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猫耳少女襲来

 突如部屋に現れた不思議な扉を開けるとそこは、見知らぬ街だった。

 舗装されていない通り、西洋風の街並み、ぽつぽつと歩く目鼻立ちのはっきりした外国人。目に映る全てがカウボーイ映画の中で登場する廃れた街のようで、俺は現実世界から取り残されたような気がした。



 部屋の中を振り返ると、テーブルの上にはノートパソコンが置いてあり、そしてその奥には冷蔵庫とテレビラックが並んでいる。

 再び扉の向こう側に目をやると、レンガ造りの建造物が並び、前を通り過ぎた男性は腰に帯剣していた。



 俺は一度扉を閉めた。

 見慣れぬ形をした内鍵をかけ、扉から距離をとる。恐怖と興奮がごちゃまぜになり、心臓が暴れ回っていた。



「どういうこと?」



 ベッドの上でスマホ片手にくつろいでいたら、いつのまにかベッドとベランダの間にあるはずのない扉が現れていた。

 俺が昼食を買ってコンビニから戻ってきた時には、こんな扉なかったはずである。

 そもそもここはニ階の角部屋なのだから、扉の外は当然空中なはずで、どう考えても広大な街並みが広がっているのはおかしい。



 ……もしかして自分はまだ寝ているのだろうか。昨日の大学でのセミナー発表のため、一昨日から殆ど寝ていなかったから、実はまだ夢の中とか。

 手のひらで頬をぺちぺちとたたいてみてもつねってみても、目は覚めなかった。



 では見間違えではないかとの考えで、再び突如現れた謎の扉に対峙した。鍵のついた古風な扉である。

 もう一度確かめてみよう、俺はそう決心した。



 内鍵をはずして扉の隙間から顔を覗かせると、そこにはやはり広大な街並みが広がっていた。

 外の様子をじっと眺め、見間違いなんかでは無いと確信を深め、そっと扉を閉める。



 丁度そのとき、足下に光るもの落ちているのを見つけ、俺は膝を曲げてそれを拾った。



 バタンと音がして、閉まる扉。



 俺は閉じた扉の内側で、手にしたものをしげしげと眺めた。

 それは金属製の鍵であった。

 もしかしてこの鍵は、この扉のものなのではないだろうか。

 


「と、ともかく」



 俺は立ち上がり、再び扉の内鍵をかけた。

 そして落ちていた鍵を握りしめたまま、テーブル横の椅子に腰を落ち着けた。



 こんな時こそ、努めて冷静に考えを巡らせなければならない。

 夢でもない、見間違えでもない。仮に現実だと仮定すると、俺が次にとるべき行動は何なのだろうか。

 散策? 怖すぎだろう。

 親やアパートの管理人に相談? それもなんだか気が進まない。というかなんて言えばいいだろう。



 そのとき、扉をノックする音が聞こえた。

 音は玄関とは逆、あの扉の方から聞こえた。



 もう一度、コンコンという音が聞こえた。

 誰かが扉を外側から叩いていた。



 静寂に支配された部屋の中で、鼓動だけが一定のリズムで走る。

 俺は鍵をテーブルに置き、口内にたまった唾を飲み込んだ。



「あ、あの」



 聞こえてきたのは、かわいらしい少女のような声だった。

 俺は静かに息を吐いた。



「どなたかいらっしゃいませんか?」



 呼びかけに対して俺はどうしようか一瞬迷ったものの、黙ってやり過ごすことにした。



「えっと……、その、食べ物を恵んでくださいませんか?」



 予想外の要求だった。



「お、お願いします。え、えっと、その、何でもします。だから、少しでいいんです。その、お願いします!」



 その声は必死さをますにつれて、徐々に声のトーンも上がっている。

 ちなみに余談ではあるがこのアパートの壁の防音性能は、絶望的である。



「え、えっと……私は、しょ、処女です! だ、だから!」

「ちょっと待って! 今でます!」



 たまらずに返事をしてしまった。



 気配を悟られないようにそろりそろりと移動し、俺は扉の前に立った。そして意を決して、鍵を外し扉を開いた。



 そこに立っていたのは、ぼろ雑巾のような服を纏った猫耳少女だった。



 小さな両手で服の裾をぎゅっと握りしめ、髪と同じブラウンの瞳で俺をまっすぐ見上げる少女。その頭上では猫耳がピコピコと動いており、尻尾が背中にかくれて揺れている。

 耳も尻尾もつけものには思えないほどにリアルで、俺の視線はその二つに釘づけになった。



「あ、あの」

「は、はい」



 俺は我に返った。



「あの、食料を恵んで……」

「あ、ああ! 食料ね、食料」


 

