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第一話 逃走 ―Escape―

 第一章 逃走 ―Escape―


「ったく、どいつもこいつもどうかしてるぜ!」

 この青年とも少年とも呼びがたい彼の名は神上渉(かみじょうわたる)

 彼は運悪くシェルターコアと呼ばれる防空壕に逃げ遅れてしまった哀れな一人。

 現在、このトゥール国はズェルダ国との戦争に巻き込まれている。

 元々、中立国だったトゥールには軍という存在そのものが無く、

 かなりの苦戦を強いられていた。

 なにしろ、ズェルダは無人兵器の生産と輸出が世界一の国。

 無人兵器に、ほぼ生身の人間で挑んだところで、勝ち目などあるわけもない。

「やべっ!」

 そして、シェルターコアに逃げ遅れた彼は体長二十m以上の無人兵器に追いかけられていた。

「とりあえず、どっかに・・・・・・」

 闇雲に走っていてもいずれ追いつかれるのがオチというものだ。

「無人兵器・・・じゃないな」

 十字路を横切ったそこには黄色の何かが正座するようにして座っていた。

「操縦席があるから・・・有人兵器・・・?

 今は、どうでもいいか」

 彼は乗りなれた車のように乗り込むとじっと彼らが過ぎ去るのを待った。

「・・・・・・」

 蛇ににらまれた蛙とでも言うような状況が一年も続いたかのように思えた。

「有人兵器にしちゃ、やけによく出来てるな」

 敵から追われてる身にも関わらず、彼の心は有人兵器だけに注がれている。

 外見がどちらかはわからないが、中身はまだ少年らしい。

「説明書は・・・さすがにないか。

 これが・・・機銃か、マシンガンか、ガトリングってとこか。

 後は・・・後ろに赤いスイッチ・・・・・・

 やめとこう。

 肘掛にあるこいつは多分こいつを操縦するやつか。

 モニター・・・当たり前だが真っ黒だな。

 ・・・小型カメラ?」

「搭乗員の登録を開始」

 アナウンサーのような澄んだ声がコクピットに響いた。

「おい!」

「網膜、スキャン完了。指紋、採取済み。登録中・・・・・・」

 室内が静まり返るとともに彼はためいきをもらした。

「ま、登録されるだけなら別に操縦しなきゃいいわけだしな。

 慌てる事も無かったか」

「MWFUW、起動」

 あの字もはの字も出ないうちにMWFUWと呼ばれている、その有人兵器は立ち上がった。

「搭乗員もどんなやつかわからねえのに起動しやがって!」

 まだ彼の探索を完了していなかった彼らは容赦なく気づいた。

「にしても、ひでえ揺れだな、ったく。

 ・・・よっしゃ、男、神上渉、見事に散ってやろうか!」

 彼は銃の操縦桿だと思われるものを握り、こちらを向いている無人兵器に発射した。

「し・・・壊れろ!」

 死ね!というのではおかしいと考えながら言ったらしい。

 無情にも彼らは死にも壊れも傷もつかなかった。

 攻撃を受けた彼らは彼を敵と認識し、攻撃をはじめた。

「なんだよこの使えねえのは!

 逃げるが勝ちと行くか!」

 装甲を銃弾がこする。

 一歩足を出すたびに彼の体が鞭打つ。

「なんだよ一体これ!

 操縦者のことぐらい考えろよ!

