初めての孤児院経営?
オタクの聖地で久しぶりに出会った親友優治に彼女を紹介されて、人間としての格の違いを見せつけられた日の翌日、俺はミーヤに男物のパジャマの上着をきさせてビデオカメラを向けていた。
俺は優治と福田さんのおかげで気付くことができた。大事なのはミーヤに何を着せるかではなく、何をやらせるかということであると。
「とりあえず、意気込みだけ先にお願いします」
俺は動画の再生ボタンを押した。
「え、えっと、頑張ります?」
ベッドに腰掛けたミーヤは、疑問形でそう言った。
まあ、それはそれで萌えポイントは高いような気はするから、いいとしよう。
俺は停止ボタンを押した。
「OKです」
「……あの、タナカさん、これから何を?」
ミーヤがおずおずと尋ねてきた。
「ずばり、今日の動画のお題は『猫耳としっぽを揺らしてみよう』です」
ミーヤは頭上にはてなを浮かべている。ちなみにこのお題は俺が昨日、ベッドの中で考えた。
「ミーヤさんって、その耳としっぽは自分で動かせるんですか」
「え、はい。できます……」
「そうなんですか。でも嬉しかったり緊張したり怖かったりしたりすると、自然と動いたりもするんですよね」
実際、ご飯を食べている時はよく動いているのを見る。
ミーヤは頷いた。
「なので本日は、どういうときに猫耳としっぽがよく動くのか、確認してみようという企画です」
説明しても、あまりミーヤの疑問は解けていないようだった。俺は気にせず先に進めた。
俺は机の上に置いてあったビニール袋の中から、カラフルなポリエステル製のねこじゃらしをとりだした。
「まずはこれです」
「……そのきれいなのは何ですか?」
「猫じゃらしです」
「?」
どうやらミーヤは猫じゃらしをよく知らないらしい。
「えっと、ミーヤさんには床に座ってもらい、私がこれをミーヤさんの前に振るので、それを捕まえてもらいます。ただし足は動かさずに手で、この棒の先端を狙って下さい」
「……あの、一つ聞いてもいいですか」
ミーヤが不安げな面持ちで、俺の目を見た。
「何でしょう」
俺がそう言うと、ミーヤは少しためらった後、こう切り出した。
「私って……タナカさんの愛人なんでしょうか?」
「……は?」
俺は思わず声をあげていた。
「い、いえ、その、昨日タナカさんと別れた後、その、知り合いに会いまして……。それで、その子が言うには、こんなにたくさん給料をくれるということは、きっと私のことを愛人として囲ってるんだろうって……」
ミーヤは頬を赤らめ、もじもじしながらそう言った。
慌てたのは俺のほうである。
「いやいやいやいやいや、違いますよ! ミーヤさんは愛人ではありません!」
「……そうなんですか?」
ミーヤさん、何故少し残念そうな顔をする。
「はい、もちろんです!」
幼女を愛人として囲うとか、色々とはっちゃけ過ぎだろう。少なくとも童貞のする行為ではない。というか誰だ、こんないらないことをミーヤに吹き込んだのは……。
「……でもタナカさん、私にその男性用の服をきさせて、変なことをさせて、それを動く絵にかくので……。その、そう言うのが好きな人なのかなって思って」
ぐうの音も出ない指摘が、俺の心臓に突き刺さった。
自分の愛人の裸の絵をお抱えの画家に描かせる貴族、そんなイメージが俺の頭に浮かんだ。もしかしたらミーヤにとって俺もそんな風に見えているのかもしれない。
「いや、あの、その、確かにその格好に関しては私の趣味が入っていないということも否めないですけれど……、ミーヤさんの動画をとるのは、これはお金儲けのためなんです」
「お金儲け……」
「はい」
これは本当だ。俺がミーヤをこうやって動画でとるのは、あくまでお金儲けが目的である。ただ動画の内容を考える際に、自身のフェチを爆発させているかもしれないけれど。
ミーヤはいまいち納得できていない顔だった。
「その、ミーヤさんお願いいたします」
「あ、い、いえ、すみません。雇ってもらっている身なのに、変なこと言ってしまって」
俺が頼み込むと、ミーヤは慌てて謝ってきた。
「え、えっと、床に座ればいいんですよね」
ミーヤはベッドの前の床に座った。
俺もミーヤと正対するように床に座った。そしてビデオカメラを椅子の上に置き、ミーヤだけがフレームインするように上手く調節した。
少し緊張した面持ちのミーヤ。
俺もまだ空気を引きずっており、ちょっとやりずらい。
俺は空気を変えるために、ご褒美を提示することにした。