 まだ幼さの面影が残る少女が食料を求めている。

 俺はテーブルの上のビニール袋をひったくり、それを少女に差し出した。中には先程コンビニて買ってきた昼食が入っている。



「あ、ありがとうございます」



 袋を受け取り、少女は深々と頭を下げた。そのさいに頭頂部がみえた。



「それで、その、支払いなんですけど……」

「いや、支払いはいいですよ」



 少女の眼がまん丸になり、猫耳がピンとはった。



「で、でも……」

「いや、いいですよ、これくらい。また買えばいいので」



 少女は眼を白黒させ、その口は何かを必死に紡ごうとしている。けれど上手く言葉にできなかったようで、少女はうつむいてしまった。猫耳もしゅんとしなだれている。

 不謹慎かもしれないが、それがめちゃくちゃかわいかった。



「え、えっと、それより、よかったら中に入りませんか?」



 女友達すらいたことのない俺がこんなセリフを口走れたのは、おそらく猫耳少女に頼られるという優越感と、こんなかわいい少女ともっと話したいという下心からだったのだろう。

 するとまたしても少女は驚いたものの、おずおずと頷いた。

 俺は心の中で、思いっきりガッツポーズを決めた。



 少女が頷いてくれたので、部屋の中へ迎え入れ、鍵を閉めた。よくよく考えなくても、家族以外の女性がこの部屋に上がるなんて初めてだった。



「あ、そうだ、靴……」



 靴を脱いで、という言葉は、少女が裸足だったため必要なかった。その代わりに少女が踏んだ床は、あとで拭き掃除が必要になりそうだった。

 