 ・・・なふっ!」

 世にも奇妙な怪音を発した後に彼が乗ったものは、

 陥没した道路の上を飛んでいた。

 下にいた無人兵器が落ちるとともに踏み潰される。

 彼の乗ったものはますます不安定になる。

「よくこんなに揺れてよくこけないよなコイツ。

 それはともかく、さっきから道路横切る度に敵の数が倍になってないか?」

 現在、無人兵器が我が物顔に闊歩しているここは、都市圏からほんの少し離れた都市。

 ズェルダが一番、狙いそうなところである。

 そこに、有人兵器がいきなり登場し、無人兵器を一機踏みつければ、

 全機がそこに向かうのはまず間違いない。

「ちくしょう!こうなったら・・・・・・」

 彼は彼が一番警戒していた赤いスイッチに手を伸ばした。

「花吹雪となりて散るまでだ!」

 彼は決死の覚悟で押した。

 ・・・・・・

 しかし、反応が無い。

「・・・スカ?」

 次の瞬間、彼が乗ったものは操縦室後部より一筋の光を放った。

 巻き取られていくちりの如く、無人兵器は灰となり、爆風によって跡形も無くなった。

「俺・・・とんでもないことやらかしたのか?」


 彼は四苦八苦しながら元のようにそれを正座させると、操縦室から後ろの光景を眺めた。

「・・・・・・」

 道路・・・ビル・・・車・・・無人兵器・・・・・・

 全てが元から無かったが如く、彼が自ら開けた穴に吸い込まれていた。

「・・・・・・」

 彼は勇敢なる兵士だったのか。

 巻き込まれた一国民だったのか。

 どちらでもあって、どちらでもない。

「・・・・・・」

 歓喜か、失望か、悲壮か・・・・・・

 なんとも言えない。

 なんと言えるわけもない。

「・・・・・・」

 ただ一つ確かな事。

 それは、

 彼は、もう日常には戻れない。

「・・・なわけねーよな」

 彼が作り出した沈黙を破ったのは彼だった。

「わけのわからないのをぶち込んで、たかだか一部隊を壊滅させただけだ。

 別にズェルダを降参させたわけでもないし、決定的な一撃を与えたわけでもない。

 そうだ。そんなわけないさ。

 そんな、二次元の世界にしか無いようなことが、三次元にあってたまるか」

 彼は自信たっぷりにそう言った後、また全力で走り出した。


「・・・・・・」

 何も言わない彼の頬をだいぶ年上の女性が駆け寄ってくるなり叩いた。

 シェルターコアに快活な音が響く。

「心配かけて・・・一体どこに行ってたの!」

「・・・町」

「それが本当だとしたら、よく生きて帰って来れたわね。

 でも、ほら吹きもいい加減にするのよ」

 本当であっても信じてもらえるわけが無い。

 無人兵器の大群を息子の有人兵器がやっつけました、なんて親が信じるわけが無い。

「そうだ。俺はホラ吹きだ」

「敵襲警報解除」

 そう言ったのと命令が下ったのはほぼ同時だった。

「さ、家に戻りましょ」

「そうだな」


 ズェルダが宣戦布告をしてからほぼ一年。

 国民に平和という二文字は無かった。

 町という町に難民者と浮浪者が溢れ、到るところで悪臭が漂っていた。

 ここだけは例外。そう彼は信じていたはずなのに今やそれが現実のものとなってしまった。

 しかも、自分が。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 住宅地は全て全焼し、財産も、骨組みさえ残らなかった。

