五話
この楕円形の世界の中心から北東の山を越え、更に北東にある広大な森の中、そこには沢山の動物や魔物が住み、人は決して入る事の無い場所だった。
そこに流れる大きな川に滝、その傍に一人の人間と大きな赤い鱗を纏った一匹の龍がいた。その龍の隣にいる、ひらひらとした白い服を着た人間はせっせと龍の体を磨く。
「お嬢様! どうですか?」
『うむ……悪くないな』
お嬢様の背、普段はとても柔らかいけれども今の龍の姿はとても固く、私が何をしようともびくともしないような硬さだ。
『♪~』
気持ちよさそうに鼻歌を歌うお嬢様。私にとって龍の姿のお嬢様の体を洗うのはとても大変なものでそんな余裕はない。
まあ、お嬢様が気持ちよさそうにしてくれているのなら何も文句はないのだけど。
今日は久しぶりにお嬢様とデート……じゃなくてお出かけだ。行くは屋敷よりも更に東北にある森の中。主な目的はお嬢様の気晴らしだった。
珍しくお嬢様は暇で、偶には龍としての姿で色々と発散したいと言うのでこのような事になった。私としては嬉しい限りだ。何故ならお嬢様と二人きりでいられるのだから。
ん、いつも一緒にいるじゃないか?
違うのです、屋敷の中で二人でいるのと外で二人きりなのは違うのです。そしてお嬢様の背に乗り、川でお嬢様の体を洗っているのです。
『やはり久々に洗うと気持ちがいい』
「お嬢様に喜んでもらえて何よりです」
『ふふ、偶にはお前も洗ってやろうか?』
「その体でどうやって洗うんですか」
今の龍の姿のお嬢様がどうやって洗うのだろう。
普段の姿ならどうにでもなるのだけれども。
『それはお前……そうだ、舐めてやろう』
「な、舐めッ!?」
『ああ、魔物同士で舐めあう事は別によくあるぞ?』
「人間の姿の時に是非お願いします!!」
もし今の姿でそんな事をしたら食べられているようにしか見えないと思う。それに少し怖い。
いや、でもお嬢様に食べられるともいうのも……
一人身悶えしているメイドと、滝の水を浴び、気持ちよさそうにしている龍だった。
『折角だ、このまま帰るのもなんだしここで少し休んでいかないか』
「はい!」
お嬢様と少しでも長い間一緒に痛い私はその言葉に即答する。私を覆うように丸まるお嬢様の体。右にはお嬢様の大きな頭がある。その頭に寄りかかりながら頭を撫でる。
すべすべの鱗、お嬢様も文句を言わないし、別に問題は無いのだろう。それからはたわいもない話を二人で続ける。
本当にお嬢様と二人だけの、周りに誰もいない時間。
何よりも幸せな時間と言ってもいいかもしれない。
『ん……』
「あ、お休みになりますか?」
すこし、お嬢様の大きな深紅の瞳が閉じかけていた。今日は天気も良く、昼寝にはもってこいだ。
このまま寝るのも悪くない。
『ああ、悪いな』
「いえいえ」
目を閉じ、お休みになられるお嬢様。私も少し、寝るとしようかな?お嬢様の体に身を預け、意識を手放した。
――
で、どうしてこうなったのだろう。聞えるのは不気味な鳥の鳴き声とお嬢様の寝息。
すっかり周りは暗くなっていた。考えておくべきだった。
そもそも私が起きないとお嬢様が起きる訳がないじゃないか。
「お嬢様、起きてください」
『まだ、夜だ……』
「夜ですけれども! それどころじゃないですよ」
『んん……ん? どこだここは』
「森の奥です」
『ああ、寝てしまっていたのか』
やっと状況を理解してもらえる。でもどうしよう。お嬢様は明日は仕事があるはずだ。
ここでのんびりしている訳にもいかない。
早く帰らなければ!
『いいじゃないか、シエル。偶にはのんびりするとしよう』
「え、えーっと……」
『明日の朝に帰れば問題ないだろう。ディアも優秀な奴だ。こうなってるとすぐ理解するさ』
「お、お嬢様がそう言うのならば……」
私としてもお嬢様と一緒にいたいのだし。ただ、明日グラウディアさんから小言が飛んでくることは間違いないのだろうけど。
それも今からの時間に比べたら安いものかと思い始めた。
『少し待ってろ』
「はい」
火を吹き、たき火を起こしてからお嬢様は飛び去って行った。多分、ご飯を狩りに行ったんだろう。一人残された私。寂しい、と思う間もなくお嬢様はすぐに帰って来た。
口にくわえられているのは私の身の丈ほどある大きな牛。
『ほら、シエル』
渡される半分になった肉の塊。お嬢様はそのまま食べるのだろうけれども私はそう言うわけにはいかない。
少し肉をちぎり香草にくるんで焼く。頃合いを見計らってちびちびと食べ始めた。
お嬢様というと骨なんて気にせずそのまま牛を貪っていた。普段人間の姿でお上品に食べている姿からはとても考えられない豪快な食べ方だ。
『ん?』
私の視線を感じ、何かと視線を向けてくる。
「いえ、お嬢様の本来のお姿も可愛らしいなぁと思いまして」
私の言葉に硬直するお嬢様。何か変なことを言ったかな?
『お、お、お前。この四龍である私に対して可愛いなど……』
「普段から言っているじゃないですか」
『ちがっ、そうじゃなくてだな。この姿である私に可愛いというのはどうなのだ?』
「でも可愛らしいですよ?」
『……っ!』
食べるのを止めてそっぽを向いてしまうお嬢様。普段の姿もだけど、今の姿も十分に可愛らしいのだと思うのだけど。
私はただひたすらに頭にはてなを浮かべるだけだった。
その後はと言うとすることもなく、眠るだけだった。
「あー……」
『どうした?』
「いえ、体が洗えないなぁと」
お嬢様はお昼に洗ったからいいだろうけど私はそう言うわけにもいかない。
いつもの石鹸がある訳でもないし。水浴びだけでもしておくのがいいと思うのだけど。
『……やはり舐めてやろうか?』
「ふぇっ!?」
それも少し考えないでもなかったけれどまさかお嬢様から言い出すとは思わなかった。
『遠慮するな、偶にはな。ほら早く』
服を脱がすようにせかしてくる。お、お嬢様が望むというのであれば……私は覚悟を決めて一つ一つ、服を脱いでいく。
月夜に晒される裸体、普段からお嬢様に見られているから恥ずかしくない、と言ったことは決してなかった。だって、誰もいないとはいえこんな所で裸になるなんて……
「お、お願いします」
『よしきた』
「んっ!」
体を這うように動くお嬢様の大きな舌。決して気持ち悪いということは無く、こそばゆく、気持ちのいいような感じだ。
「んっ、ひゃっ。んんッ!」
『こら、動くな』
「そ、そんなこと言ったってッ!」
心なしかお嬢様の舌の動きがいやらしいものに感じてしまう。執拗に隅々まで、余すところなく舐められる私の体。否応なく私の体は反応してしまう。
「はぁはぁ……」
終わる頃には顔を紅潮させて息も絶え絶えになっていた。
『ふふふ』
お嬢様は楽しそうに笑っていた。
お嬢様に包まれて眠る。服は脱いだままだ。けれど寒さは感じない。お嬢様の体はそれほど暖かった。
眠る頭を抱きかかえ、耳元で呟く。
「お嬢様、私はお嬢様に拾われて幸せです」
この幸せがいつもでも続けばいいと願わずにはいられなかった。