プロローグ
聖剣に選ばれし勇者が魔王を倒し世界を救う。それは誰もが一度は耳にした事がある英雄譚。
だがしかし、現実はそう甘くはない。
どんなに強大な力を宿す聖剣を手にしようと、どんなに鍛え上げられた肉体を持とうと、所詮は一つの命に過ぎない。たった一つのミスで、儚く散る事もあるだろう。
それを為すために必要な事は何か?
――それは、
* * * * *
神聖ヴェルト教国。
多種多様な種族が集う神の加護を受けし国。その首都・イシュトバーンの中でも、落ち着いた風情の外郭区。家に灯る明かりもまばらになってきた街を、前衛・後衛とバランスのとれた、いかにも勇者一行ですと言わんばかりの――、事実、勇者一行が体を引きずるように歩く。
魔王が復活してからというもの、各地で発生する魔族による被害は絶えない。
今日も今日とて勇者一行は、魔族の第六師団長率いる魔物の軍勢と交戦したところだ。
世間では、やれ勇者だ。やれ神の使徒だともてはやされているが、そこは人の子、ふかふかのベットが恋しい。
「魔族との戦いも、いよいよ大詰めだね。今晩は久しぶりに宿での休息だよ。夕飯は……そうだね、ケンタウロスの香草焼きでもお願いしようかな?」
ここの宿屋は材料を持ち込んだ宿泊客には、無料で調理してくれるというサービスがある。
それも、調理Lv.4。――宮廷料理人並のスキルを持つマスター直々に振舞われる料理はまさにこの世の至福と評判だ。
これこそがギルドから離れた位置にもかかわらず、冒険者で賑わっている理由だろう。
勇者一行も例外ではなく、今ではすっかり宿屋の従業員とは顔馴染みだ。既に今日は予約済み。控えめに扉を開け、
「マスター、少し遅くなってしまったけれど、ケンタウロスの――」
時空魔法によって見た目以上に収納が可能なアイテムポーチを取り出しながら、夕食のリクエストを今まさに、
「悠斗ー! ご飯よーー!」
「ちっ……あとちょっとだったのに。雰囲気ぶち壊しだ」
――しようとしたところで、母親によって現実に引き戻される。
ここまでの冒険を記録しますか?
はい
ナローファンタジークエスト。略してナロファンと呼ばれるゲームに、セーブデータを上書きすると、今度は黒い本を本棚から取り出し、さらさらと冒険の記録を書き綴る。
余談だが、このナロファンに魔物を調理する機能はない。ユウトが妄想で生み出した設定だ。
「ふぅ……。やっぱりこれだけは危険とわかっててもやめられねぇ」
この少年、相良 悠斗の人には決して言えない特技は、ゲームや本に入り込み、役になりきり、妄想力だけでトリップのアレやコレやソレにまで昇華させられる事だ。
勿論時空魔法で異世界にトリップできる能力――、などでは決して、ない。
処女作です。30話くらいで完結目指して頑張ります。