 残ったのは悲壮と絶望だけだった。

「これからどうするか」

「そうね・・・・・・」

 彼らは何も考えていなかった。

 考えられなかった。

 絵空事ではない。

 絵空事のような絵空事が今、ここにあった。

「・・・体だけは・・・・・・」

「何そこまで勝手に思い込んでるのよ。

 普通に働いて稼げばいいだけじゃない」

「・・・・・・」

 今、現実的に働ける場所。

 兵器工場に他ならない。

 戦争が長期化し、国の財政もピンチを迎えている中、

 働ける場所はそこしかない。

 まだ、かろうじて商業は成り立っているが、明日なくなってもおかしくはない。

 過酷な労働、安い賃金。

 それでも、職を求めるものはごまんといた。

「あなたは志願兵にでもなれば少しは裕福な暮らしができるかもね。

 ・・・死んでも引き止めるけど」

「そこは絶対にならないさ。たとえ徴兵でも行かない」

「さすがに徴兵だと・・・・・・」

「行ってもいいのかよ」

 こんな暮らし、一体いつまで続くのだろうか。

「敵襲警報発令」

 今日も家があった場所に来ることしかできなかった。

「ズェルダは一時間も休みをくれないのか」

 彼は駆け出した。無論、理由は言わなくてもわかる。

「どこに行くの?」

「少しでも自分ができることを・・・な」


 彼の行き着く先は決まっていた。

「自分でやったことくらい、後始末つけなきゃな!」

 誰が元の場所に戻したのかは知らないが、そこにはやはりそれがあった。

 彼は今度も乗りなれた車に乗るように乗り込んだ。

「搭乗員、登録済み。MWFUW、起動」

 足の屈伸運動によって、機体が起立する。

「上にはレーダーか。敵の数は前より少なさそうだな。

 俺を警戒して・・・か」

 この前より少ないとはいえ、点の数は優に二十を超える。

 二十対一・・・・・・数の上では劣勢である。

「近くにいるのは・・・通りを曲がったところにいるあいつか・・・・・・」

 ひどい揺れに悪戦苦闘しながらも確実に足を前に進めていく。

「見つけた!」

 奇遇にも彼は彼に後ろを向いていた。

「蹴ったりとか出来るか、試してみるか」

 彼の真後ろまで近づく。

 気付いたところで遅すぎる。

「おりゃ!」

 それは右足を自分の体長より高く上げ、見事に彼を蹴り上げた。

 横転しながら奥に転がっていく。

 彼は彼を追尾する。

「とどめだ!」

 それは彼を踏みつけた。

 彼は音も出さずに動かなくなった。

 レーダーから一つの点が消えた。

「よっしゃ!次は・・・後ろか!」

 一機破壊したのだから、彼の居場所を突き止めて彼らが襲ってくるのはほぼ間違いない。

 ターンしようとして目一杯レバーを切る。

 しかし、高層ビルに激突して後ろ向きに転がるというなんとも悲惨な結果で終わる。

「ぐっ!・・・く・・・・・・」

 自動プログラミングで後転し元の姿勢に戻る。

「小回り効かねえのかよ!

 後ろならあれをぶっ放しても問題ないが、一機に対してだと・・・・・・

 それに無人兵器だって馬鹿じゃないからな。二回目はないだろ」

 しかたなく十分機体を逆向きにさせられるような場所を求めてひた走る。

 といっても、二十メートル近い物体を回転させられるほどの広場はこんなところにあるわけがない。

「なんか武器ねえのかよ!ブレードなり地雷なりなんなり!

 しゃあねえ、一か八か、跳んで向きでも変えてみるか!」

 それはもとのような正座の体勢になる。

「行けっ!」

 思い切り屈伸運動をさせると機体は見事に跳んだ。

「と、跳びすぎだろ!」

 それは目の前にあったビルの上に着地した。

 地上百メートルは下らない。

「何のためにこんなに跳べるようにしたのか・・・・・・まあいいか」

 屋上でそれを反転させ、それが落ちる重力と共に彼を踏み潰した。

 が、やはり前のめりに倒れてしまった。

「どこまでバランスおかしいんだよ!

 研究者出て来い!」

 後転すると元の体勢に戻った。

「次は・・・なんだこいつ!」

 その点はビルを貫通して通り、今までに無い速さで近づいてくる。

「この速さ・・・陸上じゃない!」

 頭上を轟音が通過した。

「あそこまで跳ぶにはさすがに無理だな。

 機銃は上に向きそうに無い。

 あれで・・・あの速さじゃ追いつけるわけが無い」

 レーダーがミサイルにロックされたことを告げた。

「やべえ!」

 慌てて走り出すが、無論ミサイルが走ってかわせる物ならミサイルとしての価値は無い。

 直撃は避けられたが足にまともに当たった。

 あまりにも予想外な出来事に反応できなかった彼はモニターに頭を強く打ち付けた。

「っ!・・・・・・」

 彼の目が霞む。

「こ、こんなとこでくたばってたまるかよ!

 俺には後六十年生きる権利があるんだよ!」

 目の霞みが少し薄らいだ。

「・・・このモニター、タッチパネルか?」

 彼の頭は激突した瞬間にわずかに反応したモニターを覚えていた。

 彼が点に触れると、それに四角の囲いが出来た。

「発射のやつが出ないということは・・・・・・」

 彼は全ての点に囲いをつけていく。

「くらえ!」

 彼はモニターを連続で二回触れるとそれは大量のミサイルを一度に発射した。

 爆撃音が到るところで聞こえる。

「やり!」

 爆撃した戦闘機が火の塊となってこちらに向かってくる。

「ちくしょ!」

 それはそれの足元に不時着、爆発した。

 操縦室だけになったそれはあちこちを飛び跳ねながら何度も転がる。

 強い刺激を体全体に受けた彼は何回ぶつかったのかもわからなくなった後、そのまま目を閉じてしまった。

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