「えっと、上手く捕まえられたらプリンを差し上げます」
「え、本当ですか! ……あ、で、でも悪いです……」
一度食いついたミーヤだったけれど、何故か遠慮してしまった。でも猫耳やしっぽはそわそわと揺れており、どう見てもプリンが食べたそうである。
(なんだか今日のミーヤは遠慮がちだな……)
俺はそんな風に思ったけれど、できれば動画撮影のモチベーションアップのためにも受け取ってもらいたい。
「いえいえ、いいんですよ。きちんとこの動画をとらしてくれれば、プリンはその成功報酬ですから。何も悪いことなんてありません」
俺はあくどい笑みを浮かべた。
「タナカさん……」
「では、始めましょうか」
目をうるませているミーヤ。
そして俺は、動画の再生ボタンをおした。
結果は大成功だった。
猫耳をぴくぴく反応させながら猫じゃらしを追いかけるミーヤという、素晴らしい動画がとれた。
ただ、一番猫耳としっぽが顕著に動いていたのはご褒美のプリンを食べている時だったけれど。
動画の撮影を終えた俺はミーヤを連れて、早速異世界へと繰り出した。目的は、昨日商人ギルドで無料で借りることができた店舗と従業員の確認である。特にこの従業員の確認が、俺の現代での金策のために急務だった。
「今日はどこへ行くんですか?」
部屋を出てミーヤが尋ねた。ちなみにミーヤは俺が昨日買ってあげた服と靴を身につけている。
「えっと、昨日商人ギルドで貸してもらった店舗と従業員の確認に行こうかなと思ってるんですけれど」
俺は金貨を数枚ポケットに忍ばせ、昨日商人ギルドで交わした契約書を封筒にいれてわきに挟んで、家を出た。
「あ、孤児院ですよね。それなら私、場所分かりますよ」
ミーヤがそう言った。
「え、孤児院?」
対して驚く俺。
「え、違いましたか? えっと孤児院の場所は有名なので、間違いなかったと思うんですけれど……」
俺は封筒から契約書を取り出し、その住所を再び読み上げた。
ミーヤは頷いた。
「はい。そこはおそらく、孤児院で間違いないと思います」
「そうなんですか……孤児院って商売できるんですか?」
「えっと、孤児の人たちが作ったものを売るお店とかは、ありますよ」
なるほど、そうか。商人ギルドは孤児を従業員として貸し出すことにより、孤児にも仕事を与えているのか。
納得した俺は、ミーヤ先導のもと孤児院の場所にむかった。
歩きながら、俺はミーヤと色々なことを話した。
仕事や孤児院に関係することや、それ以外の日常的なことにつても。昨日に比べれば俺も少しは、自然に雑談できるようになった様な気がする。
「ところでタナカさんは、日々の食材はどこで買うおつもりなんですか?」
「え、食材?」
途中ミーヤにそう尋ねられ、俺は聞き返した。
「はい。タナカさんは最近この街に越してきたのですよね? いくら日持ちの魔法で持たせているといっても、食材には期限がありますから」
「あ、ああ! なるほど、そういうことですか」
俺はようやくミーヤの言っている意味を理解し、そして困った。
もちろんミーヤに振る舞っている料理は日本のコンビニ産なのであるけれど、それは言えない。
「えーっと、どこで買うのがいいと思います? やっぱり市場ですか?」
「えっと、たぶん市場ではタナカさんが求めるような高級なお肉は売っていないと思います。他にそういう高級なお肉を手に入れる方法は……ごめんなさい、分かりません」
俺が聞き返すと、ミーヤは少し考えて申し訳なさそうにそう答えてくれた。
「ああ、いえ、いいんです。ともかく、食材はそのうち適当に買いますよ」
俺はやむなくそうごまかして、その話を切り上げた。
それからしばらく道を進んでいると、道端に蹲っている子供の姿が増えてきた。
皆表情の抜け落ちたような顔をしており、ちょっと怖くなってきた。
「ここって、治安は良くないんですか?」
「……いえ、ここは表通りなので、衛兵さんも歩いていますし、全然治安はいい方です。ただ裏はスラムなので、絶対に入らないでください」
俺は戦々恐々としながら頷いた。
「着きました。ここが、孤児院です」
ミーヤに案内され、孤児院についた俺が最初に抱いた感想は、なんだか小学校みたいだな、というものだった。開けっぴろげになった門の奥に敷地が広がり、その真中にコの字型の木造建造物が建っている。少し周りの建物から孤立した場所だった。
「えっと入ってもいいんですかね?」
俺が尋ねると、ミーヤも首をかしげた。
