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おお勇者、死して尚戦うか  作者: はるかなた
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第1話 / ついにその領域まで

 ――特技は溢れ出る妄想力によって、世界の壁を乗り越える事です。

 イタイ、果てしなくイタイ。そんな事、口が裂けても言えない。

 十七年間、ユウトはこれでも人前ではそれなりに普通(・・)を取り繕ってきたつもりだ。言動だけではない、髪も染めず、伸びたら切るという、ザ・モブな髪型。中肉中背のどこからどう見ても、”表面上は”という注釈は付くが、どこにでもいる男子高校生だ。勿論自分に時空魔法があって異世界までトリップできるだなどと、思ってもいない。妄想と現実の区別くらいはついているつもりだった。


「どういう事だよ……」


 見渡す限り、木、木、木。三本合わせて森だな……なんて、軽く現実逃避をしても許されるだろう。

 何故か左手には見慣れた黒い本。開いてみると、真っ白いページに罫線が引いてあるだけで、ユウトの冒険の記録(くろれきし)はどこにもなかった。


「書けという事だろうか……?」


 何故山に登るのか?そこに山があるからだ。

 どこかで聞いたようなセリフが頭をよぎり、右手に握っていたボールペンで記録を付ける。


「ユート・サガラ 4月22日……場所が分からないな。適当に迷いの森とでもしておこう」


 いつもなら日記形式で新たに思い付いた設定を記入するところだが、緑に覆われたこの場所では書くこともなく、――また、動揺が収まらないこの状況下では妄想も膨らまず、ぱたんと本を閉じた。

 ちなみに、ユウトではなくユートと表記するのがジャスティスだ。


「ん……?」


 ユウトの目の前には弾力性の高そうな丸っこいゼリー状の物体がいる(・・)


「弾んでるんだけど。どう見ても風で飛ばされたように思えないんだけど。……んなわけあるか。動いていない。気のせいだ。これはゼリーだ。スライムじゃない」


 これは、ゼリーだ。

 念じればこの幻覚も収まるとばかりに唱える。


 それでもユウトの幻覚は収まらない。むしろ”もういい加減認めろよ”と、脳内の警笛が鳴り止まない。


「落ち着け、まずは深呼吸だ」


 近付いてくるゼリー状の物体から後退りながら息を吸う。


「ご飯を食べに部屋を出たところまでは覚えてるんだ。よーく思い出せ。その後俺は……ケンタウロスの香草焼きなんて食べてないよな……? ああ、ないはずだ」


 頬をつねっても終わらない幻覚を見て、


「ついにその領域までイってしまったか」


 そうだ。精神病院に行こう。


 だがしかし、ゼリー状のスライムと思わしき物体は、現実逃避を許さなかった。

 ”もう攻撃してもいいよね?? いいよね? 了承なんてなくてもやっちゃうよ??”……とばかりに、弾力性のあるボディがへこむと――、


 バネのように跳ね飛び、勢い良くユウトの腹に突撃した。


「ゴふッ!!!」


 たまらず腹を黒い本と共に押さえてよろめく。


 ――痛い、痛い、痛い、痛い!!


「冗談じゃ……ねぇぞ」


 攻撃の意を示すように、スライムは再び体をへこませる。


 逃げなければ。分かってはいても、ユウトの体は動かない。


 視界が――、ブラックアウトした。


























俺がいる(・・・・)


 足元には、ユウト(じぶん)がいた。

 腹を抱えたポーズで木の根元に力なく寄り掛かる人物。

 ――黒髪黒目、中肉中背。一言で表すなら地味。


「ドッペルゲンガー?」


 パニックの最中ではあるが、スライムはそんな事お構いなしのようだ。

 ユウトと同じ人物、否、死体のように動かないソレには興味が沸かないのか、砲撃のような攻撃を仕掛けんとばかりこちらに近付いてくる。見た目は可愛らしいが、弾丸の如く体当たりを仕掛けてくる凶器だ。


「……って、今は逃げないと」


 ドッペルゲンガーのように佇むソレは気になったものの、ここにいてはまたあの激痛を味わう事になるだろう。


 ユウトは逃げ出した!



* * * * *



 鬱蒼とした森を慎重に進む。忍にでもなった気分、いや――、


「どっちかと言うと研究所から絶賛脱走中のモルモットかな」


 道中幾度もスライムや、それ以外にもゲームで見るような、魔物としか言いようのない生物を何度も目撃している。その度にユウトはこそこそと音を立てないように、且つ迅速にその場を離れていた。人里に下りれば今よりはマシな状況になるかもしれない、漠然とした期待もとい希望的観測に縋って、どこにあるかもわからない出口を探す。すると、


「――諦めて? もう君とは、戦え(あそべ)ない。これ以上は、壊れちゃう。私の任務は、君を、連れて行く事、だから、ね?」


 蛇の如くうねった灰髪。獰猛な肉食獣を思わせる金の瞳。一瞬で背筋が凍りつく。

 美しい見た目とは裏腹に、その女を表す言葉にはネガティブなものばかりが駆け巡る。死神に魂を握られるような緊張感がそうさせるのだ。事実、魂を握られているも同然な血みどろの男が女の足元にいた。


「ふざ……けるな。魔族に……など、屈するかッ!!」


 倒れている男が、息も絶え絶えに抵抗の意思を見せる。

 恐らくはそういう喋り方な女と違い、男は純粋に言葉を発する事もできないのだろう。


 これはやばい。絶対に死ぬ。逃げないと――。


「初めまして。さようなら。ごめん、ね?」


 いつのまにか背後に死神が立っていたようだ。

 血って温かいんだな。そんな場違いな事を考えながら、深く深く沈んでいった。










「――回想しゅーりょーっと。俺、死んでたよな? あれ」


 目が覚めた時、相変わらず一面に広がる景色は緑ばかりだった。いや、変わらずと言うのは語弊がある。ユウトがいた場所は、スライムに苦汁を舐めさせられた場所だ。倒れていたドッペルゲンガーと同じポーズで、近くにはボールペンが転がっていた。


「やっぱこれだよなぁ……」


 黒い本の一ページ目を触る。そこにあるはずの、ユウトが書き記した冒険の記録が綺麗さっぱり消えていた。


「この本が本当にセーブデータの役割を果たしている……?」


 半信半疑。しかし冒険の記録(くろれきし)を書き続けていただけに、真っ先にその発想に至る。あれだけの異常(・・)があったのだ。ただの冒険の記録書(くろれきしノート)が、冒険の記録書(セーブデータ)と化しても不思議はないと、すんなり受け入れる事ができた。


「んー、だけど時間が巻き戻ったわけじゃなさそうだよな。スライムがいないし」


 ドッペルゲンガーのような体。死んだと思ったらドッペルゲンガーと同じ位置に戻る。これは――、


「記録されたセーブデータで行動できるって事か?」


 まさにセーブデータをロードして続きからプレイしような感覚か。だからあの時、抜け殻のようになった自分がいた、と考えれば辻褄が合う。プレイヤーが宿っていない状態の本体って事だ。


「冒険の記録を付けた事で条件が満たされるなら、もしかして他人のセーブデータでも使える……?」


 例えば女性のセーブデータなら。


「使命を、見つけた。俺はこのために生まれたんだ」


 女になって、アレやコレやソレができる……!!


「人里目指して、レッツゴー!!!」


 ついにその領域まで、落ちた。

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