完成させてもらう必要があります。なので皆さんで手分けしてお願いします。別にここにいない人達に手伝ってもらっても全然構わないので」



 そうすればきっと、それほど負担にはならないだろう。



 それから実際に子供達に一つずつそれを作ってもらった。混じってミーヤやエルダさんも挑戦している。

 簡単なので全員すぐにできた。



「これなら子供でもすぐにできますね。えっと、期限はありますか?」



 エルダさんが尋ねた。



「そうですね、三日後の朝十時まで、ええっと……」

「かまいませんんよ。商人さんの仕事ですもの。きちんと時間を確認して向かわせますので、正確な時刻を教えていただければ」



 異世界の人が時間におおらかなことを思い出して言葉に詰まった俺に対して、エルダさんはそう微笑んだ。



「すみません、では完成したものをこの箱にいれて、朝の十時までに私の家に持ってきてください。それから昼過ぎにもう一度来てください。その時にまた未完成のものを渡しますので」

「分かりました」



 子供達は早速、次のものに取り掛かり、内職に夢中になっている。ミーヤも一緒になってやっていた。

 俺はとりあえず今日のやることは終えたので、お暇することにした。ミーヤに声をかけ、エルダさんにお暇のあいさつをした。



「そういえば」



 帰り際、エルダさんが言った。



「マヤ様から、タナカさんがどこに住んでおられるのか尋ねてほしいと言付かっておりました」

「ああ、えっと……」



 言われて考えてみるけれど、住所とかよく分からない。

 ミーヤに尋ねると、ミーヤはエルダさんに大まかな場所を伝えた。

 住所じゃなくてよかったらしい。



「分かりました。お引き留めして申し訳ございません」

「いえいえ」



 そう言って、俺達は今度こそ小屋を出た。

 そして門に向かって歩いていると、後ろから足音が聞こえてきた。



 振り向くと、リュウ君がこちらに走ってきていた。

 俺とミーヤのそばまでやってきたリュウ君は、立ち止まって俺を見上げた。相変わらずちょっと拗ねたような顔をしている。



「あ、あの」

「はい、何でしょう」



 尋ねると、リュウ君は俯いてしまった。



「……その、あ、ありがとうございました!」



 そしてリュウ君はばっと頭を下げて、そのままダッシュして行ってしまった。



 ミーヤと顔を見合わせる。

 もう一度、走りゆくリュウ君の背中を見た。



「……ツンデレなのかな?」



 よく分からないので、そう思っておくことにした。

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