現実の自分 その4
「いやはやまったくもう、異世界の孤児院はなんというか怖いね」
初めて異世界の孤児院を訪れたその日、帰ってきて思わず口から洩れた言葉がそれだった。
孤児院の敷地にあった小屋で話した少年少女達の様子を思い出す。
「なんというか、目力が違ったよね。思わず適当なことを言って逃げ帰ってきちゃったよ。特にあの……誰だっけ? リュウくん? 彼が怖かった。女の子はやっぱり可愛かったけれど」
俺はぶつぶついいながら椅子に座った。そしてパソコンを立ち上げる。
「まあ、目的は達成したし……」
現実での金儲けの目途をつける。そのためにあの小屋で孤児達と話をしたのである。
パソコンが立ち上がったので、俺は早速ネットを開いた。そして目的の求人サイトへととび、前日にある程度目星をつけていた一つの内職に応募した。
選んだ基準は素人でもできそうな単純作業であることと、材料の運搬や納品を相手の会社がやってくれることである。
実はその一件だけでなく他の内職の仕事も探したのだけれど、残念ながら要望にあうものはなかった。
今の時代内職も車がないと、都心でなければ厳しいらしい。
数分がたったころ、その応募した会社の方から連絡がきた。
相手の方に仕事の量を相談されたので、ちょっとお金が必要なのでなるべくたくさんやりたいと言うと、限度いっぱいまで任せてくれた。
その後もスムーズに話はまとまった。
電話を切り、ガッツポーズをする俺。それから一カ月どれくらいの儲けになりそうか計算してみると、六万円くらいになりそうだった。
これで大学在学中に金銭で困ることはないだろう。ただ卒業後も生活するためには、これだけでは到底心もとないけれど……。まあ、濡れ手に粟だということでよろこんでおこう。
続いて俺は、今朝とったミーヤの動画の編集に取り掛かった。こちらも内職の応募と同じで、本日中に何としても終わらしたいことだった。
字幕を入れるほかは対して編集していないにもかかわらず、動画をアップロードするまでにニ時間弱かかってしまった。
アップロードを終えて一息つく。
ベッドにダイブして、目をつむったまま枕に顔を埋めた。
少しこのまま休憩しようと思ってぼぅっとしていると、ふと『タナカさんはどこで日々の食材を買っているんですか?』というミーヤの言葉が思い出された。
(あー、あれもどうにかしないとな)
目を閉じたままどうしたものか、と考える。
さすがにいつまでも材料の出所の分からない料理を振る舞っていたら怪しまれるだろう。しかしミーヤの言葉では市場で売っているには、日本の肉は高級すぎるらしい。魔物の肉ってそんなに美味しくないのだろうか。
(最悪、ミーヤには日本の料理を振る舞うのをやめれば済む話ではあるけれど……)
コンビニ弁当を頬張る、幸せそうなミーヤの顔が思い浮かんだ。
(……まあ、とりあえずあと一週間、ミーヤに日本の料理を振る舞う言い訳を考えてみよう)
なんとなくそう決めた。これにて一件落着だから、今度こそ一眠りしよう。
そう思うのに、頭はぐるぐる回っている。
(駄目だ。休めそうにない……)
俺は休むのを諦めてベッドから起き上がり、パソコンの前に再び座った。
動画投稿サイトのマイページ画面。意味も無くマウスを握ると、ふと前の動画の再生数が気になった。
(そういえば優治がブログで宣伝してくれるって言ってたけれど、どうなったんだろう)
俺はアップロード済みの動画の一覧を開いた。
すると一つ目の動画の再生数の欄には、四桁の数字が並んでいた。
「うい?」
驚いた俺は、その動画のページにとんだ。
四桁の再生数、そしてコメント欄にはたくさんのコメントが並んでいた。
スクロールしてコメントを確認してゆく。ミーヤのかわいさを絶賛するものや、猫耳やしっぽのクオリティの高さに舌を巻いているコメントがほとんどだった。
俺はあまりの嬉しさに、声にならない雄叫びをあげた。
俺はスマートフォンをとりだし、急いで優治に電話をかけた。
数回のコールの後、相手がでた。
『はい、井上です』
「優治、俺、田中」
『おお、一郎か、何、どうしたの?』
「ああ、ちょっとお礼が言いたくてさ。今電話してて大丈夫?」
『大丈夫、大丈夫』
「いやー、ミーヤちゃんの動画みたよ。すごい再生数が伸びてた」
『ああ、それね。それはよかった。俺のブログに載せたかいがあったよ』
優治は自慢げに笑った。
「ミーヤちゃんもさ、急に動画の再生数が伸びて大喜びだったよ。それで優治のことを伝えると、ぜひ優治さんによろしく伝えておいてくださいって言ってた」
『え、まじで!』
「まじまじ」
真っ赤な嘘だけれど。
『え、一郎ってミーヤちゃんとそんな気軽に電話ができる仲なの?』
