プロローグ・2--不時着--
「なんて言えばいいか……」
ありのままを伝えるしかないのは間違いないが、これから墜落するかもしれないので外に飛び出してください。安全らしいので、安心してくださいとでも言えばいいのだろうか。
我ながら何とも語彙のなく、それでいてフザけた内容なのだろうか。この時点で安全ではないし、安心など保証されていない。あってないようなもの――いや、そもそも無いのだ。
「――こちら操縦室。解っていると思いますが、これから当機は墜落する危険があります。こちらでできる限りのことはしますが、最初に乗客の皆さんは後部にあるユニットを装着し、外に向かって飛び出してください。死亡する危険はありません。ユニオン航空局謹製の緊急脱出ユニット――テレビとかでよく報道されているアレです。装着はマニュアルに従って行ってください。特に大人の乗客は、子供や老人と組む形で脱出するようにしてくれると助かります。最後に。こちらで降下までの安全は、なんとしても確保します。では、通信終わり」
考えつくありったけの言葉をぶちまけた。こちらから座席をモニターすると成年の男女を先頭にして後部へと移動していく光景が目に入ってきた。当機の軌道はまだ安定している。忙しなく動き、焦燥すら見受けられるが致し方ないことだろう。
「これからどうすれば?」
『最初に、エンジンの状態を確認する必要があります』
エンジンの状態――モニターに目が引かれた。飛行機の全景が表示されており、部位毎にコンディションが映し出されている。緑が問題なし、青が問題あり、赤が危険を表す。
エンジン部は中心部――真っ赤だった。
「真っ赤です! これ以上ないくらいの真っ赤っかですよ!」
少しずつ、滲むように赤い部分は拡がりつつある。爆破炎上ではなく、オーバーヒートしていると理解した瞬間、声が飛んできた。
『サブエンジンを起動させてください! 左脇に緑色のボタンがあるので、押してください』
見やり、小さなボタンに指を置き、そのまま押し込む。「押しました」
赤色の拡大が止み、濃度が薄くなったように見えた。代わりに左右にある翼部分が緑色に点灯した。拡大すると翼の下部に設置され、稼働しているジェットエンジンの出力が上昇していると表示されていた。赤色の部分で起こっている異常をサブエンジンで分配している状況だ。
挙動が安定し、エレノアは一息ついた。とはいえ油断は決して出来ない。息をついただけだ。
『押した後は、翼部分にあるスラスターを起動させてください』
「スラスター起動」
さらに挙動が安定し、水平になった。そのまま直進を続けるが速度が上がっていく。
「ちょっと、速いんですけど!」
サブエンジンのゲージに注視すると、レバーを引くように声が飛んできた。指示に従うと、点灯していた緑色の明かりが薄くなり、明滅を始めた。飛行機の速度が少しずつ低下し、やがて空を漂いだした。
風に乗り、ゆるやかに滑空するが時間は限られている。後部の扉が開け放たれ、続々と乗客達が真下に向かって飛び降りていく。背中に取り付けられたユニットが展開し、ゆっくりと降下する映像を監視カメラが捉えた。ユニットは海抜に反応して出力を自動で調整してくれる小さな翼だ。現在の高度は下げているとはいえ二四〇〇〇フィート。不安になるがユニットは、航空局と企業複合体ユニオン謹製の品だ。何とかなると祈ろう。
乗客が全員飛び降りたのを見届けると、エレノアはようやく肩を落とした。
「全員の降下を確認。ここからですね」
『はい。都市まで五キロをきっています』
「ですよね」
前方を見据えると、地平線から墓標のようなものが伸びていた。あれは都市に建つビルの群れだ。ニューヨークまで後僅か。エレノアは目を据わらせた。
「参ったねどーも……」
メインエンジン――血のように赤く染まる。サブエンジン――緑から黄色に点灯。
「音声。冷却系の状況報告」
冷却系――漏れて使い物にならない。ひたすら火をくべている状態だ。
ハイジャック犯の目的は飛行機を都市部に突撃させるテロだ。奇しくも叶おうとしている。
レバーを引いてエンジンを停止させる。エンジン部から轟音が響き、両翼に渡ってばりばりと砕ける音がこちらまで反響してくる。急激な停止に耐え切れずに爆発を起こし、侵食するように炎上を起こしてしまっている。同時に通信が途絶えて、管制局からの声が消えた。
門外漢の自分では、これが限界だった。航空機操縦の免許を持たずにここまでやれただけでも大したものだと自賛しよう。
ここからは自分の独壇場に持ち込むほかあるまい。
「――さて」
覚悟を決めて、彼女はゆっくりと腰をあげた。