しかし悩んでいても仕方ないので、俺とミーヤは門をくぐって孤児院の敷地に入った。
敷地内を見渡すと、孤児院の敷地の片隅で十数名の子供たちが一か所に集まってるのを見つけた。近づいてゆく。
子供達はある一か所を半円になるような形で囲み、目をつむって地面を見下ろしていた。そしてその様子を一人の少年が、後ろから苦々しい表情で見つめている。
子供たちが囲んだ地面には、掘り起こされたような跡があった。よくみてみると、他にもそのあたりの地面には、掘り起こされたような跡がいくつもあった。
俺が近づいているのに気付き、子供たちが数人こちらを振り向いた。その体は痩せこけており、顔は煤汚れていた。そしてその目はあまり友好的ではない。というか、完全に不審者を見る目だった。
「あ、あの、私はタナカといいます。ここの管理人の人に少し用があるんですけれど、どこにいけば会えますか?」
俺は若干怖じ気づきながらも、後ろにいた一人の少年に話しかけた。
「管理人? しらねぇよ、そんなの」
少年はぶっきらぼうにそう言った。意志の強そうな鋭い目をした少年だった。
「えっと、管理人さんなら、あそこにいます」
若干及び腰になった俺に対して、そう答えてくれたのは一人の少女だった。
その少女は犬耳と犬の尻尾を持った少女だった。
犬耳少女が指さしたほうを見ると、木造の小屋てがぽつりと建っていた。ふんと鼻を鳴らす少年。
俺は犬耳少女にお礼を言って、その場を離れた。
背中に子供達の視線を感じる。
小屋の玄関前に立った。
呼び鈴を探してみるけれど、見当たらない。どうすればよいのだろう。ミーヤに聞いてみた。
「? 普通に戸を叩くか、呼びかければよいと思います」
なるほど、それでいいのか。
俺は早速呼びかけてみた。
「すみませーん」
少し待つ。すると扉が開いた。
「はい……あら、タナカさん」
中から出てきたのは、昨日商人ギルドの受付で会った女性だった。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。良かった。なかなか来てくれなかったらどうしようかと思っていたんです。……えっと、そちらの方は?」
受付の女性はミーヤを見て尋ねた。
「えっと、従業員のミーヤです」
「は、初めまして。タナカさんのもとで働かせていただいているミーヤといいます。よろしくお願いします」
ミーヤが頭を下げる。
「そうですか、そういえば昨日も一緒でしたね。どうぞお入りください」
「あ、いや、私はただのタナカさんの案内役なので、ここで待ってます」
ミーヤが手を振って断った。俺としてはついてきてほしいのだけれど、無理にも誘えない。
結局俺は一人で中に入った。中は一部屋のみで、長テーブルと椅子の他には何もない殺風景な部屋だった。
俺と受付の女性はテーブルをはさんで腰かけた。
「えっと……」
受付の女性の名前が分からないので、呼びづらい。
「今日は管理人に会いに来たんですけれど、どこにいますか?」
「私が管理人ですよ」
俺が尋ねると、受付の女性はそう答えた。
「え? 商人ギルドの方では?」
「はい、商人ギルドの仕事の中に、この孤児院の管理も含まれているんです」
「ああ、なるほど」
俺は頷いた。
逆に受付の女性が不思議そうな顔をした。
「あれ、驚かれないんですか?」
「え、何がですが?」
「……ここ、孤児院ですけれど」
「ああ、それですか。ミーヤに聞きました。まあ従業員が子供というのは少し驚きましたけれど、だってタダですしね」
「……そうですか。ですが、孤児院だと了承していただいているのなら話は早いです。では、孤児院の運営費をタナカさんにお願いします」
受付の女性の言葉に、俺は驚いた。
「え、タダじゃないんですか?」
俺が尋ねると、受付の女性はにこりと笑った。
「はい、従業員として雇うのはタダですよ。孤児院の運営費を出してもらえさえすれば」
「え、もしかして私が孤児院の運営をするんですか!?」
予想外の展開に、俺は驚いていた。
「いえいえ、運営は商人ギルドの代理として私が行います。タナカさんは運営費だけ出してもらえれば、後は全てこちらで行います」
「そうなんですか」
よかった。孤児院の運営なんて絶対できない。
ただ、一体いくらかかるんだろう。
「ちなみに、運営費ってどれくらいかかるんでしょうか……」
「そうですね……。ちなみにタナカさん、先日商人ギルドにお持ちいただいたあの胡椒はまだお持ちですか?」