「あー、なんていうか……愛人関係?」
『おまわりさんこいつです』
「うそうそ」
俺は笑った。
『というか、一郎がリアル女のことで冗談を言うのってめずらしいよな』
「え、そう?」
『うん。だって高校時代はさ、女子を目の敵にしてただろ』
「いや、別に女子全員を目の敵にしてたわけじゃないから……」
『まあ、そうだけどさ……』
高校時代の思い出したくない嫌な記憶が脳裏によみがえる。
「そんなことはいいじゃん。それよりさ、優治がせっかくブログで宣伝してくれたんだからさ、こっちも……あー、ミーヤちゃんも優治のブログを説明欄とかで宣伝しましょうかって言ってたよ」
『あ、ほんと。ありがたいけれど、でもそれは駄目かな。そんなことすると、叩かれる可能性があるから』
「そうなのか」
『うん、あ、でも、コメント欄の一番上の所にさ、「急に再生数が伸びてびっくりしています。皆さんは一体どこでこの動画を知っていただけたんですか」みたいなコメントを載せてもらえればう嬉しいかも』
「え、そんなんでいいの?」
『うん、たぶん今だったら俺のブログで知った人も多いと思うから、そういう人たちが返信で俺のブログの名前を出してくれるかも』
「なるほどな。分かった」
思わず感心してしまった。
『それとなんだけどさ、一郎』
「うん?」
『美由希がさ、ミーヤちゃんにはまっちゃってさ。一度でいいから直接会ってみたいって言ってるんだけれど、会えない?』
優治の口から美由希という言葉が出たとたん、やっぱり背中がかゆくなる。
「あー、それは厳しいかな。外国だし……」
『だよなー……、ちなみに外国ってどこ?』
「えっと、フランス」
『フランスかー、一郎はさ、なんだっけ、あの、旅行サークルだっけ? あれで時々フランスに行くの?』
「あ、えっと、昔は行ってたけれど、今は、その就職活動やらで忙しくてやめた」
『ああ、それはそうだよな……』
俺はぼろが出る前に、話題をそらすことにした。
「それよりさ、ミーヤの身長が分かったからさ、こんど何か撮影の衣装をプレゼントするの手伝ってくれない」
『お、分かったの?』
「うん」
今日直接測らせてもらった。
『いいね……あとさ、それって美由希も行っていい?』
「あー、うん、いいよ」
正直、相手が恋人連れでこっちが一人というのは抵抗があった。
『悪いね……美由希がどうしても行きたいっていうからさ……。一郎はいつ暇? 今週の土日は?』
「両方暇だよ」
『お、なら土曜日にしよう。土曜日なら美由希もきっと大丈夫だと思うし。一応美由希にきいてから、待ち合わせ場所と時間はメールで相談するわ』
さらりと、そんなセリフを吐く優治。
「……なんていうか、優治こそ変わったよな」
『え、どこが?』
「高校時代はさ、俺と一緒でライトノベル読んで、アニメ見て、ニ次元にどっぷりハマってたのにさ」
『いや、別に俺は三次元を捨てていたわけではないからね、クラスの女子はあれだったけれど』
そういえば優治は高校時代から俺と違って社交的で、軽く話す男友達くらいならクラスに何人もいたことを思い出した。
『……そういえばさ、一郎って彼女いるの?』
いきなり、優治が爆弾を投下した。
「……いません。いたこともありません」
文句ありますか。
『あ、そうなんだ。いや、美由希が前回ちょっとききにくかったみたいでさ』
「そうか、気を遣わせてしまって申し訳ないです」
『いやいやいや、全然いいんだけれどさ、え、彼女は欲しいの?』
言われて考えてみる。
「今はいらないかな。ちゃんと安定した収入を得られるようになったら欲しい」
『あ、一応考えてはいるんだ』
「うん、だって両親が結婚しろって言っているから」
『へー、あの一郎が、丸くなったね』
「そうか?」
『だって、高校時代「俺の将来の夢は、初任給でカードキャプターさ○らのDVD全巻買いそろえることだ」って言っていたような男がだよ』
懐かしすぎて、思わず笑ってしまった。
「やっぱり年をとるとね、夢ばかりでは生きていけないのよ」
『まあねぇ……』
「あのころは早く独り立ちして、稼げるようになってやるって意気込んでたのになぁ……」
あの頃は、大人になれば何もかもが自然にうまくいくと思っていた。
なのに現実は全然予想と違った。現実はいつも袋小路で、それなのに後戻りすら出来ない。
俺がしみじみと思っているとその時、電話の向こうから女性の、ただいまー、という声が聞こえてきた。
おかえりー、電話の向こうで返す優治。
「……え、何、優治、今の誰?」
『え、ああ、美由希だけれど』
「……え、もしかして同棲してんの?」
『うん、してるけど』
優治はさらりと言いやがった。
「……優治」
『何?』
「爆ぜろ」
俺は通話を切った。




