第三章 劇物 ―Deleterious substance―
第三章 劇物 ―Deleterious substance―
彼は昼もかなり過ぎたあたりにようやく起きた。
「午後一時・・・十三時間も寝てたのか」
そもそも彼は目覚まし時計も設定しなければ、自分で起きる事も無
遅く起きてしまうのは当たり前だ。
「腹減ったな・・・・・・」
そう言うと顔も洗わずに部屋から出て行った。
行くのはもちろんあの部屋だ。
「おっさん、飯」
「俺は飯じゃない」
「屁理屈言うなよ」
机の上には少し汚れた皿が数枚置かれていた。
「何食ったんだ?」
「パンとサラダとベーコンエッグを少し」
「あんた日本人かよ」
「日本人は日本食を食わなきゃいけないという法律は無い。
一応、米とパンはある。好きなほうを料理して食え」
「米って・・・まさか炊いてないのか?」
彼はまたコーヒーをすする。
「もちろんだ。俺はパン派だからな」
「・・・そういえば名前聞いてなかったな。
なんていうんだ?」
「城ヶ咲英だ」
「ホストみたいだな」
「お前も人のこと言えないだろ神上渉、なんてさ」
彼は遅すぎる朝食の支度をはじめた。
「俺を拉致したのはなんでだ?」
「お前が一号機の搭乗員として登録されたからだ」
部屋に肉が焼ける音が聞こえる。
「登録されたから連れて来たのか?」
「そうだ。
一回登録されると潰して再利用する以外ではそいつしか乗れなくなるからな。
お前は専属の搭乗員、というわけだ」
部屋に肉の香ばしい匂いが漂う。
「つまりはたまたま乗ったのが運の尽きでした。っていうわけか?」
「そういうことだ」
塩と胡椒を降りかける音が聞こえる。
「何であんなところに・・・・・・」
「MWFUW」
「そう、それ。を置いといたんだ?」
「搭乗員のテストみたいなもんだ。
それにたまたま乗ってうまく乗りこなせれば合格。というわけだ」
「ズェルダとかに利用されたりしないのかよ。
それ以外でも悪い考えを持った奴とか」
「万が一に備えて自爆スイッチはこっちが預かっている」
彼はそれを手に持って彼に見せた。
「ってことは、俺はおっさんに命を握られてる・・・ってことか?」
「緊急時以外に使ったってこっちが損するだけだけどな」
油が跳ねた音が聞こえた。
「あちっ!・・・ちっ・・・・・・
ところであれの――」
「MWFUWだ」
「妙なところを細かくするなよ。
で、それの――」
「MWFUWだ」
彼がフライパンを握る手に力が入った。
「MWFUWの赤いボタンを押したあれはなんなんですか」
「見たとおりのレーザー砲だ。
言っとくが、あれはそれの――」
「MWFUWじゃないんですか」
「まあ、そうカリカリするなって」
「おっさんが悪いんだろ」
彼は一つ溜め息をついた。
「わかった。お前も正式名称をわざわざ言わなくていい。
で、あれはそれのエネルギーをほぼ全て消費して撃ってるから、
初盤にぶち込んだらアウトだな」
彼は肉を皿に盛り付けると戻ってきた。
「お前・・・朝からステーキかよ」
「正確に言えば昼、だな」
かなり大きめに切った肉を口へと運ぶ。
「ま、育ち盛りにはこれが一番、ってやつさ」
「お前、育ち盛りかよそれでも」
「十代だからな」
彼は溜め息をついた。
「溜め息をつくと幸せが一つ逃げるぞ」
「残念ながらそんなメルヘンなことは一切考えていない壮年なもんで」
しばしの間、肉を噛む音とコーヒーをすする音しか聞こえなくなる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・んっ!」
彼は空中をもがき苦しんでいた。
「どうした!発作か!また若い命が一つ亡くなるのか!」
彼は必死にコーヒーを指差している。
「なんだよ、飲みたきゃ飲みたいって言えばいいものを。
待ってろ。今熱いのをいれてやるから」
彼は何か口の中で抗議しながらなおももがきつづける。
顔面は徐々に青くなっていた。
「ほら、熱くて火傷するなよ」
そんな忠告を聞きもせずに彼は一気に飲み干した。
そして、何かとともに吐き出した。
「だから、注意しろって言っただろうが」
「そういう問題じゃねえよ!」
彼は若干過呼吸気味になりながらも話す。
「俺は沸騰したお湯のんでも平気なぐらい舌持ってるけどよ」
「お湯は沸騰してるからお湯なんだろ?沸騰したのは水だ」
彼の呼吸がようやく整ってきた。
「そこは突っ込みどころじゃないし、第一おっさん、変なところが妙に細かすぎ」
「これでも一応妻子持ちだが」
彼の呼吸が正常に戻った。
「馴れ初めは?」
「単なる幼馴染・・・ってそこは今聞く質問じゃないだろ?」
「そうだな。で、俺が一番言いたいことは・・・・・・」
彼は決定付けるかのように真っ直ぐにコーヒーカップを指差した。
「なんで、コーヒーがこんなに甘いんだ?」
「これでも少し少なめにしてやったんだけどな。角砂糖十個に」
彼は思い切り机を叩いた。
「十個・・・・・・」
彼は驚きの表情ではなく、諦めの表情を浮かべていた。
「アナタ、スウジ、ヨメマスカー?」
「何横文字になってんだよ」
「お前の砂糖の量は絶対一桁間違ってる」
「ほう。お前は百個――」
「どう考えても逆だろ!」
彼の怒りはいっそう激しくなった。
「まず落ち着けって。これでも飲んで――」
彼は思い切りコーヒーカップを投げつけた。
流れ出したコーヒーの上にカップのかけらが浮かぶ。
「これは飲物じゃない。劇物だ」
「何を失礼な事をおっしゃいますの!あなたは!
コーヒーに謝りなさい!」
「譲様言葉を使ったところで意味は無―い!
これは法律違反で、規格外で、薬物で、生物兵器で、人類の敵だ!」
「何を大げさな」
彼は下に散らばったままのコーヒーを下劣するように見ながら言った。
「はっきり言うとあなたに対して馬鹿の二文字しか浮かびませんよ」
「最低限お前より学歴は――」
「成績どうこう、学歴どうこうの問題じゃない!
これは人間としての常識だ!」
彼は彼に視線を戻した。
「俺のやることは俺の常識にさえあっていれば全て常識だ」
「・・・もういいや」
彼は半分千鳥足になりながらもよろよろと立ち上がった。
「おい、たかだか四十代の壮年に挫けていいのか少年よ」
「・・・いいんだ。今は」
彼が力無く扉を開けかけた瞬間だった。
「おっ!ついに三号機ヒット!」
「三号機?」
彼はさきほどのことも忘れ、彼と一緒にパソコンの画面を見た。
「MWFUW三号機がヒットしたんだよ!」
「ヒットって、まさか野球でもさせてるのか?」
「・・・有人兵器にそんなことさせるほどトゥールは暇じゃないからな。
搭乗員が登録されたってことだ。テストに引っ掛かったんだよ」
彼は目頭を押さえた。
「なんと、またこんなおっさんのために餌になるやつがいたとは・・・・・・」
「お前が第一号なんだけどな」
「マジかよ」
「他の部屋には誰もいなかっただろ?」
彼はつい先日のことを思い出す。
「・・・確かに」
「とにもかくにも、新人さんのお手並み拝見といこうじゃないか!」