第2話 / 舌の根の乾かぬ内に
「通行を許可する! 次っ!」
幾度も戦闘があったのか、所々に爪痕を残す円形状の石壁。その周囲には念には念を入れて、外敵への対策だろう。溝が掘られている。実際ユウトがここに辿り着くまでに見た魔物は、ファンタジー物では定番の、バスケットボールサイズのスライムや、人間で言う五歳程度の体格をしたゴブリンと、小型の魔物ばかりだった。十分にその役割を果たすだろう。
そう、ユウトの視線の先には念願の人里だ。検問所と思わしき門には、角の生えた馬――ユニコーン版・馬車を引き連れた行商人や、大剣や弓矢を装備した冒険者らしき集団が列になって並んでいる。
「しっかしどうすっかなー。通れるのか……?」
いきなりざっくりやられないだろうか。
初めて遭遇した人型生物との、死んでしまう程刺激的な経験から警戒心が――
ぐぎゅぅううう。
「……」
森で遭難してからというもの、木の実や、時には花を食べて餓えを凌いできたが、食べ盛りな男子高校生であるユウトには厳しい。さすがに限界というものがある。おまけに、周りに魔物がいるという緊張感から碌に寝れていない。
「さすがに、不審者だからっていきなり殺されたりはしないだろ。……あの死神女の時は気にしてる余裕がなかったけど、言葉も分かるようだし」
とりあえず、行動あるのみだ。
* * * * *
「次っ!」
良く言っても物珍しい、この世界基準では怪しさ満点な恰好をしたユウトは周囲からの好奇の目に晒された。嫌な汗が握った手から滲み出るも、ようやく順番が回ってきたようだ。
「身分証明書の提示を」
ユウトの見慣れぬ恰好に若干の戸惑いは見せたものの、そこはプロ。決まり文句を口にする。だがしかし、ないものはない。ここは素直に言うべきかと、ユウトは心底困っていますという雰囲気を出しながら事情を説明する。
「あのー……。すみません。身分証明書がない場合はどうしたらいいですか?」
「ふむ。それならば幾つか質問に答えてもらう事になる。……ミッシェル!」
男がそう呼ぶと、奥からそのミッシェルであろう、燃えるような赤毛を高い位置で括った人好きのする笑みを浮かべた女がぱたぱたと出てきた。
「はいはーい! こんにちは~! じゃーちょーっとこっちに来てくれるかな?」
そう言うと、女は近くにあった椅子に座るように促した。門前払いされる可能性も十分あっただけに、まだ希望が持てると、ユウトはホッと一息つきながら腰掛ける。
「うんうん! じゃー見るからに疲れてそうだし、さっそく始めるね?」
机の上に紙を載せると、そう前置きして羽ペンにインクを染み込ませていく。
「まずはお名前を教えてくれるかな?」
何がそんなに楽しいんだろう、女はにっこにこと笑みを絶やさない。接客業の鏡だな、などと思わず感心させられるくらいだ。おかげで幾分か、ユウトの緊張はほぐれた。
「ユート・サガラです」
「うんうん! ユート・サガラ君ね。……じゃー次は出身地を教えてくれるかな?」
さらさらと書き綴る字は英語の筆記体にも見えるが、あくまで雰囲気だけだ。全く読めないが、何故かその下に日本語で訳が浮き出ている。この翻訳機能には疑問があるものの、今は考えなくてもいいかと意識を戻す。
出身地か。明らかに日本だと伝えても無駄だろうし、厄介な事になるのも面倒だ。……誤魔化すか。
「出身地はどこか分かりません。実は記憶喪失で」
嘘ではない。この世界から見て、日本がどこにあるか分からない。部屋から出たあたりから、記憶喪失でもある。断じて嘘ではないと心の中で言い訳する。
「……。そっか~。早く記憶、戻るといいね! うんうん! 検問には何も問題ないから安心してね!」
女は少しだけ怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻る。
「じゃー次の質問だよ! 犯罪歴はあるかな?」
「ありません」
今現在はありません。
「そっか! 嘘もないみたいだね~。これで質問は終わりだよ! お疲れ様~!」
あぶね。これニュアンス的に嘘発見器的なモノがあるのか。こんなファンタジーを絵に描いたような世界なら、もしかしたら魔法的なモノかもしれない。
物思いにふけるユウトを見て、”故郷も思い出せない程深刻な状況では、きっと今後の生活にも困るだろう”……そう考えたのか、女は親切に今後の事を提案してくれた。
曰く、ギルドに登録すればギルドカードという身分証明書が発行され、ランクに応じたクエストを受ける事ができる。達成すれば報酬が貰えるし、戦う力がなくても十分遂行可能な雑用もあるそうだ。
「……ということで、生活に困ったらギルドのクエストを受けるのがオススメだよ!」
可愛らしいウィンク付きでご丁寧にありがとうございます。この御恩は一生忘れません。やや大仰に感謝の意を伝える。
「わざわざありがとうございます。……あ、ついでと言ってはなんですが、ミッシェルさんのお名前と今日の日付をこの本に書いてくれませんか?こんなに親切にしてもらった、今日という日を記録に留めておきたくて……。」
さすがに少し無理があるか。違和感のあるお願いではあるが、そこは親切丁寧をモットーに生きているのだろう。快く引き受けてくれた。
ユウトはミッシェルの冒険の記録を入手した!
「これでアレやコレやソレができるかもしれねぇ……!」
検問所を後にすると、邪悪な笑みをたたえながらミッシェルの冒険の記録を指でなぞる。
この御恩は一生忘れません。――舌の根の乾かぬ内に、これだ。
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