「え、ええ、まあ、ありますけれど」
またスーパーで買えばよい話だし。
「うちの副ギルド長の言葉ですけれど、『運営費は胡椒で払ってもらっても買わないですよ』、とのことです」
笑みを深める受付の女性。
「そうなんですか。ちなみに一カ月どれくらいの量を払えば」
「そうですね。先日お持ちいただいた量もあれば十分ですけれど」
なんだ、それだけでいいのか。俺はふぅとため息をついた。
胡椒百トンとか要求されたらどうしようかと思った。それなら全然余裕である。
「分かりました。ちなみに運営の方は全てやってもらえるんですよね」
「……え? え、ええ、お任せ下さい、本当に払っていただけるのなら」
「分からないことがあったら、相談してもいいですか?」
「ええ、もちろん」
受付の女性は少し言葉に詰まっていた。
「よかった。なら今日中に持ってきますよ」
俺は安堵した。
(でも、これってもしかして、騙されたってことなのかな……)
ふとそんなことを思った。
(昨日は運営費が必要だなんて一言も言ってなかったし……。確証はないけれど)
少しだけ悲しくなる。
(……まあ、俺の目的からすれば別にいいか。それに運営をやってもらえるのなら楽できるし)
騙されたことに対する怒りはあまりなかった。むしろ、運営を任されなくて本当によかったという気持ちでいっぱいだった。
「ちなみに、店舗というのは……もしかして、この孤児院の事ですか?」
「いえ、店舗は別にありますよ。昔は孤児院援助事業の一環として、孤児院の子供達がそこで簡単な小物を売っていました」
店か……。一体何を売ろう。
「その店で、胡椒と勝手売れますかね?」
「こ、胡椒ですか? ……そうですね、孤児院の店舗はその工房も兼ねた仕事場のような場所でして……、なのであまりそのような場所で高級品を取り扱うのはお勧めいたしませんね。それに客層も大きくかけ離れています」
「そうですか……ちなみにその店で何か商売をしないと、商人ギルドの登録が一年後に抹消されたりしますか?」
「いえ、タナカさんはもうすでに商人ギルドから土地を借りていますので、今の時点で商業活動として認められます。よって登録が抹消されることはありません」
ふむ、ならまたゆっくりと考えよう。
「なら案内はまた今度お願いします」
「了解しました」
受付の女性は頷いた。
「あの、それでなんですけれど」
俺は本題を切り出した。
「はい?」
「孤児達にやってほしいなって思っている仕事がありまして、いや決して難しい仕事ではないんですよ。だけど、そういうのってやってもらうには何か許可がいるのかなって……」
児童保護法みたいな法律に違反したくはない。
「タナカさんは、もうここの孤児全員の雇主です。たいていの事は何をさせても許されますよ」
「おお、本当ですか」
それは良かった。
「何か孤児達に仕事を与える時や命令を下す時は、私やこれから雇う大人の従業員に言ってくだされば伝えます。そのための管理人でもありますから」
「本当ですか! いや、助かります。では早速なんですけれど、それなりに手先の器用な子を五人くらい集めてもらえますか」
「了解しました。では呼んできますね」
受付の女性は、にこりと笑って立ち上がった。
ああ、そうか。今日はまだ他に大人がいないのか。
俺はお願いしますと頭を下げた。
「ああ、そうだ」
受付の女性が部屋の扉を開こうとした時、俺は思い出した。
振り返る受付の女性。
「えっと、あの、ものは相談なんですけれど、運営費として二倍の胡椒を払うので、孤児にいいものを食べさせてやることはできませんかね。なんだか、皆やせていたので」
「……」
受付の女性はこちらを向いたまま、何も言わない。
無理だっただろうか。
「……そこまで必要ありませんよ。運営費の半分上乗せしてもらえれば十分すぎます」
「本当ですか、いや、それはよかった」
「……もしタナカさんが、今日の夕暮れ時前までに運営費を渡していただければ、孤児たちは今晩からおいしいご飯が食べれますよ」
「ああ、ではすぐにとってきます」
俺も一度部屋に戻ろう。
受付の女性は、扉を開いて俺に先を譲ってくれた。
俺はお礼を言った。
「ああ、そうだ、一つ言い忘れておりました」
部屋を出る際に、受付の女性が言った。
立ち止まる俺。
「私の名前は、マヤと申します。よろしくお願いいたします、タナカさん」
マヤさんはそう言って、にこりと笑った。