 部屋に上がった少女はとかく、挙動不審であった。まるで目に映るものすべてが目新しいかのように、テーブルの上のものや食器棚の食器などを興味深そうに眺めている。



 とりあえず少女に椅子に座るように勧めた俺は、まず濡れタオルで足をふいてもらい、それから飲み物をだした。



「めずらしいですか?」

「あ、はい。なんだか始めてみるものばかりで……」



 どうやら猫耳少女の住む世界には冷蔵庫や、電子レンジは存在しないらしい。

 俺は扉の向こうの世界が、異世界なのではないかと思い始めていた。

 少女は差し出されたぬれタオルに目を丸くし、ジュースの入ったガラスコップに目を奪われている。

 少女の反応一つ一つが、俺の気分を激しく高揚させた。



「おいしい……」

「おいしいですよねそのジュース、私も結構好きなんですよ」



 俺は少女の一挙一動に合わせて動く猫耳としっぽを横目で眺めつつ、自分のコップに入ったジュースを飲んだ。



「あの、聞いてもいいですか」

「はい、なんですか?」

「その耳って、すごく本物ですよね?」



 少女はきょとんとした顔をした。



「はい。えっと……すごく本物です?」

「ですよね」



 ピクピクと動く猫耳を横目で見つつ、俺は鷹揚にうなづいた。ストッパーの外れた心は、猫耳万歳を繰り返していた。



「あの、もしかして……亜人間は嫌いですか?」



 亜人間となんだろう。獣人のことだろうか。



「いやいや、すごく夢を感じますよね」

「夢……?」

「なんていうか、その、ファンタジー的な」

「ファンタジー?」



 全く会話がかみ合わない。けれど首をかしげる猫耳少女は、暴力的な可愛さである。



 その時、少女のおなかが、俺にも聞こえるほどの大音量でなった。

 顔を赤くして、うつむく猫耳少女。至高である。



「あ、どうぞ、食べてください」



 俺が進めると、少女は袋の中からミックスサンドウィッチをとりだし、不思議そうに見つめた。



「なんですかこれは?」

「サンドウィッチです」

「えっと、このまわりの透明なのはなんですか?」

「あ、かしてください」



 少女の世界にはビニールもないのかもしれない。

 俺はビニールをはがして、中身を一つ手渡した。



 少女は手渡されたサンドウィッチを少し眺めたあと、一口ほおばった。

 驚く少女、そしてもう一口、もう一口……。

 堰を切ったように食べ始めた少女の目じりから、涙が次々とこぼれていた。

 ちなみに少女がサンドウィッチを食べている間俺は何をしていたかというと、俺が手渡したサンドウィッチを食べる猫耳少女を眺めてただにやにやしていた。



「ごちそうさまです……」



 少女はもう一つのカツサンドもあっというまに平らげてしまい、幸せそうにそう言った。

 



「あの、申し遅れましたが、私、ミーヤといいます」

「ああ、田中って言います、よろしくお願いします」



 猫耳少女はミーヤというらしい。



「あの、タナカさん。本当にありがとうございました。本当にお腹が減ってて、でも、おかねはないのでその……」



 ミーヤの頬が薄く朱色に染まった。



「は、払えるのは、体くらいしか……」



 とても魅力的な提案ではあるのだが、どう考えても犯罪です。俺は必死に欲望を抑え込んだ。



「いや、本当に、大丈夫ですから……」

「でも、お父さんとお母さんは、優しくしてくれた人にはお礼をしなさいって……」

「あ、両親いるの?」



 思わず、ため口が出てしまった。



「……いたんですけど、お父さんは死んで、お母さんはいなくなってしまいました」



 軽い気持ちで聞いたのだが、思いっきり地雷を踏みぬいてしまった。



「す、すみません、聞きにくいことを聞いて」

「いえ、いいんです、でもだから、何かお礼をさせてください」



 ミーヤはまっすぐと俺を見据えた。

 なんと素晴らしい子なのだろう。

 ただ性犯罪者にはなりたくないので、体で支払ってもらうことはできない。俺は何か良い案はないかと考えた。



「あ、それなら、街の事を教えてください」

「街の事?」

「そう、扉の向こうの街の、例えば名前とか」

「? 街の名前はフロイトですけど……、タナカさんはこの街の住人ではないのですか?」

「ああ、えっと……最近遠くからこの街に引っ越してきたんです」

「そうだったんですか」

「あとそれから……」



 俺はお礼にかこつけて、扉の向こうの世界について、いくつかミーヤに質問した。話により分かったことは主に次の三つである。



 一つは、扉の向こうの世界にはミーヤのような獣人(向こうでは亜人間とよぶらしい)に加え、ドワーフやエルフやダークエルフなど、多様な種族が存在し、また魔物も存在するということ。



 二つ目は、魔法が存在するらしいということ。



 三つ目は、貴族が存在し、政治を行っていること。ちなみにフロイトの街は首都らしい。



「でも、これじゃあ、何もお礼になってません……」



 質問の後、ミーヤはそう漏らした。

 俺としてはもう十分にありがたかったのだが、ミーヤは納得できないらしかった。

 そこで俺はある妙案を思いついた。



「だったら、その、ミーヤさん、私に雇われてくれませんか?」

「え?」

「そう、これから何かその、ミーヤさんに手伝ってもらいたいこととか、教えてもらたいことがでてくるかもしれないので、食事の代わりに雇われてくれないかなって……、これからもここに来てもらって」



 この異世界の扉を利用して先の見えない日々から抜け出してみせる、そのことはもうとっくに俺の中で決まっていた。

 そのためにまず異世界の住民であるミーヤを雇う。なんと素晴らしい案であろう。



 ミーヤは、驚きのあまり固まっていた。



「い、いいんですか?」

「はい」

「私、力もないし、かしこくもないですよ?」

「はい」

「……」



 ミーヤの目から涙がこぼれた。

 声もなく、ミーヤは泣いていた。

 女性経験のない俺には、泣きやむのを待つほかにどうすることもできなかった。



「あ、ありがとうございます、本当にうれしいです、よろしくお願いします」



 涙で顔を腫らしながら、ミーヤはそう言った。

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